第9話 遊び

 次の日の朝、学が教室後方の席についていると前方の扉から砂音が姿を現した。


「おはようー」


 そこらにいるクラスメイトに笑顔で挨拶をしている。


 学は郷子に目でサインを送ったあと、教室を出た。


 水飲み場へ出向き、しばらくすると郷子がやってきた。


「砂音、学校に来たな……」


「あぁ。って事はつまり砂音は自分が小人だとアタシ達にバレてないと思ってるっつー事だ」


 砂音がいなければ二人は完全に小人の手がかりを失っていたことになる。そうなれば学達はただ小人達に襲われるのを待つしかなかった。これで何とか最悪な状況は逃れられたようだ。


「これで第一関門はクリア出来たわけだけど、これからどうするんだ。砂音の秘密を暴くっていっても一体どうやって……」


 学は昨日からそれを考えていたが、これと言っていい案は浮かんでいなかった。


「それについては一つ考えがある」


「え……?」


 郷子は人差し指を立てて学に目を向けてきた。


「砂音について以前からひとつ疑問に思ってたことがあるんだ」


「疑問に思ってた事……?」


「あいつは時折クラスの奴らのどんな誘いも頑なに断ってしまう日がある。そしてその理由は絶対に言わないんだ」


「へぇ……。でもそれって何か病院に行ってたとかじゃないのか?」


「いや、以前その日、偶然砂音の後について帰った事があるんだが、あいつは一人北の森の奥へと入っていったんだ」


「森の奥……」


「そんなの絶対怪しいと思わないか? 誘いを断って向かう先が森なんてよ。一人でハイキングでもしに行ったのか?」


「それは……確かに怪しいな」


 その森の奥に一体どんな用事があったというのだろう。


「その砂音が向かう先にホムンクルスに関する秘密があるかもしれないって事か」


「あぁ。まぁ、もちろん確証なんて何もない。雲を掴むような話さ」


「いや、俺には何も他に案はないし、とりあえずそれに賭けるしかないんじゃないかな」


「そうか……ならそうしよう」


 二人はそれで話を進める事にした。


「じゃあ学、その日までお前は砂音を毎日遊びにでも誘え」


「え……」


「そうじゃないとその、大切な用事がある日が分からないだろ」


 確かに、別の人物が砂音を偶然遊びに誘い、それが砂音の謎の用事のある日であるという可能性は低いと思われるが。


「でも、あいつを遊びに誘うって……」


 相手は人間ではないというのに。しかも学と敵対している存在だというのに。そんな奴と毎日遊ぶというのか。


「何も問題はないだろ。お前とあいつは”友達”なんだからよ」


「……確かに表面上はそういうことになってるけど……」


「それに毎日一緒に帰ってんじゃねーか。今さら何言ってんだよ」


「まぁ……そうだな……。やるしかない……よな」


 学と郷子はこのままではいつ小人に襲われるかも分からない。なりふりかまってはいられないだろう。


「アタシも何もしないってわけじゃないさ。その補助に回るよ」


「補助……?」


「お前とホムンクルスを二人きりになんてさせられないからな。私も同行するってことさ。二対一ならそうそう襲われるなんて事はないだろう」


 郷子はこちらに全てを押し付けるような気もないらしい。


「そうか……それは心強いな」


 つまりこれから毎日三人で遊ぶということか。


 学はその時ふと昔の事を思い出した。そうだ、そんなこと以前は当たり前のようにやっていた事だったのだ。


「いやでもちょっと待て、郷子はこれまで皆を無視するように過ごしてきたわけだろ? いきなり和気あいあいと過ごすのも変な気もするけど……」


「うーん? まぁ……」


「それによく考えればいくらなんでも毎日は遊びに誘いすぎな気が……」


 学は腕を組んで少しの間考えた。何かそれに理由があればいいのだが。


「そうだ……じゃあこうするか」


 すると学にはそれらしき大義名分を思いつく事が出来た。


「お前はこれまでずっと独りでいた。それを俺が懐柔させようとする。砂音を巻き込んでな」


 郷子は「え……?」と一瞬キョトンとした顔をしたようだったが、得心がいったようだった。


「なるほどな……分かったよ。そういう演技をすりゃあいいんだな」


「そうだ。だからあまりお前から仲良くなろうとするなよ。それじゃあ話が解決してしまうからな」


 郷子は「あぁ」と答える。今の郷子ならば大して演技をする必要もなく、そうなりそうだが。


「しかし、あいつを遊びに誘うっていって言っても、その用事は何時ごろになるか分からないぞ。夜になる可能性だってあるんじゃないか」


「まぁそれはたぶん大丈夫だろう」


 学の疑問に郷子は当たり前のようにそう答えた。


「あいつの目的の先が森の中にあるんだったら、そんな遅い時間には向かわないはずだ。夜の森の中は危険だからな」


「確かに……それもそうだな。親が人間だったら夜家を空けてるのもおかしいし……」


「話は決まったな。ま、多少強引なことになるかもしれないが、バレないようにしろよ」


「……まるでスパイ活動だな」


 とりあえずの話を終えた学と郷子は教室に向かって戻り始めた。


「まぁこの方法はやるとして、もう一つくらい何か方法があるといいんだけどな。砂音の正体を暴く方法」


「もう一つ……?」


 郷子は少し考えるような素ぶりをしたあと、口を開いた。


「そうだな……。まぁ、別の方法があるとしたら……」


「としたら……?」


「いや……なんでもない」


 しかし結局郷子はその言葉の先を濁してしまった。


「……」


 郷子は答えてくれなかったが学には響子の言わんとすることがなんとなく分かってしまった。


 おそらくそれはあまりにも恐ろしい方法だったので口を閉ざしてしまったのだろう。




 そして午後の休憩時間の事だった。


「なぁ、砂音、少し話があるんだけど」


 学は教室の前方に出向き、教卓の前に座る砂音に話しかけた。


 砂音は「うん?」と、体と目を学の方へと向ける。


 チラリと学が郷子へ目を向けると郷子は教室の隅で机に伏していた。


「ちょっと、教室の外で話さないか」


「あぁうん……いいけど」


 廊下に出ると学は話を続ける事にした。


「実は郷子の事なんだけど」


「郷子ちゃん?」


 まるで郷子に聞かれてはならないかのように教室を出てきたが、もちろん郷子はこの事を知っている。


「あいつ、以前とはまるで別人みたいだろ? 何とかしてやりたいと思ってさ」


「あぁうん……それはそうだね」


「ってことでさ、あいつ誘って遊びにでもいかないか?」


「え……」


 その瞬間、砂音は何だか固まってしまったように思えた。


「えっと、砂音……?」


「あ、あぁ、うんそうだね! 前から郷子ちゃんとは話そうとはしてたけどうまくいかなくて……。でも学なら何とかなるかもしれなし、誘ってみよっか!」


 よし。何とかなりそうだ。学は心の中でガッツポーズをした。どうやら今のところ自然な感じで事を運べているように思える。


 砂音と学はそのまま教室に入り、郷子の元へと向かった。


「郷子ちゃーん」


 砂音は乗り気なようで、学より先に郷子に声を掛けてしまった。


「ん……?」


 机に伏していた郷子が頭を上げる。学と砂音はそんな郷子の前に立った。


「……何か用か」


「あ、えーっと……今日、駄菓子屋にでも行かないか。懐かしいだろ? 昔三人でよく行ってたところだよ」


「あ、あぁ……うん。いいよ」


 郷子は学から目をそらして顔を少し紅潮させてそう答えた。


「えっ……」


 学はその答えに驚いた。いくら何でも承諾が早すぎないか。学としてはもう少し紆余曲折あった後にOKをもらう感じだと思っていたのだが。


 何だかその様子を意外そうな目で他のクラスメイトは見ているように感じられた。


 それもそうだろう。これまで郷子はさんざん人と関わりを持たなかったはずなのに。まさかこんな簡単に許諾を得るなんて誰も思わなかったはずだ。


「あ、あぁ、そうかぁ! そいつは良かったぜ!」


 とは言っても学自身がその事に言及すると話がややこしい事になりそうだ。学はそのまま話を押し通す事にした。


「うん! 郷子ちゃんなんだか久しぶりに遊ぶね!」


 砂音は案外別に気にした様子はない。


 この二人はどこか人の感情というものに対して鈍感なのかもしれない。おかげで学は助かることになったが。




 そして放課後になると学と郷子、そして砂音は三人で校舎を出た。


「なんだか三人でこうやって歩くのも久しぶりだね~」


 砂音は軽やかにステップを踏んで少し先を行き振り返った。いつも通りのにこにこ顔だ。それとは対照的に郷子は少しピリピリしたオーラを身に纏っている。そういう予定だが、これはたぶん演技ではないだろう。


 学校を出て、自宅とは逆方向に進み、三人は目的の駄菓子屋へとたどり着いた。


「本当久しぶりだなぁ」


 少し錆びた看板、外にはアイスケースとガチャポンが数台並んでいる。


 東京にも駄菓子屋はあるのだろうが、学が家から歩いて行けるような場所にはなかった。


 駄菓子屋とは学にとって故郷の色の一つだった。


 店内に入ると所せましと駄菓子が並べられていた。店の奥には店番をしている初老の女の姿がある。学の記憶と何ら変わる事のない光景だ。


 三人はさっそく自分がほしい駄菓子を物色し始めた。


「私はきな粉棒と、イライラしてんじゃねぇと……」


 郷子も無言ながら駄菓子には興味があるようで、いくつかの駄菓子を手に取っている。


「ねぇ、三人いるんだし、このガム買ってみようよ」


 砂音がレジ前にあるものを手に取り二人にそんな事を言った。


「あぁ、そのガムね」


 砂音が手にしていたのは、三つそれぞれ酸っぱさの違うガムだった。二つは普通においしいのだが、一つは罰ゲームと言えるレベルに酸っぱく、運試しをするにはちょうどいい代物だ。


「……いいぜ」


 郷子は案外乗り気のようだった。無駄に殺気立った雰囲気で返事をする。


「じゃあいくぞ。せーの」


 店から出るとさっそくそのガムを三人で手にして一気に口へと頬張った。


 学は数回噛んでみたが、大したすっぱさはない。これはおそらく二番目に酸っぱいやつだろう。ふと横に目を向けると、郷子が眉をひそめ渋い顔をしていた。


「くううう!」


 どうやら外れは郷子が引いてしまったらしい。


「あははは! 響子ちゃんの負け~!」


 それを見て砂音がケラケラと笑っている。


「べ、別に負けたとかそんなんじゃねーだろこれは!」


 ガムを食べ終わり、郷子が購入した菓子の入った袋をバッグに入れようとした時だった。


「あれ? 郷子ちゃん、カメラ持ってるんだ。すごいね」


 その中にカメラが入っていることが砂音にバレてしまったようだ。


「お、おう……」


 郷子は明らかにしまったといった顔をして学の事を見てきた。学に何とか出来る状況だと思っているのだろうか。


「あ、そうだそれで記念写真撮ろうよ」


「え……」


「ね、いいかな?」


 砂音は特段何も疑う様子なく郷子に目を向けていた。


 そして砂音が店の人に頼んで三人で写真を撮ってもらう事になった。


「じゃあ三人とも笑ってねー」


「ふん」


 なんだか郷子はぎこちない表情をカメラに向けていた。




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