第4話 牧師
そして次の日、
「学~帰ろうよー」
また砂音と一緒に帰る事になってしまった。断る理由はないので「あぁ」と許諾する。
砂音にはやはり変わった様子はない。
学はふと思った。このままいけばきっとこれからもずっとこうなのかもしれない、と。
だとしたら別にこれでいいということにはならないだろうか。
しかし自分が平気だからいいという話ではないだろう。砂音は既に小人の犠牲になってしまっている。砂音の仇とも言えるかもしれない。そんな相手とこんな仲良くしていていいのか。
それに結局、このままでは安全だという保障はどこにもない。このままビクビクとした生活をずっと続けるのは精神的にくるものがある。
「ごめん、その前にちょっとトイレに行ってくるよ」
学はここで昨日の夜から考えていた作戦に出ることにした。作戦とは言ってもトイレに行くだけなのだが。
「うん、わかったぁ」
そして少し長めのトイレのあと、学は砂音と共に帰路についた。すると、
まただ……。
後方には郷子がいた。昨日と同じような距離を開けて二人についてくる。
トイレに行き少し帰る時間をズラしたというのに。二日連続でまったく同じ距離感になるなんて。これは偶然で済ませていいのだろうか。
学は更に郷子を試したくなった。ただ家に向かっているだけなのか、それとも学についてきているのか。
砂音と別れしばらく歩く、郷子はまだ後ろにいる。まぁ、そこまでは当然といえば当然である。しかしどうだろう、学が予想外の方向に曲がれば。
学は先にある横道に目を向けた。森の教会へと続く道だ。そちらに向かって、郷子がまっすぐ家に帰ってしまえば郷子への疑いは幾分か晴れる事だろう。
ということで学は教会の方へ道を曲がり、先に進んでいった。
ちらりと後方へ目を向ける。すると郷子は追ってはこないようだった。
ほっと胸をなで下ろす。たぶんそのまま家に帰ってしまったのだろう。
しかし、これからどうするべきか。こっちに曲がってしまったのに何も用事がなく引き返すというのもおかしな話かもしれない。
とういうことで学はひさしぶりに教会へと向かう事にした。
森の教会と呼ばれるその教会は土日になると、村人が結構集まるのだった。学も昔親に連れられて来ることがたまにあった。
こんな教会があるおかげで、キリスト教の信者が多いのもこの村の特徴の一つだ。
観音開きの扉を開けてロビーへと入ると、なんだかイントネーションのおかしな日本語が学の耳に入った。
「この声は……」
間違いない、これは昔からここにいる牧師の声だ。通路を曲がった先から聞こえてくる。
何だか一人の声しか聞こえてこないがどういう状況なのだろう。
学はそのまま通路を進んで角の手前まで来た時だった。
「その後の小人の動きはどうなのデスか」
そんな発言が聞こえてきて学は足を止めた。
小人……?
牧師は確かに小人と言った。それはまさか、あの寄生生物の事を指しているのだろうか。
角から顔だけを出してみると、牧師の姿が見えた。どうやら牧師は通路にある電話で会話しているようだった。
「ふむ……分かっているだけでその人数となると……一体この村にはどれだけの人が寄生されているのやら……」
どうやらそれは間違いないようだった。彼らは砂音の頭に入っていたのと同じ小人の話をしている。しかもその内容から察するに、牧師らは小人達とは敵対しているようだ。小人の事を暴こうとしているようだ。
つまり彼らは人間であり、学の味方ということになる。彼らならば信頼出来そうだ。
「あ、あの……!」
学は角から出て、牧師に声を掛けた。
「むむ……? あなたは確か……」
「その話……小人のこと、もっと詳しく教えていただけませんか」
牧師はそれから通話を終えると学を教会内部にある個室へと通した。
「あの電話はもう良かったんですか?」
「はい。もう必要な話は終わっていたので。それよりもあなたの話を聞くほうが重要な事のように思えました」
「そうですか……」
牧師は学の対面へと座った。
「それで、さっきの電話の内容なんですが……」
「ふむ……先ほどの話は何も知らぬ人が聞いても与太話にしか聞こえないでしょう。つまりあなたは小人に関して何か知っているという事デスね」
「は、はい」
「そうデスか……。では、それを踏まえてまずコチラからお話し致しましょう。実は我々の組織は以前からこの村に住まう小人を追っているのデース」
「小人を追って?」
「はい。この教会を構えているのもそれが理由なのデース」
なぜこのような山奥の村にこんな教会が、とは学は以前から軽く疑問に思っていたが、そういう事だったのか。牧師はその組織から派遣されたエージェントみたいなものということか。
「それで今度はワタシからお尋ねしたいのですが、あなたは小人をどこで知ったのデスか?」
「え……っと、それはですね……」
学はその時ふと、ある考えに至った。
砂音の頭の中に小人がいるのは間違いない。とはいえ、それを素直に彼に話してしまっていいのだろうか。
仮に話してしまえば砂音は牧師の組織から敵と認定され、どんな扱いを受けるか分からない。
下手すれば捕まって、実験材料にでもされてしまうのではないか。それはよく考えれば学にとって耐えがたい事態であった。
ここはとりあえず小人を見たということだけ伝えることが出来ればそれでいいのではないか。
「どうかされたのデスか?」
「あ、い、いえ……。や、山の森の中です。先日ふと歩いてたら見かけてしまって……」
「山の中……?」
学の言葉に牧師は意外そうな声を上げた。基本的には山の中に小人など出現しないものだったのかもしれない。
「なるほど……そーデスか」
しかし何とか納得してくれたようだった。
「自分の目を疑っていたんですが、他にも目撃談があるのならやはりあれは見間違いなんかではなかったんですね」
「その通りデース。その小人は人に寄生するのデース」
「え……人にですか?」
学は意外そうな声を上げた。山の中で見かけたと言ってしまった以上、それに話を合わせなければならない。学は今小人が頭の中に寄生するなど知らない事になっている。
「はい。人の頭に寄生し人を操縦するのデス」
「そ、そんな事って……」
それから牧師は小人の特徴について色々と話してくれた。やはりそれは学が砂音の中に見たものと同じもののようだった。
「えっと……さっきの外での会話から察するに、寄生されている人物を色々と特定しているみたいでしたけど……一体誰なんですか。誰の中に小人が入ってるんですか」
学は砂音のことを話さなかったが、もしかしたら牧師たちの組織は既に砂音が寄生されているのだと知っているのかもしれない。だとすればもう隠している意味はなくなってしまう。
「そうですね……たくさんいます。たとえばあなたが通う学校の生徒などにもデース」
「学校の……? それって一体……」
やはりそうなのか。学は覚悟を決めた。牧師は目をつむり、少し残念そうに答えた。
「それは、シカザキ キョウコさんデ-ス」
「え……きょ、郷子……ですか?」
てっきり東山砂音の名前が牧師の口から出るものだと思っていたのだが。
「はい。彼女の口から偶然小人が出てくるのを目撃した人がいまーす。間違いないデース」
「く、口から……ですか」
砂音は頭の割れ目から出てきていたが、通常は口の中から出入りするということなのか。
「あなたは何か彼女に対して不自然に感じる部分はありませんでしたか?」
学は言われて郷子のこれまでの様子を思い出した。
「まぁ……まだこの村に戻ってきてから数日しか経ってませんけど、確かに彼女は昔と比べて変わってしまったように思えます」
郷子が小人だと賛同してしまえば郷子が実験材料になってしまう可能性もあるが、もう断定されているならばそれはもう学がどう言っても意味のないことだろう。
「ほう……」
「昔はもっと明るい感じだった……というか暴君に近い感じだったような気がするんですけど、今はまるで別人のように大人しくなってしまっていて……」
考えてみれば砂音よりも随分と分かりやすい変化だと言える。
「そうデスか……彼女には気を付けておいた方がいいでしょう」
「え……っと、やはり小人というのは危険な存在なのでしょうか」
「えぇ、小人達は我々人間が気づかないうちに人に寄生し、勢力の拡大を続けているのです」
牧師は顔をずいっと学に近づけてきた。
「何か彼女にアプローチなどされませんでしたか? 人気のない場所に誘われるなど」
「じ、実はその……何だかここ数日目をつけられてしまっているような気がするんです。さっきも後ろからあいつ俺の事つけてきて……」
「なるほど……絶対に彼女と二人きりにはならないようにしたほうがいいでしょう。まぁ二人きりでなくともマナブさん以外の人間が全て寄生されているなんて可能性もありますが」
「確かにそうですね……」
既に学は砂音と郷子と三人になってしまったりもしてきた。その事実に少しぞっとする。
「……他に誰が寄生されているか、もっと分からないんですか」
「そうですね……それに関してはまた明日にでもお話しをしましょう」
「明日……ですか?」
「はい、今その情報は手元にはありませんから。それにさらに小人に関しての詳しい資料があります。明日までにはそれを用意出来ると思いまーす」
「資料……そんなものがあるんですか」
それならばぜひ見せてもらいたいものだ。
「はい。また学校帰りにでも寄っていただければお見せ出来ると思いまーす」
「分かりました」
そこから教会をあとにしようとしたとき牧師が最後に忠告をしてきた。
「この事は他の人には話さないほうがいいでしょう。話した相手が小人に寄生されていない保障はどこにもありませんから」
「そうですね……今日はありがとうございました」
「えぇ、それではまた明日お会いしましょう」
牧師は最後に包容感のある笑顔を学に向けてくれた。
その日の夜、学は自宅の居間で母親、そして祖父と共にテレビを観ていた。
バラエティ番組で二人が笑っていたが学はそんなもの目にも耳にも入っていなかった。
学は一人安堵と不安の境にいた。
牧師という心強い味方が現れたのはいい。しかし、それと同時に新たな脅威が身近にいることが明らかになってしまったのだ。
郷子の中には小人がいる。そして学は目をつけられているように思える。
しかしそれはなぜだろう。やはり砂音が崖から落ちた事が原因なのだろうか。小人の秘密を学が知っているのではないかという疑いを掛けられていて、監視しているのだろうか。
学校に行くことすら嫌になるが、ここで不登校になってしまうと更に疑いが深まってしまう事だろう。やはり学校には行き、ごく普通にふるまうしかないのだ。
それにしても、砂音と郷子、二人とも小人が入っているという事はあの二人は仲間なのではないのだろうか。それにしては全然仲良くしている様子はないが。
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