条件08 怜悧で頭脳明晰な魔窟の美人参謀官
えっ……と。
ちょっと待って。
「何を滅ぼすって?」
「はっ」
頭を垂れる白髪の女。いや男?
とりあえず、色素薄い系すげぇ美人。
「人間です、閣下」
フェンネルと名乗った美形参謀は、カッカとやらに恭しく申し上げた。
そうだよなあ悪の手先で魔王軍だもんなぁ。
「陛下ならびに閣下には、人間討伐の指揮について頂きたく」
「——いや無理無理無理! だって俺たち、人間だもん! 」
「ふふふご冗談を。閣下ましてや陛下が人間であるはずがありますか」
マーヤ以外でふふって笑う人初めて見た。
でもこれだけ楚々とした美人ならアリ。
って後半どういう意味だコノヤロー。
「俺たちは人間だよ。人間の中で、人間の親に、人間だって言われて育ってきた! な、マーヤ」
「そうねえ」
マーヤが頷く。
「なんと!? 」
くわっ。
フェンネルが文字通り白目を剥いた。
「まさか陛下と閣下はこれまで、人間どもの巣窟に御身を落とされて日々の営みを?!」
「生活のことを日々の営みって言うやつ初めて見た」
本音が口からこぼれ出る。
慌てて口を塞ぐも、当の美人さんはそれどころじゃなかった。
折角の美形が台無し――と言いたいところだが、美人は白目を向いても美人らしい。
「ま、そゆことで。俺らは人間であって、」
「不憫な……! 」
「待って、まだ俺喋ってる」
「歴代の魔王はそれぞれ壮絶な過去があるとは聞き及んでおりましたがよもやそのような」
「あの、フンメルさん? 」
フェンネルさんよ、と横からマーヤが直してくれる。
カタカナの名前は覚え辛い。
愕然と固まっていたフェンネルが、さっと身を翻し天を仰ぐ。
「いえ、そのような苛烈な境遇に身を落とされていたことこそが魔王となるべきお方の試練だったのでしょう」
「いや俺たち普通に生まれ育って」
「これぞ運命」
人の話を聞きゃしねえ。
「かのような不遇の幼少期が、此度の新魔王陛下と騎士殿の民を重んじた治世、そして人間どもの身の程わきまえぬ振る舞いに正義の鉄槌を下すべく苛烈を極めた侵攻をなさるだけの素養を育てられたというわけですね! 」
「なんて?」
長い長い長い。
誰か酸素ボンベ持ってきて。最後まで無事に聞き取れるように。
ていうか、すごい滑舌。
「こほん。今代魔王陛下の伝記の始まりの一説はこうです——『その魔王陛下には、生まれし時よりその時より凄絶な試練が始まっていた。だが代わりにその傍らには、この世に生を受けし時より常にお側に仕える騎士が居た』——ああ素晴らしいです陛下、閣下! このフェンネル感動いたしましたっ! 出来ることなら私も陛下のお側に生まれたかったッ」
「おい、幼馴染の座は渡さな……って汚い!うわっ、寄って来んな! 」
滂沱と涙ほか様々な液体を垂れ流す美形。
が、迫ってくる。化物より怖い。
「羨ましいです閣下! しかし私の如き身の程では望むもおこがましいこと」
「大丈夫かこの人?! 周りの声、聞こえてる?! 」
「魔王様万歳! 」
「聞こえちゃいねぇーっ!! 」
わかったぞ。この人は確かに頭がいい。回転が速い。IQが高い。
でも残念。
一を聞いて十を知るどころか、一を聞く前に百を妄想するタイプだ。
石橋を叩いても渡らないってやつ。
なぜなら叩きすぎて壊れるから。
……ていうかさ。
褒めてくれてるみたいだけど、わりと色々失礼じゃないか? この人。
「それならば仕方ありますまい。ご自分のことを人間であると解釈されるのも当然のこと」
美形、立ち直る。
「陛下並びに閣下。魔族とは魂です。姿形ではなく、その者が魔族として尊い魂を持つか否か。それがこの世に存在するべき魔族と、野蛮で下衆な種である人間との差でございます」
悪かったな野蛮で下衆で。
「そして無論、あなた様方は魔族でございます」
参謀官はそう言った。
「! 大切なものは、見た目ではなく、魂——! 」
「待てマーヤ。騙されるなマーヤ」
ハッと顔をあげたマーヤを押しとどめる。
ていうかこれ、本当に魔王軍だよね。
魔族と人間が逆、とかじゃないよね。
周りを見渡す。
あ、やっぱ魔族だ。
ビジュアルが魔族。
渋谷のスクランブル交差点もこれほどまでよ。ってくらいのハロウィン仕様。
人間、見た目じゃないわ!
って黄色いドレスのお姫様が言っても断言できる。
自分たち以外の種族を根絶やしにするとか言ってたし。
そんな奴は人間であれ悪人だろう。
「てことは何、見た目は人間に似てても、魂が魔族なら魔族ってこと? 」
「はっ。閣下の飲み込みの早さには感服いたします」
寝返りをうつだけで褒められてる気分。俺は幼児か。いや異世界的には生まれたばかりなんだけど。
「魂って、目に見えないよね」
「仰せの通りでございます」
「どうすれば魔族の魂か分かんの?」
「見ればわかります」
そんな曖昧な。
「じゃあ、あんたは?あんただって俺と同じ、人間みたいな外見じゃねえか」
いくら美人でも人間は人間だ。
するとフェンネルは心底困ったように形のいい眉を下げた。
この美形、ころころとよく表情が変わる。
「閣下、ここには閣下が低俗で野蛮な人間であるなどと疑う者はおりません。それに私はホムンクルスです」
「ホムッ……え?」
「ホムンクルスです、閣下」
「ホムッ……えっ……人造人間の……機械みたいな……感情を持たない……」
「それは確かに私の同輩です。我らホムンクルスが生まれるための技術を悪用し、人間の地で不当に働かされる奴隷のことにございます」
フェンネルの表情に痛みが走る。
「あ——悪い、なんか嫌なこと聞いちまって」
「いえ、騎士殿のお優しいお心がけ、何よりもの餞けでございます」
でもあんた、ホムンクルスって……。こんな表情豊かで熱情たっぷりのホムンクルスがいるもん……?
疑いの気配が伝わったのだろう。
背の高い美人はしゅんと小さくなった。
「私のような不甲斐ない若輩者が魔族の末席を汚しているなど世も末とお嘆きになられるのも無理はございません」
「そういうわけじゃ、」
あ。いやな予感がする。
もしかしてこれ——。
「騎士殿は魔王陛下の御身を御守りするのがお役目、陛下のお近くに侍るはずの参謀官がこのような体たらく」
御が多いな——うん。
もしかしなくてもスイッチ、入っちゃったね。
「あのな、別にあんたの能力がどうとかの話じゃなくて、俺たちは人間だから魔王とか騎士とか関係な」
「ですがこのフェンネル! 無名の徒であれ! 新魔王陛下の御治世! 身命を賭してお使えいたしたく!」
「あのなー! 俺たちは別に! 変な痣とか!妙な出生とかのエピソードも!ねぇんだけど!」
「やはり魔王召喚陣に狂いなし! 」
無視されるのでこちらも無視して喋り返す。
マーヤも俺も、地元の病院で母親の腹から生まれたし、父親に関して複雑な事情を聞いたこともない。
「——ってそうだよ、その魔王召喚陣とか何とか!」
はた、と気がつく。
魔王とか騎士とか言ってるけど、要はその魔王召喚陣とやらから出てきたやつなら誰だって魔王なんだろ。
なら俺たちはたまたまそこから出てきただけ。
たまたま、あそこでセバスチャンに会って、たまたま取り込まれる羽目になった。
偶然の異世界ワープだ。
これだ!
俺は閃いた。
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