第10話 襲撃

 その日の帰り道、学は二人と別れたあと考え事をしていた。


 おそらくこれからしばらくはこんな毎日が続くのだろう。


 振り返ってみれば幼馴染の二人と駄菓子屋に行って遊んだだけ。客観的に見ればなんと平和な光景だったのだろう。今が小人との戦争中だなんて忘れてしまいそうになる。


「そうだ……やっぱり郷子はちょっと考えすぎなんじゃないのか。小人と俺たちのどちらかしか生き残れない戦争だなんて……」


 ちなみに今学が肩から提げている補助バッグの中には長さ二十五センチほどのモンキーレンチが入っている。昨日郷子に何か武器は常に携帯しておいたほうがいいと言われたので家にあったものを入れておいたのだ。


 でも、こんなもの使う日なんて果たしてやってくるのだろうか。昨日学は牧師に命を狙われたわけだが、もう小人は学達の事を諦めてしまった、なんて事はないのだろうか。


 学がそんな楽観的な事を考えていた時だった。


「やぁ、学君じゃあないか」


 後方から車の音と学の名を呼ぶ声が聞こえた。


「え……」


 学は振り返ってみると、ワゴン車が徐行でやってきており、学の横について止まった。


「あ、須藤さん」


 須藤は村に住む男で一人細々と農業、そして狩猟などをやって生計を立てている。修道家とは昔から親交があり、学は以前須藤の家に遊びに行った事もあった。


「久しぶりだねー。この村にまた戻ってきたんだって?」


「えぇ、そうなんですよ」


「あ、そうだ。家に帰るところなんだろ? すぐそこまでだけど、乗ってくかい?」


 その瞬間、なんだか学は少し違和感を覚えた。


「あ、あぁ、いえ別に。本当すぐそこまでなんで別にいいですよ」


「そんなこと言わずにさぁ、ついでに恵津子さんにちょっくら挨拶でもしたいしね」


「い、いえ……また今度、親と一緒に行きたいと思います」


 学は目を反らして、そのまま歩きだした。


 しかしただ親切心で言ってくれただけかもしれない。学が軽い罪悪感を抱き始めたその時、


「まぁまぁ、待ちなさいってぇ」


 ガチャリと車のドアが開く音がした。須藤は車をわざわざ降りてきたようだ。


 学は振り向き「え……」と声を出して驚いた。


 なんと車から降りてきたのは須藤だけではなかった。ワゴン車の後部座席はガラス面にスモークが張ってあったので分からなかったが覆面をした男が二人も降りてきた。


 これはヤバい。そう確信した瞬間、学は自身のバッグの中に手を忍ばせていた。


「さぁ、おいで学君。おじさん達が君の家まで送ってあげるから」


 バッグからレンチを引き抜いて、三人に向けてそれを構える。まさかこんな早くに活躍の場面が訪れるだなんて。


 ちらりと辺りを見渡す。人の姿はない。周りに助けを求める事は難しそうだ。


「……そんなものを持ち歩いて、随分物騒だね」


 三人は学に向かって今にも掴みかかろうとするような体勢で歩み寄って来た。


「くっ……!」


 学には武器があるとはいえ、多勢に無勢。学は踵を返して逃げ出した。


「待ちなさい!」


 するとそれに合わせて三人は学を追いかけてきたようだった。


 チラリと見返す。須藤の走る速度が思ったよりも速い。これではいずれ追いつかれてしまう。


 やはり迎え撃つしかないか。学は覚悟を決め足を止めて踵を返した。


「うわああ!」


 そしてその勢いのままにレンチを振りかざす。


「ぎゃッ!」


 すると須藤の顔に普通にヒットしてしまった。しかも相手の勢いがあったためにカウンターのような形になった。須藤はその場に倒れ、一撃で動かなくなってしまった。その様子に臆したのか残り二人も足を止めていた。こちらが反撃してきたのは予想外だったのかもしれない。


「ま、まだ来るのか!」


 学はレンチを構え二人に威嚇した。


 すると覆面の二人が顔を合わせて、何やら学には理解出来ない言葉で会話を始めた。やはりこいつらの頭には小人が入っているようだ。


 会話を止めると二人は、片手を前に突き出しながら学に近づいてきた。


 いや、どうやら学ではなく須藤に向かっているようだった。


 少し距離をとって様子を見る。すると二人は須藤の前後に回ってその体を持ち上げた。


 車の方へと舞い戻っていく小人と思われる者達。


 どうやら撤退するようだった。覆面二人は須藤を後部座席に入れると運転席に乗り、学の横を通ってどこかに行ってしまった。


 車が去っていったあとも学は足の震えが止まらなかった。車に向かってレンチを構え続ける。


「あ、危なかった……」


 十分に距離が開いたあと、学はその場にへなへなとしゃがみ込んだ。


 人をレンチで殴ってしまった。その感覚がまだ手に残っており気持ちが悪い。いや、あれは人ではなかったのかもしれないが。


 気が抜けて「はぁ……」と大きく息を吐く。


 なんだか郷子は少し誇大な表現を使っているようにも学は感じていたが、それは大げさでも何でもなかったようだ。やはり学は命を狙われている。学は小人との戦争の最中にいるのだ。


「これからどうする……」


 このまま家に帰ってのほほんとしている気分でもなかった。


「そうだ。郷子の方はどうなんだ」


 もしかしたら別の小人達が郷子を襲っているなんて事のあるかもしれない。こうしてはいられない。学は郷子の家に足早に向かい始めた。




 郷子の家にたどりつくと学は門を開け玄関のチャイムを押した。


 郷子は果たしてここまでたどり着いているのだろうか、学の頭に不安がよぎる。


 しかし、ほどなくすると郷子が玄関の扉を開けて中から出てきた。まだ制服姿のままだった。


「ん? どうしたんだ学」


「郷子、無事だったか!」


「無事って……何かあったのか」


 学は周囲に誰もいないことを確認すると、先ほど起こった事を郷子へと伝えることにした。


「襲われた?」


「あぁ、三人にな。そのうちの一人は近所に住んでる須藤さんだ。ほかに二人は覆面をしていたから誰かわからなかったけど……」


「そうか……なら、今すぐ反撃に出よう」


「え……」


「その須藤の家に行くんだよ。何か証拠になるようなものがあるかもしんねぇだろ」


「そ、そうか……そうだな」


 郷子は自宅に入り、またすぐに出てきた。カメラの入ったバッグを取りに入ったようだ。


「行くぞ! 乗れ」


 車庫の横の自転車に郷子は乗り言った。今度は郷子が運転するらしい。


「あ、あぁ……!」


 学は荷台へと乗り、郷子の腹部に腕を回した。




 須藤の家にたどり着くと玄関の前に張られた紙が学達の目に入った。


「ちっ……またかよ」


「しばらくの間、海外旅行に出かけます。探さないでください……」


 学は自転車を降りてそこに書かれてある文字を読み上げた。


「何なんだよ探さないってくださいってよ! ざけてんのか!」


「これはもう何も証拠は残してないな……」


「逃げる準備をしてから学に攻撃を仕掛けてきたってわけだ」


 小人は人間のストックがある限り何度でも学達を襲えるという事になる。


「これからもあんな襲撃が毎日のようにこれからあったらこっちは身が持たないぞ……」


「そうだな……特に一人きりになった時は危険だ」


 とりあえず須藤を諦めることにした学は郷子を家まで送り届けることにした。そのあとまた自身が一人きりで家に帰ることになるが、それは仕方がないだろう。


「しかし、一つ気になっていたことがあるんだけど」


 帰りは学が自転車を漕いでいた。前を向いたまま郷子に声を掛ける。


「なんだ?」


「この先砂音の中に小人がいるっていう証拠を写真に収めたところで、その写真を誰に見せればいいんだ? この調子じゃ、その写真を見せた相手が小人っていう可能性だってあるんじゃないのか」


 学の感覚としては、村人のほぼ全員にホムンクルスが寄生しているなんてことはなさそうではあるが、偶然当たってしまう可能性はあるように思える。


「……そうだな」


「それに、村人の一人に見せたところで、それがちゃんと世間に伝わってくれるかと言われたら……大分怪しいぞ」


「一応それに関しては一人心当たりがある」


「心当たり……?」


 学は一瞬後部の荷台に乗る郷子に視線を向けた。


「この村には最近、大口大学の教授が引っ越してきたんだ」


「へぇ……?」


 大口大学とは山を一つ越えた先にある大学の事である。この村からはそれなりに離れた距離にあるはずだが、なぜこんな場所に引っ越してきたのだろう。


「アタシもよく知ってるわけじゃないけど、オジさんの話によるとその教授……平坂教授っていうらしいが、そいつは民族学を研究してるんだとか」


「民族学……? なるほど。確かにその人が信じれば話は世間に広まりそうではあるな。まぁ、できればその人が小人ではないという確信がほしいところだけど」


「アタシの考えではホムンクルスはこの村以外にはほとんどいないと思ってる」


「……その理由は?」


「あの神隠しの伝承があるのはこの村だけだからだよ」


「伝承? 伝承ってもしかして別人になって帰ってくるっていう……」


「あぁ、たぶんそれってホムンクルスのせいだろ」


「まぁ……そうかもな。全国にいたら、そんな話はいたるところで聞くってことか」


「それに教授が越してきたのは最近だからな。だとしたら寄生されてる可能性は低いだろ」


「そうか……」


 しかし、わざわざ大学から離れたこの村にわざわざ越してきたというのはどうも学の中で引っかかる部分だった。何かのきっかけで寄生されることになり、この村にやってきた、何て事はないのか。


「その教授がホムンクルスでない根拠はもう一つある」


「もうひとつ?」


「その教授がこの村に引っ越してきた理由は、その伝承に興味をひかれたからなのだとか」


 学は少し考えて郷子に言っていることに得心がいった。


「つまり……そんな小人の謎を解き明かそうとしてるような人物が小人だとは思えない?」


「そういうことだ。まぁすべてアタシの憶測に過ぎない話なんだけどな」


「いや、なるほどね。郷子のいうことは的を射ていると思う。その教授に話して正解だと思うよ。少なくともそこらの村人に話すよりもよっぽどいい」


「そ、そうか……?」


 響子はなんだか自分の考えを認めてもらったことが少し嬉しかったのか顔を少し紅潮させた。


「よし、じゃあ何とかして砂音が小人だって証拠を掴んでその平坂教授に見せに行こう」




「じゃあ、気をつけて帰れよな」


 郷子の家にたどり着くと学は自転車を降り帰宅しようとした。しかしふとその時思い立った。


「あ、明日からは朝から迎えに来るよ」


「え……いや、わざわざそこまでしねえでも。オメーにとっちゃ完全に遠回りじゃねぇか」


「朝だって一人でいれば危険だろ。お前には命を救ってもらったわけだしな。これくらいの事はさせてくれ」


 学の言葉に郷子は頭を掻いた。返事はなかったが一応拒否はされなかったという事だろうか。




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