最終話 そして物語は移ろい行く


 500年前に滅亡したとされる古代グロスロウ帝国が、地球征服を目論み古代兵器「ダイノロド」を差し向けるという事件。それは世界防衛軍と、その傘下に入った1機の「裏切り者」――そして、識別不明のロボット軍団によって解決された。


 ゾギアン大帝との決闘を終えた「裏切り者」は、世界を救ったスーパーロボットとして、古代兵器博物館に展示され――かつての同胞達と共に、「遺物」として眠る運びとなったという。


 かくして、民衆にヒーローと称えられた「裏切り者」は、事件終息と共に戦場から姿を消し……表舞台に帰ってくることはなくなった。

 「裏切り者」を遥かに凌ぐ新型ロボットが次々と開発されて行ったこともあり、人々は次第にその名を口にすることもなくなって行くのだった。


 ――そう。


 「裏切り者」――ジャイガリンGは程なくして過去の存在となり、グロスロウ帝国の事件も終わったものとして、人々に記憶されたのである。


 なぜ滅びたはずの帝国が蘇ったのか。なぜ帝国はダイノロドのような超兵器を手にしたのか。なぜ彼らは、地上を侵略しようとしていたのか。


 その本質に、目を向けることもなく。


 ◇


「――ゾギアンめ。契約に反した上に、この時代の猿どもに狩られるとはな」


 腰に届くほどの長さを持つ赤髪と、口元を覆う髭。浅黒い肌に、漆黒の軍服を張り詰めさせる筋骨逞しい肉体。それらを備えた1人の男の、肉食獣の如き獰猛な眼差しが――青い星を射抜いている。


 遥か遠くの宙域を漂う宇宙戦艦の艦橋ブリッジから、地球を見つめるその男こそが……全ての「元凶」たる異星人の将軍。


 ――「天蠍てんけつのサルガ」であった。


 ◇


 地球より遥かに高度な文明と科学技術を持つ、「ロガ星」。銀河の彼方に在るその惑星は、平和を愛する王族によって統治されていたが――以前から、他の星を侵略し領土拡大を狙う軍部が、徐々にその勢力を強めていた。


 その急先鋒であったギルタ将軍は、過去に巫女ルクレイテが住まう惑星を狙っていたのだが……「タイタノア」を除く「機械巨人族」に倒され、戦死。

 彼の息子であるサルガは、領土拡大によってロガ星の威光を高めんとしていた父の正当性を証明するため、機械巨人族に対抗しうる「決戦兵器」を開発する。


 それが、動力を兼ねる事も出来る超金属「Gメタル」をふんだんに利用して生み出された、26機の超兵器――「ノヴァルダー」であった。


 そのノヴァルダーを携えたサルガが偵察のため、植民地として狙う星に降り立ったのが……今から約500年前。当時その星には、優れた文明を持ちながら度重なる地殻変動によって、滅亡に瀕していた国があったのである。


 サルガは現地民に恩を売ることで、スムーズに侵略を進めるため……自身が持つ科学力を彼らに分け与え、滅亡を回避し得るだけの力を貸した。

 数百年に渡り眠りにつき、死を免れる延命技術や――人型巨大兵器の製造技術などを。


 そして当時の長であったゾギアン大帝に、救済の対価としてある契約を結ぶよう要求したのである。「再び我々がこの星に来た時は、尖兵として服従しろ」、と。

 来たる侵略に向けて地の利を得るために、サルガはその国――グロスロウ帝国に、属国になれと迫ったのだ。


 これ以上、地殻変動によって死地熱エネルギーが暴発すれば……その力によって支えられてきた文明は崩壊し、国も民も死に絶える。

 ゾギアン大帝は、そんな苦境の只中にあった帝国を守るため、一時的にその要求を聞き入れはしたが……本心では、サルガに従うつもりなど毛頭なかった。彼は叛逆の準備として、ロガ星のノヴァルダーから得た技術を基に、独自の機動兵器「ダイノロド」を生み出したのである。

 だが、グロスロウ帝国の技術ではノヴァルダーを超える兵器には辿り着けず、ダイノロドを開発する過程でも無数の失敗作が生まれていた。余談だが、Gメタルの利用に失敗して廃棄されたそのうちの一つは、後に海神博士によって発掘され「ダイアンカーG」に改造されている。


 ――そんな過ちを、幾重にも重ねて。それでも彼らは、幾つもの試行錯誤を経て完成したダイノロドを利用し、数百年後に来るという「侵略者達」を迎え撃つ決断を下したのだ。


 そして、来たるロガ星軍の襲来に備え、息子のゾリドワと共に数百年の眠りについたのだが――予定よりも僅かに早く、彼らは目醒めてしまった。

 機械巨人族のほとんどを滅亡させた、宇宙怪獣軍団と地球守備軍との、30年に渡る戦乱が起きていたのである。


 その末期に発生した、怪獣軍団の残党による騒乱が原因で、遥か地下深くで眠っていたグロスロウ帝国が覚醒してしまったのだ。この騒乱が原因で不吹竜史郎は守備軍を去り、守備軍は世界防衛軍として再編されていた。

 一方、目醒めたゾギアン大帝は、自分達が眠っている間に起きていた戦争を知り――同時に、日向威流を始めとする地上人達の戦闘力を知った。そこで彼は、地上人達を支配下に置くことで戦力を増強し、ロガ星軍の侵略を迎え撃とうと画策したのである。


 だが、ゾリドワはその意向に反対していた。彼だけは、地上を侵略するという父の方針に、最期まで抗していたのである。


 ――眠り続けていた自分達は、ロガ星軍や怪獣軍団に対して何も出来なかった。今更目が醒めたところで、地上を統治する資格などない。この地球のことは「現代いま」を守っている地上人に託して、自分達は眠り続けるべきだ――と主張したのである。

 それは、自分達に代わり地球を守っていた彼らに対する、ゾリドワなりの誠意でもあった。


 しかし、サルガによって受けた屈辱を拭えなかったゾギアン大帝に、その主張が受け入れられることはなかった。あくまでグロスロウ帝国が地球人の筆頭となることに拘った彼は、息子と袂を分かち――彼ら親子の対立は、やがて武力衝突に発展した。


 そして眠りから覚め、これからの時代を生きていくはずだった帝国の民は、この内乱に巻き込まれ――死に絶えてしまう。


 その戦いと犠牲の果てに、ゾリドワの勢力を破ったゾギアン大帝は、配下を地上へと差し向け古代兵器博物館を強襲。

 この事件でゾリドワは命を落とし――彼の無念と遺志を背負い、戦場へと帰還した不吹竜史郎によって。地上の矛となる「ジャイガリンG」が誕生した。


 その後、防衛軍はジャイガリンGのデータを基に次々と新兵器を開発し、地上人とグロスロウ帝国の戦いは総力戦に発展。

 地球の覇権を巡る、この戦いは――グロスロウ九頭竜将と、彼らを率いるゾギアン大帝を破った地上人の勝利に終わった。


 ゾギアン大帝の「尖兵」でしかなかったダイノロドGは、人類を守る「戦兵」――ジャイガリンGとして、最後まで戦い抜いたのである。


 そしてサルガはその結末を、地球の外から見届けていたのだ。配下になるはずだった地底人達の、無惨な最期を。


 ◇


「……侵略の準備を進める。各員は戦闘準備に入れ。我がロガ星軍の真価を示す時が、ついに訪れたのだ」

「ハッ!」


 サルガは部下のロガ星人達に命じて、地球侵略の準備を始めさせる。そんな中、彼の眼には――物憂げに地球を眺める、1人の美女が留まっていた。


 ショートボブに切り揃えられた白銀の髪。宝玉の如き紫紺の瞳。白く透き通る柔肌と、見る者を惑わす艶やかな肢体。薄い桜色の唇。その身体を覆い隠す、「王族」の証たる紅の礼服。丈の短いスカートから覗く、美しい脚。持ち主の美貌を扇情的に引き立てる、赤いハイヒール。


 それら全てを備える絶世の美女は、地球侵略に臨むサルガの部下達を他所に――どこか悲しみを帯びた貌で、その瞳を揺らしている。

 平和を願う王族の身でありながら、ロガ星軍の象徴として崇められている彼女……ベラト姫にとって、この戦いに正義などない。


 だが、軍部のクーデターに屈した王族に、サルガ達を制止できるだけの力があるはずもなく。絶対的な美貌を持つ姫君は、日々兵達の生還を祈るしかなかった。


「……宜しいですな、ベラト姫。これも全ては、吉報を待たれておられる両陛下のため。全ては、我々の働きに懸かっているのですから」

「……は、い……」


 そんな彼女に寄り添う赤髪の将軍は、ベラトの顎に指先を添え……柔肌をなぞる。もはや選択肢などないのだと、迫るように。一方の彼女自身も、為す術を見出せず――ただ視線を逸らし、唇を震わせるしかないのであった。


(お願い……誰か、私達を……この戦いを……止めてッ……!)


 狂おしいほどに喉元まで込み上げる、本心を押し殺して。叫び出してしまいそうな弱い自分と、戦い続けて。


 ◇


 ――そして、グロスロウ帝国の滅亡から僅か1ヶ月後。


 地球に接近して来たロガ星軍の宇宙艦隊は、世界防衛軍に対して宣戦を布告。宇宙を舞台とする新たな戦い――「ロガ戦争」が幕を開けた。


 だが。そこでサルガは、思いもよらない事態に直面したのである。


 30年に及ぶ怪獣軍団との戦争や、グロスロウ帝国との戦いを教訓として……世界防衛軍は、ロガ星軍側の見立て以上に戦力を増強していたのだ。


 精鋭部隊「駆動戦隊スティールフォース」を筆頭とする人型ロボット軍団によって、ロガ星軍の宇宙戦艦は次々と撃退され、侵略者達は悉く敗れ去っていく。

 その予期せぬ苦戦に、サルガ達は追い詰められていくのだが――彼らを苦しめていたのは、ロボット軍団だけではなかった。


「ダグ、敵の数は!?」

「ざっと50機ってとこだ。……また1人で全部墜としちまう気かァ?」

「あったり前だろ! こんな戦争さっさと終わらせないと……アイツ・・・がまた、戦場ここに帰って来ちまう」

「……そうだな。派手に暴れてやろうぜ! サポートは任せなッ!」

「おうッ!」


 地上の戦車隊から、量産型ロボットのパイロットに転向したダグラス・マグナンティ。

 その親友であり、彼を「ダグ」という愛称で呼ぶ明星戟は――コスモビートル隊のパイロットとして、ロガ星軍を迎え撃つ急先鋒となっていた。


 防衛軍を代表する戦闘機ファイターパイロットとして、「日向威流の再来」とも称される彼は――乗機ロボに向かう親友と短く言葉を交わし、自らの愛機コスモビートルの元へと駆け付ける。

 そして、無数の敵機が待ち受ける大宇宙の戦場へと、恐れることなく翔び出して行くのだった。彼に続き、ダグラス機を始めとする人型ロボット部隊も、宇宙戦艦から出撃して行く。


『世界防衛軍マスコット、まもりちゃんですっ! みなっさーん! わたしも応援してますから、頑張ってくださいねーっ!』


 誰もが愛するアイドル「まもりちゃん」の後押しを受け、防衛軍の宇宙艦隊から飛び立つ――鋼鉄の勇者達。彼らの英雄譚は今まさに、産声を上げようとしていた。


「行くぞッ! コスモビートル隊、発進ッ!」


 ――そして、物語は移ろい行く。主役ヒーローも、また。


「……アイツの夢の、邪魔はさせないッ!」


 不吹竜史郎から、明星戟へと。


 ◇


 ――車通りの多い道。行き交う人々。建ち並ぶ高層ビル群。ボールを追いかけ、はしゃぎ回る子供達。それは、「当たり前」に在るこの世界の景色。

 それを守るために戦った者達の足跡はすでに過去のものであり、眼に映る景色に戦いの色は微塵も窺えない。だが、それこそが戦った者達の、何より望んでいた未来なのである。


「……ようやく、避けずにここまで来れたよ。ごめんね、今までずっと……君達から逃げてばかりで」


 それを知る青年は、守り抜かれた「日常」を一望できる、丘の上で――片膝を着く。純白のマフラーを靡かせる彼の眼前には、「1年前」の犠牲者達を悼む慰霊碑が建てられていた。

 そこに刻まれた名前の中には、幼くして命を奪われた子供達のものも在る。青年は一人ひとり、彼らの名を呼ぶと――花束を捧げ、手を合わせた。


 翡翠色の瞳を閉じて、過去と向き合う彼は暫し黙祷し――最後に、「形見」である薄汚れたヒーロー人形を、そこに供えた後。意を決したように、立ち上がる。

 開かれた眼は、憑き物が落ちたように澄み渡っていた。


「……君達の未来を奪ったオレだけど。奪ってしまったオレだからこそ、明日みらい君達こどもたちにしてあげたいことがあるんだ。これが正しいことなのかは、まだ分からないけど……いつの日か分かる時まで、オレはずっと戦って行く」


 踵を返し、慰霊碑の前から去り行く青年は――最後に名残惜しむように、足を止めると。


「……だから、来年もちゃんと来るよ。再来年も、それからも、ずっと。オレはもう、逃げたりしないから」


 その言葉を残して、今度こそ慰霊碑の前から姿を消した。死による救済を拒み、生きることで自身の所業を清算すると決めた青年は――青空を仰ぎ、歩み出して行く。


 ――隣人の為。目に映る誰かの為。どのような道であろうと、決してその心を忘れるな。お前が誰かを想う限り、誰かがお前を想っている。


 その言葉を遺した父は、今も。新たな道を見出した青年を、晴天の彼方から導いていた。


 「英雄ヒーロー」としての自分を捨て、何者でもなくなった彼は既に、ただの「教師志望」に成り果てている。

 だが、それでも。彼はもう、孤独にはなり得ない。


 ――丘の下で手を振り、青年を迎える2人の少女。

 青年の闘争を知らないままである彼女達にとって、彼が「英雄」で在るか否かなど、初めから関係ないのだから。


 季節が巡り、時代が変わり。遠い宇宙で戦争が始まり、新たな「英雄」が生まれていても。


「そう、逃げたりしない。逃げなくて、いい」


 不吹竜史郎が夢を阻まれることはもう、ないのだから。


 ◇


 遥か彼方に広がる星の海。その果てにある惑星から、英雄譚は始まった。


 怪獣軍団の首魁「大怪獣」。その巨躯は、日向威流と共に立ち上がった機械巨人の守り神「タイタノア」によって討たれた。

 グロスロウ帝国を統べる「ゾギアン大帝」。彼の者が操るダイノロドEは、不吹竜史郎が駆る古代の鉄人「ジャイガリンG」の前に敗れた。


 ――そして今。地球の未来を掛けた、正義と悪の闘争は。最後の局面へと向かおうとしている。

 ロガ星の指導者・サルガと――世界防衛軍のエース・明星戟の戦いへと。


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