条件21 暗闇行燈
「なんでこんなところに人間の子供がいるんだ」
いや、それは俺も疑問だ。
異世界で平和に暮らしていたのに異世界の悪魔に連れ去られました。
……なんて解説したって逆に怪しまれて終わりだろうしなあ。
「あ……ええと……」
「ふん。大方、奴隷として連れてこられたんだろう。魔族のやりそうなことだ」
リーダーだろうか。
俺たちの目の前で男が言った。
「それにしちゃ、綺麗なカッコしてるし元気そうだぞ」
「それが答えだろう。魔族たちは人間をなんとも思っちゃいない。愛玩用のペットとして飼う奴もいる」
マ?
とりあえず曖昧に笑っとけ。
「あー……まあそんな感じですかね……へへ……」
「全く、許せん奴らだ! 」
リーダー、一喝。
「子供達、よく生き延びた。ともに故郷に帰ろう。しかし拘束は解かないでおかせて貰う。潜伏中なのでね」
「えっそん——んむ」
俺を捕まえている男の手が俺の口を塞ぐ。
あーもう苦しい!
ていうかマーヤ、素直に『大魔王に私はなる! 』とか言わねえだろうな。
「んむむむ」
「この小娘、騒ぐんじゃねえ! 」
……そもそも喋れないって点で俺にもマーヤにも弁解の余地はないんだった。
何にも悪いことしてないけどな、俺たち。
「あ、坊主、暴れんな! 」
「ぷは。なあ、あんたたち、脱走した捕虜なのか」
俺はどうにか男の腕の中からもがいて口だけは自由を得た。
「こっちは国境とは反対方向だぞ? 魔王軍の領地の内側に来ちゃ、魔族が多いから捕まりやすく——」
「んなこたぁ知ってる。だからここに来たんだ」
リーダー格の兵士が俺の目の前に何かを突き出す。
彼の手の中には。
「……草? 」
「そうだ! この森には魔除けの草が生えている。これがあれば、妖狼族のいる国境越えだって……! 」
小屋の周りにも生えてた植物か。
「あー……えっと、魔除けじゃなくて猛獣よけだって聞いたけど」
「同じことだ! 魔獣どもを寄せ付けないなら魔族も寄せ付けん。魔除けは邪悪なもの全てに通用する! 」
そんなアバウトな。
「お前にはこの魔除けの植物が効いていない。やはり人間なのだな」
「人間だよ俺たちは」
あーもう、すごい力で拘束されてるから、腕が痒くてもかけやしない。
対してマーヤの方は口を抑えられてるだけだ。ちょっと安心。
「——おい、しっかりしろ」
リーダー格の男が奥の方へと声をかける。
首を傾けると、暗がりの方に人が蹲っているのが見えた。
「うう……うう……」
腹でも下したのか。
でも妙な震え方してるな。
「見ろ。魔除けの植物も手に入れた。これで国境超えができる。あともう一踏ん張りだ」
「やだ……いやだよ……俺も魔族に……怖ぇ………怖えよお……」
「大丈夫だ。見ろ、人間の子供を保護したんだ。お前の抱える恐怖など取るに足らない心配だって証拠だろ」
(……? 俺も魔族に殺されるんだ——ってことだろうけど)
なんか妙な言い方だな。
「なあ、その人の心配って一体——」
その時だった。
ざわり。
窓の外。
(!? )
木の幹が動いている。
何本も何本も。
触手のように。生きているように窓を覆う。
——それが一瞬のことだった。
ふっ、と。
小屋の中が闇に落ちる。
「なん————がっ………」
「うっ」
マーヤの声!!
「マーヤ——……!? 」
しゅん、と。
俺の耳元を風がかすめる。
「ぐはぁっ! 」
「うがっ……」
ぐんと拘束された腕に引っ張られる。
ドォンと音を立てて、俺を拘束していた男ごと壁に叩きつけられた。
「げほっ、なにがどうなって……」
はっとした。
マーヤ。
マーヤはどうしたんだ。
俺はあいつを守るって決めたのに!
「マー……」
息を飲む。
その時。
俺は見た。
真っ暗闇のはずの小屋の中。
光の通らぬ空間に、ぼんやりと奇妙な具合に浮かぶ、人の影。
まるで暗闇の中に彫りものをしたみたいな——影も光もないような浮かび方。
そして、俺の目の前にその男は居た。
(アルター……!? )
数分前。
アルターは小屋の梁の上から下を見下ろした。
新魔王と騎士がまんまと捕らわれている。
相手は七人。
ほとんどが丸腰。
食堂のナイフとフォーク。
拾った鉄パイプ。
それが彼らの武器のようだ。
優先すべきはあの二人の命。
(さてと。——俺のやり方でやらせて貰いますぜ)
周囲に巡らした『木の種』を発動させる。
窓を覆う木々。
小屋は一気に真っ暗闇だ。
「な、なんだ! 」
捕虜たちが身構える。
いくら訓練されていようと、人間の目では、少しの光も差さない暗闇になれるまでに時間が必要だ。
(木男の俺には、あんたらの狼狽えぶりが丸見えだけどな)
その間に。
六人を倒す。
(二分もありゃ片がつく! )
アルターは音もなく飛び降りた。
——最優先は新魔王だ。
魔王を拘束している兵士に向けて。
眉間に突きを一発。
「がっ………」
——まず一人。
棍を引き戻しついでに、倒れ行く体に肩にもう一発。
ぱんと跳ね上がった腕から新魔王の体を奪い返す。
「ひゃ……!? 」
「どうした! 」
襲ってきた兵士をひょいと避ける。
暗闇で見えていない。
闇雲に何もない空間に食事用ナイフを突き刺している。
「ぐあ! 」
棍棒を軸に、腰骨に目がけて踵を叩き込む。
みしり。
確実に嫌な音がした。
——よし、二人目。
そのまま反対方向、入り口に向かって三歩。
左腕に抱えた魔王を床に捨てる。
頭蓋を棍棒で横殴りにする。
「ぐはぁっ! 」
「うがっ……」
——三人目。
男を下敷きに騎士が壁に叩きつけられる。
ダラリと頭から血を出す兵士。
床に捨ておいた魔王をひっつかみ、騎士の上に投げ落とした。
「うわっ! 」
「きゃ! 」
「マーヤ!? 」
「リョータロ! 」
暗闇で互いを認識している子供達。
(ったく、しゃべるんじゃねぇよ)
——この間、十秒にも満たない。
「そこかっ! 」
「! 」
兵士の声。
アルターは咄嗟に左横へ屈んだ。
ナイフが振り被る。
食事用のものではない。
空を裂く音は鋭利。
(釘を伸ばした刃物か)
山の街道を行く馬車に轢かせたか、もしくは収容所で作ったか。
釘を集めて伸ばした簡易の刃物だ。
銀の軌道は子供二人の位置に遠く及ばない。
しかし。
(なんっ……て正確な狙いしてやがる、こいつ! )
刃物は、アルターが今しがた居た場所を的確にえぐっていた。
襲ってきたのはリーダー格の男。
アルターの姿が見えているのか。
(いや、勘だ)
男の目は何にも焦点が合っていない。
何も見えていない状態で、アルターを確実に狙った。
経験か。気配か。
リーダー格の男、かなり訓練と経験を積んだ兵士であることがわかる。
(くそっ、ゴリゴリの
屈んだまま左手を床につく。
体を起こし振り向く勢いで、左足を軸に、思い切り右の踵で腹を蹴り上げた。
「ふっ! 」
回し蹴りがリーダーの腹を掠める。
(くそっ! )
当たらない!
起きざまに棍を構え直す。
避けたリーダーの軸足に素早く叩き込む。
「ぐっ」
たたらを踏むリーダー。
しかしぐっと持ちこたえた。
「はあっ! 」
「! 」
アルターの左顎をめがけ拳が降ってくる。
「ぐはっ」
もろに受けてしまった。
ぐわんと揺れる視界と意識。
気管をせり上がる鉄の匂い。
(くそっ——! )
再び迫る左拳。
棍棒を地に引っ掛け、なんとか屈んで避ける。
避けた勢いで左手をつき着地。
右足を回し足払いをかける。
「っ! 」
態勢の崩れたところを棍の底で吹っ飛ばした。
埃とともに壁に打ち付けられるリーダーの男。
(だがまだ生きてやがる! )
追い打ちをかけようとした、その時。
「アルター! 危ねえっ! 」
(——なっ!? )
騎士の声に振り向く。
アルターの背後に銀色の刃が迫っていた。
「くそっ」
新手を避ける。
棍棒を回し、新手の背中に叩きつける。
「ぐはっ」
のびる新手。
——これで四人。
あとは吹っ飛ばされて尚、構えるリーダーと、見えない敵に固まっている者、襲撃前から壁際でうずくまっている者。
計三人。
(それにしても)
アルターは背後の騎士を見遣った。
(なんで、こいつ、さっきの攻撃が見えたんだ……? )
一切光を通さない植物の天蓋。
人間には目の効かない暗闇だったのは確かなのに。
(タイムリミットはあと一分ほどか)
あと少しで、捕虜たちも目が慣れるはず——。
「そこかァ! 」
「マーヤっ! 」
(! )
騎士の声を頼りにしたのか。
それとも、今までの二分間で目が慣れてきたのか。
突然。
壁際でうずくまっていた男が走り出した。
「え——」
魔王に向かってナイフを振り上げる。
暗闇で何も見えていないのだろう。
魔王は騎士の声にも、どこへ逃げるべきかわからない。
(——くそっ!! )
アルターは床を蹴った。
あと少し。
間に合えっ——!
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