第6話 激動の終止符
「"血女王の手遊び"《ブラッディア・シュピール》、狩りなさい"ハートレット・クィーン"!!」
私の光魔"
命令を受けた"クィーン"が1本の剣を召喚し、相手プレイヤーに攻撃を開始した。
"女王の鮮血"《クィーン・オブ・ブラッド》と名付けられたその剣は細身の直剣で、刀身が赤くその他は金色に輝いていた。
"血女王の手遊び"は"クィーン"にHPゲージが発生し、それが0になるまで自動行動可能というスキル。
他のプレイヤーからの回復効果も受けれる為、今近くにいるパーティメンバーのデリさんが優先で回復させてくれる。
「デリさん、ありがとうございます。"クィーン"が暴れている間は私が貴女を援護します。落ち着いて、この場の戦う者に"ヒール"をお願いしますね」
「わ、わかりましてよっ"カーバンクル"」
味方1体に2000〜3000の回復スキルを多く使える"カーバンクル"は敵の本隊が雪崩の様に押し寄せてくる今現状においてとても有力で貴重な戦力。
「貴女を死なせる訳にはいきません。"クィーン"!!」
黄金に輝く髪と純白のドレスを切り倒すプレイヤーの血で赤く染めていく。
そしてその真紅の双眸は休む事なく標的を捉え、豊満な胸を持つとは思えないほど細い手足を動かして1つまた1つとプレイヤーが光となって消えていく。
"彼女"が手に持つ"女王の鮮血"は攻撃時にHPを消費して与えるダメージをクリティカルにする効果を持つ。
なので常にHPが減り続け、その分相手プレイヤーも攻撃を受け消え続ける。
ステータスは私と同じで、通常の攻撃でレベル80の相手プレイヤーに5000〜6000、クリティカルは1.5倍のダメージ加算。今の"彼女"の攻撃は7500〜9000のダメージが入っていた。
「ジアさん、私の回復スキルは使用回数がまだ残っていますが、このままではジリ貧ですわよ?救援の要請もしていますが、"あの子"が間に合うかどうか……。そもそも来ない可能も……」
「諦めず、好機を待ちましょう。この混戦の中救援の要請まで、本当に助かります」
休まず回復を行いながらチャットで救援を要請していたのだろうか。
本当に器用な人ですね。
「その救援に期待しつつ、殲滅行動を続けます!!"殺人衝動"血を解放しなさい!」
私の専用武器"殺人衝動"は相手プレイヤーを撃破する度に"血"を蓄える。
そして私の持つスキルの全てがHPを消費して大ダメージを与える、又は1撃で相手を葬る超攻撃特化の能力。
その消費するHPの
「少しの間離れます!自分を最優先で"ヒール"して下さいね!!」
「わかりましたわ。お気をつけて!」
回復役の護衛から離れるのは危険ですが、どうしてもこの敵の数を削らなければ勝機は掴めないでしょう。
大闘技場2階席の転移盤は現在敵に占拠されている。
1階の方も心配ですが、誰か戦ってくれているでしょうか……。
「今は、目の前の敵に集中、ですね!!」
大斧を可能な限り小さく振り回して、最小の動きで敵を屠っていく。
戦闘を開始してから、敵の声なんて何も聞こえない。
ただ聞こえてくるのはアバターを分断する時の音と血飛沫が地面に落ちる音、それから武器同士がぶつかる金属音。
本来このゲームに出血の描写はない。
だが私の能力が"血"を扱う為か、私と"クィーン"の攻撃でのみ相手夜喰、又は相手プレイヤーから出血する様になっている。
私が"赤騎士"と呼ばれる由来。
20名程の敵を倒したところで"血"が尽きてしまった。
戦い倒しながら補充も出来る。
でもそれでは間に合わない程、私の能力は燃費が悪いんですよね。
「さぁ、デリさんの元へ戻りますか。"クィーン"はまだ動ける様ですね、よかった」
敵の軍勢に背を向け走る。
デリさんの横に辿り着く頃、2階席の転移盤の辺りから歓声が上がっていた。
「味方ですか!?」
「いいや、デリ君。あれは敵側の親玉だな」
「あずさん??なんでここに!?」
「俺は"分身"だ。ジアに俺達の現状報告に来た。今二階通路をうい君と共に制圧し、他の敵プレイヤーが下に降りないよう、階段を"分身"達で塞いでいる。1階の様子も見て来たがどうやらお米…じゃない、"ダイヤモンドダスト"が全て片付けてくれたらしい。辺り一面氷漬けだった。1階の転移盤は『Lorelei』のメンバーが制圧してくれたようだし、少しずつなら非戦闘プレイヤーを逃せる。判断は任せた」
「了解です。長文ありがとうございます、あず。これより非戦闘プレイヤーを退避させます!!戦えるプレイヤーは目の前の敵を惹きつけて下さい!!それから転移盤より敵の首級が来ます!!それぞれ備えるように!!」
うぉぉぉおおおおおっ!!!
味方の雄叫びがこだまする。
先程よりも大きく激しい金属音が鳴り響き、戦闘全体が膠着した。
「ではジア、俺は避難するプレイヤーの誘導に向かう。何かあったらすぐにコールする事。いいな?2人共無茶だけはするな!」
長い髪を揺らしながら走り去るあずの"分身"。
それに続いて避難するプレイヤー達がぞろぞろと動き出した。
「よし、これで戦い易くなりますね。デリさんは1度"クィーン"のヒールに集中して下さい」
ここが好機か。
一気に攻撃を仕掛けて相手の首級を私が取る。
"殺人衝動"を強く握ると低く構えた。
だが……。
「ジア、さん。それが、もう……。"クィーン"が回復対象に、……選択できません。もうすでにやられています故」
「な、何故!?"クィーン"のHPはまだ充分にあったはずだっ!!まずい、デリ君!!!出来る限り私と転移盤から距離を取るんだ!!早くっ!!!」
「畏まりましてよっ!!」
刹那、空間を切り裂く一閃が私目掛けて放たれた。
辛うじて"殺人衝動"を盾に防いだものの右肘から先を切断されてしまう。
「ぐぅぁぁあ、いったい、何者だ!?私の持つ情報にこれ程の力を持ったプレイヤーは居ない!!確実にUレア使い、それもクエストドロップじゃない、ガチャドロップか……」
斬撃が飛んで来た方向に目を凝らすと、舞い上がる土煙から1人の細身の男がゆっくりと歩いて来た。
「ご明察。さすがは完全無欠のプレイヤー"赤騎士"様だね。お初にお目にかかります"ファンタジア"さん。俺の名は"てぃん"、日銭稼ぎの用心棒をしている者だ。そして俺のUレアはお察しの通り、最新のガチャドロップ"天恵の覇王 カイザー"。二つ名もまだついてない新参者ですが、以後があればよろしくお願いします」
灰色の王族を思わせる衣装に、片手に高級感溢れるサーベルが握られている。
明るい茶髪に青い瞳。
もう2度とその名を忘れない程鮮烈に、脳裏に焼き付いた。
「ご丁寧な挨拶有り難く頂戴するよ、"てぃん"氏。私は知っての通り"赤騎士"のファンタジア。完全無欠とは、今となっては皮肉にしかならないな。不覚にも片腕を持ってかれてしまった」
血も流れず、ただ欠損してしまっている右腕に視線を落とす。
この状態でどうやって戦うか戦略の数々が脳裏をよぎるものの、どれも勝機と呼べるものではなかった。
それに"てぃん"氏の攻撃で消されてしまったのか、未だに"クィーン"の姿がない。
"彼女"の力が使えないとなると、本当に厳しい戦いになるだろう。
私が、負ける……。
予想などしていなかった。
死を意識するなんていつぶりだろうか。
ルーキーだった頃は勿論負け続きだった。
あずと2人、フィールドポップ又はクエストの夜喰を我武者羅に討伐しレベリングをしていた頃がもう懐かしい。
絶対絶命の危機に瀕し、走馬灯の様に記憶がルーキー時代から一閃をくらう直前まで蘇る。
(「2人共無茶だけはするな!!」)
あずの"分身"の言葉が耳に残っていた。
思わず笑い、身体が震える。
「すまないあず、……だがこれは無理や無茶、無謀などでは無いっ!血湧き肉躍る、こんな戦いを私は心のどこかで待ち侘びていたんだっ!!」
利き腕も無く、光魔も戻らない今使えるのは残る武器と腕と両足のみ。
全てのスキルを持って敵を狩る!!
「覚悟はいいかな?"赤騎士"。俺のEXB"逆臣の刃"《ブルータス・エッジ》に光魔も消されて、片腕も斬り飛ばした。無駄な抵抗はやめて大人しく俺の武勇伝の1つになってくれよ」
「覚悟をするのは君の方だよ"てぃん"氏。私は今この時を楽しみたい。そう簡単に死んでくれるなよ?」
お互いに笑いながらも瞳で敵を捉え、隙を見せない。
少しでも気を抜く瞬間さえあれば一瞬で消してやる。
そう瞳で語り合い、膠着状態が続く。
先に足を動かしたのは"てぃん"氏だった。
突きの型に剣を構え、全力疾走で接近してくる。
私は左肩に斧を担ぎ1歩、また1歩と全体重を足に乗せて歩いて行く。
突進の1撃と迎え撃つ1撃。
二つの大技が刹那に交錯する。
「「殺すっ!!!!!」」
爆音を放ち赤と白の光が周囲に散らばっていた。
刃と刃がぶつかり合い、ギリギリと音を立てて火花を散らす。
てぃん氏の刃は私を貫けず、私の刃は彼を両断出来なかった。
ダメージは私が8000、てぃん氏が6000。
手負いとはいえ、私以上の攻撃力を持つとは、本当に不覚だ。
思わず笑ってしまうよ。
どうやらこの勝負、私の……。
「俺が、あの"赤騎士"に勝てるっ!!いや、もう勝ったのか!?あははっ!残りのHPはたったの2000ぽっちで回復系のスキルも魔法も無いと見た!待ってろ"赤騎士"ファンタジア。あんたの伝説が今俺の武勇伝になるっ!!」
目の前で英雄王が反乱の騎士へと剣を向ける。
真っ直ぐな鈍い光が私の目を捉え、ゆっくりと進む。
まだ、終わらせたくない。
この素晴らしい戦いの終わりに膝をついてなるものかっ!!
「今度こそっ!!しぃねぇぇぇええっ!!」
一瞬の刺突。
「負けるものかぁぁぁぁぁあっ!!!」
この剣速は躱しきれない。
だとしたら、最後まで迎え撃つのみ!
「"王家の裁き"《キングダム・ジャッジメント》!!!」
「"血女王の虐殺"《ブラッディア・マッサクオ》!!!」
「完全無欠の英雄もここまでくると錯乱状態かな?あんたには今、光魔が居ないんだ!大人しく首を差し出せぇっ!、、、、、え?」
英雄の剣が私の眼前で止まる。
立ち尽くす"てぃん"氏の後ろで金色の長髪が嵐の風に揺られ、彼の胸には真紅の剣が刺さっていた。
「ふぅ〜〜〜、間一髪!間に合わないかと思ってあせったぜ全く……」
何処からともなく女性の声が聞こえる。
私の"クィーン"に言葉はない。
なら、いったい……。
「うちの"姉貴"に呼び出されて久々にインしてみたら、そこの白いお兄さんに姉貴のパーティメンバーがやられそうだったから"転移"《ワープ》させたんだけど、それが光魔だったみたいでさ?焦ったぜ本当。人型の光魔ってのは紛らわしいんだよ!おまけにHPゲージあったし……」
声が聞こえるのは上空。
闘技場の観客席は天井に覆われていて、その天井スレスレの位置に"浮かぶ大きな猫"とそれに乗っかりボヤく1人の少女がいた。
「君は?」
「"ニア"たん〜〜〜〜〜///、やっと姉様に会いに来てくれたのね!!きゃー!!!」
「ちげーよ馬鹿姉貴っ!あたしはただピンチだって聞いて、引退したつもりだったのに仕方なく来てやっただけよ」
後方で回復に徹してくれていたデリさんから歓喜の声が聞こえてくる。
ゆるゆると客席に降りてくる彼女がデリさんを"姉貴"と呼ぶなら、彼女は?
「もしかして、デリさんの妹ですか?」
「イェッス!マイ スィート リルシィスッ!!!」
「だからうるさい!馬鹿姉貴!!で?いいのそんなにぼーっとしてて。まだ戦い終わってないんでしょ?」
そうだ、こんなに悠長に構えている場合じゃない。
だが現状が分からず、半分パニックに陥っている。
それはてぃん氏も同じ様で、胸の中心を見事に貫いている物がいったいなんなのか分からない様子だった。
「なん、だよ。こんな不意打ち、食らうなんて、勝負ってのはわからない、な」
ズリュッと剣が胸から抜けると、むせ返るてぃん氏。
剣の血を払い、私の元へと帰ってくる"クィーン"。
私の切れた腕を心配してか、首を傾げている。
「不意打ち食らったのはあんたらお互い様だろ?これでやっと対等な戦いになるじゃない。感謝しなさいよね?」
腕を組み見下すような視線をこちらに向けてくるデリさんの妹。
桃色のローブに、中は黒いトップスに同じく黒いスカート。
ローブより濃いピンク色の髪に黄色い双眸。
そして宙を漂う丸々とした猫。
彼女とあの猫、まさか……。
「"悪戯猫 チェシャ"!?それとその使い手は確か、"不可思議"《ミステリアス》と呼ばれたプレイヤーか!?」
「懐かしい名前、知ってたんだね。そうだよ、"不可思議"のニア。それがあたしの二つ名だよ、"赤騎士"さん」
にっこりと笑う少女に気を抜かれ、こちらも笑ってしまう。
「お目にかかれて光栄だよ、ニアさん。本当にありがとう。これで心置きなく決着を付けられる。君のおかげだ!」
真っ直ぐに見つめてお礼を言うと、ニアさんは目を背けてしまう。
何か気に触っただろうか?
「ヒャウッ!あ、あの、そんなに、見られると、困るって言うか、その、……照れるっていうか///」
「はい??」
「い、いいから///!!さっさと決着つけなさいよっ!!!」
「なんだか怒らせてしまった様だね、反省するよ。すまないね、てぃん氏。そろそろ決着としようか!」
「ああ、こっちも今起きた事の整理がやっとできた所だよ。お互いに残りHPは2000程度、次の1撃で終わらせよう」
「"血女王の慈悲"《ブラッディア・エール》これで無くなった腕も元通りだ。本当の全力で斬り伏せて見せよう」
私唯一の回復スキル。
"クィーン"が相手を倒した分だけ集まる"血"を使い状態異常回復と欠損部位の再生が可能になる。
改めて武器を両手で持ち、EXBを発動させる。
「君にはまだ見せてなかったね、私の必殺技を」
「ああ、唯の一度も見た事はないよ。俺があんたの事を詳しく調べたのはつい最近だったからな。本当に後悔してるよ……、最初にEXBを使っちまった事を」
肩を落とし、ただ表情だけは落ちていなかった。
「まだゲージが全然溜まってないが、あんたのそれ以上に早い斬撃でそのアバター切り刻んでやるっ!!」
この戦いの中で2度目の膠着。
今度は全身の力を両腕に集中させる。
そして、その名を叫ぶ!!
「"狂気の逆賊"《ディーオ・バーサーカー》ッ!!!!!」
髪も肌も瞳も全てが紅く染まり、敵のその顔以外が認識できなくなる。
体内の血が全身を駆け巡り、熱く熱く脈を打つ。
一瞬で膠着を破り、てぃん氏への距離を詰める。
先程とは真逆の状況にてぃん氏はまともに対処が出来ない様子で目を見開いている。
ここは一気に振り抜くっ!!
おおおおぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!!
「付け焼き刃じゃ、やっぱりダメか。……俺の、負けだ」
斧が通った横薙ぎの一直線上には一切の物が存在しなかった。
建物の椅子も、壁も、漂う雲でさえも両断し紅い身体に人並みの白さが戻ってくる。
身体を両断され、闘技場の外へと吹き飛ばされたてぃん氏は空中で光となり消えていった。
「うっわ〜、絶対この人敵に回さないって決めたわ、あたし……」
「どう?ニアたん?私のパーティ最強のお方は?」
「ど、どう、とか聞かりぇちぇもっ///!!べ、別に、元々今日、インするって決めた時からっ、姉貴のパーティ入ってギルドにするつもりだったし……」
デリカ姉妹が何やら話している。
どうやらニアさんが我々のパーティメンバーになってくれるようだ。
「今の話、本当かな?君が加入してくれるならとても嬉しいんだが?」
"ダイヤモンドダスト"の勧誘に失敗し、先送りにしようとしていた所だったが、ここに来てまさか"不可思議"が仲間になってくれるとは。
今日は予想外の出来事が多過ぎるな。
「か、勘違いしないでよね///姉貴が居るからってだけじゃ、なくて、その……。あたしが、あんたの事気に入ったから入るんだから……」
「そうですか!ではこれより、我々『グリム・ロック』はギルドとして旗を掲げよう。
今はまだ5人だか、必ずこの世界の頂点に立って見せよう!!」
「ジアさん……、鈍感鈍感と思ってましたが、……やはり"そっち"ですの?」
「はい?"そっち"とは?」
時折わからない事をいいますね、デリさん。
まあ、きっと真面目に考えなくてもいい事でしょう。
それよりも、ギルド設立が叶った事は嬉しいですがまだ目の前の問題が片付いていません。
「デリさん、蘇生系の魔法又はスキルなどは持ってますか?」
「いいえ、申し訳ありませんわ。回復魔法とスキルしかありませんの」
「そうですか。いや、謝る必要はないですよ。ではニアさん、私をあの男"てぃん"氏の消えたであろう場所まで"転移"させて欲しいのですが」
「いいけど、何するつもり?まさか蘇生させて情報聞き出そうとか?正気?あんたさっきまで殺し合ってたのよ?」
「だが今日は私が勝った。もちろん、君のおかげでね。どうか頼みを聞いてもらえないだろうか?」
「ふんっ、どうなっても知らないんだからっ///………、なんでこんなに顔が熱くなるのよぅ〜〜〜///」
急に蹲るニアさん。
お腹でも痛いのだろうか??
「大丈夫ですか?ニアさん??無理にとは言いません。私が歩いて行けばいいだけの話ですから」
「ああ、もうっ!黙って手貸しなさいよっ///!!」
「これは失礼。淑女に手を差し伸べないなどあってはならなかったねぇっ!?!?」
ニアさんに手を差し伸べ、それを取られた瞬間世界が、空間が渦状にねじ曲がり一瞬の浮遊感の後すぐに闘技場の外に立っていた。
「うぅ、これが"転移"の感覚。不意打ちだと少し酔いますね」
立ち眩みに似た感覚に少し視界が歪む。
視界が正常に戻ると、目の前には呆れた顔のニアさんが腕を組み立っていた。
「たぶんこの辺だって"チェシャ"が言ってたわ。本当にいいの?蘇生に使うのって"蘇生薬"《エリクサー》の内のどれかでしょ?この世界でも"蘇生薬"は超高級品なのよ?それを敵だった奴に使う?普通。信じらんない!」
私を待っていたのは罵倒の嵐だった。
怒らせてばかりですね、本当。
姉のデリさんと違い、言いたい事はすぐに言うタイプなんでしょうか?
「私の所持品の中には"超蘇生薬"《ハイエリクサー》しかありません。それに、この世界において情報とは幾億のサニーよりも価値があります。それに、私はデリさんから充分な回復を受けてますから大丈夫ですよ。心配ありがとうございます」
「わかってるなら、いいのよ……///」
腕組みを解いて身体の後ろで手を組み変えて俯いていた。
呆れてまた目を合わせてくれないニアさんに心からお礼を言うと、アイテムポーチから"超蘇生薬"を取り出す。
この世界で死亡したプレイヤーは3分間、アバターが不可視となり意識だけHPが全損した場所に留まる。
そして蘇生系の魔法、スキル又はアイテムは使用時に対象の意識を炎の様な球体として見る事ができる。
私が"超蘇生薬"の瓶の蓋を開けると足元に白い炎が立ち上がる。
そこに向けて瓶の中身を零していく。
意識の炎が白から青へと変わり、炎の中からてぃん氏のアバターが現れた。
「いつつぅ〜。最後の攻撃、しばらく夢に見そうだぜ。あんた馬鹿か?俺は敵だろ?その綺麗な顔、胴体から離してやろうかぁっ!?」
「"双剣 シャムシール"、やると思ってたわよ。あんたこそ馬鹿?」
突如てぃん氏の喉元に曲刀が2本とそれを握る、細くしなやかな腕が現れ首筋に刃先が当てられていた。
ニアさんの方を向くと、後ろで組んでいた腕が二の腕から先が異空間の中に入っているようだった。
これも、"チェシャ"の能力でしょう。
しかし、身体の1部分だけ"転移"させるとは汎用性の高い力ですね。
「っとお嬢ちゃん、対策済みとは恐れ入ったよ。もう俺は負けたんだ、手出しはしない。……今日の所は、な」
てぃん氏がニアさんにウィンクをすると、チッと舌打ちをするニアさん。
ゆっくりと腕と剣を異空間から引き抜くと、剣だけ異空間にほっぽり投げた。
「それで、あんたが欲しいのはこっちの情報ってところかい?"赤騎士"」
「そうだ。君は此度の戦いを仕組んだ、敵の頭なのだろうか?」
唯一にして最大の疑問。
誰がこの戦いを計画し、ここまでの規模の大隊を操っているのか。
「違う。自己紹介で言った筈だぜ?俺は日銭稼ぎの用心棒だってな。俺はその頭に雇われただけだ」
「そうか。だが、君は実際に見たんだろう?首謀者の顔を」
「見た。それでここに着いた時も一緒だったんだぜ?俺が"赤騎士"と1on1で戦いたいって言ったら先に"無駄骨"と"毒蛇"を仕留めに行くって言って消えたよ」
あの2人をたった一人で!?
そんな事が出来るプレイヤーなど存在するのだろうか?
いや、自分の頭の中にある情報だけで考えてはダメだ。
今日、それを痛い程思い知らされた。
だとすれば本当に居る可能性がある。
どんなプレイヤーでも勝てないプレイヤーが。
この世界始まって以来の強敵が。
「てぃん氏、ありがとう。私達は闘技場に戻るとするよ。今日君が再び敵とならない事を祈っているよ。……ニアさん、もう1度デリさんの元まで"転移"をお願いします!」
そっぽを向いて立っているニアさんに手を差し出すと、渋々といった様子で手を取り強く握ってくる。
「振り落とされても知らないからっ」
どうにもまだ嵐は止まないらしい。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ、もう無理。鳥さん、まだ立てます、か?」
「…………………無理です」
「ですよね〜」
息を切らすひぷさんと、もう身体を動かす気力もない僕。
僕達は今大粒の雨をその身に受けながら、闘技場のリング上に仰向けになって倒れていた。
『ジュラシック』戦が終わり、今日のゴタゴタが全て片付いたと思いきや……。
敵の軍勢がリングへと雪崩れ込みヒーさんとひぷさんと僕の無双ゲーへと発展して今やっと全部が片付いたところ。
僕の残りHPは5200、ひぷさんは9872。
ひぷさんのHPはまだまだ余裕に見えるけど、あの人大抵の攻撃で受けるダメージが1だから何回攻撃受けてるんだろ?
もう考える気力も無くなってきた。
「まだ伏兵とか、仕込まれてたら、死にますね、本当」
「怖い、冗談、やめて下さいよ」
上半身だけを起こし、辺りを見回す。
激戦の爪跡が数多く刻まれていた。
僕達がこんなに楽な格好をしている好機に伏兵が出て来ないという事は、やっと終わったんだろうか?
「ひぷさん、この場は離れて先に行ったヒーさんと合流しましょう。ここは大丈夫でも、まだ観客席で戦闘が行われています。可能な限り援護したい」
「了解だよ、マスター。それじゃ1回出ましょうか。1階の通路を抜けて客席まで少し距離あるけど、敵が居ない事を祈りましょう」
ビチャビチャと水溜りを踏み立ち上がると心拍を落ち着ける様にゆっくり歩き出す。
僕は"エキドナ"を装備解除して、"双剣 サラマンドラ"を腰の鞘に納める。
ひぷさんは"抜骨ノ太刀"を肩に乗せ、柄と刃に後ろから手広げて覆いかぶさる様に乗せている。
「本当によく切れないですね、腕」
圧倒的防御力とその代償に下がっている攻撃力があって初めて成せる芸当だ。
「んお?これっすか?まぁ、硬いだけが取り柄ですからねー、はははっ」
それだけでも周りのプレイヤーからしたら脅威だというのに、お気楽な人ですね。
僕も少し笑って隣を付いて歩く。
僕達が横たわっていた場所はリングの中心で、そこから少し歩いて入場してきた門を目指している。
すると、その門のところに人影が。
遠くはないけど、影になってて顔や装いが見えない。
あれはいったい……。
「んん?あれ、誰か居ますよね?鳥さん」
ひぷさんにも見えているという事は、どうやら見間違いではなさそうですね。
「ひぷさん、警戒しましょう。良くない予感しかしません。"イザベラ"はまだ"起きて"ますか?」
「警戒必要ですかね?"イザベラ"なら今、影の中でぐーすかしてます。呼べばすぐ出てきますんで、ご心配なく……。何かあったらすぐに俺の後ろに跳んで下さいね……」
小声でお互いの意思と状態の確認をして、ペースを崩さない様にそのまま歩いていく。
すると、門の影にいた男が前に出て来る。
「いやぁ、お2人共。素晴らしい戦いでした!!Hypnos君、君が主催していた賭けの儲けを持って来たよ!」
「ノルドア市長!!こんな危ない中よくここまで来れましたね!!誰にも襲われなかったすか?」
「んん?ここに来るまでかい?入り口からすぐそこまで凍りついてて12回すっ転んだが、襲われたりはしとらんよ!わっはっはっ!」
小太り、いや大太りした白髪でヒゲモジャの背の高い男がケラケラと笑っている。
ひぷさんが市長と呼んでいた事から、ここグランベリーの市長を務めるプレイヤーだろう。
試合観戦もモニターか何かでしていたのか、僕達の戦いを知っている口ぶりだった。
それに1番気になるのは……。
「ひぷさん、賭けとは?それに主催で儲けてるんですか?」
「ゔぁっ!!いや、あのその、えっとーーー……。聞きました?」
「バッチリ」
「うわぁぁぁぁああん!」
「わっはっはっ!え〜、君が『Lorelei』のマスター鳥である君だね。Hypnos君から噂は予々聞いているよ!今回の件、この街のルーキーを庇ってくれたと聞いて本当に良い心の持ち主だと感動した。これは私の分の儲けだ、君が受け取ってくれたまえ」
両手に大金が入った袋を提げて、僕達に押し付けてくる市長。
終始わっはっはっと笑っている。
「こんな大金受け取れませんよ!!ってどれだけ勝ってるんですか!?!?」
「えっと、俺と市長だけ『Lorelei』の勝ちに賭けて、他のプレイヤーがみんな『ジュラシック』派だったんで……そりゃもうとんでもなく勝ちましたね、あはははっ、120万ソルくらい?」
「なんだか悲しくなってきました。無名の僕らが悪いんですけどね、身内しか賭けてくれないなんて……」
今後、本気で名を上げよう。
なんか、悔しい。
「わっはっはっ!そう肩を落とすな鳥である君っ。今日の戦いで君達の株は急上昇だ!!それに酒場の一件もすでに拡散されていて君の話で持ちきりの様だぞ?それに……」
ノルドア市長は上下黄色のスーツの内ポケットから1通の手紙を取り出した。
「君へのファンレターを預かって来た。どうか開けて読んでやってくれ」
ファンレターと言われ手渡された手紙には差出人の名前が書いてなかった。
封筒を破らない様にゆっくりと開ける。
中には綺麗な羊皮紙が折りたたまれて入っていた。
ゆっくり広げてみると、そこには魔法陣とその魔法を遠隔起動させる為の文言が描かれていた。
罠かっ!!
急いで手を離すと羊皮紙はハラリと地面に落ち、その魔法陣から1人の人が飛び出て来た。
「鳥であるさんっ!!」
「………えっ!?」
飛び出して来たのはなんと酒場で助けたあの女性プレイヤーだった。
「なんで、君が??」
「あの、私お礼を言いたくて。あの時は涙が止まらなくて、ちゃんと目を合わせてお礼を伝えられなかったから、それで!その、お爺様に頼んでモニターで鳥であるさんの戦いを見せて貰って、居ても立っても居られなくって!!」
キラキラと目を輝かせて抱きついている女性プレイヤーを何とか支え、ゆっくりと降ろした。
「"鳥であるさんの戦いを"ねぇ〜」
何やらニヤニヤと笑っているひぷさんを無性に殴りたい。
ダメージ1でも殴りたい。
「あ、あの、すいません。お名前を聞いても?」
「すいません!!私ったら名乗りもしないで!私は"リノラ"と申します。今後とも是非よろしくお願い致します」
リノラと名乗る女性が赤毛を揺らして深く頭を下げる。
エメラルドグリーンの瞳に白い肌。
整った顔立ちに身長150㎝程の細い体躯。
胸元だけ少し発育がいいような……。
いや、そんな事はいい!!
今はお礼をしっかり受け取ろう。
「こちらこそ観戦ありがとう、リノラさん。 市長のお孫さんだなんてすごいですね」
「わっはっはっ!自慢の孫娘だよ。リアルの方がもうちょい可愛いんだがね?君の様な男に預けるなら何も心配は要らんな!わっはっはっ!!!」
「もう、お爺様ったら気が早いわよ……///」
このジジイ………。
そして笑いを堪えて死にそうな骨男も絶対殴ります。
ええ、絶対にです。
僕の睨みに気付いてか、ひぷさんがそっぽを向く。
「あの、そういった話はですね……」
「鳥であるさんは今お付き合いされてる方とかいるんですか??」
「いや、あの、だからね……」
「………………跳べ」
ぐいぐい来るリノラさんに押されていると、ひぷさんがポツリと呟く。
「その子抱えて後ろに跳べ、早くっ!!」
珍しく怒鳴るひぷさん。
そっぽを向いたのは何かに気が付いたからだろう。
リノラさんを抱き抱え、ひぷさんの後ろに飛ぶ。
そしてひぷさんはノルドア市長の尻を思い切り蹴り上げて、見事に門の中へとゴールを決めていた。
「間に合えっ!!"イザベラァァアアア"」
「"戦聖女の鑓"《アーガーテ・ロア》」
「"死骨ノ巨ッ!!!!!」
ひぷさんが反対側の入場門に向かって立ち、影から姿を現した"イザベラ"がひぷさんと僕達とを隔てる。
けれど、最強の防御技を発動する前に直線状の青白い光がひぷさんとイザベラを貫通していた。
バラバラと音を立てて飛び散る骨のカケラ達。
そしてひぷさん諸共、"イザベラ"も光になって消えていった……。
「そんな……ひぷさんのHPが、1撃で全損なんて……、あ、あり得ない」
今起こった事に脳がついていかない。
全プレイヤー中最強の防御力を誇る"無駄骨"と謳われる人と、その光魔が一瞬で……。
散らばった無数の光が消える頃、敵と思われる男が姿を見せた。
「おかしいな、今の攻撃で大半を削るつもりだったんだが……、意外に消耗していたのか"無駄骨"。殺してしまうとは、失態だ」
狂気ではない。
殺気すら感じない。
ただ淡々とした、作業感だけを感じる。
恐ろしい。
鈍く冷たい空気を纏った黒マントに身を包み、フードを被った男がその顔を雨に晒す。
「お初に、『Lorelei』のマスター。名前は何といったかな?」
「…………………………」
「おや、開いた口が塞がらないようだ。感知も対処も遅く、後悔と恐怖その2つを今飲み込んでいるのか。君はまだまだ弱いな」
灰色の短髪に顎に髭を生やし、血のように赤い双眸。
市長よりも少し背が高く、肉体も腕しか見えていないけど無駄がない。
少し褐色がかった肌に、無数の傷がついていた。
「失礼、私の名は"ジヤヴォール"。そろそろ恐れも食い飽きただろう。名乗りたまえ、『Lorelei』のマスター」
スタスタと歩いてくる、"ジヤヴォール"と名乗る男。
(ダメだ、絶対に敵わない。退路はあっても市長とリノラさんを抱えてなんて逃げられない)
「僕はプレイヤーネームは"鳥である"。今の貴方の狙いはなんですか?もし、僕だけが標的ならこの2人を逃す事を許して貰えないでしょうか」
「ほう、見上げた正義感だな"鳥である"君。その請願を受諾しよう。ご老人、そこの娘を連れて早くこの場を離れるといい」
意外と寛大なのだろうか。
ノルドア市長が飛ばされていった門を見ると、市長は慌てて駆け寄ってきた。
「鳥であるさん……、どうか、どうかご無事で……」
「ありがとうリノラさん。市長、ここを出たら直ぐに安全な場所まで飛んで下さい。この娘を頼みます!」
「あ、ああ、任せなさい!ほら、リノラ立ちなさい、早く!!」
さっきまでの笑顔とは打って変わって、真剣な眼差しで彼女の手を引いて走って行く市長。
後は頼みましたよ。
安心して2人の背中を見送り、ジヤヴォールの方を向こうとしたその時。
「……っな!!!」
ジヤヴォールの背後に大きな翼を広げた青白い悪魔が姿を現し、そして2人が走って行った方向に超スピードで飛んで行く。
「おや、すまないね。私の光魔は言う事を聞かないものだから。なに心配は要らないよ、すぐに殺して戻ってくる」
「貴様ぁぁぁああっ!!!」
すぐに"サラマンドラ"を抜き、"エキドナ"を召喚する。
一瞬で距離を詰め、攻撃を打ち込む。
「これが"双剣 サラマンドラ"外見は美しいが、……弱いな」
「どれだけ貶されても、何も思わない。ただ殺す。絶対に殺すっ!!」
回復手段が無い以上、残り5200のHPではさっきみたいな攻撃をもらったら僕も死ぬ。
その前に一矢報いてやる。
「"エキドナ"!"焔蛇の舞"!!」
「ぐぅっ、これはっ!!」
敵の軍勢と散々に戦っていた分、余裕で溜まっていたEXBを解放する。
これで15秒間、相手は自身を攻撃する。
はずなのに、相手は指の1本も動かさない。
「そんな………、なんで…」
「ああ、説明する気が無かったものでね。私が君のお仲間を葬った"戦聖女の鑓"は私のHPとMPを発動時の半分削り、自身を1分間行動不能にする事で相手プレイヤー1体に最大12000の固定ダメージを与えるスキル。だから私は今、誰も攻撃対象にできないのだ」
固定ダメージ。
属性の優劣、特殊効果、スキル、防御力差を無視して与える又は受けるダメージ。
それならひぷさんが1撃で倒されたのも頷ける。
「強いスキルではあるが発動時のHP、MP残量で威力が下がってしまう欠点がある。今、もう一度使っても君を倒す事は出来ないだろう」
HPとMPを半分消費するって事は回数制限は不明だけど、繰り返し使えるスキルなのか。
恐ろしい能力ですね。
「市長達の元に飛んでいった貴方の光魔は攻撃可能なんですか?」
「私と同じく不可能だ。だがスキルを使ってHPゲージを持っている。もう少しで私と同じく戦闘を始めるだろう」
魅了の効果時間はとっくに過ぎてしまっているし、あと10数秒で相手の反動も解けてしまうだろう。
ここは連続で魔法を当てて魅了し続けるのが得策だ。
この男を少しの間惹きつける事は出来るかもしれないけど、市長達の援護には確実に向かえない。
誰か………。
「さて、5.4.3.2.1.0。反撃、とは少し違うか?私はまだ1撃も貰っていないのだった。……、では蹂躙を開始しよう」
考える時間もくれないみたいだ。
僕も覚悟を決めよう。
「"ソニックファイア"」
「下級魔法など、当たらんよ。"アイシクルランサー"!」
僕の持つ魔法の中でも、スピード重視の魔法が軽々と躱されてしまう。
そして水属性上級魔法で、広範囲攻撃魔法"アイシクルランサー"の氷柱が僕目掛けて伸びてくる。
回避しても火属性装備の僕が他の氷柱に当たったら大ダメージだ。
「相性が悪過ぎる!!"バーニングカノン"!!」
手を翳した前方に特大の火球を撃ち込む上級魔法で前方の氷柱を溶かし、後を追う様に走り出す。
「距離を取ったらこちらが圧倒的に不利っ!!"サラマンドラ"!!」
「近接戦闘なら勝てると?舐めてくれるなよ小僧。出でよ"地獄門"《ヘル・ゲート》」
「何を呼び出そうとっ!!貫け"ペネトレイトフレア"!!」
"地獄門"と呼ばれたのは防御系のスキルだろうか?
防御を強化されたところで、元より攻撃力や魔法力で勝とうとは思ってない。
今は何よりも、魔法判定の攻撃を当てる事だけ考えよう。
そうして突進攻撃を仕掛ける。
だが……。
「だからまだ弱いのだよ。君は世界の広さを知る"鳥"などと言う尊い存在ではない。所詮、何も知らぬ哀れな蛙だ。"混沌"《ジ・>カオス》」
魔法を帯びた僕の剣は相手に届く前に効果を消されてしまう。
レジスト系のスキルか。
突進の勢いを殺しきれず、体勢を崩したところに蹴りを1撃もらってしまう。
「ぐぅぅぅぅぅううっ!!かはっ!!!」
蹴飛ばされ、また距離を離されてしまう。
「私の専用武器は
さっき召喚されていたのは相手の専用武器。
そして魔法もスキルも通用しないなんて聞いた事がない。
"混沌"、あの力の使用回数、使用制限、その他の能力が全て不明である以上……、もう僕に勝ち目は、無い。
「そろそろ"彼"も戻すとしよう。さあ、自己紹介だ"冥界の覇王 サタン"。原初のUレアにして"黒幕"など足元にも及ばない悪辣な能力。その力を思い知るがいい!!」
そうか……、もうあれから少し時間が過ぎている。
誰も助けられず、少ししか情報を引き出せなかった。
これで僕も負ける。
「"雷神の鉄鎚"《トール・ハンマー》!!!」
ドゴオオオォォォォォオオオンッ!!!!!
刹那、強烈な光と雷鳴が轟き闘技場の壁が吹き飛ぶ。
そして、その爆風で飛ばされた何かが超スピードで"ジヤヴォール"にぶつかり、諸共反対側の壁へと叩き込まれて行った。
カツカツ、カツカツ、カツカツ。
ヒヒィィィィィイイイインッ!!!!!
踵を鳴らす音も馬の鳴き声が響き、雷光を帯びた1人のプレイヤーが姿を現わした。
「俺の仲間に、何してくれてんだ……」
眉間に皺を寄せて、黄金の鎧と白銀のメイスを持った男が1人。
握り拳を眼前に震わせていた。
「義兄さんもそうですけど、うちのギルメンには時間管理を徹底して欲しいものですよ。本当、……………助かりました、ノイさん」
「いやぁ、面目無い。やっとうちのロバが落ち着いたみたいで……。っと、俺をここに呼び出した張本人は今どこで油売ってるんです?」
「えっと、確か……あの辺で……」
「え?嘘っ、あの人が?全くサボり過ぎなんですよ。どうせ戦闘中に可愛い女の子でも目で追っかけてたんでしょ、クズめっ!」
登場していきなり悪態を吐くこの人が、プレイヤーネーム『Noigy』ことノイさん。
アバターを包んでいた雷光が消え、鎧の色が黄金から漆黒に変わっていく。
ボサボサの茶髪に普通の肌色。
どこにでも居そうな細身の、普通の40代くらいの容姿をしたアバター。
そして後ろに控えているのは、美しい鬣を揺らす白馬とそれに跨るボロい黒マント。
何ともまぁ形容し難い絵面のアバターと光魔達。
ん?達??
「ノイさん、ノイさんの光魔って馬乗ってました???」
「い、いやぁ、それがですね………」
ボゴォォォオンッ!!
悠長に話していると、吹き飛ばされた"ジヤヴォール"が瓦礫の中から姿を現わす。
「貴様、いったい何者だ!これ程の雷属性の攻撃力を持つ者など、私ですら知らない!サタンのHPを全て削り…、この俺まで……」
「名乗る程の者じゃないよ。俺はお前の光魔を覚えてる。それはこのゲームが始まって1番最初に実装されたUレアの1つ。俺も、同じくその内の1つを持ったプレイヤーさ」
「そんなはずは無いっ!雷属性の光魔の中にはそんなスキルを持った物は無いのだ!」
「全く、聞き分けのない。喋ってないでそろそろ終わらせよう。援軍も到着したようだしね」
空を見上げるノイさん。
すると上空には青い鳥が1羽飛んでいて、その鳥から何かが落ちてくる。
「あれは………、人!?」
ヒューーーーーーーー、ドコォォオンッ!!
「いってててててて、膝が………」
空から降って来た男が両足を膝まで埋めてそこに立っていた。
そして空から青い鳥が舞い降りてその背から1人の女性プレイヤーが姿を見せる。
「もう、危ないのでやめて下さいと言ったはずです!次は回復させませんからね!!」
この2人には見覚えがある。
確か………。
「お2人は確か、ひぷさんのフレンドの!」
「ああ!そうだ。以前レイドクエストで一緒して以来だが、お元気そうで何よりだ」
「Hypnosさんにはお世話になっております。それで、あの方はどちらに?」
2人共ひぷさんが呼んだのだろうか?
キョロキョロと辺りを見回す。
すると女性プレイヤーが何かに気が付いた様子で1点をじっと見つめる。
「"フェニックス"彼の者を癒しなさい。"反魂の炎"《リボーン・フレア》」
"フェニックス"と言う名の光魔がひぷさんが倒れたと思われる場所に向かって青い炎を吐き出す。
「させるものかっ!呑み込め"混沌"!!」
青い炎が黒い渦に呑まれて消えてしまう。
「!!、そんな………」
「ここで"無駄骨"まで相手にしてなどいられない!"サタン"!!」
ジヤヴォールの呼びかけに応え、サタンが巨大な氷塊を空中で生成する。
「潰れて凍れっ"アイシクルランプス"!!」
生成された氷塊が僕目掛けて落ちてくる。
そこにさっきまで足を埋めていた戦士が十字架の形をした大剣を担いで歩いてくる。
「これは俺向きの仕事だね。叩き割れ!"グラズヘイム"!!!」
その戦士の後ろに控えていた鎧巨兵の瞳に光が入り動き出す。
手に持った鉈の刃を360度等間隔で並べた様な、遠目で見ると棍棒にも見える武器を振り、氷塊を砕き割った。
名だたるUレア、"フェニックス"に"グラズヘイム"。
助っ人が強力過ぎて安心したからなのか、緊張の糸が切れ力が抜けてしまう。
「すごい………」
「むぅ、アレを1撃で砕くとは……。さすがは"神兵"《オズマ》と呼ばれる男だ。それにあちらの少女は"不死姫"《シュルプリメイラ》。やれやれ、『Lorelei』のメンバーを屠るだけのつもりが、これでは少々分が悪い様だ」
「おお!!俺達の事知ってるのか!なんだか嬉しくなっちゃうな!!」
「もう、呑気な事言わないで下さい!」
「君達の存在を知らぬ者が居るとすれば相当な無知か阿保だよ……」
ノイさんの雷撃以降、ジヤヴォールのペースが崩れている。
「ノイさん!このまま畳み掛けましょう!」
「はい、鳥さん!"天変の短鎚"《アルマ・メイス》!!」
「戦力的脅威は2人。なら先に雑魚を葬る!"デモニックラビリンス"悪魔達よ、まずはそこの蛇小僧から消しなさい」
足元に大きな魔法陣を展開すると、その中から無数の悪魔が召喚された。
どうやら僕がターゲットにされてるみたいですね。
ここは惹きつけて、1体1体魅了して戦力を削る!!
「無駄だよ、マスター鳥である。君の矮小な攻撃では中級悪魔の群勢相手は荷が重いだろう。横槍が入ろうと君だけは先に殺す。そして次はそこのお姫様だ」
悪魔達が一斉に魔法を放って来る。
下級魔法を連続で回避していく。
上手く躱しきれずに数発貰ってしまった。
「鳥さん!!くそっ、あのクズ野郎!俺が先にあいつを……」
ジヤヴォールの元に走り出そうとしたノイさんを十字架が制止させる。
「待て、相手の能力が明確になってない以上単騎で距離を詰めるのは愚策だ」
「早く、マスターさんに回復を!蘇生スキルが使えれば、Hypnosさんも………」
"神兵"と呼ばれた騎士が鳥さんの前で武器を構え、"不死姫"さんが僕にヒールをかけてくれる。
「まずは悪魔達を消すしかないか。"神兵"さん、"不死姫"さん、うちのマスターを頼みます!!」
僕は、守られてばかりだな……。
「"無駄骨"の守備援護無しに戦えるのか?『Lorelei』の戦士よ。貴様の攻撃力には驚かされたが、その代償は必ずあるだろう」
「あんなサボり魔居なくたって充分戦えるよ。まあ居たら居たで、こき使うけどね」
「ほざくじゃないか……、ならまずは回復するとしよう。"デモンズリベリオン"!!」
ジヤヴォールが両手を広げると大きな魔法陣が姿を現し、召喚した悪魔を10数匹呑み込んでいく。
そして奴のHPゲージが全回復してしまった。
「さぁ仕切り直しだ。そのプレイヤーネームはノイジーでいいのかな?」
「ああ、そうだ。ジヤヴォール、仲間の借りはきっちり返してもらうぞ!!」
メイスの放つ光がジヤヴォールを捉える。
「よかろう。それでは最大の力で捩じ伏せるとしよう。来なさいっ"サタン"!!」
自身の光魔を呼び寄せ、EXBを発動させようとするジヤヴォール。
ノイさんには防御スキルがない!
このままでは勝ち目が……。
「この場の生命全て消え去るがいい!"世界最後の光"《エンドライト・イクリプス》!!」
曇天だとしても、周囲が見える程度は残っている光が削られて"サタン"の元に集まっていく。
この世界が始まって最初に現れたという"冥界の覇王"。
その力が………。
はたして、"天地天変を司る魔神の王"に通用するだろうか?
「吹き飛ばせ"テュ=ポーン"……」
白馬に乗る黒いマントから骨ばった2本の腕が現れる。
その掌が頭を覆うフード付近へと伸びていき、………思いきりくしゃみをした。
「{ヘックシュゥウン}」
くしゃみで起きた強烈な突風がジヤヴォールを"サタン"のEXB諸共、アリーナを削りながら吹き飛ばす。
この場の誰もが想像だにしなかった事態に空いた口が塞がらない。
「いや、……吹き飛ばせってそうじゃない」
命令したノイさんすらも戸惑っていた。
ただ、1つ言っておきたいのは…。
相手のEXBは無駄撃ちとなり、吹き飛んでいったんだ。
ただのくしゃみで……。
「と、とんでもない力だな。雨まで止んじまってる。Hypnos君から聞いてはいたけど、これ程とは……」
いきなり晴れてしまった大空を見上げる戦士。
「そうです!今の内にHypnosさんの蘇生を!!」
そして青いドレスの様な衣装に身を包む空色の髪の女性プレイヤーがはっとした表情で慌てて立ち上がるとひぷさんが消えた場所へと走り出す。
「その心配には及びませんよ。私がスキルで蘇生させて頂きました。よろしければ回復の方をお願いできますか?」
「あ、はい!かしこまりました……。貴方は??」
いつからそこに居たんだろう?
青く輝く重厚な鎧を纏う騎士が結晶で出来た大きな盾を構え、水の精霊を連れてそこに立っていた。
「私の名は"米糀"《こめこうじ》。"千兵"の分身より救援の要請を受けた者です。現状の把握はまだ出来ていませんが、吹き飛んだ男を敵として個人的に加勢させて頂きます」
丁寧な口調で力強く話す堂々とした姿勢。
そして背後の
あの人はもしや!!
「"ダイヤモンドダスト"……」
「その二つ名、まだ恥ずかしいんですよね。楽に呼んで頂けると嬉しいです。先輩方」
空いている手の人差し指で頭をポリポリと頭を掻く青年。
噂の通り、強そうだ。
「うぁ〜〜〜、やられたやられた。固定ダメージ系のスキルは怖い怖い」
左手で自分の頭を掴み、左右に振ってポキポキ音を鳴らすひぷさん。
蘇ってくれて良かった……。
「んで、懐かしい衣装着た人が居ますね〜。ご実家の窓拭きは終わったんですか?ノイさん??」
ニヤニヤしながらオヤクソクの悪態を吐くひぷさん。
「ええ、どこぞのサボり魔よりはまだ勤勉な方なんで。戻って来たならさっさと働いて下さい。敵が出した悪魔はまだ残ってますよ」
瓦礫の下敷きになっているジヤヴォールのいる方を向きながら、顎を使ってひぷさんに戦闘を促す。
「へーへー、出来る限りは頑張りやすよー。蹴散らせ"イザベラ"!」
そして渋々承諾し、戦闘に入るひぷさん。
瞬く間に悪魔達のタゲを取りほかのプレイヤーが集中して攻撃出来る瞬間を作り出す。
僕も、負けてられない!
「援護します!"エキドナ"!!」
僕の能力ではは決定打になる攻撃は不可能。
役割はひぷさんと被るけど、今は出来る最善を尽くそう。
「マスターさんの治療、完了致しました。私も戦います!"聖炎翼爪"《ブルーハーピィ》!!」
"不死姫"が専用武器を装備する。
ヒールの高い鳥の爪を模した靴と脛当てが一緒になった銀の装備。
両手が青い炎に包まれ、その炎が翼となり細い体躯が浮き上がる。
プレイヤー自身が飛行可能という、現状では唯一の装備とスキル。
そしてHPが尽きた時、EXPとMPを消費して自身の蘇生が可能と言われている光魔、
"聖炎飛鳥 フェニックス"。
姉と同じく、聖女とも呼ばれるプレイヤー。
「俺も力を貸すぜマスター鳥である!あっちに比べたら華やかさに欠けるが、全力を尽くそう!"グラン・シャリオン"!!」
大きな十字の大剣を振り回し、降り注ぐ悪魔の魔法を尽く消していく。
退魔の剣"グラン・シャリオン"の持ち主には一切の魔法攻撃が効かない。
"神兵"と謳われるしなやかな長身の戦士。
背後に控える"神界巨兵 グラズヘイム"が強烈な攻撃を放ち、避けた悪魔達を"神兵"が1体1体確実に倒していく。
「"フィル"ちゃんに"よっし"さん、相変わらず楽しそうに戦いますねー。それに……、あれが"ダイヤモンドダスト"……噂通り強いっすねー」
悪魔達の攻撃を受け止めながらひぷさんが余所見をしている。
その視線の先には大きな水の玉に沈められている大量の悪魔。
結晶の盾が攻撃を弾き、水精"ウンディーネ"がスキルで敵を沈めていく。
何らかの条件で相手の自由を奪うスキルなんだろうか。
まだまだ、情報が少ない新進気鋭のプレイヤー。
戦闘中の落ち着きと手順、スキル選択の丁寧さ、ひぷさんには及ばないが高い防御力と魔法力。
"赤騎士"と似た非常にバランスのいい戦闘スタイルだ。
そして、"彼"の周囲に敵の姿が無くなった時、"ウンディーネ"が大きく両手を開き魔法陣を展開する。
「対人戦では初めて使うね"ウンディーネ"。せっかくだから派手に決めよう!EXB"銀世界の神話"《シルバリオ・フェヴル》!!」
"ウンディーネ"が魔法陣から1本の鎗を召喚し、米糀さんに手渡す。
それを受け取ると、米糀さんはふぅ〜と深く息を吐き大きく息を吸い鎗を構える。
そして吸った空気を一気に吐き出し、鎗を水の玉へと投げ込む。
鎗の先端が水に触れると一瞬で凍りつき、鎗がその玉を砕き割る。
粉々になった銀色の粒が雪の様に降り注ぎ、中に居たはずの悪魔は跡形もなく消えていた。
これが高難易度クエストを1人でクリアしたと言われるプレイヤー"米糀"さんの能力。
一瞬の
一方、吹き飛ばされたジヤヴォールが瓦礫の下から這い出してノイさんと対峙していた。
「やってくれるじゃないか。これ程のノックバックを受けてダメージが0というのが不思議でならないが、それが私と君の差という事だろう」
「いや、これはスキルでも何でもなくて……AIって風邪引くの?」
「何を言っているのか知らないが、そろそろこの戦いを終わらせよう。この人数差は厳しいが、まず1人厄介な者から消すとしよう。"戦聖女の鑓"!!」
あれは、ひぷさんを倒した技だ。
標的は恐らくっ……。
「消え失せろっ!!」
ジヤヴォールの手に白く輝くあの鑓が握られる。
そして、唯一空中に居るプレイヤーに向けて一直線に飛んで行く。
「"神兵"さん!僕をその武器で打ち飛ばして下さいっ!!」
「うちの"姫"さんを頼む!来なっ、"毒蛇"!!うぉぉぉおおお!!」
フルスイングで迫る大剣に両足を乗せ、鑓の直線上まで飛ぶ。
固定ダメージスキルを通常スキルで防げるのかはわからないけど、最大最速の攻撃スキルを発動して飛来する鑓にぶつけた。
「"紅炎連刃閃"《クリムゾン・ブレイザー》!!」
十字を描く二本の紅い剣閃が一筋の青白い光と交錯し、大きな爆発へと変わる。
僕はその余波に巻き込まれて6400ダメージを負った。
「マスターさんっ!!」
どうやら"不死姫"を守る事に成功したみたいだ。
安心して浮遊感に身を任せていると、急速に落下が始まる。
頭から落下する僕の手持ちには、浮遊できるスキルは一つも無い。
落下ダメージも追加で受けるだろうけど、これでなんとか役に立てましたかね。
安堵する僕。
その背後を何かが並行して落下する。
「なっ!!………」
敵!?
焦っても、もう直ぐに地面に衝突する。
そんな焦りもつかの間、ふわふわとした優しい温もりに後頭部から全身にかけて包まれていく。
「これは?"フェニックス"!?」
「はい!ありがとうございますマスターさん!私の"フェニックス"はHPの総数を9000に固定する代わりに自己蘇生能力が付与されていますので、マスターさんが庇ってくれなかったら今頃消えていたかも知れません」
深い感謝を受けながら飛び上がる不死鳥の背の上で身を反転させ前を向く。
夕焼けに照らされた街に半壊状態の闘技場、そしてその周囲の一角に避難保護されているプレイヤー達が見えた。
その中には市長とリノラさんの姿も……。
「よかった。本当に、よかった……」
「もう少し、ご自身の活躍に胸を張っていいと思いますよ。貴方が戦い倒した物の数ではなく、守った物がどれだけあるのかしっかりと見ておいてください」
戦闘において、僕は攻撃力や魔法力に秀でていなくていつも仲間におんぶに抱っこで居ると思っていた。
でも、これだけの人を守る為に闘えたんだ。
僕は、闘えたんだ……。
目頭に熱を感じる。
まだ闘いは終わってない、泣いてなんていられないのに……。
「……空はよく乾きます。目は特に潤しておいた方がいいですよ、マスターさん」
隣を飛んでいた"不死姫"がそう呟いて降下して行く。
「流石、ひぷさんとチームを組む"レジスタンス"のメンバーですね。お人好しばっかりだ」
流れる涙を拭い、未だ立っている敵を見る。
通常攻撃でノイさんとの攻防を繰り広げていた。
そしてその周りで闘っていたみんなも悪魔を倒しきり、ジヤヴォールに視線を向ける。
「これは、少々どころか完全に不利な様だ。ここらで退くとしよう」
ノイさんと距離を取り、撤退の意思を示すジヤヴォール。
「簡単に逃すとでも思うかい?」
「逆に聞くが何故逃げられないと思うのかね?君や"レジスタンス"の二人に"ダイヤモンドダスト"の乱入で形成が逆転してしまったが、何故私にも援軍がいると考えない?……"魔族界路"《グリモアゲート》。出でよ我が精鋭達よ」
ジヤヴォールの呼び声と共に七つの赤い魔法陣が出現する。
そしてその魔法陣から七人のプレイヤーが姿を現わす。
あれがもし全員、二つ名持ちだったら……。
これは負けだ。
いくらこちらも有能なプレイヤーばかりと言えども、相手の情報が無い以上は圧倒的に不利。
悔しいけど、ここで退いてくれると言うなら見逃した方がいいだろう。
場に居る仲間も、同じ意見みたいだ。
「戦力差を理解してもらえた様だな。『Lorelei』、そして"レジスタンス"の者らよ我らは己の野望の為、必ず貴様らを潰しその力を根こそぎ奪ってやる」
ジヤヴォールを囲む七人の内一人が異空間への入り口を開く。
その中に一人ずつ消えていった。
そしてジヤヴォールは最後に一言こう言い残して行った。
「来るべきその日までに、首を洗っておくといい。我ら"魔界舞踏団"《グリモアヴォール》は必ず全てを手に入れる。必ずな……」
異空間の消失と共に、静寂がやってくる。
長い長い一日がようやく終わろうとしていた。
「いやー、しんどかったっすねー」
「ひぷさんはもっと働いて下さい」
「ろくに戦わなかったおっさんに言われたくはないですなー」
「面貸せや……」
「表出ろっ……」
お互いの武器を相手に向けて睨み合うノイさんとひぷさん。
いつも通りの日常にやっと帰って来れた。
フェニックスの背を降りると、一階席の方からヒーさんと赤碕さんが降りて来る。
「おーおー、こっちも大変だったみたいだね。って、ノイさん久しぶり!その格好見るのもどれくらいぶりかな?」
「鳥さんにひぷさんもご無事で何よりです。eliceさんは無事にログアウトされました」
「そうそう!エリ姉さん心配だったんすよー!無事ならよかったっすー」
「赤碕さん、姉の事ありがとうございます」
「いえいえ、結局先輩の援護がなかったら早々にやられてました」
「はっはっは!感謝したまえ、赤碕チュン!それにしても、ドッタバタした一日だったな〜。………、なあ、何か忘れてないかい?」
「んん?なんかありましたっけ??」
ギルメン達がワイワイとしていると、共に戦った人達も近くに寄ってくる。
「Hypnos君、救援遅れてすまなかった。まさか君が倒されてるなんて夢にも思ってなかったから、うちの"姫"が慌てちゃってもう大変だったぜ。俺は飛べないし、装備の特性で敏捷力下がってるから追いつくのに必死で」
「なんでそうゆう事喋っちゃうんですか!?もー!!あ、あのですね、Hypnosさん、私はただチームメイトが倒れてるのがほっとけなくて、それでえっと、その……///」
ひぷさんとその"レジスタンス"チームの二人が楽しそうに話す中、大盾を持った騎士が一人ぽつねんと立っていた。
「あの、米糀さん、救援ありがとうございます。僕はギルド『Lorelei』のマスター鳥であると申します。もし良ければ今後ともよろしくお願いします」
感謝と敬意を合わせて握手を求めると、彼は快く僕の手を取ってくれた。
「あ、はい。よろしくお願いします、鳥であるさん。あちらのHypnosさんと言う方と鳥であるさんの戦闘、途中まででしたが拝見させてもらいました。とても素晴らしい連携でしたね!感動しました!」
「いやいや、そんな……。貴方のさっきの技、まさに"ダイヤモンドダスト"の二つ名に相応しい鮮烈な一撃でした。いつか機会があれば闘ってみたいです!」
「はい、是非に!」
氷の騎士と笑顔で握手を交わすと、彼はリアルの用事があると言い闘技場を後にした。
そして、"神兵"、"不死姫"の二人もギルドホームに戻ると言って帰って行く。
こうして残ったのは僕ら『Lorelei』の五人のみとなっていた。
こうして男性メンバーだけで揃うのは何日ぶりだろう。
みんなで顔を見合わせて、またわはわはと笑ってしまった。
今日は本当に慌ただしくて、本当に充実した一日だったな。
一件落着、そう言って締めくくりたかったのだけれど、一人の男がいきなり叫び声を上げた。
「んぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
「なんですか、ひぷさんいきなり大声出して!!殴りますよ!?」
「ひぷさん殴ってもダメージ1だけどな〜、あはは」
「先輩、マジレスしないであげて下さい。そう言えば先輩さっき何か忘れてるって言ってませんでした?」
「あ、そうそう、なんだったけな〜?」
「………ギルドバトル………」
「ん?」
「え?」
「お?」
「「あああぁぁぁぁぁあああっ!!!!」」
現在時刻、22時56分。
僕らのギルドが設定しているギルドバトルの開始時刻は23時丁度。
会場は毎回ランダムで決められていて、今日は確か水上都市の闘技場だったような?
って事は転移盤まで行って、転移してエントリーしてで残りあと3分………。
間に合うか間に合わないかの瀬戸際に、唯一の回復役はログアウトしてしまっている。
ギルドランクは現状最下層だから余裕で勝てるだろうけど、全力で走らないとエントリーに間に合わず不戦敗で終わってしまう。
今までの壮絶な戦いに幕が降りて今日が終わると思ったら、熱烈な"アンコール"がかかってしまった様だ。
五人全員一直線に並び溜息をつく。
「「「かなしみめろんぱん。」」」
これが僕達のもう一つの世界。
金属が揺れる音。
布が擦れる音。
呆れた笑い声に、必死に走る息遣い。
ふと空を見上げると夜空に星々が瞬いていた。
さぁ、激動の一日に終止符を打ちに行こう。
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