条件18 戦の気配

「はぁ、はぁ、」

 俺はやっとの思いで岸に手をかけた。

「ほれ。捕まれ」

「ししょー……」

 なんで師匠がこんなとこに。

 手を伸ばす。

 クレーンゲームかってくらい軽々引き上げられた。

「うっぷ……」

 地上に倒れこむ。

 またぺろぺろっとした感触。

 ユニコーンまたお前か。

「無事に剣を手に入れたようだな」

 自分の引き揚げたものを見た。

 剣だった。三十センチほどの。

 ただし。

「……武器じゃないし……」

 やたらと重い。

 その上、刃が丸い。錆び付いてるし。

儀礼用の剣そっちだったかぁ〜……」

「まあそう言うな。案外、ピンチの時に未知の力に目覚めるかもしれんぞ」

「そんなご都合主義は期待してません」

 っていうかユニコーン、もう俺を舐め尽しただろ——。

「……ん? 」

「どうした」

「いや、さっきまでめっちゃ疲れてたのに、すっと身体が軽くなったような」

「ああ。そりゃユニコーンの唾液のせいだな」

 唾液。

「こいつらは毒消しの生物だ。えーと、何だったかな。こいつの唾液に含まれるナントカって成分が、疲れた体の血管にまで届くと、ナントカって成分を分解して疲れが取れるらしい」

 ……それは毒消しと何か関係あるんだろうか。

「ナントカとは」

「フェンリルの受け売りだ。半分くらい理解できなかったが」

 ほぼ覚えてないじゃないですか。

「じゃ、こいつ、俺の疲れを取ろうとして……? 」

 俺はユニコーンの鼻を撫でたパート2。

 いいやつじゃん。

 ちょっと感動。

 幻想生物のロマンを壊したとか思ってごめんな。

 俺、こいつは可愛がろう。

 こんなに心を通わせられたんだから。

「いや、匂いに惹かれてきたんだろう。疲れた体のナントカって成分はこいつらの中で消化できる栄養素らしい」

 幻想生物のロマンが壊され略。

 幻想生物とのハートフル魔界生活は永遠に望めないようだ。

「それで、どうなんですか」

「何がだ? 」

「ですから、弟子にして頂けるんですか」

 きょとん。

 そんな擬音が聞こえてきそうな顔をしたのち。

「ああ! もちろんだ! 」

 シシリアが笑った。


 魔王城に帰っててくるなり、マーヤが駆け寄ってきた。

「お帰りなさい! 修行、お疲れ様」

「ありがと。ってお前どっか行くのか」

 朝と服装が違う。

「これから街に行ってこようと思って」

「何しに行くんだ」

「魔王になるまでにはまだ時間があるでしょう。なら、忙しくなる前にちゃんと人々の生活を見ておこうと思って」

 幹部が揃ってないとか、準備がまだだとか。

 確かフェンネルが言っていたような。

「なるほど。それは俺も気になるな」

「陛下、供はおらぬのですか」

「はい。みなさんお忙しそうだったので、一人で出てきました」

 せっかく召喚したのに魔王不在の魔王城。

 フェンネルの泣き叫ぶ姿が目に浮かぶ。

「ま、道中の安全は大丈夫だとして、案内役が必要だな」

 治安がいいのだろうか。

 城下町だし。

「弟子。ユリアに付いてもらえ。あいつ今は暇だろうからな」

「ユ、ユリアさんですか……」

 ぴくんと師匠の耳が反応した。

「? 」

 数秒ののち、俺の耳もそれを捉えた。

 蹄の音が近づいてくる。

「シシリア! 」

 薄桃色の髪の毛が風になびく。

「噂をすれば……ユリア。どうした、そんな格好で」

 彼女は軍服に身を包んでいた。

 ただでさえスタイルがいいものだから格好いい。

 中身がただのセクハラ魔でも。

「ラルフからの通達よ。東部で暴動。捕虜の人間たちと交戦中! 」

「なんだって!? 」

 ——ぎくりとした。

 人間と、交戦中。

「しかし、なぜラルフが」

ラルフって誰だろう。とりあえず魔族なんだろう。それは確かだ。

 シシリアが早くも武器の確認を始めた。

 刃こぼれどころか曇り一つない刃が眩しい。

「ラルフは北への視察と聞いていたが」

「東の砦を回ることは公にしてなかったの」

「……ったくもうバッカみたい」

 ユリアが吐き捨てる。

「多分、お忍びで幹部が来るって情報が捕虜部屋に届いたんだわ。せめて首を取れっんで狙われたのよ。派手に小隊引き連れて行くんだもの、町中があいつの動向を知ってる」

 忌々しげなユリアのセリフ。

 シシリアが首をすくめた。

「ラルフは優秀だがまだ若い。我らにとってただの捕虜でも、捕虜にとってここは死地である——その意味がまだ、実感できんのだろう。実際あいつ自身、人間に捕らわれたら玉砕よりも自害を選ぶような奴だからな」

 どういう意味だろう。

「師匠、それ、どういう意味ですか」

 逆もしかりだが、と師匠が答えてくれた。

「例えば、警察と罪人が居たとしよう。さて罪人は追い込まれ逮捕は目前となった。場所は二十階建ての建物の頂上、地上では警官が建物を取りかこみ、逃げ場はない。罪人は魔獣や使い魔を使用できず、空も飛べないとする」

 さあどうしたか。

「警察と交戦した、とか? 」

 それもありだが、とシシリアが言う。

「窓から飛び降りたんだよ」

「へ? 自殺? 」

「そんな謎かけがあるか」

 ですよね。

「そいつはな、逮捕されるより、二十階から飛び降りるほうがマシだと思ったんだよ」

 そんな高さで飛び降りたら死ぬのに、か。

「名誉のためですか? 逮捕より死を選ぶっていう」

「違う。いいか、その時、その罪人の頭には、二十階建てから落ちたらって考えもなければ、もしかしたら生き延びられるかもしれないから飛び降りてみる——なんてすら頭に無かったんだろう」

 生きるも死ぬも無い。

「その時、その罪人の頭にあったのは、逮捕されたら人生の終わりだって事だけだったんだよ」

 やっとわかった。

 追い詰められた側と、追い詰めた側。

 逮捕の瞬間、人生における意味が違いすぎるのだ。

 罪人とってはたった一度の人生が終わるか否かの瀬戸際。

「瀬戸際に立たされた人間ってのはなんでもする。何をするかわからない」

 シシリアが言った。

 なら。

 今の話を罪人ではなく捕虜に置き換えたら。

「つまり師匠。どうせ死ぬなら少しでも敵の力を削いで死のう、って考えて、俺たちが考えもしないような事をしでかすって事ですか」

「そういう事だ」

 シシリアは言った。

 ユリアが悪態をつく。

「ったくあのチビスケ。に襲われるなんて何考えてんのかしら! 」

「そういうな。お前の弟だろう」

「弟だからイラついてんのよ」

 くわっとユリアが食ってかかる。

 ユリアは姉属性だったのか。

 そっちの方がびっくりだ。弟の世話焼くとか全然想像できない。あ、でも俺の姉貴も別に世話焼きではなかった。

「フェンネルはもう向かったわ。貴女も連れてくるようにってお達しなの」

「よし。すぐに向かおう」

「昼間じゃ力が出ないでしょ。後ろに乗りなさい」

「助かる」

 馬の鼻を撫で、ひらりと乗るシシリア。

 すごい。

 馬って割とでかいなー! 高えなー!

 って思うのに、俺の身長くらいある馬の背にジャンプだけで軽々飛び乗れちゃうんだから。

「お前たち、行くなら城下町だけにしておけ。夕勤までには帰るんだぞ! 」

 馬が嘶く。

「……大変そうだな」

「大変そうね」

 俺とマーヤは顔を見合わせた。

 こういう場合、魔王とその騎士ってのは。

 のんびり城下町を歩いてていいもんなんだろうか。

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