第2話 普通に生きている

 羽月村は周囲を山で囲まれた閉鎖的な村だった。あるのは畑や田んぼ。それに添えるようにぽつりぽつりと民家が建っており、学の家もそんな中の一つだった。


 自宅にたどり着くと学は台所へと向かった。そこには夕食の支度をする学の母、恵津子の姿があった。どうやら白菜を包丁で刻んでいる最中らしい。


 正直学は恵津子にこの事は話したくなかった。母が冷静でいられるか分からなかったからだ。とは言っても最近若干ボケ始めた祖父に相談して何とかなりそうな話でもなかった。学は母に相談するしかなかったのだ。


「か、母さん」


「あら、おかえりなさい」


 学が後ろから声を掛けると恵津子は学にチラリと顔を向けてまた作業へと戻った。


「実は今日、砂音と森で遊んでたんだけど……」


 恵津子は振り向きもせず「うん」と言葉だけを返す。


「あいつ、崖から落ちて行ってしまったんだ」


「え……えぇッ!?」


 恵津子は手を止めて学のほうを振り向いた。


「そ、それでそのあと砂音ちゃんは!?」


 恵津子は動揺しているのかその手には包丁が握られたままになっている。その様子に学は少したじろいだ。


「わ、分からない。その崖下周辺は探したんだけど……なぜか見つからなくて」


「そ、そんな……」


 恵津子は視線を下に落として考えこんでいた。


「と、とりあえず救急に連絡しないと……それと砂音ちゃんの親にもこの事話さなきゃ……」


 恵津子は普通に考えればまともな行動をしてくれるようだった。砂音はもう死んでいるので救急に連絡したところで意味はないのだが。




 自宅の廊下。母は救急に続き砂音の家へと電話している。


「はい……はい。本当にうちの息子がついていながら申し訳ありません」


 電話を終えると母は少ししんどそうに息をつきその後ろに立っていた学へと目を向けてきた。


「……これからうちに警察と村の人達が集まるってよ」


「そ、そうなんだ」


「とりあえず今日は集まってくれた人だけで簡易的に探して、それでも見つからなかったら明日ちゃんとした捜索隊を結成するって」


 なんだか大事になってきてしまった。本当の事を言っていない学に罪悪感のようなものが生まれる。


 しかしこうしなければならない。これでいいはずだ。学は自分に言い聞かせた。


 学のやろうとしていることはこれから現場に戻り複数の人間で砂音の遺体を、そしてあの小人を発見するということだった。そうすればそこからどんどん話は広がっていき、学の命を狙う理由はなくなってしまうはずだ。




 それから結局警察も含め十人ほどの大人たちが学の家に集まってきた。その中には砂音の父親もいた。


「話は聞いたよ。学君、砂音が落ちたって場所まで案内してくれないか」


「はい……分かりました」


 冷静さを装っているようだったが、砂音の父からはなんだか圧のようなものを感じた。


 学は本来ここで謝るべきだったのかもしれないが、砂音の父に対してあまり申し訳ないという気持ちにはなれなかった。砂音はそもそも人間だったのかさえ怪しいからだ。それを考えるとその父親も怪しいかもしれない。敵かもしれないのだ。


「じゃあさっそく向かおうか」


 捜索隊は砂音の遺体のある山に向かってぞろぞろと歩き出した。学が案内役である。


 学は列の先頭からチラリと後方を見た。砂音の父の頭の中にはあの寄生生物が入って、それが操縦しているのかもしれない。いや、その他の大人たちだってどうなのだろう。まさか、この村にいる全員の頭に中にあの小人が入っている、なんてことはあるまいか。


 いや、おそらくそれはない。というのが学の出した答えだった。そうであれば、もはやここで人間としてふるまう必要なんてないのだから。寄生されている人間がいるとしても、おそらくそれは少数派なのではないだろうか。




 十六時頃、村人一行は森の入口へとたどり着いた。


 すると、警察官が前に立ちみんなに呼びかけた。


「真夏とはいえ七時頃には暗くになってしまうでしょう。そうなってからも捜索を続けると二次災害が起こりかねません。もう四時なので今日の捜索はあまり長くは出来ないと思ってください」


 その言葉は特に砂音の父親へと向けられているように感じられた。だがまぁ本当に夜の森というのは危険だ。それは田舎育ちの村人ならば誰もが言われずとも理解していることだろう。


 それから学達村人は、学の案内の元、砂音が滑落して行った山の奥へと進んで行った。




 三十分程森を歩き、次第に現場が近づいてくると、学の手には汗が滲んできた。


「もう少しです。この先の辺りに砂音は落ちたはずだったんです……」


 しかし、その先の光景に学は眉をひそめた。


「い、いない……?」


 遠目に、砂音が倒れていた場所には彼女の姿はなかった。


「あぁ……そうだねぇ。見当たらないねぇ」


「そ、そんな馬鹿な……」


 学は村人達を若干無視するようにその場所まで駆け寄った。しかしやはり砂音の姿はない。確かにその場所で砂音は頭が割れた状態で倒れていたはずなのに。


「どうしたんだい学君?」


 大人たちが学に追いつき声をかけてきた。


「い、いえ……」


 まさか、あんな頭が割れた状態でどこかに移動したのか。普通の人間なら即死レベルの怪我だと思うが。いや、よく考えればあの頭の中の小人は死んではおらず意識を失っていただけだったのかもしれない。目覚めた小人が再び体を動かして立ち去ったということなのか。


 いや、この事をいち早く知った小人の仲間たちが砂音の体を回収してしまったという可能性もあるかもしれない。


 とりあえず作戦は失敗だと言えた。学は立ち上がり、大人たちの方を見た。


「……何でもありません。あの上の崖の一部が滑落して落ちたのは間違いないんです。この周辺を探しましょう」


 そこから二時間ほど学達はその周辺を探したが結局砂音を見つける事は出来なかった。


 辺りが暗くなってきたと感じ始めたとき、近くにいた親子のボヤキが学の耳に入ってきた。


「みつからんなぁ」


「まさか、これは神隠しかのう」


 一体何の話だろう。学は気になり二人の会話に入ってみることにした。


「あの……神隠しって」


「おぉ学君、昔からこの村に伝わっておる伝承の事じゃよ。知っておるか?」


 するともう定年くらいの歳かという親のほうに逆に尋ねられてしまった。


「伝承……ですか。えっと……どんなのでしたっけ」


「こんな風に突然人が山で神隠しにあっていなくなってしまうんじゃ。しかしふとした瞬間にまた戻ってくる。となれば一見それでめでたしめでたしなんじゃが……実はその中身は別の”何か”になっておってのう。その何かは今までどおり、誰にも気づかれる事なくその本人として生きていくという話じゃ」


「ふん、やめな親父。そんなの子供を山に近づかせないための脅しのための作り話だろ。大体誰も気づかないんなら、どうやってその話が伝わってんだよ」


「……それもそうじゃのう」


 ふとその瞬間、砂音の父親が近くにいることを察したのか二人はその話をすることはなくなってしまった。


 普段の学ならば一蹴してしまいそうな話だが、今の学にはその話がただの作り話には思えなかった。まさに砂音そのものの話に思えたからだ。もっとも砂音はこうして行方不明になる前から頭の中に小人がいたはずだが。


「もう暗くなってきてしまいました。今日はもう下山することにしましょう」


 しばらくすると警察官が皆にそう呼びかけた。そして捜索隊は捜索を諦め下山したのだった。




 森を抜け村へと戻る途中、捜索隊の間には暗い空気が漂っていた。特に砂音の父親からはイラついた気持ちがにじみ出ていた。


 学の中でもそうだった。砂音は、その中に入っていた小人は一体どうなってしまったのだろう。学は砂音の死体を前にすぐに帰宅したが、それは失敗だったのだろうか。しかし、学にはあの遺体をあそこからどうにかする気になんてどうしてもなれそうもなかったのだ。


 これから砂音は一体どうなるのだろうか。中身は生きていたのかもしれないが、その外側の体はもう死んでしまったのだ。もしかしたらもう永遠に見つかることなく闇に葬り去られるのかもしれない。


 学がそんなことを考えていると、道の先に十名ほどの人物が立ち止まりこちらを見ている姿が目に入った。学達捜索隊の事を迎えにきた村人達だろう。


「え……!?」


 次の瞬間、学は自身の目を疑った。


 その中から一人こちらに向けて走り寄ってくる人物がいる。


「さ、砂音……!?」


 その人物は確かに砂音だった。砂音は笑顔で「学~!」と呼びながら駆けてきている。


 学が衝撃のあまりその場で固まっていると、砂音は学の体に抱き着いてきた。


「うっ……」


 砂音の頭が学のすぐ隣に並ぶ。その瞬間、あの寄生生物が砂音の頭から出てくる光景が学の頭によぎった。


 おぞましい。そして寒気が走る。


 一瞬砂音を突き飛ばしたい衝動に襲われたが、学はそれを何とか抑えた。


 砂音の頭を横目で見ると、割れていたはずの頭が完全に治癒していた。血の跡だってどこにもない。一体どうなっているのだろう。




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