第16話 猛き鋼の勇者達 中編
戦いは基本的に、体格で勝る方が有利となる。が、それはあくまで一般論であり、例外といえるケースも決して少なくはない。
立ち回り次第で、小柄な機体で巨大な怪獣に勝てることは、過去の戦争が証明している。
――だがそれは、「小さい側」に並外れた技量が備わっていることを前提としている話であり。実験経験がないどころか、
「きゃあぁ〜っ! 追い掛けて来ないで〜っ!」
「先輩ッ! 逃げ回ってるだけじゃコイツは倒せませんよ!」
「そんなこと言ったって、全然効かないんだも〜んっ! ……ひっ!? きゃあん! ひあぁんっ! か、噛み付いてこないで〜っ!」
橙色の牙竜――ダイノロド
大事なところを手で隠しながら必死に駆け回るまもりちゃんを、牙竜の眼光が執拗に付け狙い、その牙で何度も噛み付こうとしてくる。過剰に発達した上顎の牙は、彼女の命を欲して妖しい輝きを放っていた。
人型兵器としては非常に小柄な8mのまもりちゃんと、20mにも及ぶMとの間にはかなりの体格差がある。このままではいずれ、彼女の機体はパイロットごと牙に捉えられてしまう。
――それにまもりちゃんの兵装は、Mの装甲を破るには火力が及ばず、決定打を与えられないでいる。装甲が薄いであろう口の中ならあるいは、彼女の武器でも効果を発揮できるかも知れないが……それは声優でしかない装光に、日向威流に匹敵する射撃技能を要求するに等しい愚策であった。
(かと言って、このままじゃジリ貧だ……! これ以上俺達は、誰1人として失うわけにはいかないのにッ……!)
代われるものなら、代わってやりたい。そのジレンマを抱えながら、上空を飛ぶ戟は打開策を考えあぐねていた。
――コスモビートルのレーザー砲では装甲を破れないばかりか、蚊が刺す程度にも効いていないらしい。彼がいくら攻撃しても、陽動にすらならなかった。
その無力さに唇を噛みしめる彼は、竜史郎の貌を思い浮かべては――操縦桿を握る手を震わせている。
(う、うぅ〜っ! このままじゃやられちゃう……! 確かにわたしは、パイロットなんかじゃないけど……それでも今は、みんなの「まもりちゃん」なんだから……絶対に負けたくなんかないのにっ!)
その悔しさは、逃げ回ることを強いられている光も同じであった。
民間人だろうと、プロの声優として「まもりちゃん」を演じている以上――その「役」に恥じない働きをしたい。パイロットではないからこそ、負けたくない。
そんな彼女の執念がまもりちゃんの機体を走らせ、Mの追撃をかわし続けている。だが、このままでは長くは持たないだろう。
(光先輩は照準に少しばかり時間が掛かるだけで、撃つこと自体はできる。……だが口の中に撃ち込もうにも、それじゃあ撃つ前に先輩が食べられてしまう。考えろ! 何かあるはずだ、あの牙を一瞬でも止める方法が……遮れる何かが――!?)
光が照準を定めるまでの、僅かな時間。その一瞬に勝機を見出した時――戟の脳裏に、ある「可能性」が過ぎる。
それは「作戦」と呼ぶに値しない、無謀そのものであり……光だけでなく、戟にも多大な危険が降り掛かる内容であった。
――だが、もはや他に手はない。すでにまもりちゃんはあられもない姿であり、手段を選んでいられる状況ではないのだ。
彼女の願いを叶えて、「防衛軍のマスコット」に相応しい勝利を飾るためには。
「……光先輩! 俺が合図したら、振り返って照準を奴の口内に合わせてください!」
「ええっ!? む、無茶だよ! わたし食べられちゃうよっ!」
「俺が隙を作ります! 合図したら、とにかくぶっ放してください! 遠慮は無用です!」
「で、でもっ……!」
「勝ちたいんでしょう!? ――『まもりちゃん』ッ!」
「――!」
そう言われて、引き下がれるプロ声優ではない。自分が命を吹き込み、人々に愛された「まもりちゃん」の勝利が、この一瞬に懸かっているなら――。
彼女の胸中を駆け巡るその想いが、まもりちゃんの挙動を変えていく。全力疾走でMから距離を取りつつ、彼女はライフルとミサイルポッド、そしてキャノン砲を構えて――射撃体勢に入ろうとしていた。
「……さすがだ。俺も続きますよ、先輩ッ!」
そのプロ根性に嘆息する戟は操縦桿を倒し、機体をMの側面に滑らせる。目指すは――彼の者が唸らせる、巨大な牙。身を呈してでも遮らねばならない、殺意の化身。
「……行きますよ、先輩。1、2のッ――!」
その強大な影が視界を埋め尽くし、コスモビートルの機体がMに接触しかける――瞬間。
「――3ッ!」
まもりちゃんは一気に振り返ると――照準の中心点を、開かれた牙竜の大口に向けた。鋭く肥大した牙が、殺意の奔流を纏い彼女に肉薄する。
だが――その牙がすぐに、彼女の機体を噛み砕くことはできなかった。
まもりちゃんのボディを食い破るはずだった、Mの大顎は――真横から割り込んできたコスモビートルを噛んでいたのである。
牙に捕らわれた無人の戦闘機は痛ましくひしゃげ、今にも潰されそうになっていた。だが――その機体を挟んだことで、牙の間には微かな隙間が生まれている。
「――でやぁあぁあぁあッ!」
それこそが、狙い目。戟が捨て身で見出した、Mを破る活路であった。
ライフル、ミサイルポッド、キャノン砲。持てる全ての火力を叩き込む、まもりちゃんの
無人の戦闘機もろとも、牙竜を内側から破壊していく、弾丸と弾頭の出血大サービス。その洗礼を浴びるMは、けたたましい断末魔を上げて――爆散していくのだった。
「は、はぁ、はぁ……や、や、やったよ明星くぅうん! わたし、わたしやったぁああ!」
「……えぇ、やりました。『まもりちゃん』の勝利ですよ、光先輩」
爆心地からやや離れた地点に、パラシュートで降下していく戟は――見事に牙竜を討ち取ったまもりちゃんの勇姿を見届け、喜び踊る彼女にVサインを送っている。それに気づいてピースで応える彼女も、コクピットの中で華やかな笑みを浮かべていた。
「……ところで、光先輩」
「うん?」
「全部脱げてますけど」
「へっ――きっ、きゃぁあぁああっ!? みょっ、明星君のえっち!」
の、だが。
乙女の悲鳴がこの夜空を衝いたのは、その直後のことである。
◇
夜の帳が下り、暗澹とした闇に包まれた大海原。その遥か下の海底に潜む二つの影が、水を裂くように海中を駆け巡っていた。
「くそッ……離せこのポンコツが! 離せってんだよッ! お前と遊んでる場合じゃ――うわわわわわッ!?」
蒼甲の魚竜――ダイノロド
軍艦型の巨人を捕らえるIの大牙は、その脚を決して離さない。このまま海底に叩きつけ、ジャイガリンGに仕掛けたと同じように、投げ飛ばそうとしている。
「くッ……だったら先に、お前から叩き潰してやるッ!」
だが、渡としてもこんなところで負けるわけには行かない。それに、この魚竜1匹を相手に、いつまでも手こずっている暇もないのだ。
僅かな隙を突かれ、海に引きずり込まれてから数分経つが――今も海岸線では、ダイノロドMに追われているまもりちゃんが窮地に陥っているはず。早急にIを片付けて地上に戻らないと、彼女が危ない。
ダイアンカーGを造った祖父の名に懸けて、何としても民間人を守り抜かねば。
「……こんっ、のぉおッ!」
その焦燥を露わにして、ダイアンカーGは自由になっている片方の脚を振り――超重量の足裏で、魚竜の顔面を勢いよく踏み付ける。海底を走破するための強靭な足裏が、Iの外殻を抉り出していった。
無防備な体表が露出していくに連れ、魚竜は絶叫を上げて暴れ出していく。やがて牙から解放されたダイアンカーは、海底の岩壁に叩き付けられてしまった。
「ぐうッ!」
その間にもIの大牙は猛り狂い、ダイアンカーの身体を食い破ろうと迫って来る。暗黒の海から襲い来る大顎をかわし、渡は操縦桿を倒して反撃に移った。
ジャイガリンGは先刻、彼の者の牙に捕らわれ、手痛いダメージを浴びせられていたが――水中戦に特化したこのダイアンカーGに、同じ手は通用しない。
「お祖父ちゃんのダイアンカーGは……お前なんかには絶対に負けないッ! 『希望を繋ぎ止める錨』として、不吹さんが切り開いたこのチャンス――俺がここで、繋いで見せるッ!」
次の瞬間、ダイアンカーの胴体が展開し……その奥から、1門の砲台が出現する。
唸りを上げ、砲口にエネルギーを充填するその主砲から――眩い閃光が放たれたのは、僅か数秒後のことであった。
「――絶ッ対ッ! 零度砲ォォオッ!」
大海原に閃く、青白い一条の光。その光波熱線は海を穿ち波を裂き、Iの身体を海岸線まで吹き飛ばして行く。大顎の中に光線を叩き込まれた魚竜は、地の上で力無くのたうち回っていた。
「……これで決まりだッ! 沈めてやるッ!」
やがて「陸揚げ」された魚竜を追い、ダイアンカーが水飛沫を上げて飛び出して来る。大顎から黒煙を噴き出し、暴れ回るIにトドメを刺すべく――軍艦の巨人は、鎖に繋がれた巨大な錨「コスモアンカー」を取り出した。
渡は操縦桿を倒し、ダイアンカーGが誇るこの必殺兵器を振り回して行く。すると、眩い速さで円を描く錨に――闇夜の空から、稲妻が堕ちてきた。
落雷を浴びた錨はさらに激しく回転し、視界を覆わんばかりの電光が迸る。それはまるで……神の裁きのようであった。
「轟ッ沈ッ――クラァアァッシュッ!」
刹那。雷を纏い、突き抜ける錨の先が――蒼き魚竜に鉄槌を下す。それが、ダイノロドIの最期であった。
爆炎と共に飛び散る破片が、祝砲の如く打ち上げられて行く。ダイアンカーGの勝利を、称えるかのように。
「……よし、待っててまもりちゃんっ! 今、ダイアンカーGが君を――!?」
だが、喜んではいられない。渡はIの撃破を確信した瞬間、素早く後方に振り返る。
そしてMに襲われているであろう、まもりちゃんの救援に向かおうとする――のだが。
「ひ〜ん! わたし、もうお嫁に行けませんっ!」
「大丈夫ですよ先輩、脱げたのはあくまで機体なんですから」
「そういう問題じゃないよ、もうっ!」
あられもない姿でうずくまるまもりちゃんと、そんな彼女を宥める戟の側には――ダイノロドM、だった鉄塊が転がっている。
その光景から、
「え、えぇ……うそーん」
◇
山岳を這いずり回る蛇竜は、その鋭い眼差しで真紅の機体を捉え――伸びる舌先で搦め捕ろうとする。が、おおよそ現代科学では説明のつかない速さで、機体はその舌をかわし続けていた。
牽制射撃のために使用していたビームライフルはすでに弾切れで、装弾用のカートリッジも残り少ない。だが、そのような条件の中であっても不利と感じさせない程に――月夜に踊る真紅の機体は、優雅であった。
暗雲から覗く月光が、赤く煌めくボディを艶やかに照らしている。
スラスターでも翼でもない。魔素子なる力によって飛翔する、その機体――レグナムは、長きに渡る「様子見」に幕を引き、反撃に転じようとしていた。
『……狙いが甘すぎるのですよ。ヤトヤ様っ!』
「あぁ。……そろそろ仕掛けさせてもらおうか。いつまでもじゃれていられるほど、こっちもヒマじゃない」
機体の進行方向を急速に切り替え、レグナムは一気に蛇竜――ダイノロド
縦横無尽にしなり、例え一度かわされても、流れるように追撃を放つ蛇竜の尾。ジャイガリンGもその連撃をかわしきれず、叩き伏せられてしまっていた。
――だが。物理法則に囚われぬ挙動で、変幻自在に飛び回るレグナムの前には通用しない。初撃をかわした彼を追い、鞭のようにしなる2撃目さえも……真紅の機体は、鮮やかに捌いていく。
このままではラチがあかないと、Nも悟ったのだろう。彼の者は尾による攻撃を諦め、正面に向き直ると――大顎の奥から、ダイノロド
だが、その白い閃光ですらレグナムは、近接格闘用のシールドクロウでいなしてしまった。赤い盾の先端は鋭い刃となり、反撃とばかりに蛇竜の眼球を切り裂いてしまう。
その一閃に悶え苦しむNは、発狂したように四方八方に破壊光線を乱射し始めた。……ここまで無軌道に放射されると、さしものレグナムでも被弾は免れない。
「ルク!」
『はいっ! ――
ならば、その
体内器官に干渉された影響か、Nは破壊光線を阻止された瞬間にのたうち回り、苦しみ始める。一方、レグナムはすでに――介錯の準備を整えていた。
『ヤトヤ様っ、全力でいきます!』 「……分かった」
『ベイオネット構築! 動線確保! 魔素子フィールド、出力最大っ! すべてを貫きます!』
すでに弾数の少ないビームライフルを投げ捨て、レグナムは魔素子によって構築された突撃槍を握り締める。
『――
そして、「彼女」の愛らしい気勢と共に。超常の力を宿す破邪の槍が、唸りを上げて蛇竜に迫り――その巨体を切り裂くのだった。
ゾギアン大帝が擁する精鋭、グロスロウ九頭竜将。その中でも最強格と呼ぶに相応しい、三巨頭の一角でさえ――「紅装のレグナム」の敵ではなかったのである。
天を衝く爆炎と共に散りゆく蛇竜の亡骸が、その勝利を物語るようだった。
『やった……やりましたヤトヤ様っ! さぁ、お次は――!』
「さて、帰るか」
『――って、えぇ!? もう行っちゃうのですか!?』
「まだやらなきゃいけないことが山積みだろうが。……それに、助けが必要に見えるような奴らか?」
『むぅ……確かに皆さん、お強そうに見えるのですよ』
「つまり、そういうことだ。助けが要るような連中ばかりなら、俺達も『様子見』なんてしてないさ」
『……そうですね! 行きましょう、ヤトヤ様っ!』
そして、蛇竜の最期と――今もなお戦い続ける者達を、一瞥して。
遥か遠くの宇宙から駆けつけてきた彼らは、自分達が居るべき場所を……果てしなき銀河を目指して、飛び去って行く。
この戦いを越えた先にも、彼らの――「紅装のレグナム」の物語は、続いているのだから。
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