3章 偏屈魔族の魔窟な群賊

条件12 魔王城に来たけど安まらない。

 心臓が早鐘を打っている。

 俺は恐る恐る、俺を組み敷いている彼女の名を呼んだ。

「ま、マーヤさん? 」

 マーヤが俺に覆いかぶさっている。

 ベッドの上。

 柔らかい髪先が俺の額に落ちている。

「リョータロ。お願いします」

 じっとマーヤが見つめてくる。

 その顔は真剣。

 でも若干涙目。

 風呂上がりの匂いが、温められた体温と一緒に俺の鼻腔を打つ。甘い香りに脳髄がくらくらする。

 そしてマーヤは言った。

「私の体に触って欲しいの!! 」

「はあーーーー!? 」

「さあ! ひと思いに! お願いします! 」

「ええーーーーーっ!? 」

 俺は絶体絶命の危機に陥るのだった。


 何でこんなことになったのか。

 順を追って思い出そう。

 異世界に来て。

 魔王とか騎士とか言われて。

 んで、魔王城に来たんだっけ——。


 数時間前。


 魔王城に着くと、シシリアは俺の手からセバスチャンを摘んだ。

「じゃ、私はこいつらの世話をしてくる。あとで追いつくさ」

「シシリア、わしもか」

「当たり前だ。陛下がおなごだと分かった以上、やすやすとお前を近づけるわけに行くまい」

「な、なんと無慈悲な! 貴様、悪魔か!」

「魔族だ。悪魔はお前」

 そんなやり取りが遠ざかっていく。

「それでは陛下、閣下、参りましょう」

 ユニコーンを厩舎へ返しに行ったシシリアと別れる。

 俺とマーヤ、フェンネルは魔王城へと踏み出した。

「本来であれば、すぐにでも歓迎の宴を開くところなのですが……間の悪いことに、幹部がほとんど出払っているのです」

 嘆くフェンネル。

 いや、歓迎宴とかしなくていいから。

 逆にやめてほしい。

 そんな俺の心中をよそに、フェンネルが宴のスケジュールを語りだした。

 むむ。話を逸らすか。

「なあ、フェンネルは俺らを歓迎してくれてるけどさ。俺らが魔王やら騎士やらにやるのが許せねーってやつだって、いるんじゃねえの? 」

「居ないとはいえません。ですが常にあるものです。そして、無くてはならないものでもあります」

 フェンネルは言った。

「しかし、臣下の統率は王の役目であり、同時に私ども臣下の負う部分もございます。あまりお気になさいますな」

 そう言われてしまうと、俺はその先をつっこめない。

「さ、陛下、閣下。ここが魔王城でごさいます」

 ギィ、と扉が開いた。

 あーあ、ゲームだったらラスボス。

 やっと辿り着いたラストバトルなのになぁ。


 魔王城はある意味で想像通り、ある意味で想像外だった。

 とにかく暗い。

 廊下は歩くのに苦労はしない程度に明るい。

 光源は松明だけど。

 だというのに、やけに豪奢だった。

 昼間に見たら、わりと普通に西洋のお城なんじゃないか?

「夜は危なくない程度に暗くしております。魔族の生活スタイルは様々ですから」

「様々って? 」

「魔族の中には、夜行性のもの、昼行性のもの、眠らないものも居ます。夜行性のものは日の光が苦手で、昼行性のものは夜は眠ります。夜は暗い方がいいのです」

 言われてみれば、夜にしては城の中の人通りが多い気がする。

 マーヤもそう思ったらしい。

「もしかして、夜行性の方たちは夜に働くのですか」

「はい。夜行性の者はそろそろ起きだす頃ですから」

「お仕事をされてるんですね」

 ほあーとマーヤが尊敬の眼差しを送る。

 魔王軍はシフト制。

 午後八時が夜行性魔族の早朝出勤朝活タイムというわけか。

「ああ、例えばあそこに居る者がそうですね」

 フェンネルが指差す。

 番台みたいなスペースに一人の老爺が座っていた。

 ぷかぷかとキセルから煙を吐き出している。

「彼は夜行性です。この時間だと早番ですね」

「あの方は何をしてらっしゃるんですか」

「書庫番です。彼の背後にある扉の先が書庫になります。入場許可係とでも言いましょうか」

「あのお爺さんは、どんな魔族なんですか」

「種別ですか。そうですね、彼みたいな者は魔族としか言いようがありません」

「というと……」

「魔族は様々です。私やシシリアのように、ホムンクルスだ、人狼だ、と種別がはっきりしている者もいれば、そうでない者もいます」

 血統書付きと雑種の違いみたいなもんか。

 たとえが悪いけど。

 二人が話しているのを聞きながら、俺は後ろからついていく。

 それにしてもすごい装飾だ。

 壁にはこれでもか! ってくらい凝った作りの金属飾りが並べられている。

 若干ゴツい印象。

 しかもその上をふよふよと、小さな蝶みたいなのが浮いて——。

「……人の形してる」

 ガチの妖精さんだった。

「それに私の種別はホムンクルスですが、それは体の構造がなだけ。同じホムンクルスでも、私と全く同じ者は居りません」

 同じ種族でも個性はあるってことか。

 魔族といえど千差万別、と。

「じゃ、あの爺さんはどんな魔族なの」

「彼は煙から妖精を作ります」

 ファンタジー。

 じゃあ、あれは爺さんが作り出した妖精なのか。

 松明の上でくるくる遊ぶ妖精たちを見上げる。意外とすばしっこいな。

「妖精ですか。可愛らしいおじいさんですね」

「妖精が可愛らしいですって……! 」

 フェンネルがぎょっとしたような声を出した。

「ああ——陛下の度量の深さ、器の大きさには幾度も驚嘆させられます……!」

 ……え。

「なあフェンネル、それどういう意味? 」

 思わず俺はフェンネルを振り返った。

「妖精とは悪戯の権化のようなモノです。なるべく近寄らないほうが良いのです」

「えっ。じゃあこの爺さんって……」

「彼の作り出す妖精は、彼がちゃんと手綱を握っておりますからね。害はありません」

 手綱を?

「その妖精って……もしかして白くて半透明な……」

「閣下の仰せの通りです。煙の妖精ですから」

 マーヤと俺が番台の爺さんを振り返ったのは同時だった。

「お爺さん、煙管をくわえてるわ」

「……煙。吐いてるけど」

「ああ、大丈夫ですよ。煙から妖精が出るのは、彼自身が妖精を思い描いた時のみです」

 ぷかぷか。

「今は煙を吐いてるだけですよ、彼は愛煙家でもありますからね。ほらご覧ください。白い煙が天井に登って、ぷくりと膨らんだかと思うと妖精の姿に——」

「……」

「……」

 ぽん。

 一匹の妖精が生まれた。

「って出てるーー!! 」

 フェンネルが叫んだ。

「ちょっ、ちょっと貴方! 何してんですか! 」

 殴りかかる勢いで好々爺の胸ぐらをつかむフェンネル。

「むにゃ……」

「寝ぼけてる!! 寝ぼけて妖精作り出してる!! 冗談じゃないですよぅ! 起きてください!! 眠ってたらあの妖精たちが何を仕出かすか——! 」

「ん?」

 クスクス。

 クスクス。

 鈴を転がすような。

 そよ風のような。

 そんな笑い声が聞こえて。

 ……一瞬、世界が陰った気がした。

「リョータロ!! 」

「え? 」

 マーヤが切羽詰まった顔で駆け寄ってくる。

「なに——」

 髪を振り乱したフェンネルの視線の先。

 上を振り仰ぐ。

 白い腕が。

 何本も何本も。

 俺の方へ襲ってくる。

 クスクス。クスクス。

 白い妖精の手のひらに、何か、鋭いものを見た——。

(間に、合わねえ)

 マーヤが俺を掴んだのがわかる。やめてくれ、お前まで巻き込むわけには。

 妖精の指先が、俺の額に触れる。

「いっ——」

 チリっと冷たい電流が走った。

 その時。


 ざんっ!


「! 」

 一陣の風が吹いた。

(な——なんだ!? )

 はらはらと妖精たちが消えていく。

「……」

 俺は床に尻もちをついた。

 庇うように、マーヤが俺の体を抱きしめていること気づいた。

 柔らかいとかどうとか。

 感じている暇はさすがになかった。

「ったく勘弁してくだせぇや」

 キィン、と軽い金属の音がした。

 俺の目の前に若い男が立っていた。

 その姿に、俺は——絶句した。

(人、間っ——!? )

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