第3話 変わってしまった郷子

「砂音! 無事だったのか」


 砂音の父が砂音に呼びかけると砂音は学から離れた。


「パパ!」


 今度は砂音の父が砂音を抱き上げる。


「よかった! 心配したんだぞ!」


「なんだよう、砂音ちゃん無事だったのかい」


 すると周りの大人たちが安堵の声を上げた。


 砂音は学から離れると、捜索に出向いた大人たちに頭を下げた。


「ごめんなさい! 私、崖から足滑らせちゃって、気付いたら自分の場所がわからなくなっちゃってて……」


「それでよく無事だったなぁ」


「あぁ、うん。なんか木がクッションになったみたいで。特に怪我もなかったよ」


 砂音はクルリとその場で一回転してみせた。確かに砂音にはどこにも怪我なんて見当たらない。白いワンピースもまるで新品のように綺麗なままだ。


「あっはっは! 無事ならそれ以上のこたぁねぇだろ! さっさと皆家に帰ろう!」


 村人一行は道の先へと歩き始めた。大人達の間ではこのまま宴会でも開こうなんて話になっている。


 すると砂音がするり学の横へとやってきて改めるように声を掛けてきた。


「学、心配かけちゃってごめんね」


「あ、あぁ……いや……」


「ところで、学」


 砂音が学の顔を覗き込んでくる。


「私が落ちた時の姿、見つけられなかったって本当なの……?」


「え……」


 その時の砂音の表情からはいつもの笑顔が消えていた。目の奥に闇のようなものを感じた。


「あ、あぁ……ほ、本当だよ。崖下に行ってはみたものの、一体どの辺にお前が落ちたのか分からなくてさ」


「ふーん……」


 すると砂音は顔を傾けて笑顔を取り戻した。


「そっか。私落ちた後に移動しちゃったからね。分かるわけないよね」


 学は内心ホっとした。この態度、もしかしたら疑われているのかもしれない、しかしやはり秘密を知ってしまった事はバレてはいない。これなら命を狙われるなんて事はない……はずだ。


 迎えに来てくれた人物の顔ぶれは学と砂音の親族、それと捜索隊の親族などがいた。


 その中に学は一人気になる人物を発見した。


「あ……郷子じゃないか」


 今まで気づかなかったが、どうやら村人達の後方に潜んでいたらしい。


 鹿崎郷子しかざききょうこは砂音と同じように学の幼馴染である。郷子とは今この瞬間が三年ぶりの再会だった。


「郷子……?」


 郷子は声を掛けたというのに何も反応しなかった。ただ学の事をじっと見ているだけだった。


 どうしたのだろう。郷子は勝気な少女という印象が学の中にはあったのだが。


 何だか変わってしまっている郷子の様子に学は違和感を覚えた。


「あっ……」


 郷子は無言で砂音と学、二人に目を向けたあと踵を返して走り去っていってしまった。


「なんなんだあいつ……久しぶりに会ったっていうのに」


「郷子ちゃん、お父さんが死んじゃってからずっとあんな感じなんだ……」


 すると砂音がそんな事を伝えてきた。


「え……」


 郷子の父が死んだ……? 学はその言葉に衝撃を覚えた。


「死んだって、一体なんで……?」


「えっと……確かガンだったはずだよ」


「そう……なんだ」


 郷子の家に遊びに行った事もある学には彼女の父と面識があった。背が高く、アゴ髭を生やし割と顔は整っていた印象を受ける人物だった。いきなり死んだといわれても中々実感が湧かないものである。


「それにしても明日から学校だね。また一緒に通えるなんて嬉しいよ学」


「あ、あぁ……」


 そうだった。今日で夏休みが終わり明日から新学期が始まる。つまりこの小人が頭の中に入った化け物とこれから先も毎日顔を合わせるということなのだ。




 そして次の日の九月一日。学は朝、一度職員室に出向いてから担任と共に木製の古い廊下を歩き教室へと向かった。


 学が通うことになるこの羽月山小学校・中学校は学の家からは三十分ほど歩いた場所にある、開けた土地にある規模の小さい学校である。


 教室に入ると、学は教壇の上に立ち皆の姿を見渡した。


 田舎の学校とは、生徒数が少ないものである。それで、一学年に数人しかいないようでは学年ごとに担任などつけれるはずもない。故に中学校は一~三学年までを一つのクラスにまとめているのだった。


 生徒数はクラス全員で十五人程度しかいない。そして学と同学年なのは砂音、そして郷子の二人だけとなっている。


 引っ越してきたとはいえ、三年前まで学はこの学校の初等部に通っていたのだ。学にとってはその全員が知った顔で。減りも増えもしていないようだった。


「じゃあ学君、みんなにひとこと挨拶をお願いね」


 担任は若い女性で以前いなかった新任のようだった。学は「はい」と返事をし挨拶を始める。


「みんなひさしぶり。今日からまたよろしく頼むよ」


「ひさしぶりだなー学」


「お、メガネ掛けてんじゃん。誰かと思ったぜ」


 すると、教室各所から学に対する反応が返ってきた。


「あぁ、みんなはあんまり変わってないな」


 幼い時からの付き合いのため、上下関係もない。この辺り都会の学校とは随分違う。


 ふと気付けば砂音が一番前の席で学の様子を軽い笑顔でまじまじと見つめていた。


「じゃあ挨拶も終わったところで席について。後ろに用意しておいたから」


「あ、あぁはい」


 担任に言われ教室の後方窓際に目を向けると、確かに誰も座っていない席が用意されていた。


 学が席につくと、担任が今日の学校の予定について話を進め始めた。


 学は話をテキトウに聞き流しながら斜め後方から砂音の後頭部に目を向けた。


 あの中にはおそらく今も寄生生物、あの白髪の小人がいるはずだ。


 他の者はどうなのだろう。学は皆の頭を眺める。もう以前とは別の人物に成り代わってしまっているという可能性がある。先ほど軽く会話を交わした感じ特に変わった様子はなかったが。


 その時ふと、学は視線を感じそちらに目を向けた。するとその視線の正体は郷子だったようだった。廊下側の席に座っている。学が目を向けるとすぐに目を反らしてしまった。


 砂音曰く、郷子は父が死んでしまい、そのせいで人が変わってしまったらしいが。


 ……果たしてそれは本当だろうか。




 その日は初日という事もあり、学校は午前までであった。


 帰りのホームルームを終え、みんなが帰りの支度を始める。


「学~! 一緒に帰ろうよ」


 すると砂音が教室の前方から学の元に向かってやってきた。


 学は一瞬ひるんだが、断る理由はなかった。いや、ここは断ってはならないのだ。なぜなら変に距離を開けると違和感を覚えられてしまうかもしれない。学が本当は小人の秘密を知っているのではないかと疑われてしまうかもしれないからだ。


「お、おう、帰ろうか」


 学は砂音に笑顔を向けて一緒に帰路につく事にした。


 教室を出る時ふと横に目を向けると郷子が帰り支度をしながら力強い視線を学に向けていた。




「それでねー」


 砂音は帰り際。今までと変わらぬ態度を学に見せていた。これまで三年間に起こった身の回りのこと、遥か昔の思い出話などをしている。砂音には昔からの記憶がある事は間違いないようだった。


 ふと学は気になった。砂音は一体いつあの小人に寄生されてしまったのだろう。はたから見る限り砂音が別人になってしまったとは思えないが。


 もしかしたら砂音は砂音で、あの小人はただ砂音の頭の中に住んでいただけなのだろうか?


 つまり砂音の人格はそのまま……なんて事はないだろうか。そうでないと砂音の人格が変わっていないことの説明がつかない。


 しかし考えてみると、小人は現代の人間よりも高い技術力を持っていそうだ。そうだとすればもはやなんでもありだ。小人には何が出来るかなんて学には想像がつかない。小人はやはり砂音を完全に操作していて、今の砂音に記憶があるのは、生きていた頃の記憶を小人が利用しているだけという可能性もある。


 結局小人の科学技術力が未知数である限り、学には確かな事なんて何も言えなかった。


「ねぇ学、話聞いてるぅ?」


「え? あ、あぁ……」


 砂音は気付けばジトっとした目を学に向けていた。


「絶対嘘だぁ。もう、学ずっとボーッとしてるんだから」


「ご、ごめん……」


 そうだ。砂音に怪しいと思われてはならないのだった。変な挙動をしないようにしなければならないだろう。学はなるべく普通に振る舞いながら砂音と道を歩いた。




 しばらくそのまま歩くと、後ろから第三の足音が聞こえている事に学は気付いた。


 学は少し気になってチラリと後方へと目を向けてみた。すると郷子が後ろを歩いてきていた。


 そのまま視線を元に戻す。


 郷子とは途中まで帰る方向は同じなので別に不自然という事もない。しかし、教室で向けられた視線を思い返すと、何だか学は無性に気になってしまった。


「どうかしたの?」


「あ、いや」


 学の態度に砂音も後方から郷子が歩いてきている事に気が付いたようだった。


「郷子ちゃん……」


「……郷子、昔は三人でよく一緒に帰ってたはずだけどな」


「うん……そうだね。ここ二年は誘っても一緒に帰ってくれなくなっちゃったんだ」


「……そうなんだ」


 郷子と砂音はあまり関係がうまくいっていない様子。つまり少なくとも二人は仲間ではないという事なのだろうか。


 そのまましばらく歩いていると、砂音との分かれ道がやってきた。


「じゃあ、また明日ねー」


「おう、また明日」


 お互い手を振り学は一人歩き始めた。


 そして学の後方には郷子がいた。そうだ、郷子とはまだ家の方角が同じなのだ。


 ピリピリとした視線を後方から感じる。学は何だか不安になってきた。


 しかし結局郷子は途中で学とは別れ、自身の家の方向へと向かっていったようだった。


「ふぅ……」と安堵の溜息をつく学。なんだか、寄生生物が確実に中にいる砂音よりも郷子の方が強く学はプレッシャーを感じてしまった。


「まぁ、考えすぎかもな……」


 ここまで帰る方向は同じだし、もちろん帰る時間も同じである。歩く距離感が一定に保たれていたのは少し気になるが、郷子が人と喋りたくなかったのであれば、あえて距離を開けて歩いていただけだったのかもしれない。 




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