第12話 がんばれ! まもりちゃん
それはまるで、白昼夢のようだった。防衛軍のパレードの最中、突如市街地に鳴り響く警報。広がるパニック。そして、空から飛来して来た鋼鉄の恐竜。
そんな招かれざる客によって今日の予定は一瞬にして崩壊し、先程まで楽しく賑わっていたはずのお祭りムードは、阿鼻叫喚の戦地へと変わり果ててしまった。
「あぁーんっ! なんで、なんでこんなことにーっ!?」
その渦中に立たされ、今この瞬間も飛竜に追い回されている
「まもりちゃん」の担当を務める人気声優である彼女は今日、1日基地司令として「まもりちゃん」に搭乗していた、のだが。突如襲撃して来た鋼鉄の翼竜――「ダイノロド
紫紺の装甲を纏い、古代の翼竜を模したその姿は、見る者にただならぬ威圧感を与えている。
一方、駆動系統はジャイガリンGのものを採用している……とはいえ元々まもりちゃんは戦闘用ではなく、市民に対するイメージアップを目的としているため、固定武装の類は持ち合わせていない。
それでなくても本職のパイロットでもない、ただの声優である光が……戦車隊や航空隊を蹴散らし、東京上空を我が物顏で飛び回る侵略者を迎え撃てるはずもなかった。
「御堂隊長! 第2小隊、及び第3小隊が壊滅! 第4小隊も半数が撃破されました!」
「チィッ……! もう地下基地からジャイガリンGは出てるのか!?」
「3分前に基地から出動したと……!」
「あと数分は掛かるな……。お前ら、なんとしても持たせろッ!」
その渦中でも、戦車隊を指揮する御堂は懸命に抗い続けていたが、彼の奮戦も虚しく被害は拡大する一方であり――現場から避難している唯川大佐や、ガリアード准将らを護衛するのが精一杯であった。
「お嬢様、早く車に!」
「でっ、でも、御堂さん達が……! パレードが終わったら、一緒に駅前のっ……!」
「それであなたが傷付くようなことがあったら、それこそ御堂隊長に顔向け出来ないわ! 彼らに報いるためにも、今は生き延びることを優先しなさいッ!」
「……は、はいっ!」
高層ホテルのパーティに参加していた有力者達は、こぞってリムジンに乗り込み現場から避難していく。その中でただ1人、応戦している防衛軍の隊員達を案じ続けていた綾奈も、千種と洋子に説得されて車に乗り込んで行った。
「……まさか奴らが、よりによってこのパレードを……!」
「晴翔や、どうやら綾奈ちゃん達も無事に逃げおおせたようじゃ。戦局は芳しくないようじゃが……幸い、この近辺から犠牲者は出ておらん」
「そうですか、よかった……!」
「……安心するのはまだ早い。あのダイノロドに対抗する術がない限り、市井の混乱は収まらんぞ……!」
その頃。別のリムジンで退避していた唯川大佐とガリアード准将、そして海神博士の3人は、上空を駆け巡る翼竜の姿に剣呑な表情を浮かべている。
彼の者に対抗し得るジャイガリンGが来るまでは、防戦一方になるしかないと理解しているだけに……その貌は険しい。
「きゃあぁっ! わぁあん、誰か助けて〜っ!」
東京の市街地を巻き込む、その激戦の最中。戦いを知らない21歳の可憐な美少女――装光は、コクピットの中で小動物のように震えながら回避に徹している。
Pの嘴から放つ熱線を、間一髪のところでかわし続ける彼女の技量がなければ……今頃防衛軍のマスコットは無残な鉄塊に成り果てていただろう。
「う、うぅっ……そ、それでも、それでもわたしはっ……!」
しかし、逃げ続けるのにも限界がある。都民を巻き込まないよう、避難経路とは逆の道を走り続けていたまもりちゃんは、倒壊した建物に行く手を阻まれてしまった。
さらに、近辺にはまだ逃げ遅れている都民も多く……子供達からは、まもりちゃんを案じる声が上がっている。
――その光景を目にした時。戦い方など知らない、市井の人間でありながら。光は意を決するように、上空を制するダイノロドPを見上げていた。
例え、パイロットでなくとも。戦闘など分からない、一介の民間人でも。自分は今、防衛軍のアイドルである「まもりちゃん」なのだから――いつまでも、泣き喚いて逃げ回る姿を、子供達に見せるわけには行かない。
幼い頃にたくさんの夢をくれたアニメ。そのアニメに命を吹き込むこの仕事に憧れ、その想いを胸に今日まで走り続けてきた彼女にとって――その声優としての矜持だけは、譲れなかった。
「それでも……それでもわたしはっ! 世界防衛軍マスコット、まもりちゃんっ! みんなのためなら――っきゃぁあぁああ!?」
だが、圧倒的な暴力と悪意は、そんな彼女の献身を容易く踏み躙って行く。Pの体当たりを受けたまもりちゃんの機体は敢え無くバランスを崩し、すっ転んでしまった。
その勢いのまま、鋼の翼竜は都民の群れに肉薄して行く。開かれた嘴は――まもりちゃんを案じていた子供達を狙っていた。
「だっ……ダメぇえぇっ!」
まもりちゃんとして、装光として、それだけは許せない。咄嗟に飛びついた彼女は――子供達の身代わりになるように、Pの嘴に捕らえられてしまった。
「わぁあぁあーっ!」
光の悲鳴と子供達の叫びが重なり、まもりちゃんの機体が空高く連れ去られて行く。それはまるで、防衛軍の敗北を象徴しているかのようだった。
――だが、その時。
「スピンリベンジャー・パァァンチッ!」
メタリックブラウンに塗装された鋼鉄の拳が、唸るように迫ってきた。咄嗟にその一撃を回避したPは――空の彼方から迫るジャイガリンGと対峙する。
「み、見ろ! ジャイガリンGだ!」
「防衛軍の所属になったって、本当だったのか!?」
「頑張れー! ジャイガリンGーッ!」
「まもりちゃんを助けてーっ!」
「ヒーロー」の登場に民衆から歓声が上がる中、竜史郎はPの嘴に捕らえられたまもりちゃんを視界に捉え――次の一手を打つ。
「ロケットアントラーッ!」
鼻先のドリルを射出し、Pの胴体を狙うが――飛行能力は向こうが上手なのか、あっさりとかわされてしまった。だが、この状況では
まもりちゃんを傷つけないよう、Gは比較的威力が浅い武器での牽制を試みるが――それらを悉くかわすPは、やがて東京湾の彼方へ飛び去ってしまった。
「なッ……待てッ!」
恐らくはまもりちゃんを餌に、Gをおびき出すための罠なのだろう。だが、そうだとしても彼女を諦めるわけには行かない。
「あれほど長時間飛行していていながら、死地熱エネルギーをほとんど消耗していないのか……!? こっちは長いこと地下に潜んで、力を蓄えた後なのに、速さにほとんど差がないッ……! なんて燃費の差だ……!」
竜史郎は、敵方との性能差に戦慄を覚えながらも――操縦桿を倒し、Wに命じてPの追跡に移る。その後ろ姿に、都民からの声援を浴びながら。
「あれは……ジャイガリンG!?」
「……!」
――その頃。現場から離れていく中、リムジンの頭上を飛び去っていくジャイガリンGを見上げ、千種は瞠目していた。再び自分達の前に現れた鋼鉄の巨人に、綾奈は目を見開いている。
(……あれ、は……)
そして、空の彼方に消え去るまで。彼女はその巨大な姿に、視線を釘付けにされていた。
理由などわからない。ただなぜか、あの巨人から目が離せなかったのだ。
――そこに想い人がいることなど、知る由もないというのに。
◇
Pが市街地を離脱し、太平洋側に飛行し始めてから約10分。まもりちゃんを咥えた鋼鉄の翼竜は、森に包まれた孤島に着地しようとしていた。
――ここは500年前から活動が停止している、火山でもある。
「そこだッ! ダブルリベンジャー・パァァンチッ!」
恐らく、ここで仲間達と合流するつもりなのだろうが――着陸する瞬間の減速には、必ず隙が生まれる。そこに狙いを定めた竜史郎は、Gの両拳を同時に発射した。
唸る二つの鉄拳は空を裂き――着地しようと羽ばたいていたPの両翼に命中。甲高い悲鳴を上げるPは、嘴からまもりちゃんを離してしまい――彼女の機体が、天高く舞い上げられてしまった。
その好機を逃さず、Gの巨体がまもりちゃんの機体をキャッチする。30mのGと8mのまもりちゃんの体格差は、まるで大人と子供のようであった。
「危ない!」
「ひゃあぁ! ジャ、ジャイガリンさん……! あ、ありがとうございますぅう……怖かったですぅう!」
「良かった……! もう大丈ッ――!?」
だが。それすらもグロスロウ帝国にとっては、策略の一部に過ぎなかったのだろうか。
竜史郎が安堵した一瞬の隙を突くように――海中から飛び出た熱線が、Wの片翼を焼き切ってしまったのである。黒竜の悲鳴と共に、Gはまもりちゃんを抱えたまま、孤島の大地に墜落してしまった。
「きゃあぁあ! なになに!? 今度はなんですかっ!?」
「海中から……熱線!? 君、すぐにここから離れて森の中に逃げるんだ!」
「で、でもジャイガリンさんは……!」
「オレは大丈夫だから、さぁ早く!」
「は、はいっ――きゃあぁあ!」
「――ッ!?」
恐らく敵は海中にも……森の中にもいる。だが、遮蔽物のない海岸では集中砲火は避けられないし、動きが鈍る海中では回避もままならない。ならば敵と接触する可能性があるとしても、遮蔽物が豊富である森の中に逃がすしかない。
そんな竜史郎の苦渋の決断さえ――四方八方から出現してきた邪竜達の群れは、無意味なものにしてしまう。光が悲鳴を上げる瞬間、森の中から何体もの古代怪獣達が飛び出してきたのだ。
――紫紺のボディと鋭い嘴を備える飛竜、「ダイノロド
――海中から顔を出す、青い装甲と鋭利な牙を持つ魚竜「ダイノロド
――堅牢な新緑の装甲に、鎚のような先端の尾を振るう地竜「ダイノロド
――橙色の装甲を備え、発達した両脚と禍々しい牙を唸らせる牙竜「ダイノロド
――その巨大な身体をしならせ、地を這う黄土色の蛇竜「ダイノロド
――鍛え抜かれた四足で地を踏みしめ、絶えず牙の間から赤熱を滾らせる、真紅の装甲を備えた炎竜「ダイノロド
――灰色の鋼鉄に全身を包み、八つの首と8本の尾を持つ異形の魔竜「ダイノロド
――天を覆わんとする巨体と大翼を持ち、異様に発達した両脚で大地を揺るがす白銀の巨竜「ダイノロド
――2本の脚で地を引き裂き、蛇の如き身体をひきずる深緑の凶竜「ダイノロド
「……貴様の眷属は、その手負いの黒竜1匹のみ。余が従える『グロスロウ
「――!」
そして――この9体にも及ぶ古代怪獣を従える、鋼の巨人が崖上に現れた。その背に羽織られた漆黒のマントが、潮風に煽られはためいている。
国防色の装甲で全身を包むその姿は、ジャイガリンGと酷似しているが……40mに迫るその体躯は、Gのそれを大きく凌いでいた。
その「前期型」……「ダイノロド
「あなたが……ゾギアン大帝かッ!」
「いかにも。……愚息が世話になったようだな、フブキ・リュウシロー。すぐ楽にしてやろう、無駄な抵抗はやめて死を待つが良い」
「そう言われて、従うと思うか。……ゾリドワは、あなたの息子は、こんなことは望んでいなかった! あなたは、ゾリドワの想いに応えられなかったのか!?」
だが、竜史郎は怯むことなく諸悪の根源を睨み上げ、ゾリドワのことを問い掛ける。だが、我が子の話でさえもゾギアン大帝は聞く耳を持たず――不遜に鼻を鳴らしていた。
「……何を言うかと思えば。地上の人間を信じ、全てを任せて眠るべきなどと抜かす彼奴は、もはや息子などではない。このゾギアン大帝が地上を制し、『奴ら』を迎え撃つ旗本となる!」
「『奴ら』……!?」
「そのためにもまずは、邪魔な貴様から死んでもらうとしよう。我が精鋭の九頭竜将よ、フブキ・リュウシローの首を取れぃッ!」
もはや、対話の余地などありはしない。ゾギアン大帝が操るEが漆黒のマントを翻し、巨大な鉄腕を掲げ号令を発する瞬間――9体ものダイノロドが、ジャイガリンGを討つべく一斉に動き出す。
「きゃあぁあぁっ!?」
「くッ……!」
その光景に悲鳴を上げるまもりちゃんを庇いながら――竜史郎は、万に一つも勝ち目のない戦いに臨もうとしていた。
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