第17話 猛き鋼の勇者達 後編


「ごあぁッ!?」


 堅牢なる新緑の地竜、ダイノロドAアンキロ。その重厚な外殻に物を言わせる突進は、強力であった。

 グランガードのレーザー砲も機関砲も通さない、動く鋼鉄の要塞。その体当たりを真っ向から受けた灰色の鉄人は、たまらず転倒してしまう。衝撃によって後頭部を強打した歩は、コクピットの中で深々とため息をついていた。


「はあ……もっと早く転職した方がよかったかなァ。まぁ、それはそれとして……てめぇは潰すッ!」


 ――だが、彼は間違っても「ヤラレっぱなし」で終わる男ではない。ため息と共に怨嗟のような声を漏らし、操縦桿を握る彼は……その眼に獰猛な闘志を宿していた。


 そこから立ち上がった彼は、巨大な鉄人の拳を構え――再びAと相対する。そんな彼を前に地竜は、自身の相手が退くことを知らない愚者であると見做して、再び突撃して行った。

 次の一撃で、その図太い機体をスクラップにしてやる。そう言わんばかりの殺意を纏い、Aはグランガード目掛けて肉薄していく。


 だが。今度はどの武装にも頼らず、その太い両腕を突き出した鉄人は――「ヤラレメカ」の名にそぐわない膂力を以て、Aの突進を阻止してしまうのだった。

 さらに、背部に装着された酸素ボンベ状のブースターが火を噴き――地竜を両腕で抱えたまま、グランガードは空高く舞い上がっていく。


「――生憎だが、武装なんざオマケでしかねぇのさ。近付いて、殴って壊す……コイツは、そのための機体だァッ!」


 そして、宙に放り出されたAの顔面に、グランガードのスレッジハンマーが炸裂した。

 振り下ろされた両拳の威力で、ジャイガリンGでさえ破れなかった背面装甲を打ち砕きながら……地竜は重力に引かれ海岸に激突する。さらにAはその衝撃で顔面を潰され、視力まで失ってしまった。


 ――だが、それだけでは九頭竜将は沈まない。頭上から体重にものを言わせる踏み付けで、とどめを刺そうとしたグランガードを迎え撃つように……鎚状の尾が振るわれる。


「ぐッ!?」


 それを咄嗟に両腕で防ぐ歩だったが、衝撃までは殺しきれず――横薙ぎに吹っ飛ばされてしまった。コクピット内で再び頭を強打し、今度は額から鮮血が滴る。


 だが、その貌に恐れはない。頬に伝う赤い雫を舐め取り、彼は視力を奪われたはずの地竜の挙動に注目していた。


「……っほぉ。眼が見えなくても正確にこっちを感知しやがるのか。ってこたぁ、視覚情報以外のものから俺を探ってるわけだな」


 Aは立ち上がりながら辺りをうろついているが、グランガードとは違う方角に体を向けている。――どうやら、視界を封じられていることに間違いはないようだ。

 熱源探知か。それとも聴覚か。それは定かではない。……だが、そんなことは歩には関係なかった。


「……要はあの尻尾さえどうにかすりゃあ、俺の勝ちってことだろ。いいぜ、すぐスクラップにしてやるよ」


 あの尻尾を潜り抜け、今度こそ永遠に黙らせる。その決意を軽口の奥へ滲ませて――己の左腕を、右腕の膂力で引き千切ってしまった。

 回路が次々と切断される音に、地竜が振り返る。どうやらAは、聴覚でこちらを認識しているようだ。


「ほら受け取りな、俺に負けるテメェへの『残念賞』だッ!」


 そのAに向けて、グランガードは千切られた左腕を一気に投げつける。超重量の物体が風を斬り、地竜は迫り来る「敵」の接近を感知した。

 次の瞬間、尾は弧を描くように大きく振るわれ――その物体を粉々に打ち砕く。だが、鎚の威力を以て破壊したその物体は、グランガードの左腕に過ぎない。


 ――本体はすでにブースターを噴かして、Aに接近していたのだ。


「言っただろ。殴って壊すための、機体だってなァァアッァッ!」


 残されたグランガードの右腕が、半壊しているAの頭部を完全に叩き潰す。首をもがれた地竜は、道連れとばかりに再び尾を振るい――右腕を突き出したグランガードを、頭上から潰そうとしていた。


「展開ッ!」


 だが、次の瞬間。グランガードの全身に展開されたバリアが、「相討ち」を阻止する。鎚を浴びた光の防壁は一瞬で崩壊し、主人を守る役目を終えて霧散して行った。


 ――頭部を抉られても活動を停止しないAが、これしきで即死するとは歩も思っていなかったのである。彼は1回限りのバリアを温存するため、左腕を犠牲にしていたのだ。


「あと、こうも言ったな。――てめぇは潰す、ってよ」


 頭を完全に破壊されたAは、その衝撃の影響でずるずると後退し……やがて、歩の宣言通りに爆散して行った。地竜の最期を見届けた彼は、鎚に破壊されたグランガードの左腕を一瞥する。


「……つくづく運のない人生だったが、ようやくアタリを引いたらしいな」


 何か一つでも判断を誤っていれば、あの鎚でグランガードは破壊されていただろう。九頭竜将の中においても屈指の生命力を持つAは、グランガードの膂力なくしては倒しきれない怪獣であった。


 もはや鉄屑と成り果てた左腕を拾い、歩は視線を他方へ移す。――どうやら仲間達の戦いも、終局に向かいつつあるようだった。

 中には得体の知れない所属不明機もいたが、彼らは圧倒的な力でダイノロドを倒すや否や、次々と立ち去っているようだ。目的こそ不明であるが、今この場における利害は一致しているらしい。


「……さァて、こんだけ俺達を働かせてんだ。これで負けたりしたら承知しねぇぞ、大将」


 その様子を、一通り眺めた後。最後にジャイガリンGを目撃した、島の中央部に目を向けた彼は――不敵な笑みを浮かべ、「大将」の勝利を祈るのだった。


 ◇


 月夜が照らす孤島の森。その静寂を脅かす灰色の魔竜は、己が持つ8本もの首を用いて――青の武人・サムライバーゼロとの死闘を続けていた。

 鞭のようにしなる首は、武人を捕らえようと8本掛かり・・・・・で襲い掛かってくる。その全てを艶やかにいなす卓は、彼の者――ダイノロドOオロチの動作を見切ることにのみ注力していた。


「……その動き、見切った。成敗致すッ!」


 そして、8本もの首をしならせるOの挙動を観察していた彼は――この瞬間、一転して攻勢に移り始めた。左腕の甲に装備された「ムラマサソード」の刃が唸り、魔竜の首を捉える。


「くらえッ! ムラマサソォォードッ!」


 それは血か、あるいはオイルか。閃く切っ先に裂かれた箇所から、赤い何かが噴き出してくる。ジャイガリンGの斧では傷一つ付かなかったOの首には、サムライバーの一閃が刻まれていた。


 だが、八つ首の魔竜もただ斬られるばかりではない。しなる他の首が一斉に襲い掛かり、斬撃の一瞬に生じる隙を狙って――武人の身体を絡め取ってしまった。

 ジャイガリンGに仕掛けた時とは比にならないほどの圧力で、サムライバーの全身が締め付けられていく。さらにそのまま激しく振り回され、壁に叩きつけられようとしていた。


「ぬぅぅうッ――させぬッ! 戦国ッ……ドォリィールッ!」


 しかし、ジャイガリンGの時のようにはいかない。右腕に装備された、黄金の必殺兵器「戦国ドリル」が牙を剥き――サムライバーを締め付けるOの首を、内側から切り裂いてしまった。

 絶叫を上げる残りの首達に飛び掛かり、ドリルと刃が魔竜の血を吸っていく。次々と斬り落とされていく魔竜の首が、怨嗟の断末魔を上げていた。


「ぬぅぁッ!」


 だが、Oの命はまだ絶え果ててはいない。残された首の大顎から放射される灼熱の火炎放射が、サムライバーの進撃を押し留める。

 これ以上好きにはさせんという、確固たる意志を以て。魔竜の業火が、武人の行く手を阻んでいた。


 だが。葵重工の「秘蔵っ子」は、この猛火を前にしても――退く道を選ばなかった。背を向けることを良しとしない、侍の如く。


「……屈しはせん! 今ここで、全てを絶つッ!」


 卓の胸中に渦巻き、限界まで高まる闘争心。その怜悧な貌に隠された、灼熱の戦意を帯びて――サムライバーの機体が、変形を始める。

 それはパイルノキオにも通じる、「感情」が呼ぶエネルギーの発現であった。


 頭部が背中へとスライドすると同時に、首があった部分から朱色に輝く長いドリルが出現。

 さらに足裏からのジェット噴射が、武人の機体を魔竜の元へと運び――大きく広げられた朱色の翼が、空を駆ける。


「覚悟ォッ! 必死剣・串刺しィィイィッ!」


 卓の闘志が呼ぶ、朱色の螺旋が描く必殺の一閃。その力の奔流は、魔竜の火炎さえも容易く斬り裂き――残る全ての首を、一つ残さず刈り取って行く。

 そして、八つ首を全て討ち取られた魔竜は、最後に残された巨大な胴体にまで――巨大な風穴を開けられ、瞬く間に爆散していった。


「――成敗」


 唸りを上げる連続攻撃を終え、再び本来の形態に戻ったサムライバーが、軽やかに着地する。

 静水の如く呟かれた卓の一言は、この戦いの決着を厳かに告げていた。


 爆炎に散りゆく魔竜の残骸が、夜空を舞い暗澹の海に消えて行く。「残心」を以てその最期を見届け、月夜を仰ぐ彼は――今も地の果てで戦い続けているジャイガリンGに、独り思いを馳せていた。


「……人事は尽くした。後はただ、天命を待つのみ」


 やがて踵を返し、蒼甲の武人は仲間達の元に歩み出して行く。この島を吹き抜ける潮風が、真紅の鬣を静かに揺らしていた――。


 ◇


 「人型ロボット」はその概念通り、人間と同等の挙動を行うことが目的とされている。だが、その駆動系統を有人操縦によって制御する技術は未だ発展途上であり、いずれの機体もそれらの完全なる実現には至っていない。


 ――だが。AGNESアグネスABSOLUTEアブソリュートMIGHTYマイティRIGHTライト……通称「アグネス」の可動域は、ジャイガリンGのそれすらも凌ぐものであった。

 「ロボット」であることすらも感じさせない、完全なる巨人。それを全身の挙動を以て表現する彼女は、「人の形をした機械」ではなし得ない域に踏み込んでいる。


「よぉおし! アグネス、やっちゃえっ!」

「はいっ!」


 ブルドッキングヘッドロックの要領で、深緑の凶竜――ダイノロドLリントの首を小脇に挟み、アグネスは地を蹴り高く跳び上がる。やがて地響きを立てて着地する瞬間、首に掛かる衝撃によって、凶竜の装甲に亀裂が走り始めた。

 ジャイガリンGを苦しめた大顎も、こうして捕まえてしまえば意味をなさない。長い尻尾を捕まえてからのジャイアントスイングに移る彼女は、硬い岩場にLを叩き付け――間髪入れず身体を背後から抱え込み、ジャーマンスープレックスを仕掛ける。

 立て続けに地面を武器にした技を受け、凶竜の身体に広がるヒビがさらに深まって行った。無理に起こしてからのパンチ・キックの連打も、徐々にLの装甲を削り始めている。


「よっしゃーその調子! アグネスっ! どんどんやっちゃえー!」

「分かりましたっ!」

「ちょ、ちょっと西尾さん! あんまり調子に――ひゃあ!?」


 だが、最後に残った九頭竜将もただではやられない。力任せにアグネスのサブミッションから脱したLは、その大顎で彼女を捕らえようとする。間一髪回避には成功したが、その先には凶竜の振るう尾が待ち受けていた。

 咄嗟に屈んでかわした彼女の頭上を、巨大な尾が轟音と共に通り過ぎていく。華奢なアグネスがまともに浴びれば、ただでは済まなかっただろう。


「あぶなっ!? ――しゃらくさい真似してくれちゃってぇっ!」


 すぐさま体勢を切り返し、袖口の粒子ビーム砲を放つが――その一閃は、凶竜の大顎から放たれる破壊光線によって掻き消されてしまう。ダイノロドWワイバーンをも屠る熱線の前では、威力が浅いのだ。


「こんのっ……!」

「装備を変えましょう! アグネス、お願いっ!」

「はいっ!」


 しかし、アグネスの得物はこれだけではない。パイロットである少女達の呼び掛けに応じた彼女は、青色基調のセーラー服を翻し――臙脂色のブレザーを模した重装殲滅戦兵装・タイプOに「換装」する。

 次の瞬間、展開されたジャケットの装甲から光り輝くリフレクターが出現し――凶竜の破壊光線を跳ね返してしまった。自身の光線を倍の威力・・・・で跳ね返され、Lの装甲がついに瓦解してしまう。筋繊維が露出した体表が露わとなり、凶竜の悍ましい姿が月夜の下に晒された。


「うっわ気持ち悪……」

「あんまり見たくないヤツ……」

「……そんなわけだからアグネス! 一気にやっちゃえ!」

「は、はいっ!」


 人工筋肉を剥き出しにされた醜悪な姿に、少女達は嫌悪感を露わにする。そんな彼女達の意を汲み、アグネスは早々に決着をつけるべく――緑色系統のジャンパースカートである防衛格闘戦兵装・タイプSに切り替えた。

 その名の通り接近戦に秀でた形態に変化した彼女は、一気に肉薄し……唸る鉄拳で凶竜の肉を抉り出す。絶叫を上げ、アグネスの拳打を浴び続けるLは、やがて力無く倒れ伏してしまった。


「やったか!?」

「ちょっ!? 西尾さんそれだけは言っちゃ――!」


 ――ついにやったか。そう思った少女達の思考は、まさしく予兆フラグであり。

 死を偽り、不意を突いたLの破壊光線を浴びたアグネスは、大きく後退してしまう。半死半生の身でありながら、凶竜は未だに戦意を失ってはいなかったのだ。

 高い防御力を持つタイプSでなければ、仰け反るくらいでは済まなかっただろう。


「おっ……往生際の悪いっ! アグネス、一気にやっちゃえ!」

「……分かりました! これで、終わりですっ!」

「西尾さん、さっきからほぼ『やっちゃえ』しか言ってなくない……?」

「ゲシュタルト崩壊しそう……」


 こうなればもはや、容赦はできない。緑色系統のジャンパースカートを脱ぎ捨てたアグネスは、ついにトドメを刺すべく新たな装備に換装する。

 純白に統一されたタクティカルスーツ――重戦闘兵装・タイプJ。全身を兵器で固め、さらに外付けの装備オプションとして長砲身マルチプルランチャーを搭載したこの形態を以て、アグネスはこの戦いに終止符を打とうとしていた。


「――撃ちますっ!」

「よっしゃああ! 行っけぇえッ!」


 長砲身の必殺兵器が放つ、トドメの一撃。空を裂き全てを穿つ、その一閃が――無防備な凶竜の肉に突き刺さり、天を衝く爆炎を舞い上げる。


 圧倒的。

 その一言に尽きる、アグネス・アブソリュート・マイティ・ライトの勝利であった。


「……やったぁああ! これでアタシら地球を救ったヒーローじゃん! テレビに引っ張りだこ間違いなし! 早くサインの練習しなきゃ――」

「さ、早く帰ろっか」

「――って、えー!? なんでよ大塚さん!?」

「なんでも何も、もうこんな真夜中なんだよ? おじさんもユーサクも心配してるし……早く帰らないと」

「そうですよ、黙って飛び出しちゃったんですから」

「そんなー……ちぇー……」

「西尾さん?」

「……んぁー、もぉー! 分かってるってば、アタシが悪かったって! アグネス、早く帰ろ!」

「はいっ! ……とても家族想いなんですね、西尾さん」

「……や、やめてよもう。そういうの」


 だが、それほどの隔絶した戦闘力とは裏腹に。海を泳ぎ、「自宅」へと帰って行くアグネスと少女達は――穏やかな「家族」のひと時を過ごしていた。


 かけがえのない養父が待つ……通学に不便で辺鄙な立地で、そして暖かい「我が家」を目指して――。

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