条件04 黒いぷよぷよの末路
「……」
「マーヤ? 」
先ほどから何かを考え込んでいたマーヤが、ポン、と手を叩いた。
「なら、お仕事をさぼるといいのではないでしょうか」
「さ、さぼる、ですとォ? 」
セバスチャンが目を剥いた。
俺もちょっと意外に思った。
「サボるって……。こいつの使命とか何とかを? 」
「何を言うか罰当たりな! ご主人様の恩を仇で返せとでも申すかっ」
「いえ、そうではなく」
黒豆の体全体を大いに使った抗議にも、のほほんと答えるマーヤ。
「やるとこなすこと裏目に出るのでしょう。ならばその
「わしは貧乏神ではなく悪魔で——よ、よきこと、じゃとォ?! 」
「はい。良いことが裏目に出れば、悪になります。とても合理的だと思います」
お前は合理性の鬼か?
って、そうじゃない。
「待て待てマーヤ。こいつは自称でも悪魔ですよ? こんなちみっこい体はしてるけどさ。詐称だったとしても良いことなんかできるわけないって」
「そ……その通りじゃ! わしは正真正銘の悪魔! たとえこの身が滅びようとも悪しか成さ——え、詐称? 」
「そう、こいつは悪しか成さない。だから家が没落する」
「ふ、風評被害じゃあっ」
マーヤが首を希望を捨てずに首を振る。
「そんなことないわ。きっとできます。悪いことができるのなら、良いことだって」
俺は負けじと言い返す。
「悪の手先は悪いことしかしない」
「そんなことありません。自らの業に負けず励みましょう」
「無理、無理」
「さあ自分を信じて」
黒風船が頭を抱えた。
「ああああああ〜っ天使と悪魔の囁きーっ」
悪魔はお前だろうに。
キリッとマーヤが居住まいを正した。
畳んだ膝の上に両手を揃える。
「セバスチャンさん」
「な、なんじゃお嬢さん」
明らかに空気が変わった。
自称悪魔も圧されてちょこんと正座する。
「やっぱり、悪巧みを思いとどまっては頂けませんか」
「マーヤ……」
俺も思わず姿勢を正す。
掃除後とはいえ気分的にアレなので場所的にふさわしい座り方のままだが。
「わしは悪の手先じゃ。悪をなすのが本分じゃい」
「はい、その通りです。でも、私もあなたと同じ。私は私である限り、あなたを見逃しちゃ駄目なんです。だって私は、できることなら、悪いことなど起きなければいいと思っているから」
「なら、お互い好きな事してWIN-WINじゃろがい」
だから戦争は無くならない。
「でも、悪いことがなぜ悪いのかって、それは誰かが悲しむからなのだと、私は思うのです」
「誰かが悲しむ、のう」
黒風船は鼻をほじりつつ聞いている。こいつ鼻の穴あったんだな。
「だって、悲しみは傷になります。傷つける事は他人が一方的に行えるのに、その傷を癒す事は他人にはできないじゃないですか」
「ふむ。良き事をすれば、誰も傷つけないと申すんじゃな? 」
「そんなことは——……いえ。それが、理想なのですよね」
そうだったのならいいのに。
「たとえ自分が良いことをしたと思っても、誰かが傷つけばそれは『悪いこと』になります」
「そうじゃのう。時にどーにかしたくともどーにもならず悪事をなす輩もおるでのう。お嬢さんは、無論それを許すのでしょうな? 慈愛の心で、悪を行わざるを得なかった傷ついた心を包み込むのでしょうな? 」
「それは——」
マーヤの紺のプリーツスカートに皺が寄る。
「……ごめんなさい……そこが私にはまだ……わからないんです」
「ほう? 」
「だって、私が許してしまったら、傷つけられた人をまた私が傷つけてしまうじゃない。それに、傷つけて悲しませた事実が変えられないのなら、どんな理由も、誰であっても、良いことや正しいことになんか変えられるわけないじゃない。だから——今の私にできることは、その人に寄り添うことはできても、許しちゃいけないんだってことくらいだわ」
誰かが誰かを傷つける。
誰かが傷つく。
傷つき心が荒む。
心がすさみ悪を成す。
その巡り合い。
良きことが廻るなら、悪いことも輪廻する。
「だからあなたは私に良き事をなせ、とおっしゃるんじゃな」
「だってこんな
「ですが、私は悪魔で……」
「あなたが本当に悪を為す者だというのなら、私はあなたに良きことを贈れるように努めます」
「良きことを……? 」
「私は、あなたが今までに成した悪巧みを許すことはできません。けれど、寄り添うことはできます」
「寄り……添う……! 」
かっ、と黒風船の目が見開かれる。
「ならば私がするべきことは、あなたが良きことを為せるよう、誠心誠意お手伝いをすることだけ」
「お嬢さん……いえ、マーヤ様……! 」
(なんか宗教じみてきたなぁ)
でも、なんか丸く収まった。
結果オーライ。まーいっか。
ぶっちゃけこれだけチョロけりゃ悪魔もやはり自称——じゃなくて。悪の手先が簡単に心を入れ替えるとは思えないが、それはそれ。
収まった空気を逃さず俺はまとめに入る。
「あーこほん。てな訳でだ。黒風船もマーヤの話がわかったらそろそろ家にだな——って、あれ? 」
黒風船がぷよぷよした尻を振りながら小股でかけていく。
「貴女さまはわしに新たな生き方を見つけてくだすった……! 不肖セバスチャン、一生マーヤ様についていきますじゃ! 」
「んなっ!? 」
ピトッとマーヤの脚にひっつく。
今日は掃除のため活動的に、靴下はくるぶしソックス。
つまり、真っ白な、生足。
「勧めたのは私。微力ながら、私の力の及ぶ限り責任は持ちますとも。共に頑張りましょうね! 」
「はい、マーヤ様! 」
真っ黒お肌のほっぺをすりすり。
「…………………」
……なんかイラっとした。
「待て。うちのマーヤは優しいだけだ。お前だから優しくしたんじゃないからな。勘違いすんなよ」
「鬼か貴様はッ! 夢くらい見させろっ! 」
問答無用。
ペリッとセバスチャンをひきはがす。
「貴様っ、何をするか! せっかくピチピチJCの白い肌を堪能しておったというに」
「……。やっぱお前ただのスケベジジイだな」
「む? 」
右手でわっしと
「な、何じゃ貴様っ。ちょーっとでかいからってわしを摘み上げるなぞ不敬じゃぞっ」
「あれ? リョータロ、どこ行くの」
女子トイレを出て廊下に出る。
「ところでお前、学校の秘密の花園とか言ってたな」
「うむ、まだまだ秘境巡りの途中で——って冗談じゃ冗談」
「じゃあプールとかも興味あんだな? 」
トイレ入り口の向かい、廊下の北側の窓を開ける。
小雨の空にじめっとした空気。
古いながらも雑巾掛けされたばかりのサッシが眩しい。
「ちなみにこの学校のプールはここからよく見える。ほらちょい向こうの左下」
「おおっ。そうじゃなぁスクール水着はあの生地の——む。水しぶきの上がる水泳部員はどちらに? 」
「それはだな」
握り直す。右腕を引く。
「自分の目で確かめて来いや! このスケベジジイィィ!! 」
——ピッチャー、大きく振りかぶってぇ……。
「悪・霊・退・散っっ!! 」
「小童きさまあああああぁぁぁぁぁ————………」
ぽしゃん。
遠くの方で水の跳ねる音がした。
マーヤが窓に身を乗り出す。
「ホームラン! 」
「ストライクのこと? 」
たかが少年野球のベンチウォーマーとなめるでない。
かくして廊下には平穏が訪れた。
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