第2話
酷く頭が痛かった。体調も少し気だるいし、レジの前に立つだけでも苦痛だったが、同僚に文句を言われるのが嫌なので我慢して仕事をやり遂げた。
頭痛薬を飲み、今日もコンビニのバイトを終えた開放感に清々しさを感じながらも頭痛がそれを邪魔する。
こんな時はのんびり帰りたいがある約束が許してくれない。
今日は菊池という友人の知り合いが家に来て何か話しがあるそうだ、だからバイトを終わらせ今は自転車で全力疾走する。白い息を吐きながら住まわせてもらっている友人、狩村のマンションにたどり着いた。
マンションのエレベーターに乗って四階の403号室の部屋の合鍵でドアを開けた。家には既に筋肉質な男の菊池さんが来ていてコタツの上に鍋が用意されてある。
「やっと来たやっと来た」
ビール缶を片手に持った優男な青年、狩村が声をかけてきた。
「悪い、ちょっと遅れた……ってもう酒飲んでんのかよ」
「君が遅いからだよ」
「まあ頭いてえし酒飲む気ねえけど」
マフラーと上着を脱いでコタツに入った。外の寒さで冷えた体を癒してくれるコタツは本当に素晴らしいと実感した。
「日本に生まれてきてよかった……」
隣の菊池さんが少し暗い様子で口を開いた。
「大袈裟だな……」
「まあ確かにそうっすね」
俺は軽く笑った。
だが、一つもビールに手をつけず、飯も進んでいない菊池に少し違和感を感じた。
いつもの彼は酒飲み、飯食い、何をやるにもまさに豪快な人なのだ。
まあ最近は風邪が流行っているので俺と同じかもしれない。気にすることはやめて鳥鍋をつつく事にした。
鍋をつつき、腹が膨れてきた頃には頭痛も消えアルコールを摂取していた。
俺はバイト先の店長の事を話のネタとして愚痴り笑い合うが酒が回り過ぎたのか元気のない菊池さんにグイグイ質問するようになった。
「どうしたんすか菊池さんー。今日元気ないっすね? もしかして彼女にフラれちゃいました?」
ギャハハハと狩村と俺は笑うが、菊池の本当に何か悩んでいる表情で、俺たちは苦笑いに変わっていった。
「そういや先輩相談する事があるって言ってたよな……その事とか?」
「……ああ」
菊池さんは返事をして少し間を置いて話し始めた。
「最近、家にイタズラをされるんだ……」
案外予想だにしてなかった話だったため
「はぁ……それどんな感じっすか」
「最初は、白紙の手紙がウチに届くだけだったんだが……だんだんと無言電話に死ねと書かれた張り紙に悪化して最近なんか猫の死体をポストに入れられた…………」
ビールをチビチビ飲む狩村は聞く。
「警察は?」
「いや、この程度じゃ取り扱ってもらえないだろ……」
「いやいや、猫の死骸は流石に警察行った方がいいっすよ?」
とはいえ行ったとしても防犯カメラを設置するのを勧めるくらいだろうけど。
菊池さんは不満そうな顔をしながらビールを一気飲みした。はぁとあまり気分の悪そうなゲップをして語り出す。
「なあ……絶版サイトって知っているか?」
「はぁ、知りませんけど」
「多分、そのサイトのせいなんだ」
そう言い菊池さんはカバンからスマホを取り出し画面をこちらに見せた。
その、サイトは全体的に暗く鎌を持った不気味なガイコツの絵が貼られており、赤い血のような文字で「絶版サイト」と書かれていた。
説明を読むと「君達が恨んでいる人間をこの世から絶版させようじゃないか」と悪趣味なサイトである事は分かった。よくあるオカルトサイトだろう。
「これを見てくれ」
菊池さんは指でスクロールして下の絶版候補と書かれた場所まで移動した。絶版候補には名前が書かれていて十数名の一番下に菊池さんの名前が書かれていた。
絶版と言えば創作物がもう販売されない事を指すが、それを人間に例えると死になるとでも考えたのだろう。もしかしてこれを菊池さんは気にしてるのか。
「……はぁ…………それと何の関係があるんですか、まさか『菊池さんは絶版だ』的な感じでイタズラされたりするんすか?」
そう半分どうでも良さそうな返しをすると、菊池さんはドンと机を叩き、ビールが溢れた。
「なんだと……他人事みたいにいいやがって……お前も体験してないからそんな事言えるんだ!」
そのまま食ってかかってきそうな勢いだった。酔ってしまったせいか地雷を踏んじまった。
「じゃ、じゃあ詳しく事情を説明してくださいよ、そうじゃなきゃわからないっすよ」
「そうそう、案外先輩の気にしすぎなのかもしれないし、もしよかったら僕たちが力になります」
そう言うと、少し落ち着いたのか「すまない」と謝罪をした。驚いた、案外キレやすい人なのか。
「この……サイトは、殺したいほど憎い奴の名前を書いて相手を…………代わりに痛めつけ殺しに……」
菊池さんがだんだんと息が早くなり見てるこちらが心配そうになる。
「大丈夫っすか?」
俺はコップに入れた水を菊池さんに渡した。
「すまん……」
飲み干した菊池さんはもう一度息を吸って続きを始めた。
「俺は三日前、家のポストに偶然赤い手紙が届いたんだ……宛先は不明、気になって中身を除いたんだが赤い文字で『お前が憎い、お前のせいで私は死ぬ事になった。私はユカ』と……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「それからなんだ……次の日も届き、次は『このサイトを検索しろ』とサイトの情報が書いてあった……」
「で、検索しちゃったってわけか……なんでそんな事を……ウイルスの可能性だってあったんじゃ」
「……その事はいい、大事なのはここからなんだ……」
菊池さんはもう一度コップの水を飲み息を吐いた。
「話の続きだが、俺はつい、検索してしまって絶版サイトに辿り着いた。そして俺の名前が書かれてあったんだ……」
「それで、猫の死体を入れられたりするようになったんすか?」
「ああ…………胸糞悪い文字まで残してな」
「文字? まさか血で書かれたとか?」
「ただ猫の血じゃなかったと思う、猫自体に出血はしてなかった」
「何が書かれてたんすか?」
そう言うと少し、菊池さんの顔が真っ青になり下向いた。
「四……だった」
四、この話を基準に考えると死の隠語に捉えられるだろう。つまりイタズラは絶版と関係している可能性は否定できない。
そして菊池さんは証拠だと表すためか死体を撮った写真まで持ってきていた。
「先輩、こんなとこまで持ってこられちゃ……」
「悪い、だがこうでもしないと信じないだろ?」
そりゃあそうかもしれないが、飯の場である。だが彼の怯えようは本物だった。写真無しでも信じるには充分な素材である、これで演技ならアカデミー行けそうだ。
「もうそれ警察行った方がいいっすよいやまじで」
これが事実だとしたらイタズラの領域を飛び越えて犯罪だ。早めに引っ越すか警察に助けを求めるのが正しい行動だと思う。
だが菊池さんは黙る。それを見かねた狩村が。
「ユカって人は? 先輩の知り合い?」
「……いや知らない」
「めんどくさそうな事件になりそうだな……とりあえず家の周辺に防犯カメラ設置するのをオススメしますよ」
狩村は赤い自分のスマホを取り出し、証拠として猫の死骸の写真を撮った。
「そう……だな」
この話が終わった同時に、菊池さんはトボトボと帰って行った。楽しい宴会になると思えば重いムードのまま終わってしまった。シメの鳥雑炊もやってない。
「あー酔いも覚めちまったな……」
「あんな話をされちゃあ仕方ないよ」
狩村はテキパキと缶ビールをゴミ箱に放り投げて行く。
「けどよ、警察に行かねえのはなんでだ?」
「さぁ? 警察が嫌いなんじゃないの?」
そう言うものなのかと、片付けて行く内に菊池さんのスマホが忘れられて行った事に気付いた。
「ハァ…………今ならまだ間に合うか……悪い、ちょっと届けてくるわ」
「りょーかい」
スマホをポケットに入れ、上着を着て急いで家から出た。
エレベーターを一気に降りてマンションの駐車場に走って行くとバイクにエンジンをかける寸前の菊池さんと出会うことができた。
急いだせいか胃が気持ち悪かった。次こんな事あったら狩村に行かせようか。
「ああ、忘れていた……ありがとう」
「何とか間に合ってよかったすよ」
後はこのまま帰って行く姿を見送るだけなのだが、ふと絶版サイトの事が気になってしまった。あのサイトは誰かに恨まれている人の名前を書く、即ち、菊池さんも恨まれる事があるのではないか。この事を正面から聞くのは気がひけるがイタズラでは済まない事件と化している。だから聞く。
「えーっと……失礼な事聞きますけど、菊池さんって何か恨まれる事とかあったんすか? だってあのサイトは恨みを果たすサイトじゃないすか」
今のヘルメット先の菊池さんの表情は怯えと怒りが半分半分混ざったように見えた。
「…………お前にだって他人には言えないやらかし事とかあるだろ」
それを言われ、過去の出来事がフラッシュバックする。平然を偽りながら堪えて菊池さんと話を続ける。
「それはそうっすけど……つか……心当たりがあるんすよね?」
菊池さんの言い回しはまさに俺の言葉通りだった。
だがそのままバイクのエンジン音が鳴った。
「ちょ!? ちょっと待ってくださいよ! 何か相談しにきたんすよね!? だったら俺たちにハッキリ言って……」
だが俺の制止を聞かず暴れ馬のような走りを見せて菊池さんは去って行った。
「クソっ……………………」
だが彼の言葉に強く踏み出そうとしない自分がいた。過去のやらかし、確かに俺にもあったのだ。それを思い出しその場で気分が悪くなって座った。
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