第4話

肩を誰かに掴まれた。

「あ、あんた! まだ死んでないかもしれん!」

 大家さんの声に我に返り、まだ助かるかもしれないと、すぐにベランダに向かった。

 ロープは手すりで固定して屋根に引っ掛けてあり、どうにか下ろせないか悪戦苦闘する頃、大家が包丁を持って着ていた。

「これでロープを……」

 俺は倒れていた椅子を立て、その上に座り首から上のロープを切ろうとした。菊池さんの首は酷く青白い色にうっ血していた。

 包丁じゃあロープを切るのはキツイ。

 何度もノコギリのように削り、川一枚で繋がった頃にはロープは体重に耐えきれず切れた。

「ハァハァ……切れた……!」

 切れた途端菊池さんが力がない人形のように倒れて、俺もそれに巻き込まれ椅子ごと居間に倒れた。倒れる間際包丁を人のいない場所に捨てた。

「…………っつ!!」

 菊池さん青白くなった顔にはもう生気はない。


 大家さんが救急車を呼ぶと急いでドアから出て行った。

 救急車を呼び、それまでに何度も頬を叩いたり心臓マッサージに人工呼吸、自分の知る限りの蘇生術を繰り返した。無理だと気付いていた、でもやめれなかった。

 けど救急車が到着した頃は、俺は居間の片隅に力尽きたように座っていた。





 あの後、俺と大家さんは遺体となった菊池さんの第一発見者として警察署に連れていかれた。

 そこからは疲れ果ててたせいか酷く頭に残らなかった。まずは現場の状況を何度も聞かれて、現場の状況や発見する前の再現を検証させられた。そして自殺する前に電話を貰い、サイトの事も全て話した。それと後一つ、菊池さんの過去について。

 それだけで数時間はかかった。


 そして俺たちはシロと判断されたのか謝礼金を貰い夜になった頃、やっと外に出してもらえた。

「はぁ……これであの部屋は曰く付きになっちゃったねぇ……」

 外に出た最初の大家中村さんの言葉がそれだった。

「そんな言い方はないんじゃないすか……」

 酷く疲れて力強く反論はできないが、そんな言い方されては亡くなった菊池さんが可哀想である。

「俺だって被害者なんだよね、あの部屋で自殺者が出たってなると誰も入居者来ないよ、しかも他の住民まで出て行ったらどうしてくれるんだ」

「それはそうっすけど……じゃあ俺はここで……」

 もう何も力が一切出てこなかった。人の死体は葬式で何度か見たがあんな、苦しんだ死に様を見たのは自分には初めてなのだ、糞尿を垂らしてうっ血して顔が腫れるように膨れたあの姿は心にくる。

「おい待ってくれよあんた。菊池さんとは知り合いだったんだろ? 酷い言い方になるかもしれんが人生、こんな事だってあるよ。だから元気出しなよ」

 本当に酷い言い方だった。ただ励ましてくれてるのは理解できる。

「ありがとうございます」

 そう軽く挨拶をして自転車を漕ごうとしたら、警察署の門の前に狩村の姿が見えた。


「狩村…………」

「……先輩の話はさっき聞いたよ…………」

 自転車を漕ぐのをやめ、狩村と共に押して帰る事にした。

 少し無言の沈黙が続き、狩村は苦い表情を浮かべながら口を開いた。

「まさか、本当にあのサイトが殺したんじゃ……」

 んなわけねえだろ。と言いたかった、警察で話を続けると菊池さんはイタズラによるストレスが溜まり、自殺した可能性が高いという事になっていた。何故、あの菊池さんがあんな簡単に自殺する事になったのかは分からないが、あれが原因の可能性が高いのは確かだろう。

「さぁな……ただ」

「ただ?」

「いや、ただ……菊池さんは追い詰められてたんだなぁってさ……俺たちがもっと真剣に聞いてりゃあこうはならなかったかもしれねぇだろ」

「うん、そうだよな……」

 本当は違う、俺が言いそうになったのは別の事だ。

 これは菊池さんにとっては墓まで持って行って欲しい話なのだ。親族は知ってるだろうが、俺たちは知らなくていいんだ。

 それにこの事は自分の過去と向き合う話でもあった。

 

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