第18話 地上の夜明け

 深夜4時を過ぎた今でも、東京の空は救援部隊のヘリが絶えず飛び交っており、騒然となっている。大都市の喧騒から離れた唯川邸からも、その切迫した状況は容易に窺い知れた。

 パーティ会場から避難して来たヴォルフラム達は、その豪邸から現場の窮状を見守るしかなく――グロスロウ帝国の力を思い知らされるばかりであった。


「……スティールフォースはすでにジャイガリンGとの合流を果たしているようだ。後は、彼らの健闘に期待するしかないな」

「えぇ……信じましょう。グロスロウ帝国の侵略を阻止できるのはもはや、彼らだけなのですから……」


 未だ混沌に包まれている大都市のビル群を、神妙に眺めるヴォルフラムと晴翔。そんな彼ら2人に対し、リビングのソファーに腰掛ける峡蔵と洋子は、落ち着き払った様子で紅茶を嗜んでいた。


「……渡達なら、心配は要らぬよ。この日の為に創られたスティールフォースじゃ、案ずることなど何もない」

「貴方の御息女に加えて、卓も付いているのだから大丈夫よ。……信じて待ちましょう」

「……」


 2人に諭された晴翔とヴォルフラムは、互いに顔を見合わせると――やがて、窓の景色から背を向ける。後のことは託した、と言い放つかのように。


「……そういえば先程から、お前の娘の姿が見えんな」

「……綾奈なら……」


 そこで、先刻までここに身を寄せていたはずの少女がいないことに気付き、ヴォルフラムは部下に問い掛けた。そんな彼に対し、晴翔は暫し逡巡した後――上官を伴い、2階のリビングを後にする。

 そして、階段を降りた先にある1階の玄関では――綾奈が門番達を相手に、声を荒げている様子が伺えた。


「どうして行かせてくれないの! もう怪獣ダイノロドはいなくなってるんでしょ!?」

「すぐにまた戻って来たらどうすんだ! ……とにかく、今はお嬢でもここから出すわけには行かねぇんだよ!」

「お嬢様、ダメですっ! ここは耐えてください、今は本当に危険なんですっ!」


 今はここで護衛を務めている御堂は、玄関から外に飛び出そうとしている綾奈の説得に苦心している。侍女の千種もなんとか彼女を抑えようとしているものの、当の綾奈は全く応じる気配がない。


「さっきからずっと、不吹君と連絡がつかない……! きっと、あの騒ぎに巻き込まれたんだ……! 早く、早く探さなきゃ、また危ない目にっ……!」

「落ち着けお嬢! 1人で飛び出したところで、一体何が出来る!? ……民間人から死人が出たなんて連絡、こっちにはまだ来ちゃいねぇんだ。ジタバタしたってしょうがねぇだろうが!」

「だけどっ! ……ジッとしてなんか、いられないよ! 今こうしてる間も、不吹君はどこかで……っ!」


 あのパレードには多くの民間人が集まっていた。現場の只中ではなく、少し通り掛かっただけ……であっても、騒動に巻き込まれた可能性は決して低くはない。

 パレードに訪れていた大学の友人達の無事は、すでに確認出来ている。だからこそ、竜史郎との連絡だけがつかない現状が、彼女の不安を絶えず煽り続けていた。


 ――そんな中。彼女と同様に涙ぐむ千種は、震える手で彼女の服を掴んでいる。

 同じ想い・・・・を抱くが故に、綾奈の胸中を慮る彼女は、桜色の唇を震わせて――静かに、それでいて強く、訴えていた。


「お嬢様……もし本当にそうだったとして、不吹殿がこのことを知れば……きっと悲しまれます。そんな彼だからこそ、お嬢様は彼に……!」

「……っ!」


 ――焦がれているのではありませんか。その一言が出ないうちに、衝き上がる嗚咽によって言葉を阻まれてしまった千種は、頬に伝う雫を拭うことも忘れて――虚勢を張るように、笑みを浮かべる。

 

「それに……彼は、怪獣の爆撃で吹っ飛ばされても、ピンピンしていたくらいに頑丈な方なのですから。どうせまた、あの時みたいに……そう、ヘラヘラしているに決まっています」

「千種……」

「……そうです。あの時のように、まただらしなく笑って、私達を困らせて……今度もきっとそうですよ、そうに決まってます! ……だからその時は、2人で思いっきり……お説教してやりましょうよ……!」

「千種っ……ぅ、うっ……!」


 それが彼女なりの気遣いであることは、幼馴染である綾奈には分かりきっていることだった。本当は千種の方が、自分よりもずっと不安なのだということも。

 ――かけがえのない「妹」が抱く、竜史郎への想い・・も。


 そんな「恋敵」の健気な姿を目の当たりにして、自分の無謀さを突き付けられた綾奈は――膝から崩れ落ちると、やがて縋るように。千種の胸へと、身を預けていく。

 どこまでも繊細で優しく、それ故に脆い。それが愛する「姉」の本質であると知る千種は、彼女の涙を自身の豊満な胸で受け止め、包み込んでいた。

 ようやく彼女が足を止めたことに安堵し、御堂も胸を撫で下ろしている。


「……愛する者の生還を信じ、座して待つ。それは肩を並べて戦う道より、険しいものなのかも知れんな」

「……」


 不安と悲しみを分かち合い、身を寄せ合う少女達。その姿を遠巻きに見守っていたヴォルフラムは、晴翔の肩を叩くと踵を返して、2階のリビングに戻って行く。

 そんな彼の背を見送った後――晴翔は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、娘達の涙を見つめていた。


(……不吹君……)


 地球の平和を預かる、防衛軍の将校として。アーデルベルト・シュナイダーを師と仰ぐ、武官の1人として。

 ――そして、愛する娘達の幸せを願う、1人の父として。


 晴翔はただひたすらに、願う。彼が必ず、還って来ることを。


 ◇


 溶岩流が渦巻く地の果ては真紅に染まり、その光熱が巨人達を照らしている。互いの得物をぶつけ合い、死を賭して戦う彼らを煽るかのように。


「火砕流ミサィィイルッ!」

「カーサ・イ=リュミーサ=イー・ルゥウウゥウッ!」


 双方の雄叫びが無数の弾頭を呼び、火薬の群れがぶつかり合った。その中心から爆炎が広がり――やがて黒煙を掻き分け、2人の斧が火花を放つ。


 削り合い、零れて行く刃。そこから走る亀裂が、この戦いの激しさを物語る。だが、彼らは止まらない。

 どれほど傷だらけになろうと、相手の命を刈り取るまで闘争を続けて行く。先に足を止めれば、その瞬間に死が待っているからだ。


「スピンリベンジャー・パァァンチッ!」

「ヌォオォオッ! ――ローケェ・エットゥアン・トゥーラッ!」

「がぁあッ!?」


 地を這うように飛ぶ鉄拳が、国防色の巨人を打つ。鋼鉄の拳に腕をもがれ、手にしていた斧が地に落ちた。

 だが、このままでは済まない。鼻先から放たれるドリルの一閃が、メタリックブラウンの巨人の腕を抉り取る。その巨人も斧を失い、互いに隻腕となった。

 無論。得物を失おうが腕をもがれようが、彼らには関係ない。どこを吹き飛ばされようと、相手が斃れる瞬間まで戦い続けるのみ。


 巨人達はその一心で殴り合い、蹴り合う。互いの一撃が激しい衝撃音を呼び、幾度となくこの地底に轟音を響かせていた。

 ――死地熱エネルギーを最大限まで引き出せる、グロスロウ帝国発祥の地。そこで雌雄を決するべく闘争を続ける彼らは、古代兵器ダイノロドの持てる全てを引き出していた。


 帝王の依代たるダイノロドEアース。皇子の剣であるダイノロドGゴーレム――改め、ジャイガリンGグレート

 池底に息づく帝国を率いて、やがて地上を制するはずだった2機は今、人類の未来と帝国の野望を懸けて、凌ぎを削っている。


 それは今は亡き皇子にとっては、何よりも避けたかった未来だった。だが、もはや彼らが矛を収めることはない。

 ――この星の外から爪を研ぎ、来たる日を待ち侘びる「侵略者」の存在など、今の彼らには関係のないことなのだから。


「おぉおぉッ!」

「ぬぅあぁあッ!」


 拳が交わり、互いの頭部を打つ。蹴りが交差し、互いの腹部に直撃する。すでに双方の機体はひしゃげ、原型を留めていない部位も見受けられていた。

 すでにどちらも……限界が近い。


「おおぉおッ!」

「ぐあぁあッ!?」


 先に転倒したのは、ジャイガリンGの方だった。ダイノロドEの蹴りを受け、背を打つ彼の機体はすでに――九頭竜将との戦いで負ったダメージが、限界に達していたのだ。


(……型落ちのダイノロドGなど、恐るるに足らず。恐るべきは、如何なる苦境にも屈さぬこの男ただ1人よ……!)


 残された腕で地を押しても、体が起き上がらない。立ち上がれない。そんな彼を目前にして、帝国を統べる大帝は口元を吊り上げる。


「……フブキ・リュウシロー。貴様の名は、永遠に忘れぬ。このゾギアン大帝の糧となりて――帝国の歴史に刻まれるがよいッ!」

「くッ――!」


 そして、長きに渡る戦いに終止符を打つべく。帝王の拳が、瀕死の巨人に肉薄していく。


 迫る死。「天罰」の如く迫る、国防色の巨人。それはあの日・・・を背負い続けてきた彼にとって、「救い」だったのかも知れない。

 ――死を以て贖えば。あの日の罪を、清算できるかもしれない。


『今度こそ、皆を守るんだろッ……こんなところで倒れるなッ!』


 だが。脳裏を過るのは自分を責め立てる、あの青年の拳ではなく。青年が叫ぶ、激励の言葉だった。


 求められたのは、死罰ではなかった。


(それでも……それでも、オレは――!)


 ならば彼は、死罪による「救い」を拒絶する。生きることを願われた以上、今在る命に背を向けることこそ、許されない。

 詭弁であろうと、構わない。それが、不吹竜史郎の決断であった。


「――ぬぅうぅぅうんッ!」


 あの青年に託された真紅の翼ジャイガリンブースターが、火を噴いて巨人の背を押す。

 立てないはずの身体を無理矢理押し出し、仇敵にぶつける翼は――不吹竜史郎を死なせまいとする明星戟の、意志を宿しているかのようだった。


「ごおぉおッ!? ――フブキ・リュウシロー! 貴様ッ……!」

「――もう『許し』はいらない。生きることが罰だとしても、オレはもう投げ出さないッ!」


 残された腕でしがみ付き、2機の巨人が密着する。ブースターによって滞空した影響で、GがEの頭部を胸元に抱え込む形になっていた。


 次の瞬間。Gの鼻先ドリルが回転し始める。許しを拒み、罰を選んだ青年の眼差しに――躊躇いの色はない。


「フブキッ……リュウシロォォオォオッ!」

「ロケット――アントラァアァッ!」


 刹那。猛回転する螺旋の剣が、国防色の巨人の――脳天に突き刺さった。キャノピーが割れ、飛沫が噴き上がり、巨人の両眼から紅い涙が伝う。

 「頭脳」を喪い、物言わぬ人形に成り果てた巨人は、膝から崩れ落ち――帝国の終焉を告げていた。その最期を見つめる巨人もまた、消耗しきったように片膝を着いている。


 だが……ここに止まるわけにはいかない。帝王の死を嘆くように、巨人達を取り巻く溶岩流がさらに活性化しようとしていた。この地底より噴き出し、天をも衝こうとする大地の涙は、溢れんばかりに張り詰めている。


「……ッ」


 物言わぬ鉄塊と、肉塊。それだけの存在と成り果てた帝王を一瞥し、生き延びた巨人は地上を目指して一気に飛び上がった。

 真紅の翼が主人を運び、仲間達が待つ世界へと連れて行く。……だが。


「……!?」


 戦うことに夢中になる余り、消耗を考えなさ過ぎたせいか。月光に彩られた夜空を目前にして、噴射力が底をついてしまった。

 ――すでに真下には、迫り上がる溶岩流が迫っている。


(……ごめん、ごめんな。オレはもう、罰を受けていくことさえも……!)


 生きることを望まれても、応えられず。ただ溶岩に飲まれ、帝王と運命を共にするしかない自分を、不吹竜史郎はただ呪うことしか出来なかった。

 力を失い、重力に引かれ、奈落に消えゆくジャイガリンG。それが子供達の、人々の未来を守るために戦ったヒーローの最期――


「リュウゥウゥゥッ!」


「……!」


 ――には、させなかった。


 夜空の向こうからはばたき、手を差し伸べる機械仕掛けの天使。彼女に掴まれたジャイガリンGの機体が、落下する寸前に空中で静止する。


 だが、パイルノキオTとジャイガリンGとでは、体重差があり過ぎる。

 九頭竜将との戦いで消耗している今の彼女では、巨人を救い上げることは叶わず――その間も、溶岩流は2人を飲み込もうと迫って来ていた。


「でやぁあぁあぁッ!」


 しかしそれは、彼女自身も百も承知だったのだ。次の瞬間、パイルノキオTの足に――鎖で繋がれた「錨」が絡みつく。

 火口付近からコスモアンカーを垂らしているダイアンカーGは、そこから一気に彼らを引き上げようとしていた。


「どうだ渡、間に合うか?」

「ちょ、ちょっとヤバいかも……?」

「……だってさ。手ェ貸せよ、卓」

「お主に言われるまでもないわ」

「わ、わたしもお手伝いしますっ! ふんにゅう〜っ!」


 しかし、ダイアンカーGのパワーでも2機を素早く引き上げることは出来ず……それを一瞥するグランガードとサムライバー零は、鎖に手を掛け引っ張り始めていた。そこにはまもりちゃんも加わっており、その小さな身体で懸命に鎖を引き続けている。

 1人が駄目なら2人で。2人で駄目なら3人で。4人で、5人で。次々と増えて行く勇者達の救いの手が、竜史郎に迫る死の運命を変えていた。


「みん、な……!」

「言ったでしょ……! スティールフォースは、仲間を見捨てない! アンタがアタシを救ってくれたように……絶対! 見捨てないんだからッ!」


 迫る溶岩の熱に晒されても、パイルノキオT――ゾーニャ・ガリアードは決して手を離さない。彼女は竜史郎に抱く想いを、感情を、力に変えて……彼の命を、仲間達が待つ地上へと導いて行く。


 ――そして。ジャイガリンGを地上に誘う救いの手は、スティールフォースだけではなかった。


「……ッ!? あ、あんた達は……!」


 突如、自分達だけでは考えられない程の「力」が働き――鎖に繋がれたパイルノキオTとジャイガリンGが、急速に引き上げられ始めたのだ。

 その異変を感じ取った渡達が、顔を上げた先には――


『本来、これは我らの領分ではない、が……少しばかり、力を貸そう』

「ふん……どうやら、物好きは他にもいたらしいな」

『ヤトヤ様ったら、素直じゃないのです』

「ふわぁあ〜……ねむぅ……。カラスがないたら……むにゃ……」

「ちょっと心配になって戻って来てみれば……大ピンチじゃん! アグネス、ここが踏ん張りどころよっ!」

「はいっ! 私……頑張りますねっ!」

「……おじさん、心配してるだろうなぁ。絶対朝帰りだよ、もう」


 ――ゴッドレックス。レグナム。グレートファントム2号。アグネス。

 グロスロウ九頭竜将との戦いに、突如乱入し。その強さを見せつけた謎のロボット達が、鎖を掴む光景が広がっている。


 スティールフォースに決して見劣りしない、超常的な馬力を誇る4機の識別不明機は。そのパワーを遺憾無く発揮し――パイルノキオTとジャイガリンGを、凄まじい勢いで引き上げていく。


「よしッ……行けぇえぇえッ!」


 彼らの素性は知れない……が、そんなことはどうだっていい。これほどの力が結集して、起こせない「奇跡」などない。その想いを叫ぶ渡の声が、天を衝く瞬間。


 ――地上を目指して迫り上がる溶岩流が、頂点に達するのだった。


「……不吹」


 そして乗機を失った明星戟が、海岸線からこの島の火山を見守る中。ついに限界点を超えた灼熱の溶岩流が、天を衝くように噴き上がる。

 突き上げられた炎の奔流が、火口を中心に次々と山から流れて行った。その噴火の威力を物語るように、明け方の空は黒煙に覆われている。


 ――そして。


 遥か遠くから、その光景を見つめていた戟の目には。


「……これでやっと、あんたもお役御免だな。せいせいするぜ」


 仲間達に間一髪救われ、火口から生還したジャイガリンG――不吹竜史郎の姿が映されていた。


 そんな彼の様子に、悪態をつきながらも。戟の頬は安堵に緩み、隠し切れない喜びを滲ませている。


 やがて――この空と彼らを照らす、朝陽の輝きが。新しい日と共に迎えた結末を、祝福しているかのようだった。


 ――この日、20XX年7月。

 同年4月の「ダイノロド事件」に端を発する、古代グロスロウ帝国を巡る一連の騒乱は。

 ジャイガリンGとスティールフォース、そして謎のロボット軍団の活躍と――ゾギアン大帝の死によって、終息へと向かうのだった。


 決戦の場に現れた、あの識別不明機達はジャイガリンGを救出した後、何処ともなく姿を消してしまったが――いずれ、どこかで巡り会う日が来るだろう。


 「この世界」とは違う、遠い何処かで。彼らの「物語」は今も、続いているのだから――。


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