第3話

あまり楽しめなかった宴会から二日経った昼ごろだった。

 俺は今日はバイトは無くぶらりとマンションから近い商店街で暇つぶしをしていた。同居人の狩村は彼女とデートに出かけているそうだ、よく知り合いには狩村と同居しているせいかゲイかと質問されるが、俺は男に興味はないし狩村は高校の頃からの綺麗な彼女がいる。俺に一度も合わせてくれないが。


 よく女っ気のない自分に酷い自慢をしてくる事がウザいがまあ、知り合ったのは最近だが俺からすればアイツは良い親友だと思っている。

 俺はいつも行く商店街の古本屋に寄った。店内は人一人が歩けるほどの歩幅しかないほど左右は本で塗れているが、品揃えは豊富なのだ。

 俺は自分の好きなアメコミ本が置かれてある棚に移動して、買いたいと思っている一冊を手に取る。

 千五百円、値段は下がっていない、高い、高すぎる。古本でもアメコミは四桁を超えるのが多すぎて金欠気味な自分にとっては嫌になる。だが今度こそ買わなければ後悔すると感じて、惜しみながらもそれを買った。


 金を使った喪失感とやっと買えた充実感が交差しながら外に出たが、見つけた。

 彼女と話をする狩村を見つけた。手には大きなラジカセが入った袋を持っていた。

 声をかけた方がいいか、だが二人の時間を邪魔するのも悪い気がしてこのまま無視しようと思ったが、何か口論を繰り広げていて二人の仲は険悪なものだった。

 気づかれないよう少し近づき、耳を傾けてるが。


「…………かり君、んで…………言うの?」

「……ん、別れ……んだ……」


 別れ? おいおいマジか。

 もう少し近づいて話を聞こうとするその時だった、突然スマホから着信音が鳴った。

「あっ……」

 バレると感じて話の途中だったが今すぐに逃げ出した。そして誰もいないと周囲を見てスマホを見た。

 菊池さんからだったのでとりあえず電話に出た。だが数秒ほど彼の声は聞こえなく、何か誰かがすすり泣くような音が聞こえて不気味に感じた。

「もしもし菊池さん?」

 返事はない。

「菊池さん!?」

「………………………………助けて……くれ」


 菊池さんの弱々しい声が聞こえた。だがそれはSOSに聞こえる。

「どうしたんすか!?」

 俺は心配するよう声をかけるが菊池さんの言葉は変に優柔不断であった。

「ああ………………俺のせいなんだ」

 何を言っているのか分からない。そしてガタッと何かが倒れる音がして、菊池さんが潰れたカエルのような声を発した。それはまるで呼吸困難に陥ったのと似ていた。

 何かが倒れる音、菊池さんは喉の潰れたような苦しい声を出している。

 嫌な予感しかしなかった。

 今すぐ本屋の前に停めた自転車に跨り、おそらく菊池さんがいるであろう、アパートにまで走り出した。

 一体何が起きている。

 ふと、一瞬自殺という嫌な想像をしてしまったがそんなわけはないと否定したかった。

 走りながらスマホをかけるが、誰も出ない。


「クソッ!!」

 ペダルを漕ぐ足の力が余計強まった。

 菊池さんが住むアパートは商店街から自転車で五分ほどの距離で全力で走れば二、三分でつく。

 頼む、間に合ってくれ。

 そう願いながら、菊池さんの住む木製アパートに到着し、自転車をその場で放り投げ、二階の203号室に向かった。

 203号室のインターフォンを鳴らすが誰も出ない。

 ドアノブをガチャガチャ回すが開かない。

「菊池さん! いるんすよね! だったら早く出てくださいよ!」

 だが反応は無く、俺の胸の鼓動はより早まっていく。

「がぁぁぁあっ!」

 もうヤケクソだ、無理矢理足でドアを何度か蹴るが逆に足が砕けてしまいそうだ。

 こうやってる内に時間が減っていく、そうだ、大家さんだ。大家なら合鍵を持っているはずだ。


 一階にまでジャンプして、大家さんの住む101号室のインターフォンを何度も鳴らす、鳴らす、鳴らす、鳴らす。

 するとガチャリとドアが開いた。

「ふぁ~……なんのようだい?」

 タンクトップを着た頭皮が河童頭な大家らしき中年男性が出てきた。

「203号室の鍵を貸してくれないっすか!?」

 大家さんは目を丸くして怪しむ表情をした。


「誰だいあんた、ここの住人じゃなさそうだね」

「いいから貸してください! 人の命がかかってるんすよ! 理由は説明できないっすけど203号室の菊池さんがヤバいんすよ!」

 説明している時間はない、俺の必死そうな顔を見て流石に異変を感じたのか、自分の部屋に戻った後数秒ほどで203号室の鍵を手に、大家さんと一緒に203号室に向かった。


 ドアの前に立ち、大家は開ける前に確認を取ろうとする、その行動一つ一つに苛立った。

「おーい菊池さん! あんたいま何やってる?」

「そんな事言ってる場合じゃないっすよ! はやく!」

 大家を急かし急いで203号室のドアを開けた。

「菊池さん! 菊池さん!!!!」

 大声で靴を脱ぐのも忘れて土足で部屋に駆け上がる。大家さんは悲鳴をあげ、俺も足がすくんでしまった。

「あ…………あ…………」

 部屋の居間の先のベランダに、宙ぶらんとなっている人がいた。

 それは菊池さんだった。

 糞尿を垂らし、後ろ姿しか見えないがぐったりと身体の全てが地の方向を指している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る