第5話 命を狙われているみたいなんです

 そして次の日の朝。学は学校へと出向き、教室へと入った。


「おはよう」


 クラスメイトの一つ年下の男子が声を掛けてきた。学は「お、おう」と少し挙動のおかしな返事をしてしまった。


「どうかしたか……?」


 クラスの十五人中少なくとも二人は寄生生物が頭の中に入っている。二度ある事は三度あるというが、小人が二人いれば三人、いやそれ以上にこの教室は小人が潜んでいるかもしれない。


「い、いや、別に……」


 ダメだ。普通に反応しなければ。動揺しているところを悟られてはならないのだ。


「はは、ちょっと勉強のしすぎかな」


「ふーん、よくそんな勉強ばっかやってられるなお前は」


 昼休みになった。机を固めては数人で弁当を食べる。


 それはあまりにも日常の光景のはずだったが、学には常に気が抜けなかった。


 ついつい周りの生徒、そして担任の頭にも目が行ってしまう。その中身を想像してしまう。


 そんな緊張感の中で唯一の救いになっていたのはあの牧師の存在であった。牧師の笑顔はまるで学の中では天からの救いのように感じられていた。


 現在頼れるのは牧師だけだ。他の者は誰一人として信頼ならない。なんとか今日を乗り越え、森の教会に行き、寄生されている人物を知りたい。そうすればまだこの生活も少しはマシなものになるはずである。




 午後は体育の授業があった。授業が終わり校庭にある水道で学が一人水を飲んでいると、


「学」


 学は声を掛けられた。目を向けるとそこには体操着姿の郷子が立っていた。


「きょ、郷子か。どうした?」


 学は返事をしたが少し声が変なイントネーションになってしまった。


 これまで学が話しかけてきてもまともに会話にならなかったというのに、まさか郷子から話しかけてくるなんて。


「……昨日の学校帰り、どこに行ってたんだお前。家とは違う方向に行ってただろ」


 やはりそこは気にされていたのか。


「い、いや……別に。どこだっていいだろそんなの」


 ぱっと何も思い浮かばなかった。とりあえず牧師の事は知られてはマズいだろう。牧師に迷惑をかけるわけにもいかない。


 郷子は「ふーん」と冷たく尖った視線を学に向けてきた。


「ど、どうして、そんな事聞いてくるんだ」


「いや、別に……なんでもねぇよ」


 話したい事はそれだけだったようで、郷子は踵を返して歩いていってしまった。




 そして放課後。学校が終わると砂音が話しかけてきた。


「学~帰ろうよ」


「あぁ……帰ろうか」


 学はここ数日、二人の小人に囲まれて下校していたという事になる。そんな状況は望ましくないのかもしれないが……しかしやはり学には不自然な行動をとるわけにもいかなかった。


 砂音と学校から出て少し歩くと、やはりというべきか今日も後方には郷子の姿があった。


 これでこの光景は三日連続だ。もう間違いない。郷子は学を意図的につけているようだった。


「じゃあねーまた明日」


「おう……また明日」


 いつもの別れる場所まで来ると砂音は普通に帰っていった。もしかしたら二人同時に学に何かを仕掛けてくるのかとも思ったが違うのか。


 残りは後方の郷子だけとなった。その足音に耳を集中させる。距離は今のところ一定に保たれているようだ。しかし、やはり気になり学は後方をちらりと振り返ってみた。すると、


「え……」


 郷子の手に何か握られている。それは金づちのようだった。


 なぜそんなものを手にしているのか。これからどこかに釘でも打ち込むのか。いや、そんな用途のために持っているとは思えなかった。


 もう一度チラリと振り向いてみると、郷子と目が合ってしまった。完全にロックオンされてしまっている。


 どうする? まさかこれから襲われてしまうのだろうか。


 金づちなんかでも人を殺すには十分すぎる破壊力がある。


 逃げるべきだろうか。しかし下手にこちらから刺激を与えるのもマズいかもしれない。金づちを持っているだけでは明確な殺意があるとは言えない。


 ザッ、ザッ


 するとその時、郷子の足取りが次第に早まっているように感じられた。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ


 近づいてくる。迫ってくる。それに伴い学の足も次第に早まった。


 学はもうパニック寸前だった。どうする。もう本気で逃げるべきだろうか。小人の事を知らない体で行動しなければならないが、そろそろもうそんな事を言っている場合ではないかもしれない。


 そうだ。学は決めた。気づけば教会へと続く道は目前だった。昨日と同じで郷子がその道についてくるかどうかで本気で逃げるかどうかを判断する事にしよう。


 そして学は道を曲がった。


 少し歩いて振り向くと、郷子は学と同じ教会への道へとやってきていた。金づちをしっかりと握りしめ、目を爛々と輝かせながら学に向かってつかつかと前進してきている。


「ひっ!」


 間違いない。やはり郷子は学を追いかけてきている。学はたまらずその場から走り出した。


 林の中にある道をしばらく走っていると、カーブの道の先にT字路と小屋が見えた。


 右に行けば教会がある。そのまま教会へと進むべきだろうか。いや、あえて左に?


 あの小屋に隠れるという手もある。隠れるとしたらその裏だろうか。いや、そんなのバレてしまう可能性が高い。しかしその上ならどうだろう。


 小屋の元にたどり着いた学はその裏へと周りジャンプして屋根を掴んだ。体を持ち上げて肘をつく。そのまま何とか屋根の上によじ登ると転げるようにして屋根の上に伏せた。


「はぁ、はぁ……」


 荒ぶる呼吸を何とか整える。


 もし見つかった場合、戦うしかないかもしれない。しかしあっちは武器を持ち学は手ぶらだ。果たして勝つ事なんて出来るだろうか。


 しばらくその場で息を殺していると足音が近づいてきている事に学は気付いた。学は小屋の上からソロリと顔を少しだけ出して後方の道に目を向けた。


「フー、フー」


 するとそこには金づちを手にし鬼のような形相をしてやってくる郷子の姿があった。


 郷子は学が乗る小屋に目を向けた。


 学は顔を引っ込めてただそこで息を殺した。郷子は小屋の裏まで回ったようだ。


 しかし小屋の上にいるとは気づかなかった様子だった。郷子は元の道に戻り左に曲がって行ってしまった。


「よし……」と学は呟く。教会とは逆の方向だ。学にとってそれは理想的な行動と言えた。


 学は郷子の気配が消えるまでその場で待機した。


 しばらくして、音も気配も完全になくなったころ、学は小屋の上から降りる事にした。


 T字路から顔を出し、左の道の先を見つめる。


「行ってしまったか……」


 危ないところだったかもしれない。あれは完全に殺る気満々の顔だった。あのまま歩いていれば今頃学は後ろから撲殺されていたのではないか。


「この状況……もういつ殺されたっておかしくない。早く何とかしないと……」


 それを解決させるには牧師に頼る他ない。学は右の道に向かって走りだした。




 教会に入り通路を進んだ先にある礼拝堂に入ると牧師がオルガンを演奏していた。


「おぉ、学くんではないですか。ようこそいらっしゃいました」


 牧師は学に気付いたようで、振り向き立ち上がって学の方へと向かってきた。


「ん……? どうされたのですか? 服が汚れているようデスが」


 学が自身のYシャツを見ると、ところどころ黒く汚れていた。さきほど屋根の上に登った時についたものだろう。


「あ、あぁ……それが、ちょっとトラブルがありまして」


「ほう……トラブルとは?」


「実は俺、郷子に命を狙われているみたいなんです……」


「命を……? キョウコとはシカザキ キョウコの事デスか?」


「はい」


「なるほど……。それでその彼女は今どこにいるのデスか?」


「ここに来る途中、反対側の道に行ったみたいなんで……たぶんここに来た事は分かってないんじゃないかと思います」


「……分かりました。まぁ、一応、今日はこれ以上の営業をやめておく事にしましょう」


 牧師はそのまま礼拝堂を出て、入り口の扉を閉めてしまったようだった。


「安心してくださーい。ワタクシがいる限り、あなたには手出しをさせませーん」


 学はその牧師の笑顔に安心感を覚えた。何か神々しいものさえも感じ取る事が出来た。


「ではまたあの部屋に行きましょう。そこに資料の用意はしてありまーす」


 教会の二階へと向かう牧師。学は「はい」と返事をしてそのあとへと続いた。


 ついにこの村にいる寄生されている人間の多くが明らかになる。これで誰に警戒すべきかがはっきりしてくるべきだ。この牧師に頼っていれば全てがうまくいくはず。


 学がそう思った瞬間だった。


 牧師が突然振り向き、何だか学の顔に霧のようなものが掛かった。


「なッ……!」


 どうやら何か、牧師がスプレーのようなものを学に向けて吹き掛けたらしい。


 そして次の瞬間、学の意識が急に遠のいた。


「何を……」


 力が抜け、目の前が真っ暗になっていく。


「HAHAHAHAHA! アナタ、ワタシの事、信頼しすぎデース!!」


 意識が遠のく中で牧師の笑い声だけが学の耳に響いていた。




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