第6話 ホムンクルス

「っ……」


 学は意識を取り戻した。しかし記憶が混濁している。一体何がどうなっているのだったか。


 そうだ。学はいきなり牧師に謎の薬剤によって眠らされたのだった。


 徐々に視点が定まる。そして学の目に最初に入ったのは金具で止められた自分の腕だった。


「うッ!」


 一気に視認範囲が広がり、学は驚愕した。体が完全に椅子に金具によって固定されていた。腕や足、胴体や頭までもが複数の金属製の金具によって動かせないようになっている。


「うわあぁ――ッ!」


 そして、小人、小人、小人。十人ほどの小人が学の体の上やその周辺にいたのだ。


 学が叫んだ事により、小人達も学を向く。小人達は砂音と同じように人間と変わらぬ姿をしていた。男の方が多く、宇宙服のようなものを着ている。そして、学に理解出来ない言葉で会話しているようだった。


「目が覚めましたか! マナブさん」


 すると学の視界に横からにゅっと牧師が姿を現した。


「ぼ、牧師さん……!」


 牧師と小人はお互いの存在に特に驚く様子はない。


「ま、まさかお前もなのか! 頭の中には小人が入っているのか!」


「その通りデース」


 牧師はいつもの笑顔を学へと向ける。同じ笑顔のはずなのに今の学にはそれが何だか狂気を孕んだものに感じられた。


「く、くそっ!」


 学はその椅子から抜け出そうと全身に力を入れた。しかし学を固定している金具はビクともしない。頭を横に回転させる事すら出来なかった。


「な、なんで……あのときお前は小人達と敵対しているような話をしていたはずじゃ……」


「あぁ、あの電話ですか。あれはあなたが小人の話を知っているかどうかを試させてもらったのデース」


「え……」


「もし知っていれば食いついてくる。知らなければ戯言にしか感じられなかったでしょう」


「そ、そんな……」


 やはり砂音の事からか、学は小人の事を知っているのではないかという疑いを持たれていたようだ。それで学を鎌にかけたということらしい。


「嘘だったのか、全部……」


 学は何だか全身から力が抜けてしまった。


 学は牧師の事を神の救いの手のような目で見ていたのに。信じていたのに。


 よく見るとそこは昨日学が入った教会二階の個室だったようだった。ソファーと机が片付けられて今は学を捕らえるための椅子が床に固定されている。


 小人に関する資料を用意をするから明日また来てくれなんて言われたが、実際に用意していたのは学をこうして捕えるための算段だったようだ。そんな資料なんて最初からなかったのだ。


「マナブさん、アナタはワタシたちの事を知り過ぎました。今からあなたの頭にスペシャルな施術をしたいと思いまーす」


 よく見ると、牧師が何か手にしている。それは電動の丸鋸だった。


「ふ、ふざけるな! な、なんだよ施術って!」


 次の瞬間、牧師が丸鋸を作動させたらしく、キュイーンとその刃が高速で回転を始めた。


「ひっ!?」


 そして牧師は学の後方へと回ってしまった。それに合わせて振り向こうとするが、学は頭を金具で固定されていて動かせない。


「安心してくださーい、すぐにいい感じになりまーす」


「や、やめろ――ッ!」


 グリグリと眼球だけを動かし、後ろを振り向こうとするがそれは何の意味もなかった。


 学はここで頭蓋骨を切り開かれてしまうのか。そして脳をかき出され中を改造され、ここにいるどれかしらの小人に寄生され、操縦されて家族にも誰にも気づかれずに体だけがゾンビのように生きていく事になるのか。


 嫌な音が間近まで迫ってきている事を学は感じた。


 もう駄目だ。学は恐怖に耐えるようにぐっと目を瞑った。


「うぐぅ……ッ!」


 そしてその刃が学の頭に届こうかという時だった。


 バン! と学の視線の先にあった扉が開かれた。


「む……!?」


 丸鋸の刃が学の頭から離れていき刃の回転が止まる。とりあえず学は難を逃れたようだった。


「え……」


 学は扉を蹴り開けて入ってきた者の姿を見て驚いた。


「アナタは……」


「きょ、郷子……?」


 教会内に入ってきた人物は鹿崎郷子だった。


「フー、フーッ!」


 郷子は鬼のような顔をして息を荒げている。やはりその手には金づちが握られていた。


「おまえら――ッ!!」


 そして郷子は次の瞬間、耳を劈くような大声をあげこちらに向けて駆け寄ってきた。


 すると牧師が学の前に出た。


「おぉキョウコさん! お待ちなさーい! ここは教会でーす! 暴力を振るっていいような場所では」


 そしてなぜだか郷子に対して悠長に説教を始めたのだった。


「お前が言うなぁッ!」


 郷子は勢いをそのままに思い切り金づちを振りかざしそれが牧師の顎に直撃した。


「うごッ!?」


 牧師は学の椅子の前に仰向けになって倒れた。


「うわあぁぁ――ッ!」


 それだけでは終わらない。郷子はその倒れた牧師の上に立ち、手加減などない様子で何度も金づちを振り下ろした。牧師の顔がぐちゃぐちゃに変形し、傷口から血が噴き出す。


「あああ!!!」


 そして牧師がもう反撃不能だと判断したのか、郷子は次に学の周囲に群がる小人達にターゲットを変更したようだ。小人を追い回しブンブンと金づちを振り回す。床や壁に叩きつける。それによって、小人達が蜘蛛の子を散らすように何か叫びながら逃げていった。


「フーッ! フーッ!」


 郷子は小人の姿が周囲からなくなると、今度は学へと目を向けた。返り血を浴び、鬼気迫った表情の郷子。


「うっ……」


 その様子に目を見開く学。まさか学もこれから目の前に倒れた牧師のように体や顔をぐちゃぐちゃに潰されてしまうのか。


「や、やめろ! 来るな!」


 そして郷子は学の目の前にやってくると金づちを天高く振り上げた。


「ひっ!?」


 学は恐怖のあまり再び力いっぱいに目を閉じた。


 そして次の瞬間、ガン! という衝撃が手のあたりに響いた。


 しかし別に痛みなんかは発生しなかった。


「え……」


 ガン! ガン! と何度も伝わる衝撃。学は目を見開いた。


「ん? これもしかして壊す必要はないか?」


 どうやら郷子は別に学を殺害しようとかしているわけではないようだった。学を固定している金具を何度も叩き破壊しようとしているだけだった。


 郷子は腕のボルトのような金具を回し、緩め始めた。隙間があき、学の腕が開放された。


 足、頭、胴体の金具がどんどん外されていく。そしてすべての金具を外し終わると、


「よし! 早くこんなところからずらかるぞ!」


 郷子は学に手を伸ばしてきた。


「あ、あぁ……」


 その手を掴み椅子から引っ張り上げられる学。


 そして郷子はそのまま牧師の体をよけるようにして入口のほうへと進み、教会の外へと学を連れ出した。




「はぁ……はぁ……はぁ……」


 先ほどのT字路までたどり着くと二人はとりあえず足を止めた。振り向いて後方を確認する。


「……とりあえず、誰も追ってきたりはしてないな」


「あ、ありがとう。助かったよ」


 すると郷子はもう必要ないと感じたのか学の手を放した。


「ふん、間一髪のところだったな」


「よく俺の居場所が分かったな」


「お前の叫び声が聞こえたんだ。ほとんど偶然みたいなもんだったよ」


 郷子はなんだか以前の、小学生の時の元気……というより横暴なイメージの郷子に戻ってしまっているように感じられた。今までは随分大人しい人物に変わってしまったなと学は思っていたのだが。


「このままアタシの家に向かおうと思う」


 そういうと郷子は踵を返して道の先を見た。


「家に……?」


「あぁ」


「えっと……何をしに行くんだ?」


「カメラを取りにいくんだよ」


「カメラ……?」


「あいつらの証拠写真を撮るんだ。学、お前もついて来い」


 郷子はT字路を左に向かって駆けだした。どうやら最初から目的地は決まっていたらしい。


 学はとりあえず郷子に遅れてついて行きながら考えを巡らせた。


 助けられたことは間違いないようだが、このまま郷子のことを信頼していいのだろうか。牧師に騙されたばかりなので、一体何を信じていいのか学には分からなくなってしまっていた。


 先を走る郷子に追いつきその横に並ぶと学は「あのさ」と尋ねた。


「なんだ……?」


「一応聞いておくけど、郷子、お前は人間なんだよな?」


「あぁん? ったりまえだろ。あんなおぞましい寄生虫共とアタシを一緒にすんじゃねーよ」


「そ、そうか……ならいいんだけど」


 どうやら先ほどの戦いは小人達の仲間割れとか、獲物の奪い合いとかそういうものではないらしい。郷子の話を信じればの話だが。


 郷子の足取りは早い。何とか歩調を合わせて学は質問を続けた。


「お前はあいつらが一体何なのか知っているのか?」


「あぁ……あいつらはホムンクルスだ」


「ホムンクルス……?」


「あぁ、ラテン語で小人って意味で、アタシはそう呼んでる」


 ホムンクルスか。まぁ、郷子が勝手に決めた名前なんて学にとってどうでもいい事だった。


「へぇ……それで、奴らの証拠写真を撮ってどうするつもりなんだ?」


「あぁ? そんなの決まってるだろ。さっきの襲撃でアタシ達は奴らの秘密を知っている事が奴らにバレてしまった。このままではこれから先、アタシ達は命を狙われ続ける」


「それは……」


 確かに言われてみるとその通りかもしれない。牧師は郷子が倒したとはいえ、その他の小人達は逃げていっただけのようだった。小人達の間にこの話は伝わっていってしまうだろう。


「だから奴らに殺される前に奴らの存在を世に暴き出すのさ。そうすればアタシ達には命を狙う価値がなくなるからな」


「そ、そうか……」


 どうやら郷子もやろうとしていることは学と変わらないようだった。


「あいつらがあの場から完全に撤収する前に何とか再びあの教会まで戻らなきゃなんねぇ。駄弁ってる暇はねぇんだ。急ぐぞ!」


「あ、あぁ、分かった!」


 学は郷子に行動に一応納得し、二人はそのまま郷子の家に向かって駆けていった。




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