条件11 魔王の条件

 みょーん。

「いいですか、俺たちはですね」

 むにゅっ。

「こいつにたまたま会って、たまたま連れ去られただけなんですよ」

 黒風船は感触だけはいい。

 セバスチャンの揉み心地のおかげで、年上であろうフェンネルに敬語を使うだけの心の余裕を取り戻した。

「だからあんま期待とかしないでほしいんですよ」

 新入生に何を期待しろって話だけど。

 これは主にフェンネルに向けて言っている。

「俺たちが魔族だとかなんとかっての絶対勘違いだと思うんですよ。悪いけど」

「閣下、それは瑣末な問題です。バミューダ卿はこれでも悪魔ですから」

ほえほははぅへふこれとはなんですじゃ

 伸ばされたまま、ちっさな声で抗議するセバスチャン。

「悪魔なら間違いはないの? なんで? 」

「はへへへへ」

 完全スルーして更に引き伸ばす。

 よく伸びるなぁ。

「悪魔とは種別からして、試練を課し選別する性質を持っております。その目利きは確かです」

「あ、そう……」

 フェンネルにさらりと論破された。反撃ならず。

「でもだな。マーヤだぞ? このマーヤが魔王にぴったりなはずがあるか」

 俺はマーヤを振り返った。

 森を出たところで道が広くなって、今は四人並んで馬に揺られている。

 俺とマーヤは幻想をぶち壊しの旧式UMAだけど。

「なあマーヤ、お前は魔王とかどう思って——」

「これもまた試練……なのでしょうか」

「えっ」

 俺は固まった。

「マーヤ……!? お前魔王になんかなりたく、いや、なれるわけないだろ!? 」

「でも、この方たちは私のことを魔王だと」

「こいつらが言ってるだけじゃん」

「それに、お話を聞いてる限り、私に魔王になってもらわないと困っちゃうみたいだし……」

「お前だって魔王にさせられたら困っちゃうだろ! 」

 俺はがしりとマーヤの肩を掴んだ。

 セーラ服の下の薄い肩。

 ちょっとでも力を入れたら、俺の手のひらの下から崩れてしまうじゃないかってほどの。

 それがきっかけだった。

 俺の喉の奥から何かがこみ上げてきた。

「お前みたいに悪魔を助けちゃうくらい優しくて! 俺なんかの言葉すぐ信じちゃうくらい純朴な天然ボケが! 人間滅ぼせるわけないだろうが! 」

 夜の空に俺の声が響く。

 そんなマーヤは俺が見たくない。

「そうね、私も人間を滅ぼすのはいけないと思うの」

「なら——」

「だからこそ、これは私への試練なのかもしれないと思って」

「なんのための試練なんだよこんなもん……」

 勿論、とマーヤが朗らかに笑う。

「私が魔王の座に就いても、善をなすかどうかの」

 魔王だぞ。

 魔王なのに、善をなす?

 正気か、マーヤ。

 そう言おうとして、俺は口を閉じた。

 でも。

 マーヤなら、もしかして——。

「フェンネルさん」

 マーヤが俺を通り越してフェンネルを見る。

「私は人間を滅ぼしたくありません。これが新たな魔王の意向です」

 フェンネルは黙って聞いている。

「可能ですか? 」

 そんなの、可能なわけがないのだ。

 それでもマーヤは挫けないんだろう。

 なら、俺はせめて、こいつの側で力になりたい。

 孤立無援の魔窟で、せめてもの味方に。

 騎士とやらの立場も利用してやる。

 こいつを守るためなら、なんだって——。

 フェンネルは目を伏せた。

「は。それが陛下のご意向であればそう致しましょう」

「——っていいんかい!! 」

 俺は思わず突っ込んだ。

「あんたら人間を根絶やしにするために俺たちを呼んだんじゃないの!? 」

「まあ、それが魔王軍の様式美ですから」

 軽すぎる。そんな適当な政策だったのか。

「ほんとに大丈夫? 人間に敵対するのが魔王の証なんじゃないの? 」

「魔王の証には様々ありますが……単に、歴代の魔王が人間との対立を選んだだけとも言えます」

 明日の新聞一面はこれで決まり!

 のはずな新魔王の衝撃発言は、フェンネルによって受理された。

「私どもは陛下が陛下の思うよう政を治めて頂ければ幸いです」

「うっそでしょ」

 ですが陛下、とフェンネルは言った。

「人間を滅ぼさねば、魔族はどうなりましょう。我が魔王軍に新たなる魔王かご降臨あそばれたとあらば、人間どもは魔王討伐に勇者を放ってきます」

 あ、やっぱ魔王を倒すのは勇者の役目なわけね。

「私は陛下にお仕えし、ご治世の手足となるが役目。ですが、魔族を絶やすわけには参りません」

「それは——」

 マーヤが頷く。

「もちろんです。私は人間を滅ぼしません。それはつまり、魔族も滅ぼさないということです」

「マーヤ、そりゃどういう」

 思わず口を挟む。

 魔族はなんだかんだ、人間に仇なす存在だ。

 さっきの洞窟でもいわゆる人外がいっぱい居た。

 フェンネルは男子の憧れ生物トップスリーに、とんでもない怪物の名前を羅列した。

 嘘じゃないんだろう。実際いま、ユニコーンなんて幻想生物が俺の尻の下でもさもさしているし。

 マーヤが俺の言葉に首を振った。

 こんな話をしてるのに、マーヤはいつものまま。穏やかだ。

「人間だけ滅ぼさずに、魔族を滅ぼすなんてことできないわ」

「魔族がかわいそうだから? 」

「それもあるけど……ちょっと違うかも。私が思ったのはね。どっちかを生かすためにどっちかを滅ぼすんじゃ、どちらかだけ生きるように選ぶってことじゃない。そんなの人間を滅ぼすのと変わらないでしょ」

 私、そんなの嫌よ、と。

 こともなくマーヤは言った。

 当然のように。

 普通の人間ならこうするでしょ、って面持ちで。

 それがあまりに純粋な顔をしてるもんだから、毒気を抜かれてしまった。嫌味でもなんでもなく。

「魔王陛下……! なんというご聡明さ……! 」

 一方、隣では連想力の激しい参謀が目頭を抑えていた。

「人間どもにまでご慈悲を賜る治世など聞いたこともない——そう、これまでにない発想力をお持ちなのですね——! 」

 なんでもいい方向に考える。

 例えどんなに悪い状況でも、それらしい根拠を瞬時に見つけ出す頭の良さはわかる。

 ここまで拗らせるの問題だと思った。

「ほんとにいいのかぁ? 参謀官さん。魔王っつったら人間滅ぼすのが必須条件ってイメージあるけど」

「素晴らしき魔王には、様々な条件がございます。きっと陛下はその全てをクリア成されるのでしょう。我々の思いもよらぬ方法で」


 そして早速、フェンネルは自らの先見の明に涙することになる。

 マーヤの魔王の条件クリアその1…は召喚陣通過として、その2。

 魔王級の魔族以外にはパスワードを求めるという、城の裏門にて。

 人力ならぬ魔族力のどう見てもガバガバセキュリティを前に神妙にする俺たちの横で。

 マーヤは門番の前に立っただけで門を開けさせた。

 門番はぐるんと首を回した後、カタカタと顎を震わせて門を開いた。

 ちなみに門番も一風変わった魔族。

 鉄の門のノッカーに付けられた軟体の骸骨だった。

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