再犯率0%の過去監獄のあわれな囚人

ちびまるフォイ

貴方の知らないところで、世界の役に立っている

「被告、反省の弁は?」


「弁? ははは、なにそれ。ここでトイレしろって話?」


茶化したとたんに、遺族は傍聴席を超えて殴りかかり裁判は中断された。


「被告は5度にも及ぶ再犯を繰り返し、

 今もなお反省の色が全く見えない。過去監獄へ収監を言い渡す!!」


その足で俺は過去監獄へと収容された。


「なにが過去監獄だ。見た目は普通の監獄と同じじゃん。

 こちとら何度も刑務所にお世話になってるんだ。

 刑務所とビジネスホテルのちがいなんてわからないさ」


「囚人番号10002番! 口を慎め!!」


「はいはい。すみませんねーーだ」


高圧的な看守の態度も捕まれ慣れしているのでへっちゃら。

看守は俺の頭につけられた電極のスイッチを押した。


一瞬、光の明滅が起きたかと思うと、すべての記憶が消えていた。


「はれ……? 俺は……誰だっけ……?」


「囚人番号10002番、今どうして捕まっているのか思い出せるか?」


「覚せい剤で捕まってて……」

「そうだ」


「でも、いつどこで、どうして誰に捕まったのか……。

 いや、そもそもどうして覚せい剤をやってたのか……」


「署長、問題ありません。過去収監に成功しました」


「よし、囚人番号10002番を独房に入れろ」


なにも思い出せないまま相部屋の独房に閉じ込められた。


「よお、新人。オレは囚人番号9998番だ、よろしく。

 同じ独房同士、これから仲良くしようや」


「わ、悪いが俺はそっちの気はないぞ……」


「そういうつもりはねぇよ。

 ただ、さっき自分のこれまでの過去をすべて奪われて

 不安だろうから声をかけただけだ」


「そ、そうだ! 今、俺自分の名前も思い出せないんだ!

 それにどうしてここまで来たのかも、なにもかも!」


「ここは過去監獄だからな。

 オレも本当の自分の名前なんて思い出せないよ」


「えっ……」


「ここじゃ再犯を繰り返す犯罪者の過去をすべて回収して、

 出所のときにやっと過去を返してもらうのさ。

 それまでは自分のことなんて何一つわからない」


「どうしてそんなことを……」

「過ごせばわかる」


過去刑務所での生活がはじまった。

9998番の言っていたことはすぐにわかった。


「囚人番号10002番!! 作業が遅れているぞ! 早くしろ!!」


怖い看守から何度も怒鳴られて身も心もズタボロ。

一番辛いのは、自分がどうして捕まったのか経緯がわからないことだった。


自分の経緯を思い出せない以上、

まるで他人のせいで自分が服役しているような気分にされる。


唯一残された記憶は自分の冒した犯罪の記憶のみ。


今となっては、どうしてそんな犯罪に手を染めたのか

そこで何を得たのかもわからない。過去の自分がバカに思えて仕方ない。


「どうだった? 辛いだろ、過去が思い出せないのって」


「まるで……延々と続く罰ゲームだ……。

 夢も希望も家族も友達も、心のよりどころが何一つないなんて……」


なんの目的で始めたのかわからない覚せい剤の罪で捕まり、

自分の得意なことも苦手なことも好きなことも嫌いなこともわからないまま

ただ延々と続く刑務作業は罰ゲームそのもだった。


「ここに収容されるのは再犯者だけ。

 でも記憶がないから手口も使えないし、

 初犯のときのような最も精神的ダメージを受けるようになってるんだよ」


「どうしてそんなに詳しいんだ?」


「自分の記憶がなにもないと、

 せめてこの場所のことは知っておきたいと勝手に覚えるんだよ」


「ああ……たしかに……」


頭が空っぽだと空白を埋めるように知識を求める。

覚えたくもない看守の名前すら俺も覚えていた。


服役生活は続き9998番が先に出所してからも、

過去の断片すら思い出すことなく毎日が流れていった。



コツコツコツ。


ある日の早朝、看守が檻を開けた。


「囚人番号10002番、出ろ」


案内されるがままについていくしかない。

もしかしたら死刑になるかもしれないとただただ震えた。


到着したのは刑務所の出口だった。


「え……」


「貴様は本日出所となる。もう戻ってくるなよ」


「ほ、本当ですか!?」


「では過去を返す」


電極パッドを頭に乗せられると慌ててそれを振りほどいた。


「ちょ、ちょっと待ってください!

 仮に記憶が取り戻したら今の俺はどうなるんですか!?」


刑務所で過ごした長い歳月は、過去の自分を捨てて

囚人番号10002番として新しい自分をスタートさせるに十分すぎる時間だった。


今さら、自分の後ろ暗い過去を背負わされるのには抵抗があった。


「過去を取り戻せば、今の自分は失われる、

 刑務所内の仲間を脱走させる手助けされても困るからな」


「もう少し……考えさせてください……」


「1日だ。1日で答えが出なければ、貴様はどちらの記憶も失わせる」


服役を1日だけ伸ばして刑務所内で考えた。

今の過去に傷がない自分で生きていくか、前の自分として生きていくか。


悩んだ末に得た結論は……。


「今の記憶を、消してください」


「お前も昔の自分に戻るというわけだな」


看守は頭に電極パッドを乗せて、電流を流した。

一瞬の光の明滅があった後、すべての記憶が流れ込んできた。


「そうだった……俺には妻も子供もいたんだ……!!」


「さあ出ろ、二度と戻ってくるなよ」


刑務所を追い出され、看守の目が届かなくなったのを確認してから

見えないよう頭のヅラを取った。


「やった! どちらの記憶も手に入れたぞ!!」


刑務所内で作った簡易的なヅラで頭をやや浮かせて

脳に直接流れる電流の寮を調節することができた。


刑務所での囚人番号10002番の自分も、

捕まえる前の自分も取り戻すことができた。まさに両取り。


家に帰ると娘が抱き付いてきた。


「パパ―! おかえりなさい!」


「あなた、おかえりなさい。本当に……待っていたわ」


「ああ、もう二度とやらない。

 記憶を取り戻して家族の顔が浮かんだ時、

 本当に、本当に悪いことをしたと思ったんだ」


「パパ、もうお仕事で遠くにいかない?」

「ああ、どこにもいかないよ」


悪い友人にそそのかされて犯罪に手を染めて、

それでも献身的に支えてくれた家族。もう手放すものか。



外に戻って平穏な生活を送っているある日。


公園で懐かしい顔を見つけた。


「9998番!? 9998番じゃないか!!」


テンションが上がってつい話しかけたが相手はきょとんとしていた。


「あの、どなたですか? それに人を番号で呼ぶなんて……」


「あっ……そうか。過去の自分を選んだから、記憶がないのか」


「刑務所で知り合った人のようですね。

 しかし、すみません。オレは過去の自分を選んで、記憶がないのです。

 あなたは新しい自分を選んだようですね」


「え? ま、まあ……」


本当はどちらも持っている、とは言えなかった。


「過去の記憶を取り戻せば犯罪のうまみを思い出し、

 また悪いことをするかとも思ったんですが、やらないもんですね。

 記憶が消えてからも、あの辛い刑務所には戻りたくないと体が拒否してます」


「それは確かに」


「それに、今では妻と子のいる家庭がなによりも大事なんです。

 慎ましいですが、人並みの幸せを感じています。

 あなたと刑務所内で何か約束したかもしれませんが、今はもう足を洗いました。

 悪いことはしません」


「悪い事なんて……。なつかしくてつい話しかけただけで。

 子供はいくつぐらい?」


「今年で4歳になります。可愛いもんですよ」


「うちの子と同じだ。今度遊びに行っても?」


「ええ、もちろん。家では日曜日にホームパーティをやってるんです。

 よかったら来てください」


「うちもホームパーティを日曜にやってて……」


「近所におもしろいおじさんがいるんですよ」



「ダジャレが好きなおじさん?」


「え? どうしてそれを? 刑務所で話しましたか?」


「いえ……」


刑務所で話せるわけがない。


刑務所ではすべての過去を奪われているから、

自分の近所の情報を誰かに刑務所内で話すことなどできない。


――嫌な予感がした。


「あなたの名前は?」


「田中一郎です。本当に記憶が戻ってよかった。

 9998番じゃさすがに困りますからね。あなたの名前も聞いていいですか?」



「田中……一郎です」




俺たちは誰ひとり、自分の記憶を返却されていなかったことを知った。


奪われたままの記憶がどう使われているか、知る方法はもうなかった。

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