第15話 猛き鋼の勇者達 前編


 空を駆け巡る紫紺の飛竜が、その嘴から絶え間なく熱線を放ち、海岸線に焼痕を刻んで行く。その掃射を巧みにかわし、パイルノキオTは回避に徹し続けていた。

 ――だが、それはほんの小手調べ。これ以上、古代怪獣達の好きにさせるつもりはない。


「どうやら熱線しか能がないらしいわね……喰らいなさいッ!」


 一転攻勢。ゾーニャはフットペダルを踏み込み、パイルノキオTのバーニアを噴かせて一気に飛翔する。青いリボン状の翼がはためき、「嘘」に伴う「感情」を動力にする鼻先パイルバンカーを向けて――ダイノロドPプテラに急接近した。

 自身に渦巻く竜史郎への想いに背を向け、己の気持ちに嘘をつけばつくほど。この槍の力は高まり、「素直になれない乙女心」によって鋭さを増して行く。


 特殊合金に身を固めたこのボディそのものを、敵を穿つ矢に変えて。ゾーニャは愛する男を守るため、この一撃を以て戦いに終止符を打とうとする。


「なッ――!」


 だが、その「想い」だけで容易く斃れるダイノロドではない。Pはパイルノキオの接近に合わせ、大きく宙返りすると――その嘴を急速に回転させ、突進の体勢に移行した。

 彼の者の嘴は、熱線を放つためだけのものではなかったのである。


「きゃあぁッ!」


 パイルノキオの突進が最大速度に達するより速く。唸るように迫ってきたPの嘴が、先に彼女を跳ね飛ばしてしまうのだった。

 レモンイエローのボディが砂浜に墜落し、土埃を高く舞い上げる。そこへ追撃の熱線が襲い掛かり、パイルノキオは咄嗟に身を翻した。


(こんな……こんなところで負けてなんか、いられないのよ。アタシはまだ……何にも出来てない! まだ誰も……守れてないッ!)


 反撃の機会を失い、ひたすら回避に徹し続ける中で。ゾーニャはあの日と変わらない自身を悔やみ、操縦桿を震わせる。

 ――1年前のあの事件。最愛の彼を守るためならと、未熟を承知で死地に飛び込んでいながら、結局何も出来ず……去りゆく彼を、引き留めることも叶わなかった。

 また、何もできない自分のままで終わるのか。そんな自信のなさゆえに、想いを告げられないままの自分でいいのか。


「……もう、誰にも邪魔なんてさせない……! アタシを止めさせない! リュウは、リュウは……アタシが守るんだァアァアッ!」


 嘘ばかりつく自分を変えるために。本心を隠してばかりの自分を超えて、一歩でも前に進むために。

 彼女は、その乙女心という感情を、エネルギーとして爆発させる。熱線がパイルノキオの頬を掠める瞬間――その機体が黄金に輝き、秘められた「奇跡」が芽吹くのだった。


 熱線の雨をかいくぐり、再び上空へ飛び立つゾーニャ。そんな彼女を迎え撃つべく、Pも嘴を回転させて突進の体勢に移る。


 ――だが。黄金の輝きを纏うパイルノキオの動きは、これまでとは比にならない加速を遂げていた。

 従来の本機を遥かに凌ぐ射程と貫通速度を以て、熱線さえ切り裂き翼竜に急接近していく。亜光速に値する速さで、パイルノキオの鼻先がPに激突したのは――その直後だった。


「ストォオームッ……バンカァアーッ!」


 刹那。嘴を真っ二つに割り、Pの額に突き刺さったパイルノキオの鼻先から――パイルバンカーの刺突が炸裂する。

 頭部に深くめり込み、逃げ場のないPを串刺しにするかの如く。打ち込まれた杭が、翼竜を閃光と共に貫いたのだった。


「……今まで、ずっと……ごめん」


 そして、爆散したPに吹っ飛ばされるかのように、パイルノキオの機体が再び海岸の砂上に落下して行く。


「……大好き」


 だが。墜落した後、そう呟いたゾーニャの貌は――やっと「素直」に近づけた喜び故に、綻んでいた。


 ◇


 どちらが、真の強者であるか。どちらが、真の赤き竜であるか。

 灼熱竜王ゴッドレックスと、猛火の炎竜・ダイノロドSサラマンダー。両者が繰り広げるこの決闘が、その分水嶺となっていた。


 Sの大顎から放射される、紅蓮の業火。猛り狂うかの如く地を焼き、海岸線を火の海に塗りつぶす灼熱が、ゴッドレックスの全身を飲み込んでいる。

 ――だが。ワイバーン・カノンをものともせず、ジャイガリンGが回避を強いられていた、その猛火に対して。


 ゴッドレックスは、一歩も引くことなく――その堅牢な胸部装甲を以て、真っ向から受け止めていた。


「大丈夫か、ゴッドレックス!」

『我を誰と心得る。……この程度、かすり傷にも至らん』


 威風堂々と胸を張り、まるで涼風のように火炎放射を受け止める真紅の恐竜神。その光景を「やせ我慢」と見做す炎竜は、さらに火力を高めていく。

 もはやジャイガリンGの装甲では、近寄るだけで溶解してしまうほどの熱量であった。……にも、拘らず。


『それで貴様の全力か。……その様で炎竜を騙ろうとは……笑止ッ!』


 真紅の恐竜神の前では、天をも焼く煉獄の炎でさえ、児戯に等しいものだったのだ。右腕のドリルが回転するとSの火炎は、たちまち逆巻く火の粉となって霧散していく。

 それはまるで、蚊を振り払うかのような仕草であった。


『……ならばこの神が天に代わり、真の灼熱というものを教えてくれる。行くぞ、人の子よ!』

「おうっ! 行くぜ、ゴッドレックスッ!」


 そしてSの火炎放射が打ち止めになり、全ての炎がドリルによって切り払われた瞬間――足裏から量子の炎を噴き出し、ゴッドレックスの赤い巨体が遙か上空に舞い上がって行く。


『クォンタム・ブースト!』


 次の瞬間――右腕のドリルを振りかぶる恐竜神と、その操縦桿を握る少年の雄叫びが重なり。


『レックス・インパクトォオッ!』


 ――本物になり損ねた炎竜に、引導を渡すのだった。


 ドリルによって火炎ごと貫かれたSの赤い身体は、螺旋を描くように千切れ飛び爆散して行く。誰の目にも明らかな、ゴッドレックスの完勝であった。


「よし……仕留めたぜ! さぁゴッドレックス、次はどいつを――」

『――これ以上の干渉は不要だ。引き上げるぞ、人の子よ』

「えぇっ、何でだよ! あいつら、まだ戦ってるんだぜ!」


 ゴッドレックスの内部で操縦桿を握る少年は、別の場所で九頭竜将と戦っている者達に加勢しようとする。が、恐竜神はそれを良しとせず、右腕のドリルで足元に大穴を開け、この場から立ち去ろうとしていた。


『この程度の竜如き、我が手を下さずともいずれは淘汰されるであろう。……それに我らにはまだ、倒すべき侵略者が他にいるはずだ』

「そうだけど、でも……!」

『……其方の大切な少女も、帰りを待っているのではないか。それとも、あの戦士達がそれほど信用ならんか?』

「……ずりぃよ、そんな言い方。でも……分かったよ。お前が信じるなら、俺もあいつらを信じる。行こう、ゴッドレックス!」

『うむ。……共に征こう。この地上から、邪悪な侵略者を打ち払う為に』


 まだ行かねばならない戦地。戦わねばならない仇敵。そして、帰らねばならない場所。そこに想いを馳せるならば、ここに留まることはできない。

 やがて恐竜神の言葉に頷いた少年は、背後に響く戦いの轟音を背にして――全てを振り切るように、地中の奥深くへと突き進んで行く。


 彼らが帰るべき、世界を目指して。


 ◇


 それは子供の遊戯と呼ぶには、余りに過ぎた力であった。漆黒の鉄人を駆り、白銀の巨竜と渡り合う幼子は、無邪気に嗤い銃砲を撃ち放つ。

 まるでじゃれ付くようなその姿に反して――鉄人が放つ右腕のバズーカ砲は、携行兵器を逸脱した破壊力を誇っていた。山を抉り、森を焼くその災禍はもはや、ダイノロドを上回る邪悪に満たされている。


「たのしー、たのしー! ねぇねぇ、もっとあそんでっ!」


 悪を以て悪を制す。その言葉を体現する戦いは、さらに過熱して行こうとしていた。


 白銀の巨竜――ダイノロドFファフニールの大顎から放たれた、広範囲に渡る破壊光線。ジャイガリンGでさえ避けきれなかった、その眩い閃光を……グレートファントム2号は、鼻歌交じりにかわしている。

 しかも、ただ避けるだけではない。わざわざ挑発するように目の前を飛び回り、放射を誘いながら回避しているのだ。愚弄しているとしか思えないその挙動に激昂し、Fはその大顎で彼を噛み砕こうとする。


「えいっ!」


 だが、それすらも彼にとっては「じゃれ合い」の範疇に過ぎないのか。ひらりと大顎をかわしたグレートファントム2号は、渾身の力で下顎を一気に蹴り上げると――その破壊力を以て、Fの牙を砕き割ってしまった。


「カラスがないたら、かえるじかん♪」


 のたうちまわる巨竜を見下ろし、無邪気にはしゃぐ幼子。彼はやがて、カラスの鳴き声を耳にして黄昏を仰ぐと――何を思ったのか、戦いを放棄してその場から飛び去ろうとしていた。


 だが、ここまでのことをされて、悪の古代怪獣が見逃すはずがない。背を向けた隙を狙うかのように、グレートファントム2号目掛けて破壊光線が放射される。

 そして――眩い閃光が空を走り、去ろうとしていた彼の背部に直撃した。ジャイガリンGなら、この1発だけで致命傷は免れない。


「……よわっちいくせに、ナマイキだ」


 ――はずなのに。致命傷はおろか、かすり傷一つ付かないグレートファントム2号は、その全身に狂気を帯びてFの方に振り返っていた。

 無邪気な少年そのものだった幼子の貌は、一瞬にして殺意に満ちた「悪の幹部」へと豹変し――その小さな手に握られた操縦桿が、巨竜に「死罪」を宣告する。


「おまえ――ジャマ」


 次の瞬間。両肩に搭載された砲台から、流星群の如くミサイルが連射された。Fの巨体に肉薄する弾頭の雨が、巨竜の命を刈り取るべく唸りを上げる。

 その猛襲に対してFは、両翼を広げ受け止める体勢に入った。ジャイガリンGの火砕流ミサイルを凌いだ時と同様に、全てを無傷で受け止めようというのだろう。


 ――それが、巨竜の死因であった。


 火砕流ミサイルとは桁違いの火力と弾数に圧倒され、Fの全身から白銀の装甲が剥がされて行き――醜い人工筋肉が露わにされる。その露出した体表に、さらに叩き込まれる弾頭の嵐が、巨竜だったモノを四散させていった。


 巨大な古代怪獣さえも飲み込み粉砕して行く、絶対的な暴威。それをこの戦いで示してみせた、グレートファントム2号は――再び無邪気な鼻歌を響かせて、今度こそ空の彼方へと飛び去ってしまう。


「……カラスがないたら、かえるじかん♪」


 徐々に陽が落ち、暗夜が近づく中。漆黒に染まるその機体は、誰の目にも見えぬ闇の中へと消えて行くのだった……。


 ◇


 ――灼熱の溶岩に囲まれた、地下深くの岩盤。その死地へ降り立った2体の巨人は、互いの斧をぶつけ合い、装甲を削り合う。

 ジャイガリンGとダイノロドEアースの一騎打ちは、グロスロウ帝国の本拠地であるこの場で続けられようとしていた。


「ここは……!?」

「まさか、我が帝国発祥の地に貴様を招くことになろうとはな。……良かろう、貴様の墓場にこれ以上のものはない」

「発祥の地、だって……!? ぐッ!」


 僅かに生じた一瞬の隙を突き、Eの蹴りがGの脇腹に直撃する。転倒した乗機を咄嗟に立て直した竜史郎は、ゾギアン大帝の言葉に瞠目していた。


「……500年前、滅亡に瀕していた我が帝国は、『奴ら』との『契約』によって災厄を凌ぐ力を託され、来たる日に向けて眠ることを命ぜられていた。そして貴様らが宇宙怪獣などという連中を相手に、30年も暴れてくれていたおかげで……『来たる日』よりも早く我々は目覚めることが出来た。……感謝するぞ、地上人ども」

「……!?」

「ゾリドワは貴様ら地上人の力を信じ、眠り続けるべきなどと抜かしていたが……貴様らのような惰弱な者どもが、『奴ら』に勝てるわけがない。故にこのゾギアン大帝が地上を制し、『奴ら』を迎え撃つ長にならねばならんのだ」

「……またその話か。さっきから何を言っている!?」

「理解する必要などあるまい。貴様は私を殺したい。そして私は貴様を殺したい。……それ以上の何かが今、我々の間には必要か?」

「……」


 「奴ら」とは何か。「契約」とは何か。グロスロウ帝国の過去に纏わる謎は、深まるばかりだ。

 ――しかし今、必要なのはそれではない。彼らの暴走から、地上の人々を守るため……罪なき子供達の未来を、紡ぐため。この場でやらなくてはならないことは、ひとつだけだ。


「……その通りだ。あなたのために傷付いた人々が、大勢いる。今のオレには、その事実だけだ! 行くぞ、ゾギアン大帝ッ!」

「それでいい。……来いッ! フブキ・リュウシローッ!」


 もはや御託は不要。帝王の言葉は共感も理解も求めない、激情の発露でしかない。

 両者は手にした戦斧を振るい、互いの命を賭して激突して行く。巨大な刃と刃が交わることで、激しい金属音が鳴り響き――遥か頭上の火口まで轟いていた。


 溶岩が渦巻く地底の果てを舞台に、彼らは絶えずぶつかり合う。地底人と、地上人。互いの生存を懸け、ただ生き延びるために。


 ――それぞれにとっての使命を、果たすために。

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