条件16 師匠は狼、誇り高きケモミミ

 食文化の違い!

 俺は一悶着の末ありついた朝食に心の中で涙を流した。

「陛下、閣下。そのようなもので本当によろしかったのですか」

 フェンネルが心配そうにこちらを見つめてくる。

「全然いい。ほんとにいい。魔界に慣れるまでこれがいい」

「韻を踏んでるね! 」

 隣のマーヤがパンを齧りながらにこにこして言う。

 その時、窓の外で鳥が横切った。

「ネームレッ! ネームレッ! エーエンニー!! 」

 俺にとっては何度目かの不可解な鳴き声。

 ああ、もう耐えきれん。

「なあフェンネル、あの鳥、何? 」

「あの鳥はアマノジャク鳥です。最もスタンダードな朝鳥ですね」

 魔窟の朝は早い。

 けたたましい子守唄とともに目を覚ます。

 鳥とて好きで始めた仕事ではないだろうが。

「朝鳥であるのに鳴き声が『眠れ』に聞こえることから、その身の矛盾を表しているとも言われています」

 睡眠時間を永遠にしようとしてきてるけどな。

「また『夜に置いて行かれた朝鳥』という民話を題材にとった童話のモデルにもなっています」

 今朝もさすがのフェネペディアだ。


 ——魔窟に流され一夜明け。

 異世界の朝は鳥の声で起こされた。

「エーエンニー、ネームレッ、ネームレッ」

 こんなん朝起きたくなくなる。

 起きたら起きたで早速姿を現すフェンネル。

『本日の朝食ですが、いかがいたしましょう』

 なんでもいいよと返したのだ。

 出されたものは食べる。

『米……は無さそうだから、パンと卵みたいな洋食なのかな』

 そんな俺の独り言をすかさずキャッチ。

 フェンネルは朝食メニューをお披露目してくれた。

『はい。パン、指定ルサルカ直輸入の川辺の旬サラダ、ヴィィの涙入りスープ、ドードーモドキのゆで卵、鬼牛おにうしの脳みそのペースト、電気羊の腸詰をボイルドで』

『なんて!? 』

 ビバ魔窟の食事情。

 回想終わり。

「高級食材でしたのに……」

 俺とマーヤが口にする、パンとバターと野菜類、果物、ハム、コンソメスープを寂しそうに眺めるフェンネル。

 参謀官は最初に「何がいいですか? 」って尋ねたんだ。

 それを俺は忘れちゃいなかった。

 なので遠慮なくリクエストさせてもらった。

 野菜も果物もハムもよくわかんない謎食材かもしれない。

 でも妖怪の名前が付いた謎栄養素を食べさせられるのと比べたら、まだマシでしょう。

「マーヤは気にしねえのか……? 」

 もっきゅもっきゅと謎の青い果物を食べているマーヤ。

「折角フェンネルさんが出してくれたのだし」

 その慈悲の心と懐の深さは伊達じゃねえ。

「そういえばフェンネルさん」

「はい、陛下」

「フェンネルさんは女性ですか、男性ですか」

 俺は飲んでいたスープを吹いた。

 それは聞いていい問題なのか!?

 気にはなってたけどさ。

 するとフェンネルは言った。

「無性別です」

「え」

「ですから、私に性別はありません」

 白百合のごとき美貌の参謀官は当然の顔で言った。

「私はホムンクルスです。繁殖に番は必要ありませんので」

「つがい」

 なんて動物的。

 いやなんて合理的。

「性別のあるホムンクルスもいますよ。私はその種ではないだけです」

「なるほどです。これで謎は解けました」

 マーヤが頷く。

「昨日お風呂場に駆けつけてくださったのは、やはりフェンネルさんが男性の方ではなかったからなのですね」

「そうですね」

「女でもないだろうが」

 俺の冷静なツッコミは小声に消えた。

「失礼する」

 扉から獣耳が現れた。

「フェンネル、ここに居たか。私は暫く城にいることにした」

「何かありましたか」

「ああ。調べることが出来てな」

 シシリアだ。

「と言っても、今は情報屋の連絡を待つだけだ。一週間ほど逗留させてくれ」

「それは構いませんよ」

 ふと思った。

 昨晩から脳の隅をヒリヒリと焼いている、一つの決意。

 ……この人なら。


「シシリアさん! 」

 部屋を出て行ったシシリアを追いかける。

「どうしました——」

 振り向いたシシリアの視線が、ふと俺の右腕に落ちる。

「その右腕はどうされたのですか? 」

「右腕? ……あぁ、なんか朝起きた時から痒くて」

 無意識にぽりぽり掻いてしまう。

 魔界に来て未知の植物に反応したか?

 って思ったけど、俺の肌はそんなに敏感に出来てない。十五年間の経験によれば。

「そうですか……」

 シシリアが目を細める。

 懐かしいものを見るように。

「貴方たちは、どんな魔族になるのでしょうね」

 なんだ、突然。

 でも——彼女の表情に、ちょっとドキッとした。

 柔らかな微笑み。

 野生的な狼女の、誇り高き武人。

 そんな彼女の持つ慈愛の瞳。

「もしかしてシシリアさんって弟います? 」

「弟、ですか? 」

「魔族の成長を見守るお姉さんみたいな顔をしてた気がして」

「ああ……なるほどな。弟分はいますね」

 そういうことか、と何やらシシリアが一人で納得している。

 やっぱ一人前の魔族になるのを見守ってた子がいたんだな。

「それで、ご用件とは」

 ごくりと俺の喉が鳴る。

「相談したいことがあるんです。——俺に、戦い方を教えてください! 」

「ほう。なぜ私に」

 シシリアが軽く目を瞠る。

「俺が今知っている軍属の魔族の中で、頼れるのはシシリアさんだけで……」

 記憶の隅に木の男がちらつく。

 つい眉に皺が寄った。

 ——あいつはだめだ。俺たちを認める気がない。

 それは構わんが、とシシリアが続けた。

「護衛を目的にした訓練ならばアル———」

「ネームレッ、ネームレッゥゲェーーーーーー!!! 」

 件の朝鳥の断末魔。

 締め上げるような声にシシリアの言葉がかき消される。

「何事だ! 」

 シシリアが近場の窓を開ける。

 びゅっと真っ黒な影が飛び込んできた。

「ゲッ……ゲッ……エーーーエンニネムレーッ!! 」

「こ、これがアマノジャク鳥?! 」

 ゼエゼエと息を切らす鳥。

 大きさは中くらい。

 丸い胴体にフワフワの毛並み。

 黒い羽、白いお腹。

「ってペンギンじゃねーか!!! 」

 ペンギン(仮)は息を整え、ひと声鳴き。

 朝の空へ飛んで行った。

 ……どこまであべこべ天邪鬼なんだ。

「おい、弟子」

「! 俺を弟子にしてくださるんですね」

「ああ。そうしないと、私が永遠に眠らされそうだからな」

 遠い目をするシシリア。

 どういう意味だろう。

 シシリア、こほんと咳払い。

「私が教えるからには一人前の兵士、いや戦士にしてやる。……と言いたいところだが。私がここにいるのは一週間が限度だ。そんな短期間で一人前になどなれん。——その代わりに、私はお前が一人前の戦士となる為の土台を作ってやる」

 土台。

 何事にも基礎が一番大事だ。

 それさえあればどうにかなる。

「騎士としての教養はフェンネルに叩き込んでもらえ。そこから魔王陛下をお守りするほどの騎士となるか否かはお前次第だ」

「が……頑張ります……」

「……。大丈夫だ」

 シシリアは言った。

「お前はよ」

「そ、そうですか? 」

 面と向かって言われると照れる。

「野球で体は動かしてたし、走り込みとかはわりと得意? かな。でも体が本当に破滅的に硬くて……って……感じですけど……」

「心配するな。お前の体が保証している。お前の覚悟をな」

「は、はあ」

 やっぱり武人って見ただけでわかったりするもんなのかな。

 筋肉のつき方とか?

 でも、何故かシシリアが見ているのは俺の右腕。

 相変わらず痒いままだ。

 赤くなった肌は、若干荒れ始めている。……やべ、気をつけないと。

「言ったからには待ったはナシだ。私はお前を殺してでもやりきるぞ。それでもついてくる気はあるか! 」

「はいっ!! 」

 スポーツ経験者の条件反射その一。

 目上にはすぐ腹から返事。

 ……今のはちょっと熟考したかったかもしれない。

「よし、ならば私がここにいる一週間、お前に戦士の土台をきっちり仕込んでやる」

 シシリアは宣言した。

「今日から私はお前の師匠だ! 」

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