条件09 ケモミミと魔窟の脱出

 この人たち(人? )には悪いとは思う。

 しかし真実は伝えるべきだ。

 マーヤと俺の平和な日常のために。

「あのな、俺たちは自称悪魔に連れ去られただけなんだ」

「自称……ああ、バミューダ卿セバスチャンのことですね」

 一瞬、フェンネルの目が遠くなった。憂うお顔も素敵だょ。

「まあ、あれでも能力は本物ですから」

「あのエロジジイが? そんなもん買いかぶりに決まって——」

「それがあながち、嘘でもないのさ」

 別方向から、凛とした女性の声が投げられる。

 足音もなく、その女性が闇の中から明かりの中へと姿を表す。

「フェンネル。言われた通り、移動手段は確保した」

「苦労をかけましたね。ありがとうございます」

「なんの。あんたに比べりゃ大したことないさ」

 そして——俺は、あんぐりと口を開けた。

 溢れるような艶のある銀髪。

 濃い灰色や白髪が混じり、何か動物の毛並みを思わせる。

 意志の強そうな大きな瞳。

 まだらに日焼けした白い肌。

 頬には二つの傷跡が走っている。

 問題はその、頭の上。

「陛下、閣下。ご紹介いたします。私がもっとも信頼する軍人の一人、シシリアです。現在は我が軍の防御の要、西の国境の守護に当たっています」

 ぴくぴく。

「貴族出身者ではありませんし、高等教育も受けてはいませんが、是非ともお見知りおきを。彼女の目と鼻に、私は絶対の信頼を置いております」

 ぴょんこ。

 得意げに動く、シシリアの頭上の——耳。

「み、耳……」

「彼女は狼女です」

 狼、女?

 ケモ耳にセットの尻尾を完備。

 うっすらと筋肉の乗った腕は首筋まで、脚は付け根まで露わ。

 キュッと引き締まったお尻と胸のあたりにだけ、髪の毛と同じ色の毛が生えている。

 いわゆるビキニアーマー毛皮版。

「なんだジロジロと。異世界じゃそんなに珍しいのか、獣人が」

 そりゃもう。

「彼女は狼女ですから、今夜のように満月の美しい晩は魔力が高まります」

 フェンネルの解説に、俺は思わず震えた。

「じゃあ満月を見たら狼に……!? 」

 ワオーン。

 得意げに胸を張るシシリア。

「魔力か高まるからな。狼にもなれるぞ」

 魔力。魔族だから魔力があるのか。

「ちなみに新月はどうなるんですか? 」

「服を調達しないといけなくなる」

「鼻もいつもと比べると精度が落ちますね」

 つまりそのビキニアーマーは魔力とやらで生やしてるのか。

 しっかり者のお姉さん風なシシリアは、腰に手を当てて尻尾を揺らした。

「そろそろ移動した方がいいんじゃないか? 幾ら聖域とはいえ、いつまでも陛下に立たせているわけにいかんだろう」

 聖域ってあんた、……もう突っ込まねえからな。

「だってここは」

 と、シシリアが蝋燭を持ち上げる。

 今まで俺たちを照らしていた明かりが、洞窟を照らし出す。

 その光景に俺は絶句した。

「か、かかかか棺桶ーーーーーッッッ!!! 」

 幾つもの棺桶。

 壁には棺桶の数だけバカでかい絵画。

 誰がこんなでかいモノ描いたんだ。

 顔を見上げるだけで首が凝る。

「ここは魔王陵、歴代魔王の眠る墓だからな」

 俺たちが召喚されたのは、墓の中心に作られた祭壇だったのだ。

「そそそそりゃあんたたたちにとっては聖域かもしれないけど——ってマーヤ……拝んでる……」

 隣でマーヤは手を合わせていた。

「だってお墓なんでしょう」

「そりゃそーだけども」

「『其の鬼に非ずして之を祭るは、諂う也他人の祖先を拝んで媚び売るな』とは言いますが、魔族さんたちの王様らいですから。義を見て為さざるは、勇無き也正しいことならオッケー、です」

 アクロバティックな解釈だ。

「陛下にとっては最早他人ではございません。魂という意味合いで血よりも濃いご先祖様です」

 すかさず付け加えるフェンネル。

 さすが抜かりがない。

「話は終わったか? なら行くぞ。——魔王陛下、閣下。足元が滑りやすいですから、十分お気をつけて」

「あ、そんな、敬語なんて使わないでください」

 ちょっと傷だらけで野生的だけど、年上の美人なお姉さんに敬語を使われるとこそばゆい。

 フェンネルは陶器人形みたいなつるつる感があるけど、彼女は彫りが深い。

 その頬には傷とともに、ピンと張った白毛が二本ずつ生えている。近くで見ないとわからないほど細く短い。ヒゲなのだろうか。

「待ってくださいシシリア」

 ふと気がついたようにフェンネルが止めた。

 すっと右手をあげると、遠巻きにしていた魔族のうち数人が進み出る。

「城へ行く前に生贄を……」

「い、生贄ですか!? 」

「生贄ってそんな太古の習慣が続いてるわけ!? 」

 マーヤと俺が同時に叫ぶ。

 さすがのマーヤもびっくりしたようだ。

「本来は召喚なされてすぐにでもお納めせねばならなかったのですが」

 進み出たのは四人の女の子。

 どの子も皆んな、近づけないってくらい綺麗。

 三つ指立てて据え膳モードの彼女たちは、顔面蒼白、指先は震えっぱなし。

「マ、マーヤ、いらないよな!? な!? 俺はいらねえ! 」

「なんと! むむ……彼女らでは役不足でしたか……」

 苦々しげにつぶやくフェンネル。

 わっと泣きじゃくる女の子。

 そ、そんなあ。

 ものっすごく悪いことをした気分。これ、俺が悪いの?

「ならば代わりのものをご用意いたします。なんなりとお申し付けください」

「いらねえってばぁ! 」

「だから言っただろう。生贄なんてイマドキ流行らないんだ」

 救いの神。

 シシリアが呆れたように首をすくめる。

「それよりも風呂だ、参謀官。こんなジメジメした洞窟じゃ、あんたらヒトガタ魔族は寒いだろ」

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