条件10 スケベたちのせいで話が進まない

 洞窟を抜けると、そこは夜の森だった。

「魔王陵は城の敷地内にあるのです。裏手の森の奥深くに」

 フェンネルが解説してくれる。

「ゆえに王宮まで十五分ほどかかります」

 さすが魔王の城、敷地が広い。

 俺たちの移動手段に連れてこられたのは——。

「えっ……っこれ、ユニコーン!? うっそマジで!! 」

 額にそびえる一本の角。馬に似た姿。

「はい。ユニコーンでございます」

「うっそ、ええーっ……俺ちょっと感動した……」

「閣下はそれにお乗りください」

「あーうん……って、ええ!? あれでしょ、ユニコーンって、しょ、処女……とかじゃないと暴れるんじゃないの!? ていうか、こんな聖なる動物みたいなのの背に乗っていいのか。馬とかでいいんだけど」

 いや馬でも乗れねえけど。

「馬よりユニコーンの方が移動に適してるんですよ」

 フェンネルは俺をユニコーンの背に乗せながら言った。

 最初はぐらっとしてひやっとしたが、案外乗りやすい。

 ゆっくりとユニコーンが動きだす。

「ユニコーンが聖なる動物だと言うのは、人間どもの創作です。毒消しの性質があるからでしょう。ちなみに馬というよりロバに近いですね。こいつらはスロースタートなので、ゆったり移動するにはいいんですよ」

 自分は馬に乗りながらフェンネルが解説してくれる。

 牛車ってことね。

「それに長距離を走らせる方が厄介です。体は馬より強く丈夫ですが、どんどんギア上げてって最終的に止まらなくなるので」

「じゃあ処女じゃないと暴れるっていのは……」

 一番有名な説はどうなるんだ。

「こいつらは基本的にスケベなんですよ」

「スケベ」

「処女じゃなくたって、森で少女を見ると立ち止まってじっくり見てますね。その間に確保されるんです、ユニコーンっていう動物は」

 下で俺を揺らしている動物を見下ろす。

 もっちゃもっちゃと口からよだれを垂らしながら、のんびり歩いている幻想動物。

 この世界のユニコーンは俺の考えていたユニコーンじゃない。

 よってユニコーンとは認めない。

 絶対にだ。

「閣下は動物がお好きですか。ユニコーンなどで喜んで頂けるのなら、今度は王宮に魔獣使いを連れてまいりましょう」

「ほんと? いいの? 」

 俺は思わず参謀官を見上げた。

「はい。何がよろしでいすか。閣下は男子ですから、そうですねぇ。ワイバーンですか。バジリスクですか。それともクラーケンで」

「あ、いや結構です」

 ペガサスとか、ノームとか、エルフとかなら興味あるけど。

 マーヤはどうなったかと後ろを振り返る。

 彼女はシシリアと一緒だ。

 同じくユニコーンに乗っているが、マーヤの方はシシリアが手綱を握っている。

「あーあー……なんで異世界なんかに飛ばされてユニコーンに乗ってんだろ」

 しかもジョブは魔王の騎士ときた。

 いる? そのジョブ。

 要するにオマケじゃん。

「……いや、かといって俺に魔王役が回ってきても困るけど……」

「どうなさいました」

「いやさ、召喚されたことはもーいいよ。でも、普通のにんげ……こほん、中学生の俺に、何ができんのかなって。途方にくれてたとこです」

 さすがにまだ自分のことは人間だと思っている。

 魔族とかじゃなく。

「閣下の資質は申し分ないと思いますよ。セバスチャンが選んだのですからね」

「あのセバスチャンがかぁ? 」

「ええ、あのセバスチャンでも、です」

 その時。

「全く、先ほどから聞いていれば好き勝手言いおって」

 背後から聞き慣れた声が響いた。

「風船ジジイ! 」

「セバスチャンさん! 」

 俺は声のする方に視線をやって——。

 止まった。

 ごそごそっ、もぞもぞっ。

 マーヤのセーラー服の前衣が妙な動きをしたかと思うと。

「よっこらせ」

 襟の合わせから黒風船が頭を出した。

「うわっ、セバスチャン貴様、何故そんなところに」

 シシリアがぎょっと身を引く。

「うむ、シシリアではないか。相変わらず美人な狼じゃのう」

「世辞はいい。とっとと陛下の身から離れろ」

 はぁ、とため息をつくシシリア。

 俺はくらくらする頭で隣に目をやった。

 フェンネルのことだ、不敬だとか何とか言うに違いない。

 ——フェンネルは泡を吹いて白目を剥いていた。

 気絶している。

 俺は黒風船に向きなおった。

「何してんだテメェ……」

 自分の口から、よもやここまで地を這う声が出るとは思わなかった。

 こともあろうにこの悪魔、マーヤの服の中に居たらしい。

「マーヤ、まさかとは思うけど、そいつずっとそこに……」

 マーヤ、きょとん。

「うん」

「なんっでだよ!! 降り落とせよ! 」

「安定してたしいいかなって……。落とすのも可哀想だし」

「あ、安定? 」

 ——てことはまさか。

「ちょうど良かったのよ、胸の隙間にちょうどぴったりで」

 シシリアが額を抑えた。

 その気持ちよくわかる。よくわかるよ。

「安心せい小童。谷間じゃあパフパフできるほどない。ブラのカップと未成熟な胸の」

「潰れてしまえ!! 」

 あ、でもそれはそれで羨ましい死に方のような——って流されるな、俺!

「大体、なんでお前はそんなとこに」

「怒られないと思ったのでな」

「………」

「冗談じゃ冗談」

 本気だということだな。俺は学んだ。

「わしはマーヤ様に一生ついていくと心に決めたのじゃ」

いくだと? お祓いするか。悪霊だし」

「高等悪魔じゃ! 」

 セバスチャンはぎゃんと叫んだのち、一転ふふんと得意げな顔をした。

「そこまで言うならわしをまた掴み上げればよいではないか? 」

「ぐっ」

 両手の指に力が入る。

「ホレホレどうした? 」

 明らかに嘲笑う黒風船。

 さ、触れるかっ!!

「やーいやーいケツの青い小童め」

「マーヤ、そいつを俺に寄越せ」

「え、でも」

「嫌じゃ! 」

「嫌がってるわ」

「嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ。お前はもっとツンデレを学んだほうがいい」

「ツンデレ……! 」

 マーヤと正反対の概念、ツンデレ。

 実は、である。

 絶対に自ら体感できないであろうそれは、彼女の憧れであった。

 未知の感情という格好のサンプルにマーヤの瞳が輝く。

「セバスチャンさんは、ツンデレさんだったのですね」

「えっ」

「好きな人ほど、嫌っているかのような態度を取ってしまうんでしょう」

 間違いではない。

「気がつかず申し訳ないです……! リョータロのことがこんなにも好きだったなんて」

「えっちょっ待っ」

 それはそれで気持ち悪いかも。

「リョータロとセバスチャンが仲良くしてくださって、私、嬉しいです」

「………………」

「………………」

 男二人はその笑顔に弱かった。

 大人しくドナドナされるセバスチャン。

 せめてもの情けに葬送曲を歌ってやった。

「ドナドナドーナードォーナーーー」

「やめんかそのBGMあいだだだだだ」

 我慢しきれなくなったのだろう。

 シシリアが吹き出した。

 笑い方までかっこいい女性ひとだ。

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