第8話 これは戦争なんだ
再び郷子の家にたどり着くと、郷子は自転車を降り、門を潜って学に顔を向けた。
「まぁ上がれよ。まだ色々と話す事はある」
「あぁ……」
自転車を止め、郷子のあとに続き、学は郷子の家へと入っていった。
すると廊下の奥の扉から中年の女が現れた。おそらく郷子の叔父の妻であろう。つまり郷子とは直接血は繋がっていない叔母ということになる。
「あら、郷子ちゃんお友達?」
「あぁ、うん。学っていう、最近越してきた奴だ」
「あ、お邪魔します」
学は軽く会釈し、家へと上がった。
「どうぞどうぞ、ゆっくりしていってね」
郷子の叔母は愛想がよく、学を出迎えてくれた。
階段を上り、二階の個室へと案内される。そこはどうやら郷子の部屋らしかった。
学は以前にも別の家ではあるが郷子の部屋に入ったことがある。その時と同じようにぬいぐるみや西洋人形が各所に置かれている。郷子は意外にも少女趣味なのだ。そこをイジり、以前学は郷子に顔面を殴られた事がある。もう言及する気にはなれなかった。
「ここにいて平気なのかな」
学は窓辺に立ち、外を覗き見た。
「さぁ……。まぁ、奴らは目立たずにアタシ達を殺したいはず。叔母さんがいる限り、そう簡単には手出しされないはず」
「そうか……」
「叔母さんが本当に人間だったらの話だがな」
「え……」
どうやら郷子は自身の叔母でさえも信頼していないらしい。
「まぁとにかく座れよ」
言われた通り、学はテーブルの前に座る事にした。
すると、その時部屋のドアがノックされた。
「お、茶でもどうぞ」
入ってきたのは郷子の叔母だった。トレイの上にコップが二つ置かれている。
「あ、ありがとうございます」
「……ありがと」
二人の前にお茶が置かれる。郷子は一応礼を言ったが、愛想がいいとは言えない。
郷子の叔母が部屋から去ったあと、郷子はふぅとため息をついた。
「やっと落ち着いて話が出来るな」
「あぁ……」
学はお茶に手を出そうとした。すると「ちょっと待て」と、その手を止められてしまった。
「どうしたんだ」
「一応警告しとく。そのお茶、危険かもしれない」
「は……? 何言ってんだ。お前の叔母さんが持ってきたお茶だぞ」
「叔母さんはホムンクルスかもしれないだろ」
郷子は真顔でそんな事を言う。
「……さすがにそりゃあないんじゃないか」
学は構わずお茶を手に取り一口すすってみた。
郷子はそんな学の様子を伺っていた。郷子はどれだけ人の事を信頼していないのだろう。
「それにしても郷子……お前には謝らなきゃならないな」
学はコップをテーブルの上に置いて話を切り出すことにした。
「ん? なんでだ?」
「俺を助けたばっかりにお前まで命を狙われる事になったわけだろ。俺が下手な事しなければお前はずっと問題なく暮らせてたかもしれないってのに」
すると郷子は「あぁ……」と言ってお茶を飲み始めた。学が平気そうだったからか。
「気にすんな。いずれは奴らと戦わなくちゃいけないと思ってはいたんだ」
「でも……」
「それに別に悪い事ばかりじゃないさ。やっと確実に人間だと思える奴に会えたんだからな」
「え……?」
「学、お前は確実にホムンクルスじゃない。奴らに襲われていたんだからな」
「そりゃあまぁ……」
考えてみると、それは学にとっても同じだった。郷子は今唯一信頼を置ける存在だ。まぁおそらく学と共に最近帰郷した学の母親恵津子も寄生はされていないとは思うが。
「それにしてもお前、やっとって、今まで俺以外の人間を誰も信じてこれなかったのか」
「そうだ。誰の頭の中に奴らが潜んでるか分からないからな。気持ち悪くて仲良くなんか出来るかよ」
「本当に一人も……?」
「あぁ、そうだよ。学校の連中も親戚も……信じられる奴は誰もいないね」
「でも……」
「周りの奴が人間だって事どうやって証明するんだよ。頭でも切り開いてみて確かめるか?」
そう言われてみると確かにそうである。一番信頼していた父親がそうであったとあれば他の誰も信じられなくなってもおかしくないかもしれない。
「そうか……大変だったな。今まで孤独だっただろう」
「まぁ……」
郷子は強がるように下唇を少し前に突き出していた。
学はこの二日間でも周りの人間を信用出来ず、神経をすり減らしてきたというのにそれが数年にわたって続くなんて。それは想像以上にキツい事なのかもしれない。
「あのさ……その、郷子の親父さんの事、もう少し詳しく押してくれないか」
聞きにくいとはいえもう学にも関係のある話だ。知らないでいるわけにもいかないだろう。
「あぁ……」
郷子は再びお茶に手をつけて一呼吸おくと話を始めた。
「あれは学が東京に行ってから間もない頃だったかな。私の父はいきなり様子が変わってしまった。愛想なんて全然なくなって、私にもほとんど話しかけなくなっちまった。でもさ、まさか中身が他人に入れ替わっちまったとは思わないだろ? だからまぁそれからも一応親子として生活してたんだ」
確かに、どんなに人が変わってしまっても、本当に他人になりかわってしまったとは普通考えないかもしれない。
「結局、父が本当に別人になってしまったって確信が持てたのは、父が癌で死んだ時だった」
その時の郷子の目はまるで自身の過去を覗き込んでいるかのようだった。
「父が死んだ日、父の遺体は病院から自宅へと運ばれた。そしてその日の夜中に何か物音がして、アタシは父の部屋を覗いたんだ。すると、知らない男が父の遺体の傍に立っていて、父に向かって聞いたこともない言葉で話しかけ始めたんだ」
聞いたこともない言葉……そういえば学を拘束していた小人も知らない言語で話していた。
「アタシは気味が悪くて、ただそれを影から見ていることしか出来なかった。本能的にバレちゃマズいって悟ったんだ。そしたら……死んだはずの父の口から小さな人間が出てきた。その小人はそのやってきた男に回収されてどこかに行ってしまった」
「そんな……ことが」
「それ以来、アタシは周りの全てが信頼出来なくなった。誰の頭に奴らが潜んでいるか分からない。いつ奴らに寄生されるか分からない」
郷子は思いつめるように下を向く。
「ずっとずっと一人でいたんだ。何の手がかりもないままに……」
しかしふっと顔を上げて学の事を見た。
「でもやっと前進できる。学のおかげだよ。お前が砂音の正体を暴いたからな」
「あ、あぁ……」
「始まる……そうだ、これは戦争の始まりなんだ」
「せ、戦争……?」
「そうだろ? もうアタシ達は奴らの秘密を知っている事が奴らにバレてしまっている。だから奴らはアタシ達の命を狙ってくる」
学にはその言葉は少し大げさなようにも思えた。
「アタシらが証拠を捉えてあいつらを世に暴き出すのが先か、アタシらが脳を奪われてあいつらに操縦されるようになるのが先か……これは戦争なんだ! ホムンクルスとアタシらの!」
郷子はその場に立ち上がり拳を握り締めた。学はその勢いに少し圧倒されてしまった。
「もう引き返せない……アタシ達は運命共同体。二人で協力して、そして勝つんだ」
郷子はそういうと学に手を差し出してきた。
「これからよろしくな、相棒」
何だろうこの温度差は。簡単にこの手を取ってしまっていいのだろうか。何だか学は不安になってきてしまった。
「どうした……? もしかして感情的に砂音の体を持つ者とは敵対しにくいのか?」
「い、いや……」
学は感情的という言葉に反応した。メガネをくいと上げる。
「俺はそんな感情的には動かないさ。論理的に動くことが出来る人間だからな」
「ふーん……?」
確かに考えてみると、郷子の言う通りではあるのだ。もうこの道の先には小人か学達、どちらかの破滅しか残されていないのかもしれない。本当にもう引き返す事なんて出来ないのかもしれない。
「わかった……こちらからもよろしく頼むよ」
学は郷子の手をとって握り締めた。
「ま、明日から砂音が姿を隠せばその時点で俺達の負けと言えるかもしれないがな」
「そうだな……」
今はそこに全てが掛かっている。果たして小人達は砂音をどう動かすのだろうか。
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