条件20 猛獣よけの道
「セーバースーチャーンンンンン!!!! 」
「ごめんなさいですじゃーーーーっ!! 」
アルターの叫びが岩壁に響いた。
手には黒風船が握られている。
と言うより、絞られている。
キュッと。
「なーんかガキ二人の様子がおかしいと思って殴ってみりゃ、ただのボロ切れじゃねえか。幻術で騙したな」
アルターの左手には二つのずた袋。
セバスチャンはぴくぴくと水気たっぷりの四肢を震わせた。
「少なくとも……閣下と陛下を殴る味方がいるとは……思わんかったんじゃ……」
その通りである。
「クッソ、案内役がお前な時点で想定しとくべきだった」
アルターが頭をかき混ぜる。
「お前他はポンコツの貧乏神のくせに、ほんっと変身だけは達者だよな。ほんっと」
「貧乏神は余計なお世話じゃ! ……付いてきてるのがアルターの小僧だとは思わんかったんじゃ」
黒風船の言い分にアルターがため息をつく。
「俺も隠れてこそこそやってたからな。不穏分子だと思われても仕方ねえや」
強制ダイエットをしていた右手を離す。
ぽよんと戻るセバスチャンのわがままボディは形状記憶。
「で、あいつらは? 」
「東の街に行った」
沈黙。
あーヒトカゲの尻尾ー薬の調合にいかがですかいー。
クモの糸の織物! 北の人気織物師の新デザインだよ! 丈夫で長持ちだよー!
——ああ。今日も城下町は賑やかだ。
「……」
アルターは一呼吸ついて。
「はあああああ!? 東の街に行っただあ!? 」
「ぎゃー! 突然叫ぶなびっくりするじゃろーが! 」
「俺の方がびっくりだっつーの! お前、今東の街に——姐さんたちが行ってる意味、知ってんだろ? 」
最後の方は小声だ。
「そりゃあ知っとるが……」
「じゃあなんであいつらを行かせた! それも二人きりで! 」
「あの子らが現場を見たいと言ったんじゃ。特にマーヤ様が」
「———ったくこのドスケベ悪魔ジジイ。余計なことしやがって」
「今回はえっちな話題は関係ないし悪魔の心は硝子なんじゃが……もぎぃ」
アルターは自分の懐に黒風船を突っ込んだ。
問答無用。
「あいつらはまだ魔族になりたてなんだ、力もねえし、この地のこともわかってねえ! あの嬢ちゃんがどんなに気丈で飲み込みが早くたってなあ、視察で戦場を見せるには順番ってもんがあらあ」
アルターは空に向かって口笛を吹いた。
ざあ、と風が吹く。
(あの坊主だってそうだ——いや、むしろあの坊主の方が厄介だ。まだどんな魔族になるか掴めてやしねえ。これから魔族になるって時期なのに変な影響でも受けちまったら……)
力強い羽音が聞こえて来る。
アルターは暴れるセバスチャンを抱えたまま、階段みたいな城下町を駆け上がった。
遠い空に影が落ちる。
「おい、アルセイド! 」
アルターが遥か上空で旋回するモノに声をかける。
城下町の最上部、そのまま階段を駆け上がった。
アルターの靴底を押し上げ、岩の階段を割るかのごとく木の幹が天を目指す。
「ヒポグリフか。ひねくれ者のお前らしいな」
「へーへーうるせえやい」
セバスチャンが懐から頭を出した。
ヒポグリフの『アルセイド』がアルターを掬うように飛ぶ。
ひらりとその馬の体に飛び乗った。
グリフォンと、その捕食対象である馬の間に生まれた生物。それが
「来てくれてありがとな。アルセイド」
彼の友人はキューイ、と啼いた。
ばさり。
力強い鷲の翼が風を切る。
「二人を追うぞ、まだそんなに遠くには行ってねえはずだ! 」
アルターを空まで運んだ木の幹が解けた。
はらはらと、城下町に木の葉が優しく舞い降りる。
一方その頃。
「ラルフ様? あーあの若殿様、そういや今朝いらしたねえ。『朝日が俺を殺しにかかってる』って叫びながらそこの街道を行ったよ」
「ラルフ殿下? あーあのワガママ王子なあ! もうこの村には居ないよ。『もー耐えられない俺は馬を捨てて地下をいく』とかって駄々こねながらそこの川渡ってったぜ。体質だから仕方ねえが、あの王子が馬を降りるって、なあ? 今年の馬術の大会で優勝した凄腕だってーのによー」
「ラルフ? そりゃ有名な方なのかい。え? あー昼過ぎに通った軍人さんかー。『昼間に働いたら負けかなと思っている』とか言ってたけど大丈夫かい、あの軍人さん」
何者なんだ、ラルフ。
クロエの言った通りだった。
ただ一言、街行く人に言ってQ。
「なあ、ここにラルフ様がいらしてるんだって? 」
って世間話を引っ掛ければ、何も言わずとも様子と行き先を教えてくれる。
(何者なんだ……ラルフ……! )
相当面白いやつにちがいない。
「うーんと、あとはこの山を越えるだけだな」
「リョータロ、街道はあっちって書いてあるよ」
マーヤの指差す先には看板がある。
数百メートル先。
「でもさっきの人、ラルフって軍人がここ登ってったって言ってたぞ」
俺は目の前の山だか森だかわからない道を見上げた。
獣道かと見間違うかの如く鬱蒼としている。
でもよく見ると、背の高い草の影に道がある。
「ここを辿ってくと、猛獣に遭わないって言ってたね」
先ほど会った村人曰く、ナンタラいう植物が道に生えているせいらしい。
観光案内所のおねーさんだったから間違いない。多分。
「とりあえず行ってみようぜ」
確かに植物は生えてる。
「これが猛獣よけの植物なのかな」
「なんかいい匂いがするねえ」
大丈夫かコレ。
「ていうかあれ竹っぽくないか」
「えー、西洋っぽい森に竹なんて……」
ガサガサっと音がした。
「! マーヤ、下がれ」
まさか猛獣か——!?
竹が揺れる。
若草色の葉の陰から、白い巨体が見えた。
(っ、でかい——)
鋭利な爪。
黒い腕。
あけられた口にはギザギザの歯。
肉球が竹の枝を折る。
俺は目を点にした。
「……パンダ………? 」
むっしゃむっしゃと食べ始めた。
「なんでこんなところにパンダが」
「は!リョータロ、熊だわ! 幸い私たちには気づいてないようです! 逃げましょう! 」
マーヤに腕を掴まれて走りだす。
いやなんでパンダがなんでこんなところに。
でも俺は去り際に見た。
パンタがもっさりと起き上がり、道に近づくのを。
そして道の近くでUターンするのを。
(猛獣よけってのは本当っぽいな)
……パンダは猛獣に入りますか? 入るんだろうな。バナナがおやつに入る世界なら。
「あ! 」
マーヤが足を止める。
「ねえリョータロ、あれってさっきの人が言ってたやつじゃない? 」
「ん? ああ、薬草採集の作業小屋とか言ってたやつか」
道から一歩外れた場所。
少し開けた中に小さな小屋がある。
ちんまりした丸太の小屋だ。
小屋の周りにも道に生えてるのと同じような植物が植わっている。
やっぱ猛獣よけのようだ。
「ね、ついでだから、ラルフさんがいらしたのか聞いてみましょう」
「そうだな。つーか、ラルフってのはどんな奴なんだ。今までの話じゃあ、どんな人間なのか全く掴めねぇぞ」
「人間じゃなくて、魔族でしょ」
「そうだった。魔族だった」
ぽりぽりと腕をかきながらぼやく。
相変わらず右腕を無意識にかいてしまう。
しかも範囲が広がってきたような気がする。あーもう、やだなあ。
「すみませーん」
扉を叩く。
「誰もいない……? 」
木の扉に耳をつけた。
その時。
「——おっと」
突然扉が開かれた。
待って待って、そんなことされたら体制崩しちゃうでしょうが——って。
「!? 」
小屋に引きずり込まれる。
「騒ぐんじゃねえぞ」
男の大人の手が、俺の口元を塞いでいる。
身動きが取れない。
(マーヤ! )
視界ギリギリのところで、俺と同じく捕まったマーヤが見えた。
「おい、そのガキ二人だけみてえだぜ」
「よし」
ドン、と床に押し付けられる。
「うっ」
「リョータロ! んんっ」
「静かにしろ! 」
床に押さえつけられながら、俺は見た。
窓から差し込んだ明かりでかろうじて見える、その姿。
(人間——!? )
今度こそ間違いない。
目の前にいる五人。
彼らは人間だ。
(まさかこいつら、逃げたっていう捕虜たちじゃ……! )
「……おいお前、顔を見せやがれ! 」
「あっ」
マーヤのフードがのけられる。
兵士たちが息飲んだ。
「な……人間……だと……!? 」
「何でこんなところに——人間のガキがいやがるんだ! 」
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