条件27 世界の解法

野戦病院の外に出ると、アルターが煙草を吸っていた。

アルターって、木男なのに火気厳禁じゃないんだろうか。

魔族の生態は摩訶不思議。

あ、でも魔族だからそれでいいのか。

「わかったかい。魔族になるってぇのが、どういうことか」

「……うん。まあ」

俺は膝を抱えた。

空は藍色が裾を染めはじめている。

烏は夕暮れの太陽に向かって飛ばないけれど、この世界にも星は瞬くのだ。

月も昇る。

「なんでぇ。元気ねえな。ま、こんなとこ来て元気な方がおかしいか」

「それもあるけど……」

「ん? 」

「人間の世界より、魔族の魔窟の方がよっぽどな世界に見えてさ。ちょっと落ち込んでたとこ」

「なんだそりゃ」

「だって、人間は差別をする。でも魔族は違うだろ」

「──なんだって? 」

魔族は、ホムンクルスがいたり、人狼がいたり、サキュバスがいたりする。

眠る必要がなかったり、昼に寝たり、夜に起きてたり、月の満ち欠けで姿が変わったり、同一人物なのに男と女で性別が変わったり。

みんなバラバラだけど仕事が成り立ってる。

「──それでも成り立つような社会を魔族は作ったんだろ。人間のする差別なんか、魔族はしないじゃんか」

はー差別しないってそーいう意味ねえ、とアルターがかったるそうに頭を掻いた。

「そんなご大層なことかあ? 」

「……んな」

「おれたちは魔族で、皆それぞれ同じじゃないのが当たり前だから、自然とそうなってるだけだと思うぜ。そんなん区別してたら日が暮れちまう」

「そうかもしれないけどさあ」

「んー、そりゃ、魔族にも努力がなかったとは言わねえけど……」

「魔族だけじゃないよ」

俺やマーヤは魔窟に来た時、どこからどう見ても人間だった。

なのにフェンネルたちは——俺たちが魔王召喚陣から出てきたとはいえ、魔族として何の疑問もなく扱った。

つまりこの魔窟は、人間をも『魔族』として受け入れるのだ。

そう言えばアルターはけろっとした。

「ま、少なくとも魔族の中には人間の姿したやつは生まれるからな」

「いるの!? 」

「嬢ちゃんみてえな感じのやつだよ。そいつらも魔族の一員だけどな」

「魔族と人間の違いって、何? 」

「さあねえ……。難しいことはわかんねえけど、自分が魔族だと思ってて、周りの魔族も仲間だと思ってりゃ、魔族なんじゃねえの? 」

そんなアバウトな。

「変化もそうだけどな、魔族なんてのは『自分がどんな奴か』で種別も変わるってぇ話だな」

「そうなのか? 」

「噂だけど。お前はどうなんだ? 竜人になる理由があるんじゃねえの。高いところが好きとか、キラキラしたもんが好きとかさ」

……。

俺の名前は龍太郎リョータロだけども。

まさかそれ?!

「ま、人間にだって努力がなかった訳じゃあねンだろよ」

「む。じゃ、アルターは人間が魔族を追放する社会なのはしょうがないしどうにもならなかったことだ、って言いたいのか」

「そうは言ってねえ。お前さっき魔族は差別しないって言ったろ。でも、魔族が見たら『馬鹿か? 』って思うような人間の差別を、おれらがしない代わりにさ、魔族の社会にもさ、人間が『馬鹿なの? 』って思っちまうような理不尽があるんだよ、多分」

「どっちがいいも悪いもないってこと? 」

「まあ、結果的にはそうとも言えるんでしょうなァ」

「結果的には、って」

「つまりさ、基本的に差別ってぇのは、事実無根な偏見で決めつけられるのが嫌とか、それだけで損な立場に立たすことが正当化されんのが、ダメってことだろ」

まあ、そうだろう。

事実無根な偏見で決めつけられるのってめっちゃ不快だ。かなしい。イラつく。

背がでかいやつは鈍感だとか、太ってるやつはのろいだとか。要はそういうやつだろ。……例文レベルが小学生だけど。

アルターのだってかなりの暴論だと思うけど。

「でもさ、基本的に差別ってのは、する側の問題なワケだろ」

「え……」

「だってよ、差別はことで起きるんだぜ。んでもって、まず前提としてだ、差別する側はさ、自分が差別してることに気づいちゃねえんだよ。無自覚なの。何が差別になってるかわかんねえの。知らないで傷つけた。何気ない一言が誰かを傷つけた。そんな気はなかったのに、ってやつ」

それが差別の正体だ。

膨れ上がって見えるけれど、要は人間が誰でも経験する、日常的な感情モノ

「だから正しい姿を知りゃあ、大抵のやつは差別をやめる。だって自分の中のそいつのキャラ、違うのになってんだもんな。──ま、それだけじゃねえから一筋縄じゃいかねーんだろうけどよ……」

そう、色んなものを吸い込んで膨れ上がってる。

「じゃ、差別はなくなんないってこと? 」

「無くならねえたぁ言ってねえ。知らないで傷つけんのと差別は、根っこは同じでも別モンだろぃ。── それともなんでぃ。お前にゃこの魔窟が楽園にでも見えんのかい」

俺は野戦病院を振り返った。

「それは……ないけど」

完璧な世界なんてない。

いつだって自分を取り巻く周りの世界は理不尽だ。

だって自分がどんなに努力しても変えられないのだから。

魔族は魔窟で生きるしかないし、人間は魔窟に来たら魔力で変化する。

これのどこが理不尽でないといえるのか。

その上、社会なんて代物は、生きている者たちが作る生物ナマモノで、誰も手綱を握れない生き物だ。

だから、とアルターは言った。

「どんな一生だったかじゃなくて、自分がどう生きるかだなんよ。それでしかおれたちは救われない」

「どう生きるか……」

それって難しくないか。

だって、どう生きたら正解かなんてわからない。

どう生きたら自分らしい生き方かなんて道徳の授業に出てくるような問題さえ、俺にはピンとこないんだ。

「どう生きたら正しいか、じゃなくて、どう生きるかって話だよ」

「何が違うんだ」

「おれはさ、どう生きるかってのはさ、服みたいなもんだと思う」

服?

「よくあるだろ、昼ドラとか小説とかにさ。一皮むけば、どんな奴も醜い本性が現れる。どんなに見た目は綺麗でも、本性は誰もが醜いものだ——的なの」

「どんな奴にも裏表があるんだ、ってやつ」

「そんなとこかね。おれたちの裸は本性、服は表面、他人が見ることのできる綺麗な部分だ。本性が醜いだなんてことは誰だって知ってる。それでもおれたちはさ、なんとか覆い隠して生きてこうとしてる。なりたいのは聖人じゃなくてもさ、こう見られたいってのはあるだろ」

強く見られたい。可愛く見られたい。常識的な人間に見られたい。

あ、人間じゃなくて魔族か。

でもアルターが言っているのはそういうことだ。

「ああ、だから服か」

そういうこと。とアルターは紫煙の向こうで、笑うでもなく、ただぼんやり病院を眺めてる。

「どんな服を着るかって、どんなことをするとか、誰に会うかとか、どんな風に見られたいかとか、どんな服が好きかとか……そういうので決まるだろ。てことは生き方だって同じだよ。本性が醜いなんて誰でも知ってる。おれたちが考えなきゃいけないのはその先だ」

醜い本性の上で、どんな服を着て生きてくか。

「なあ、坊主。おれ達の先代たちが努力してきたのが今の時代だし、やり残した努力や新しく見えてきた問題をやっつけるのがおれ達のやるべきことで、そんなおれ達の作った世界に生きるのはおれ達の次の世代なわけだろ」

「うん」

「でも、どんな世界が正しくて、どんな風に生きれば正しい世界になるかもわからない。だったらおれ達は、たとえ自分の納得いくような生涯じゃなかったとしたって、自分が納得のいくように生きるしかないだろ」

それでしか、未来を信じることはできない。

未来は今、俺たちの目に見えない。

「そういう意味で嬢ちゃんは誰よりまっすぐだな」

「え? ああ、まあ」

確かに。

「あれは性格だよ。マーヤは昔から優しいんだ」

と、アルターはなぜかフフンと笑った。

「な、なんだよ」

「いや? 別に」

……気になる。

「あのなあ。おれぁお前の師匠姐さんじゃねーんだぜ。そのくらい自分で考えな」

そんなこと言っておいて、お前が世話焼きなことはすでに実証済みだ。

「ヒントは? 」

アルターはあくまで面倒くさそうに言った。

「なんで嬢ちゃんは優しいのか。って話だよ」

「……? 」

「俺はあいつの生き様を見るのは、ね」

アルターは笑った。

今のお前にはまだ見えない。

なんて言ってそうな笑みだったから、ちょっとムッとした。

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