条件07 ハロー、魔王軍。

「諦めるなって、じゃあどうすんだ」

 俺はマーヤ様の御宣託を伺った。

「きっと皆さん、びっくりされてるだけなんだと思うの。ほら見知らぬ人は怖いというじゃない」

 こいつら、この世に怖いものなんて無さそうな見た目してるけど。

「恐怖は、相手が自分に危害を与えるかもしれないから感じるものでしょ」

「まあ敵じゃなけりゃ恐怖とか警戒はないだろうけども」

「だからまず、私たちは敵ではないことを示すことが大事かなって」

 俺の頭にパッとイメージが湧いた。

 荒野に二人の男。

 片方が両手を挙げて無抵抗の意を示す。やめてくれ撃たないでくれ。俺には故郷に残した妻と子供が。

 ニヤリと笑う悪の手先。

 ズガン。倒れる無抵抗の男。

 砂塵の向こうで哄笑が響く……。

 映画でよくある悪の手先描写。

 てことはだ。

 あの黒風船——俺たちを魔王だか騎士だかに仕立て上げた黒幕、俺たちを異世界の扉機能付きぷるぷる液体にin! した、自称悪魔のセバスチャン曰く。

 今まさに俺たちは悪の手先のど真ん中にいるはず。

「なあマーヤ。無抵抗の意を示しても駄目だったらどうする? 」

「抵抗、無抵抗の話じゃないわ。一番いいのは、心を開いてもらうことよ」

 一番難しいことを言いよる。

「それにはまず、こちらから心を開くのが礼儀だと思うの」

 それは礼儀じゃなくてラブ・アンド・ピースの精神だと思うの。

「こちらが心を開けば誰だって、私たちを怖がりはしないわ」

 そりゃ俺たち丸腰の上に防御力ゼロってことだからなあ。

「ちょっと異文化かもしれないけれど、そう、いわゆる異文化コミュニケーションよ! 」

 異文化すぎるよ。

「異文化コミュニケーション……この前、アメリカの留学生がクラスに来ましたさぁどうする? ってプリントやらされたな…」

 ぱっとマーヤの顔が明るくなる。

「まさにそれじゃない! 」

「えっ」

「リョータロは何て書いたの? 」

「えーと……」

 そんな予定はないので特に問題はないし、万が一留学生が来たりしても

 と思いつつ、

『英語の授業で習った英語で会話する』

 と書いた。

 そうしたら俺の成績を隅から隅まで知っている英語科の担任に

『背伸びせず君の出来ることから始めればいいんだよ♡ もしくは英語を頑張ってね☆ 君の場合は文法より英単語』

 と書かれた。某ダレた卵の判子付きで。

「ちなみにあのプリント、マーヤは何て書いた? 」

 と、マーヤが困ったように頬を手で包む。

「実は……私、問題の意味がよくわかんなくて、『特に問題ないと思います』って書いて出しちゃったの……」

「え、なんでまた」

「えっとね。あのプリントの問題の意味はね、外国人は知らない国の人だから、人間関係を築くのが大変だね、ってことだと思ったのだけど……」

 異文化コミュニケーションがテーマなら、そういうことだ。

「でも、相手のことを知らないのはお互い様でしょ。外国人も日本人もないわ、それ以前の問題じゃない。お互いに気をかければフォローし合えるはずだし……特に問題が思い浮かばなくて」

 外国人とはいえ同じ人間でしょってことか。

 それとも、隣の席のクラスメイトでさえ外国人ほど相互理解は難しいってことか。

 マーヤのことだから前者だろうけど。

 取りようによっては意味が広いような狭いような、でもどちらも正しい言葉だ。

「ちなみに担任には何て? 」

「『君は世界平和の精神を持ってるから無問題』って書かれたわ」

「あ……ああ〜なるほど〜」

 マーヤらしいというべきか。

「リョータロはね、なんだかんだで人のこと良く見てるもの。異文化コミュニケーションみたいなものこそ、きっと上手くいくわ」

 ほんとだろうか。

 しかし期待に満ちたマーヤの瞳を見てしまったら後に引けない、俺。

「えーと……とりあえずお国の言語をだな……」

 俺は一番近くにいる、坊主頭に刺青を入れた男に片手を挙げた。

 ニコッと笑ってみせる。口元がビシビシ音を立てて引きつっているのがよくわかる。

「ハロー、ナイストゥーミーチュー? え〜、アイム、ジャパニ〜ズ」

「騎士様が魔の呪文を唱えてらっしゃる!! 」

 坊主頭が失神した。

「ごめん失敗した」

「大丈夫よ、会話は成立したじゃない」

 会話? 言葉のキャッチボールになってない、これじゃ言葉のドッヂボールだ。

「やはりここは、日本語で話して下さっている皆さまに甘えましょう」

「ん、日本語……? 」

 そういや、こいつらの言ってる意味わかるよな。

 俺は今更になってその疑問にぶち当たった。

 なんで日本語?

 すっくと立ち上がるマーヤ。

「みなさま、はじめまし」

「魔王様が立ち上がった!! 魔王様が立ち上がったよ!! 」

「魔王様万歳! 魔王様万歳! 」

「憎き世の隅々までに我らの栄光を!! 」

「あのぅ……あのぅ……ええと……どうしましょう……」

 さすがの熱気に困った顔で振り返るマーヤ。

 俺は首を振った。

「いやあ流暢な日本語だよな」

 言葉はわかってもまだコミュニケーションが取れてないけど。

 その時。

「静まれ! 」

 かっ、と真正面から光とともに厳格な声がかかる。

「魔王様の御前であるぞ、神官の方々! 」

 え、神官?

(魔王とか言ってるのに? )

 しかしその一言で岩窟の中のざわめきの種類が変わった。

 人(? )の波とひそひそ声のノイズが割れる。

 歴史の教科書で海を割っていたモーセみたい。

 当然の顔で正面から人がやってきた。

 橙色に照らされた、蝋燭の明かりの中に浮かんだその人の顔を見て、俺は思わず言葉を失った。

 なんて言えばいいんだろう。

 すげー美人。

 いや、なんか違うな。

 この人、すっごい美人な上に頭もよさそー。って感じの美形。美人な社長秘書だ! みたいなやつ。……だめだ、言葉を尽くそうとすると俺の頭の悪さが浮き彫りになる。

 一言でいえば、真っ白。

 腰まで垂れた髪はまっすぐ。

 昨日染めたの? ってくらい混じりけがない白髪。

 たっぷり布を使った服も白だけど、肌なんてもっと真っ白。

 北欧とかの可愛い子にありがちなソバカスも一切ない。

 真っ暗な中に居るからまるでユーレイみたいだ。足があるから多分生きてるけど。

 しかもその脚が超長い。

 細身のズボンを履いているから、これまた超美脚なのがよくわかる。

 そいつは俺たち二人の前に来ると、じっ、と俺たち二人を見下ろした。

 紫色の瞳は宝石じみていて、蝋燭の灯りを硬質に照り返している。

 この怜悧な眼差しに射抜かれたらどんな化け物も正体を暴かれそう。

「……」

 俺がマーヤを背に隠そうと身じろぎをしたのがわかったのか。

 どんなことがあろうと崩れなそうな冷静な顔が、ぴくりと眉を上げた。

 そして、ふっ、と跪いた。

 全く無駄がない。ただ一つの仕草さえ綺麗に見える。こういうのを所作が美しいっていうんだろう。

「新魔王陛下、騎士殿。参謀官フェンネル、この時を心よりお待ちしておりました」

 背が高いから男——なのだと思っていたけど、声を聞いたらわからなくなった。

 ハスキーで落ち着いた声。低すぎず高すぎず。

「魔窟城に集し武人と叡智、魔王支配下の領地に住まうことを許されし血の一滴まで、我ら魔族一同、貴女に伏して従うことこそ至上の喜びと存じております」

 そしてそいつは言った。

「さあ、共に人間を滅ぼしましょう! 」

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