4章 魔王見習い、騎士見習い

条件17 魔剣エクス……ッ——

「ま、魔剣————!? 」

「そうだ」

 シシリア、もとい師匠が頷く。

「この魔王陵の森の奥に泉がある。そこに剣が埋まっているはずだ」

「それが魔剣ですか」

「ああ。騎士のみが持つことを許される剣だ。騎士の証ってやつだな」

 チュートリアルの無料ガチャで必ず当たるSSR枠ってことか。

 でも魔剣。

 魔剣かあ。

 魔王軍だから聖剣じゃ無いのは当たり前だけど。

 でもかっこいいな。

「いいか、戦士になると言ったって、お前にはあまりに時間がなさすぎる」

 戦い方の一切を心身に叩き込むためのカリキュラムを修行というのだ。

「だが運のいいことにお前は戦う必要のない騎士だ」

「え、そんなんアリなんですか? 」

 しょっぱなから色々覆されたぞ。

「考えてもみろ。魔王陛下を守るためだけなら、熟練の兵士を選べばいい。実際、今まで騎士が魔王とともに召喚されなかった時は、近衛兵から騎士を選んできた」

「今回は俺が騎士として召喚されたってことには、何か意味がある、と……? 」

「ああ。しかも鍛錬もしたことのない小僧だからな。何かあると思う方が自然だろう」

 異世界の扉がセサミオープン! した時、俺がたまたま側にいただけだけどね。

 言わぬが花。

「だから、お前は自分がどのような騎士になるか、いやなれるのか、知るのことが最優先事項だ」

 なるほど、合理的なようなそうでないような。

「というわけで、お前には森に入ってもらう」

 どういうわけで?

「生死の境を彷徨えば自ずと何かしら見えてくる」

「生死の境? 」

「……。こほん。魔剣は騎士のみに許される魔剣だ。お前が魔剣に認められた時、お前は騎士に必要なものを自覚するだろう」

 ごまかしたな。

「私の弟子になるための試練だとでも思え」

 う。そう言われてしまうと。

 俺の背後では、森がこうこうと口を開けている。

 暗い。

 木が生い茂ってる。

 明らかに未知の植物が生えてるですけど。

 ……変な動物の声もしてるし。

「安心しろ。死にそうになったら助けてやる」

 やっぱり死ぬのか俺。

「さあ行け! 」

「はい! 」

 反射的に体が走り出す。

 ——森に踏み入って暫くしてから思った。

 あれ、なんか俺、ていよく追っ払われごまかされてない?


 シシリアは山の頂上に出た。

 ここからは森が見渡せる。

 きゅん、と瞳孔が変化する。

 狼の眼が森の中の新米騎士を捉えた。

「へえ、あの坊主、反射神経だけはいいな。だが——あとはもう意地と根性で進んでるだけか」

 いつの間にか背後にはアルターが居た。

 目を瞑って木にもたれかかっている。

 腕には棍棒。

「ほう。わかるか」

「わかりますよ。樹々はおれの血管みてえなもんですからね」

 姐さんの『目』は、おれにとっての『耳』です。

 と、アルターは言った。

 森で起きていることはお見通しというわけだ。

「しっかしあいつ、山慣れしてないなー」

「姐さんと比べりゃ誰でも山慣れしてやしませんって」

 アルターが軽口を叩く。

「それにしても、なんで魔剣なんか取りに行かせたんです? あの魔剣、泉から引き上げるなら誰にでも出来るでしょ」

「まあそう言うな。今回の目的は、あいつに騎士としての自覚を持たせることなんだ」

「それで騎士にしか手にできないって伝説の剣を持たせるってか。姐さん、幾ら相手が子供ガキでも効果ある騙されてくれるかどうか……」

「馬鹿め。違うわ」

 シシリアは新米騎士から視線を外さない。

「私はな、アルター。あいつに

「……。俺は賛成できかねますけどね……あいつが騎士だなんて信じらんねぇんで……」

 アルターの言葉は素直だ。

「そうか? 」

 シシリアは初めて彼を振り返った。

「じゃ、私が、お前の前に出しても恥ずかしくない戦士にしてから引き継いでやるよ」

「引き継ぐって。冗談でも勘弁してくださいよ」

「ふふ……」

 シシリアはちょっと笑って、言った。

「あいつは騎士だ。間違いない」

「……そうですかい」

 アルターは森の木々の影にいる。

 その顔は見えない。

「ま、姐さんとの相性が良くて何よりです」

「む? 」

「だってあいつ、崖から落とされて育つのが本人にとって結果的に一番楽っていう、単細胞の獅子の子タイプみたいですからねぇ」


 ——何かに、撫でられている。

 ぼんやりと目を覚ました。

(あれ、俺、何してんだっけ)

 師匠に森に突入させられて。

 森には道もなく。

 でもとにかく進むしかねえ! って進んで。

 未知の生物に警戒していたから、音や動きに敏感になってた。

 つられて俺の反射神経も研ぎ澄まされてた。

 なのに。

 ある時期から変わった。

 足はだんだん重くなる。

 感覚は鈍くなってくる。

 でも休まなかった。

 足を止めたら寝ちゃいそうだったし。

 ……まだ体も動くのに、止まるのも悔しいし。

 あともーちょいで泉に出るかもしれないし。

 俺が行くところまで行って倒れても、師匠が見つけて運んでくれる——。なんてもあって。

(そうだ。結局、俺、力尽きて倒れたのか)

 もう一歩も動けないって。

 直前に思った気がする。

 あー、焦点が合わない。

 白いものが動いてるなあ。

 あ、ユニコーンか。

 撫でられてると思ったら舐められてんのね、俺。

「——ってユニコーン!? 」

 がばっと上半身を起こす。

 そして周りの明るさにびっくりした。

「え、ここ、どこだろ」

 一面の緑。

 森の生い茂る木の葉の重なりを透かす陽光。

 凪いだ空間。

 揺れる反射は水面の模様。

「泉……」

 そこは、ぽつんと開けた小さな場所。

 あまり大きくはない、澄んだ泉。

 ——そうか。

 騎士の魔剣があるっていう泉に、もう来てたのか。

 ユニコーンの鼻を撫でた。

「お前、俺を起こそうとしてくれたのか? ありがとな」

 ぶるぶるっとユニコーンが鼻を鳴らした。

 伝わってんのか、伝わってないのか。

 ふと気づく。

「そういや俺、なんで動けてんだろ」

 身体中が疲れで痛くて重かったのに。

 ぐーぱーと手を握る。

 腕を回す。

「……なんともない」

 むしろ体が軽い。

「ね、眠ったから……? 」

 睡眠は万能の薬。

 ユニコーンは俺から興味を失って、すでにそこら辺の草をもさもさ食べている。

「さて、と」

 空を見上げる。

 まだ明るい。

 さして時間は経っていないだろう。

「剣……剣……」

 湖面を望むと、中央付近にキラリと光るものがある。

 あれかな。

 ツンツンと湖の水をつつく。

「なんともねえっぽい」

 潜る前に用心だ。

 これで潜ったら毒の泉でした! ドンマイ!

 ってなったら俺死ぬからな普通に。

 足を浸す。

「すー、」

 息を吸い込んで。

「! 」

 潜った。


 透き通る静かな泉。

 あまりに透明だから、目の前には何にもないような錯覚さえ受ける。

 つまり水の中だってこと忘れて息しちゃいそうってこと。

 んなアホなって表現だと思うけど、マジ。

 それくらい綺麗。

 底はそんなに深くない。

 足をつけると俺の身長ギリギリに水面がある。

(普通、海藻とか草とか枯葉とか虫の死骸とか、そういうのが浮いてるはずだよな、外の水場って)

 川しかり海しかり、屋外プールしかり。

(でもここは本当に綺麗。なんもない)

 魚もいない。

 水草もない。

 床に小石があるくらい。

(まさに聖域って感じだもんな。泉も綺麗なわけだ)

 あれ。魔王軍じゃないからここは聖域じゃないか。

 聖域の反対ってナニ。邪域?

 なにその厨二ワード。かっこいい。

 そんなこんなで泳いでいたら、いつの間にか目の前に金属片。

 そいつは地面に突き刺さっていた。

 こりゃまたおあつらえ向きな……。

(えーっとなになに)

 近くの川底には金属板がある。

『名前をつけてね! 』

ぼばごっ名前……? 」

 さーっと血が下がっていく。

 名前? 魔剣の?

 んなもん聞いてねーぞ!

「ごぽ……」

 一旦、名前を聞きに帰るしかねえか……?

(——いや、それだけは嫌だ!! )

 またここまでの道を歩くのか。

 絶対嫌だ。

 死んでも嫌だ。

 いや死ぬ。

(名前……魔剣の名前……)

 魔剣……妖刀……ムラマサ……バルムンク……。

「ごぼぼぼぼ」

 えーい。

 なんか言いながらいい感じに抜いてみるしかない。

 まずは有名どころから!

ベググエクスッッッ………バリバーカリバーーーーーーッッぼがっ」

 思いっきり叫ぶ。

 息が切れた。

 水が入り込んできて必死にもがく。

「っぷは! はー」

 あー空気が美味しい。

 そして気付いた。

 右手には金属の感触。

「……! 剣だ?! 」

 抜けた。

 一発で抜けた。

 他にも色々候補はあったのに。

 ……あれ。

 つーかさ。

 エクスカリバーって聖剣の名前じゃなかった?

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