序章 最終話 訪れた休息
あの壮絶な戦いから数日が経ち、あたし達が"仮想世界"と呼ぶ現実とは異なる空間に形成されたこの世界『アヴァランチ』には穏やかな時間が流れていた。
あの日騒がれていたアップデートパッケージがリリースされて2日が過ぎ、プレイヤーの中にはまだ不安や不満を抱える人も少なくないみたいだ。
あたし達がいる酒場でも、様々な話が飛び交っている。
「まったく、相変わらず騒がしい場所だぜ」
「まぁそう言うなよ、ニア君。酒場は
「んにゃ!?///………べ、別にそんな事考えてないわよ!!馬鹿じゃないの!?」
「そうかい?ならもう一杯飲んでゆっくりしようじゃないか。おーい、ここにりんごジュース二つ!!」
背高のっぽのクール系の整った顔の女性がリンゴジュースってなんだよ………。
って、あたしもリンゴジュースか!!
「あずきんさん?あの戦いの後にちらっと挨拶して以来だけど、一つ聞いてもいい?」
あずきんさんがグレージュの髪を揺らしながら小首を傾げ目を見開く。
質問されるの、嬉しいのかな……?
「あのさ、一人称が"俺"なのはキャラ設定かなんかなの?不自然で仕方ないんだけど?」
それともリアルでもこんな喋り方なんだろうか?
うん、なんか……うん。
もったいないなって思っちゃうだろ普通?
「あぁ、それについては話して置かなくてはね。他のギルメンが皆んな知っているから話すのを忘れていたよ。俺が俺の事を"俺"って呼ぶのは、俺が男だからだよ」
オレオレオレオレと…………。
………………………。
………………。
………。
はぁ!?!?
「はぁぁぁあああ!?!?」
大声を出してしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。
ただ動く目は止まらない。
目の前の女性の頭の先からテーブルの上に見えている腹部辺りまでをじっくりと観察する。
どの角度からどう見ても女で間違いないな。
だけど、もしも、だとしたら、あの鎖骨の下の膨らんだ二つの山の証明が出来ない。
無駄な肉の無い体にあれ程のものがあるなんて男だったらあり得ないだろ??
「………………マジ?」
「マジマジ。アバターは女だが、リアルの肉体も人格も完全に男なんだ」
そんな事ある!?
いや、もしかしたらこの人が意味わかんない冗談言ってるのかもしれないけど。
そんなキャラには見えない。
だとしたら本当に……。
「あら?ニアたん早かったのね。あずさんもご機嫌よう」
「あ!姉貴!聞きたい事がある!」
「何々?私のフェチ?えっとね〜」
「違うっ!全く興味ないし……、そーじゃなくて!あずさんが男って本当なの!?」
目をパチクリさせてる
「あれ?ニアたん知らなかったの?」
「え…、やっぱり本当なの?」
「ええ、運営にも問い合わせしてらっしゃいましたよね?あずさん」
「最近の事だけどな。俺は高校、大学と同級だったジアと同じタイミングでこのゲームを始めたんだ。初期登録の時、アバターは自動で形成されて変更は出来ないってアナウンスがあっただろう?」
確かにあった。
このゲームはプレイヤー本人の身体情報を元に自動でアバターの背丈や顔を形成する。
プレイヤー設定でメイクしたりアクセサリー付けたりはできるけど、顔を変えたりは無理。
「それで性別が違っても仕様だと思ったって訳ね……」
「そう言う事だ。運営に相談した時にはアカウントを新しく作り直すかって言われたんだけど、レベルカンストしてたし"千兵"として名も通ってたからそのままでいいって言って今に至る」
この人、天然だ………。
あたしの中のクールビューティーはボロボロと音を立てて崩れていった……。
ん?待って!!
あずきんさんと同時に始めたっていうジアさんってもしかして同じバグに……?
だとしたらジアさんは………!?
「どうしたのニアたん?なんだか顔色が悪いみたいだけど??」
「ねぇ、あずきんさん。もしかして、なんだけど、あの、その………」
「あずで構わないぞ?それで、なんだい?」
「あの!もしかしてジアさんと付き合ってたりするの!?!?」
「なっ!!」
「わぉっ///」
「何の話をしてたんですか皆さん?」
えっ!?あ!!何言ってるんだろあたし!!
焦って何かとんでもない事を口走っちゃったよ〜〜〜!!
俯いて頭を抱える私の後ろに女将さんと話し終えたジアさんがいつのまにか立っていた。
「あ、いや、えっと!何でもない!何でもないのっ!」
「??……何でもないならいいんですが……」
不思議そうに首を傾げるジアさん。
この人はどっちなんだろ……。
あたしがじーっとジアさんを見ていると、隣にいた姉貴がふふふっと笑ってジアさんに話しかける。
「今ジアさんとあずさんは彼女とかいないんですかー?って話をしていたところですわ。あずさんはいないみたいですけど、ジアさんはどうなんです??」
な、なんて事を言い出すんだよ姉貴!!
……今度、薄い本一緒に買いに行ったげよ。
いきなりの質問に目をパチクリさせてるジアさん。
すると珍しく高笑いをして話し始めた。
「あははっ、そんな話だったんですね。私にもここ数年彼女は居ませんよ。彼女いて一人だけゲームに明け暮れてたら愛想尽かされてしまいます。……それに先日のアップデートで我々のUR光魔に自我が芽生えましたので、彼女を作ろうものならクイーンに首を跳ねられますね」
話終わっても笑ってるジアさん。
さらっと流すように言われたけど、最近のアップデートによってあたし達のUR光魔に自我と呼べるものができた。
あたしの"チェシャ"も、ただのAIにしてはよく喋るし本当にプログラムなのか疑いたくなってくるけど……。
『んにゃ〜〜〜、ご主人ご主人〜♫』
……勝手に出てくるし……。
空間の歪みから顔と両前足を出して何やらご機嫌に話しかけてくる巨大猫。
「何よチェシャ。勝手に出てこないでって言ったわよね??」
キッと睨むと細めていた目を見開いて段々と潤ませていく。
『にゃ〜、ご主人にブラッシングして欲しかったにゃ〜〜〜。ごめんにゃ〜〜〜』
ボロボロと涙を流ししょぼくれるチェシャ。
「あぁ〜、もう!仕方ないわね!!とっととそこのイス座って!お気に入りのブラシ貸しなさいよねっ///」
『にゃにゃにゃ〜〜〜🎶』
くるんっと空中で一回してあたしの隣の空いた席に座るチェシャ。
あたしよりも大きい毛玉が背を向けて尻尾で絡め取った巨大ブラシを渡してくる。
まぁ、こんな楽しさが増えたんだから復帰した甲斐もあったわね。
それに、…………よかった〜〜〜!!!
今は彼女とかいないんだ!!!
ならあたしにもチャンスが!!
「ジ〜アせんせっ!こんばんは!あれ?みんな揃ってどうしたの?」
と、そこに真っ白な衣装に身を包む少女が現れた。
"脱兎"の二つ名を持つ少女、プレイヤーネーム"うい。"。
姉貴の情報によるとリアルでは教師をしているジアさんの教え子だとか……。
羨ましいっ!!!!!
心から血を流すあたしを他所にいつもニコニコしながら話しかけてくる。
悪い子じゃないし、嫌いじゃないんだけどねっ!!
………羨ましい。
「そう言えばジア、女将さんから何かいい話は聞けたのか?」
「あぁ、面白い話が聞けましたよ。数日前にレジスタンスの本拠地、砂塵の街バエルが何らかの報復を企てた集団200〜300人のプレイヤーに囲まれた事件。それがどういう結末を迎えたのか……」
「あらまあ、そんな事件がありましたのね」
「いや、何で知らないんだよ姉貴!そこら中で騒いでるぜ?……んで?結果は?」
「レジスタンス側が街に侵入すら許さずに殲滅したようです。対多数戦闘用パーティ、その名も"
「あ!あの骨の人!!またまた事件の中に居るなんて、面白い人だよね〜」
「"三頭龍"って事は"龍種"《りゅうしゅ》持ちが"アレ"の他に二人居るって事?」
「そうです。それも有名な二人ですよ、ギルド"Ivila"《アイヴィラ》と言えばマスターとサブマスターで"双龍"《そうりゅう》と名高いトップギルドですから」
「それなら事件の規模と結末には納得だ。概ね"
「ご明察。それにしても"龍種"は恐ろしいですね、あず?」
「当たり前だ。この世界に於いて"龍種"は魔法の最大効果範囲を桁外れに大きくできる光魔。各属性のURに一体ずつ、計7体存在する脅威だ」
「んん??あずさんもそのUR持ちの一人だよね〜?ジャバウォックは何属性??」
「ジャバウォックは光属性だ」
「えぇ!?光!……ちょっと見えないかな〜………」
『あの、ごめんね……。僕、外見だと闇っぽいのに光属性とかないよね……』
何処からともなくか細い声が響いてくる。
大きな毛玉の横から窓の外を眺めると窓ガラスに鈍く光る3つの目が映っていた。
「あ!いやごめんねジャバ君!!別に悪いとかじゃなくてっ!!」
慌てふためくういさんと無言のジャバウォック。
そして、すぐ近くに巨龍の眼光を感じる窓際席のプレイヤー達は石化魔法に掛けられたかの様に固まってる。
「気にする事はないぞジャバウォック。お前が光属性じゃなかったら切り抜けられなかった死線も数多いんだ。いつも助かってる、ありがとう」
椅子から立ち上がり窓際まで歩いていくあずさん。
そして窓を開けてジャバウォックの肌を軽く撫でて慰めていた。
なんだか微笑ましいな。
『僕の方こそありがとう親友!これからも君の為に汚れた命を天に還すからね!!たっくさん殺すからね!!』
「あぁ、その意気だジャバウォック!俺と俺の仲間の邪魔になる者は全て屠れ!」
うん!っと幸せいっぱいに頷いてそうな声が酒場全体に響くと冷えたジョッキが凍りつきそうな空気が一面に広がっていた。
……前言撤回。やっぱヤバイわあの人達。
「あ、そう言えば姉貴、この前ういさんとレベル上げ行ってたよな??いくつまで上がったの?」
「ふっふっふ〜、よく聞いてくれました!!なんと昨日でカンストしました!!」
「それは素晴らしい!!おめでとうございますデリさん。レベルマックス報酬のガチャチケットは使いましたか?」
その場の空気と話の流れを変えようと絞り出した話題が当たりだったみたい。
「昨日もらってすぐに引いて見事に爆死しましたの………」
流れはじめた明るい空気が一変、通夜のような空気に………。
「姉貴の爆死芸は健在だな!!光魔最多保有プレイヤーの名は伊達じゃないね!」
「何一つ嬉しくないですわ………」
一層落ち込む姉貴を見て周りは逆にクスクスと笑ってた。
「また爆死だってよ可哀想に」
「このゲームの課金は程々が1番だってのにな。なんせ最高ランクのレアリティが百体で唯一無二なんだからよ」
「それだから彼女の挑戦する姿が好きなのよね私。今度露店見にいこうかしら」
「憎めないキャラだよな!俺も欲しいアイテムあっからまた寄って見るか」
うちの姉貴はこう見えて顔が広い。
所持してる光魔の中に希少アイテム製作に特化した奴がいて、その能力で作ったものを噂の街バアルで売りさばいてるとか。
値段もそこそこするらしく、素人や弱小ギルドよりも中ランクギルドが買い手らしい。
Ivilaのメンバーにも薬中(戦闘でアイテムをバカスカ使う連中)がいるらしく繋がりがあったはず。
「あ、デリさん。うち欲しいアイテムあるんだけど!」
ガヤを聞いてか、ういさんが机をバンッと叩いて立ち上がった。
「おぉ!どんなアイテムでしょう?私の作る物はポーションや解毒薬とかの常用系じゃなくて癖が強い物ですが?」
「あ、大丈夫。あるかどうかさえわかんないから……」
「ほほう、どんな物です?」
「うちの最大スピードで走ってると視界が速度について来なくても物に激突したり攻撃当たらなかったりするんだよね〜。だから目が良くなる?やつとかあるかな〜って」
なるほど。
そこらのNPCが運営してる道具屋には無い代物だ。
姉貴のヘンテコ薬の中にそれがあるかはわかんないけどね。
「ん〜、視力強化はないのですけど確か……。あ、あったありました!視界固定薬!」
「しかいこていやく??」
「そう!これを使えばこのゲームでは設定されてなかった"ターゲットロック"が出来る様になるんですよ!一人又は破壊オブジェクトに視界をロックして動く事が出来ます。効果時間は一本で3分、なかなか使えますよ」
「それ欲しい〜!!うちのレベルアップボーナスのガチャチケットと何本かトレードしてください!」
「九十九本でどうでしょう!!!」
「買った!」
「売った!」
「「いぇ〜〜〜〜〜い!!」」
店のテーブルをバンバン叩いて大盛り上がりの二人。
そしてすぐにトレードが終了して二人共ホクホク顔でアイテムストレージを見つめていた。
「姉貴、そんなの見てないでさっさと爆死して来なよ!みんなそれを楽しみにしてるんだからさ」
「ふっふっふ〜、そんな事言ってられるのも今のうちですわよニアたん!!これで私も二つ名持ちになるのですわ〜!!!」
なんて爆死フラグを大きく立てて姉貴のアバターが消えていく。
"召喚門"の前に転送されたんだ。
その光景はこのゲーム一番の楽しみと言ってもいい程だ。
全てのプレイヤーが期待を持って挑み、大多数が爆死して帰ってくる。
その中でもUレアを手にした者は黄金の門をプレイヤーフィールドに召喚して門をくぐって戻ってくる。
あたしがかつてこの子と通ったあの門を…。
目の前の毛玉を優しく撫でて懐かしんでいると視界がやけに明るくなって………。
「え"っ、ま、まさか………」
「おい、嘘だろ………」
「ばっかだな〜、冗談だって……」
あたしらの目の前に、今、黄金の門が姿を現していた。
馬鹿げた冗談にしても笑えない。
また新たなUレア持ちが出現したって事と、うちのギルドメンバーが全員そうなったって事で………。
ギ、ギィィィィィ。
黄金の扉がゆっくりと開き眩い光が一瞬視界を覆い尽くす。
一同目を瞑り、ゆっくり開くと専用衣装と思われる光沢のあるモノクロカラーのメイド服に身を包んだ姉貴がアホみたいにでかいハサミを背中に背負ってコツコツとヒールを鳴らしやってくる。
「わ、私……夢でも見てるんですかね……」
行く時の威勢はどこへやら。
腰の引けた立ち姿で涙目の姉貴を店中が大歓声で祝福していた。
「おめでとうございますデリさん。我がギルド五人目のUレア持ちとは本当に嬉しいですね。その栄光ある光魔の名前を聞かせてくれますか?」
ジアさんが祝福と共にその名を聞く。
姉貴とあたしら"グリム=ロック"が手にした新しい力。
その名は、
「"いかれ帽子屋"《マッドハッター》"!!」
歓声は更に大きくなり店の女将さんが祝杯を五つテーブルに並べてくれた。
ギルメンがそれぞれにジョッキを持ち大きく上に掲げた。
「我らが新たなる力"マッドハッター"に祝福を!!そして我らがギルドに栄光を!!」
「「「おぉーーーーーー!!!!!」」」
振り上げたジョッキから溢れた雫がキラキラと光りながらゆっくりと落ちていく。
嬉しそに笑う姉貴の涙と共に……。
「おめでとう。やったな、姉貴」
あたしは聞こえない様に祝辞を述べて、この熱い頬を酒のせいにする為にジョッキの中身を空にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます