条件03 黒いぷよぷよの身の上話

「えーと、これでいいの? 」

 きゅぽん、とマーヤが排水溝から黒風船を摘み上げる。

 排水溝からもう一個の球体がお目見えする。

「ケツがつっかえてたのか……」

「おい小童。わしの尻がでかいようなことを言うでない。このプリチーな体をよう見てみい」

 よくよく見ると狸のようにも見える。

「でも、なんで女子トイレの排水溝こんなとこに居たんだ」

「なぜって、学校じゃろここは」

「そうだな」

「わしは身を隠しておるのでな。せっかくなら秘密の花園に一度は行ってみたいと思うものじゃろ」

 ……なんですって?

「いや、更衣室にはまだ辿り着いてないんじゃがな」

「……お前、スケベジジイなのか覗きは警察行きだ

「まあ冗談はさておき」

 本当だろうな。

「わしは悪の手先なのじゃが」

「そうなの? あら、大変」

「お嬢さんは物分りのいいお方じゃあ。そうなのです。上司は鬼畜、労働環境はブラック。大変なのですよ」

 おいおいと黒風船が指先ほどの手で目元を抑える。

 そりゃあ、悪の手先なら周りは鬼畜だろう。

「てか、大変の意味が食い違ってるぞ黒風船」

「対してこの小童は口が悪いのう」

 つんと黒風船がそっぽを向く。

 と言ってもまん丸なものだから、よく目と鼻を見ていないとどっちを向いているのだかわからない。

「さてと、こいつも救ってやったことだし。長居は無用ってな。帰ろうマーヤ」

「それもそうね。元気でね、黒風船さん。もうあんなところに嵌っちゃだめよ」

「えっ。帰っちゃうの。わしがこうなった経緯とか気になるじゃろ普通」

 俺は首を振った。

「いや別に」

「わしの名は高等悪魔セバスチャン」

 語り出した。

「幼馴染で一つ屋根の下暮らす元同級生のご主人様の命で日本に行って、真っ黒で怪しげな地下通路を発見したのじゃ。捜し物に夢中になっていたわしは雨の日も風の日も山を越え谷を越え狭き道の隅々まで彷徨うて目が覚めたら——」

 カッと黒風船が目を見開く。

「体が縮んでしま排水溝にハマっていた——! 」

「迷子だな。QED真実はいつもひとつ

 俺の灰色の脳細胞が煌めく誰でもわかる

「なんじゃと。貴様、わしを気高き悪の魂を持つ由緒正しき魔族の上流貴族、バミューダ卿セバスチャンと知っての狼藉か」

 執事で悪魔なセバスチャンのトライアングル。なにその存在が危険地帯ぱちもん

「ってか、待て待て。執事をしているやつが上流貴族な訳があるかぃ」

 騙されるところだった。

 庶民生活十五年の俺は貴族社会なんて知ったこっちゃないけどなんか違う気がする。

 すると、デカめで柔らかそうな黒飴はアンニュイな顔で空を見上げた。気分は夕暮れの太陽を見送る刑事。ここにあるのは便所の天井と蛍光灯のみだが。

「限界貴族だったところをご主人様に拾われお仕えして幾星霜——」

 没落したのか。

 まるまるしている割に、この生物も苦労をしているらしい。

「仰せつかった大役を果たさずして魔王軍に帰れるか、否! 今こそ、わしを拾われた次の日から限界貴族となってしまわれたご主人様に報いる時!! 」

「マーヤ、わかった。こいつの名前は貧乏神だ」

「そうなのですか」

「高等悪魔じゃ! 」

 くっと悪魔で執事の高等悪魔(住所不定・職業自称)はかぶりを振った。芝居じみている。

「遠い異国の空の下、なぜわしがこんな小童どもにまで虐げられねばならんのじゃ……っ! 」

「まで、って」

 ぴちゃん。

 女子トイレに響く水音。

 高等悪魔(などと供述しており……)の涙ではなく、セバスチャンがぷるぷるお肌の小さな手をタイルについただけ。

「苦節二百年、わ」

「二百年生きてんの!? ウッソまじ? 」

「あの、始まったばっかなんじゃが」

「あ、すいません」

 思わず本音が。

「——こほん。苦節二百年、我が身がバミューダ家に生まれてからというもの、家は零落、心ないものに噂を立てられ、家を転々、隠れ住む日々を送りましたのじゃ」

 そりゃ心ない奴らばかりだろう。周りも悪魔だろうから。それがお仕事。

「母は心労で黒魔術に傾倒、薬の材料に絶滅危惧種レッドデータの琥珀イモリの眼球を使い黒魔術薬事法違反で逮捕」

 薬事法なんかあるんだ。以外と法律はしっかりしているようだ。悪の軍団にも規律が必要な時代。法律ルールを守って清く正しい黒魔術ライフを。

「使用人たちはケツを捲って逃げ出し、親戚は近づかず縁も切れ。おまけに父は癒しを求めキャバクラ浸りで、由緒正しき先祖の蓄えた財も尽き一家は離散」

「むむ……」

 不幸な身の上としか言いようがない。

「加えて好きだったプレイがメイドコスのよしよしセ」

「んゴホッ!? ゲホゴホッ!」

「——だったのが過去に浸っているようで余計に痛々しくて、幼かった頃のわしは見ていられんかっ家出した」

「あーーー!あーーーー!あーーーー! 」

「なんですかリョータロ。人が話をしているのに大声なんか出して……」

 おかげで聞こえなかったと憤慨するマーヤ。

「あーいやー聞こえてなかったのなら何より……です……よ」

 そんな話題をぶっ込むな、黒風船! どんな顔したらいいかわからんだろうが。

「それにしても——セバスチャンさん、きっと、辛かったのでしょうね……」

「落ち着けマーヤ。そいつは悪魔だぞ」

 マーヤは我が身のことのように聞き入っている。

 黒風船は都合よい耳をしているをしているらしい。

 俺の冷静なコメントは何処へやら、マーヤに同調を求めていた。

「今回の仕事も、本当はご主人様に任されたものではないのじゃ。我が魔王軍の参謀殿のを見て、ここでひと旗あげれば幸薄いわしでも少しは、と……」

「黒風船……」

「セバスチャンじゃ……」

「今まで悪かったよ……。お前、ただ黒風船じゃなかったんだな……」

「見ての通りプリチーで高貴な高等悪魔ですじゃ……」

 神妙な空気が女子トイレに漂う。

 俺はこいつも苦労してきたんだな……と出てもいない涙を拭う。

 一方、隣ではマーヤが何やら考え込んでいた。

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