条件19 保護者の居ぬ間に書を捨て街に出よう
数時間前。
シシリアが騎士を騎士として育成中。
「——そして魔族はこの地に根を下ろしました。大気に魔力を含む土地、それが魔窟です。人間たちが入ること叶わないこの場に、初代魔王は安寧の地を作り上げたのです」
滔々とフェンネルが語る。
魔王軍の歴史だ。
フェンネルもマーヤを魔王として育成中だった。
話を聞きながらマーヤは思ったのだ。
リョータロが帰ってきたら街を見てみよう。
魔族の生活がどのようなものか。
というわけで、俺はマーヤと城下町を散策している。
「で、案内が何でお前なんだ」
俺は肩に乗った黒風船をつついた。
「お前とは何ですじゃ! 」
いつもおなじみセバスチャンだ。
「全く、ワシが懇切丁寧に街を案内してやっているというに……お、マーヤ様。あちらの駄菓子は美味ですぞい」
「あら、色々ありますね! 」
マーヤがフードを少し上げる。
『万が一に混乱を招いては大変ですから』
とフェンネルがマーヤに被せたフード付きコートだ。
当のフェンネルは、シシリア、クロエたちと東に向かったらしい。
「ええと、『激辛!火を吹くチョコレート——これを食べればたちまち君もドラゴンの仲間入り! 』すごいわリョータロ。これがあればどんな敵が来てもイチコロよ」
「近接戦専門だな」
まさかのハニー〇ュークスがここに。
店番をしている肌の緑の男の子が嬉々として近づいてきた。
「このスパイスは東の街から仕入れたんだよ! そうだ、東の街といえば、君たちは祭りには行かないのかい? 今夜は夏祭りが——ってぎゃー!? 」
にょきにょきと目の前に木の幹が生え出す。
「なんだこれ!? なんだこれ!? 」
どこからともなく生え出した低木は、店番に叩かれると霧散した。
「……なぁマーヤ」
「なあにリョータロ」
「……さっきから東のことを話すと邪魔が入るような気がするんだけど気のせいかな」
「あ! 私もそう思ってたの! すごい偶然だよねぇ〜」
偶然?
これ偶然なのか。
布屋で東の街の刺繍のことを聞けば空から枝が降ってくる。
本屋で東の街の場所を聞けば葉っぱで出来た小人が乱入する。
「なあセバスチャン。俺、他人を疑いすぎなのかな」
「それには反論致しませぬが、これは必然ですのう」
一言多い。
セバスチャンが俺の耳元で囁く。
「城から何者かが後をつけてきておるのう。わしの悪魔センサーがビンビン来てますじゃ〜」
「はー……なるほど」
木とか葉っぱとか……イメージ的にアルターを連想しちゃうけど。
「お目付役かなんかかなぁ」
東には行くなってことだろうか。
それにしたってもうちょっとマシな止め方があるような気がするんだけど。
(つーか、出てきて言えばいいじゃん)
——時は昼下がり。
魔王城の城下町は賑わっていた。
景色は岩ばかり。
岩と岩の隙間に永遠と商店街が続いている感じ。
……街行く魔族の姿にはもう慣れた。荒療治すぎる。
「しっかし、この街って登り下りが多いよなあ」
「魔王軍の本拠地はね、魔力の湧き出る岩山を開拓して作ったものらしいの」
「へえ、だからか」
岩の地形に沿って街を作っていったんだろう。
「やや、マーヤ様はお詳しいですのう」
「先ほどフェンネルさんに習いました。とってもわかりやすいんです」
「正確には全てが一枚の岩山なんじゃ。岩山の魔力が一番流れ混みやすい場所が、ここ魔王都じゃな」
なんだか攻めにくく守りやすい城のお手本みたいな場所だなあ。
魔王軍の本拠地としてこれ以上ない立地なのかも。
「……」
「マーヤ? 」
「あ、ごめん、ぼーっとしちゃった」
……やっぱ、気になってんだろうな。
東の捕虜の暴動ことが。
自分が魔王になるからには民の生活を見たい。
なんて言い出す奴だ。
いい王様物語のテンプレかもしれないけど。
でもマーヤの性格を考えればこの行動はぴったりだ。
おまけに捕虜ときた。
彼らがどんな立場にあるのか見ないわけにはいかないんだろう。
マーヤの性格を考えれば。
(ラルフってやつの足跡は辿れるってクロエが言ってたよな)
『派手に小隊引き連れて行くんだもの、町中があいつの動向を知ってる』
ってことはだ。
ラルフって奴の噂を聞きながら街を歩けば、どこに行ったかわかるってことだ。
「なあセバスチャン、ちょっと相談なんだけど……」
——東の国境近くの街、ラメラフォン。
岩肌の露出した山岳地帯。
かろうじてある集落は荒れた砂地。
この地は度重なる戦で疲弊している。
国境付近の例に漏れず。
その日、王都から東の地へ繋がる道を、様々な動物の蹄の音が土埃を舞上げた。
フェンネル、ユリア、シシリアを筆頭に魔族の兵たちが続く。
空には魔獣が数匹。
ユリアの部下達だ。
「フェンネル、状況は? 」
「脱走です。捕虜の半数以上が脱走しています。でも……」
「でも? 」
「大多数が捕まりました」
「……そうか」
「負傷者が大量に出ています」
「うむ、まあ、そうだろうな」
「……」
「……」
「ま、まあ、ラメラフォンの砦は逃げ場がない。平野と畑のド真ん中だし、最寄りの集落まで行くには山一つ越えねばならんド田舎だ。その山も街道を外れれば魔獣の巣窟。街道を抑えればほぼ問題はないものな」
「はい……」
「森も猛毒植物の宝庫ゆえに入っただけで死ぬし、東の国境は我らが妖狼族のテリトリーだしな! 人っ子一人通さんぞ」
「そうですね……」
「……」
「……」
「えっと、集落の警備は……」
「済みました……」
「……」
完。
シシリアはユリアに視線で訴えた。
(ユリア!! )
(なぁにー? )
(後生だ、この空気どうにかしてくれ! )
(はぁ!? やーよ! )
ユリアがちらりと後ろに視線をむける。
シシリアの耳がぷるぷると震えている。
(そういやシシリア、フェンネルの無言が若干トラウマなんだっけ……)
大昔に喧嘩したらしい。
(少なくともあんたのせいじゃないでしょ? 今のこいつの無言はさー)
(いいから! いいからーぁ! )
しょうがないわねー、とユリア。
「……で、フェンネル。あんたは何でそんなビミョーな顔なのよ? 」
(どストレート!! )
後ろのシシリアが無言なのにうるさい。
(もー黙ってて! )
ユリアはシシリアのもふもふのケモ耳をにぎにぎした。
この感触、ちょっとストレス発散になる。
しょーんとシシリアの耳が垂れた。
——こんな姿を彼女の部下たちが見たらどう思うだろうか。
そう考えるとちょっと得意になる。
女友達(? )のユリアの特権だ。
「この『ラメラフォン』の収容所は手厚い対応で、変な言い方ではありますが、捕虜側の不満も少ないのです」
どこよりも経営がうまくいっている。
「彼らには収容所内自治権を与えられています。故国とほぼ変わらない食事ができるよう、食材も特別に人間用を仕入れています。スポーツも、娯楽も自由です」
ユリアとシシリアは顔を見合わせた。
「なのに蜂起とは考え難い、か? お前らしくもない」
「そうよー。捕虜だもの。いつだって脱走したいでしょ」
ユリアも合いの手を入れる。
「それはそうですけど。でも逃げ方が異常というか、なんというか……」
「異常? 」
「あそこは収容所を出てもあるのは平原だけ。ただ逃げるだけじゃすぐに捕まります」
そりゃそうだ。
「あいつらはどんな手で逃げたんだ。地下でも掘ったか? 」
「いえ。彼らはそのまま脱走したんです」
「……は? 」
そのまま?
「武器は食事用のフォークとナイフ。晴天で風も凪いだ昼間ですから、服に縫い付けられた所属ブロックの番号まで目視できます」
以上だ。
「つまり、バカでもアホでも明らかに脱走したら捕まる状態で脱走したってことか? 」
「そうなんです」
フェンネルの表情の理由がわかった。
「てことは、裏の理由があると考えるか」
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