第11話 器用になれない男達


「明星、君……」

「……」


 1年前。大切な家族を奪った者と、奪われた者。

 浅からぬ因縁を抱えた2人は互いの視線を交わしたまま、静寂の世界を作り出している。


 そんな2人を見遣る周囲の者達は、彼らの間にあるものを知るが故に、迂闊に口を挟めずにいた。これは、他者が介入して解決するようなものではないからだ。


「……俺達の任務はあんたの護衛だが、下手な運用をされたら守れるものも守れない。せいぜい足を引っ張らないようにな、民間人・・・

「お、おい戟ッ!」

「……」


 スティールフォースに属する隊員のほとんどは、大なり小なり竜史郎に恩義がある者ばかり。その唯一の例外である彼は、捨て台詞と共に踵を返して格納庫を後にしていく。

 あからさまに隊の和を乱すような、その言い草を咎める渡が追いかけ、歩と卓が彼の後に続いていく中――竜史郎は1人、苦い貌で俯いていた。


 そんな彼を一瞥しつつ、ゾーニャは背を向けて自身の愛機を仰いでいる。……掛けられる言葉がない以上、余計な干渉はせず、自分の任務を果たすしかないと……己に言い聞かせるかのように。


「……これを払拭するための戦いなんだろう。下を向くな、不吹」

「……分かってる」


 一方、ダグラスは竜史郎の肩を叩き「再起」を促すが――過去を掘り起こされた翡翠の瞳は、未だに揺れていた。


 ◇


 燦々と輝く夏空の下、東京の街道を華やかに盛り上げる防衛軍のパレード。その先頭を歩み、人々に笑顔を振り撒く「まもりちゃん」を――唯川綾奈と鷺坂千種は、上流階級が集う高層ホテルのパーティ会場から静かに見下ろしていた。

 背の柔肌を露わにしている、真紅と純白の絢爛なドレスが、その美貌をより麗しいものに彩っている。深く入れられたスリットは彼女達の白い脚を覗かせ、煌めくハイヒールがそのラインの美しさに華を添えていた。


 ガラス張りされた壁から、パレードを一望できるこの場には今日……軍の上層部や大企業の関係者など、多くの有力者達が集まっている。防衛軍将校の令嬢と侍女である彼女達も、この場に招かれていたのだ。


「綾奈様。ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」

「いやぁ……御成人なされてからは、ますますお美しくなられましたなぁ。如何ですか、私の息子などは」

「そちらのお嬢様もご一緒に如何です?」

「……いえ、お気持ちだけで構いません。私どものような者では、不釣り合いですから」

「いやいや、滅相もない。息子もたいそう貴女達を気に入っているのですよ。ささ、どうぞこちらへ」

「……」


 こうした場で、青年実業家や若手の将校、年配の権力者らが声を掛けてくることは珍しくない。一将校の令嬢と侍女、という範疇には留まらないほど、彼女達2人の美貌は周囲の注目を集めているのだ。

 豊満に育ったHカップとEカップの果実。その両方に向けられる好色の視線に対し、軽蔑の感情を抱きつつ――社交慣れしている彼女達は笑みを浮かべて一礼している。

 権力を見せつけ、見目麗しい女を我が物にしたがる……そんな連中ばかりが寄ってくるこうした場は好きではないが、父であり主人である唯川大佐の顔を立てるためにも、欠席はできない。


 そんなジレンマを抱える彼女達の美貌に、下卑た笑みを浮かべながら。権力者達は、自分達のもとへと2人を引き込もうとする。……さて、今日はどんな方便でこれを捌こうか。


「……淑女の扱いがなっていませんね、社長。出直していらっしゃい」

「――! か、かか、会長! こ、これはどうも……!」

「彼女は私と話がありますの。よろしくて?」

「は、はいっ!」


 ……などと、綾奈達が考えあぐねている時だった。紫紺のスーツに袖を通した妙齢の美女が現れ、権力者達を一声で制したのである。

 鋭い彼女の眼差しが、綾奈達を誘おうとしていた者達を震え上がらせ、瞬く間に退散させてしまった。


 彼女――葵洋子あおいようこが率いる「葵重工」は防衛軍関連企業の頂点に立つ存在であり、その威光には多くの権力者達がひれ伏している。

 それほどの大企業の支配者である彼女は――「顔馴染」である綾奈達と目を合わせるや否や、先程までの毅然とした表情とは打って変わり、柔らかな笑みを浮かべていた。

 彼女との再会に、どこか寂しげな表情だった綾奈も、ぱぁっと明るい貌を見せる。


「……本当、昔から悪い男にばかり絡まれるわね。綾奈ちゃんも千種ちゃんも」

「洋子さん……! お久しぶりですっ! それと……その、ありがとうございます。助けて頂いて」

「葵会長、ご無沙汰しております」

「いいのよ、ああいうヤラしい連中は私が言わなきゃ聞かないんだから。……しかし、いつまでも固いわね、千種ちゃんも」

「葵重工の会長であらせられる方に、無礼など働けません」


 その一方で千種は綾奈の侍女として、葵重工の頂点に立つ彼女に対し、深々と頭を垂れている。洋子にとって2人は可愛い妹のような存在なのだが、彼女達には彼女達の立場があるのだ。


「ふふ、千種ちゃんらしいわね。……綾奈ちゃん、さっきからずっと上の空って感じだったけど……もしかして例の『不吹君』のこと?」

「ふぇっ!? な、なんで洋子さんがそれを……!」

「なんでって、あなたのお付きの子メイド達の間じゃ有名じゃない。この前まで縁談が纏まりそうだった、幼馴染の御曹司を振ってまで添い遂げたがる……中学時代の王子様なんでしょ?」

「な、ななっ、なんでそこまで!?」

「御堂隊長から全部聞いたわ」

「み、御堂さんったらもぉお!」


 だが、竜史郎のことが洋子にまでバレていると知った綾奈は、社交の場でありながらぷりぷりと怒り出してしまっていた。その様子に周囲は何事かと振り返り、千種は呆れ、洋子はくすくすと笑っている。


「……心配しなくていいわ。彼、ちょっと最近バイトが忙しい・・・・・・・だけなんでしょ? すぐに顔を出すようになるわよ、きっと」

「……はい」

「いざって時には私の秘蔵っ子・・・・も付いてるんだから、大丈夫よ。だからあなたも、ゆっくり待っててあげなさい」

「秘蔵っ子……ですか?」

「えぇ。ちょっと古風過ぎるところもあるけど……とっても頼りになる男よ」


 ――そして、洋子の言葉に綾奈が小首を傾げている頃。そこからやや離れた場所では、壮年の将校達が神妙な面持ちで言葉を交わしていた。


「こんなに美味い酒を嗜めるのは、終戦時の晩餐会以来だな……ユイカワ」

「えぇ。……あれからは戦後処理に追われてばかりでしたからね。ガリアード准将の御尽力がなければ、ここまで早く街の復興は進まなかったことでしょう」

「お前の協力があってこそだ。……それに、まだ平和が確約されたわけでもなかろう。グロスロウ帝国の脅威が去らぬ限り、『ジャイガリンG』を戦力から外すわけにはいかん」

「……不吹君の負担は、強まるばかりですな」

「一度は軍を去ったシュナイダー中将の御子息が、今や防衛軍が擁する古代兵器の操縦士……か。不条理な話があったものだ」


 創設1周年記念を祝う場としては、彼らの表情は余りにも固い。だが、それは無理からぬことであった。

 それは今は亡き、彼らの恩師に関わることなのだから。


 唯川晴翔ゆいかわはると大佐とヴォルフラム・ガリアード准将は、恩師シュナイダーの子である竜史郎が「ジャイガリンG」と呼ばれる巨人の持ち主であることを知ると、速やかに彼を保護すべく動き出していた。彼らによって組織されたのが、データ収集を目的とする「駆動戦隊スティールフォース」なのである。


「……データ収集が進めば軍がジャイガリンGに拘る必要もなくなり、彼も自然と解放される。そのためのパイルノキオTと、スティールフォースだ」

「ゾーニャ様はかなり積極的に志願されていましたね。さすがはガリアード家の武官にして、あなたの御息女です」

「単なる誇りだけで、あれ・・はあそこまで躍起にはならんよ。……しかし、お前の娘は何も知らぬようだな。構わんのか?」

「……綾奈は、荒事を人一倍嫌う子です。不吹君の現状を知れば、泣きついてでも辞めさせようとするでしょう。今、彼の枷になるような真似は出来ません」

「……そうか」


 代々続く名門であるガリアード家とは違い、唯川大佐は一般家庭からの立身出世で今の地位を築いている。

 そんな「成り上がり者」である彼にとっては、家の名誉云々よりも愛娘の幸せこそが常に優先されるべきなのだ。


「……歯痒いものだな、ユイカワ」

「えぇ……本当に」


 竜史郎を取り巻く軍部の思惑を知らないまま、洋子と笑い合う綾奈達。そんな彼女らを遠巻きに一瞥した後、2人は背を向けてしまう。

 ――全てが終わるまでは何も話せないのだと、己に言い聞かせるかのように。


「防衛軍の中でも名将と名高いお前らが揃いも揃って、なぁ〜にを辛気臭いツラしとるんじゃい! 不吹君にはワシの孫も付いとるんじゃ、戦艦に乗ったつもりでどーんと構えんかい!」


 すると。2人の腰程度の身長しかない小柄な老人が、赤らんだ顔で絡んで来る。両手に握られた空の酒瓶を見る限り、かなり酔いが回っているらしい。

 地球外超金属「Gメタル」を発見し、人型兵器の操縦系統をジャイガリンGのデータから組み上げた、世紀の天才科学者――海神峡蔵わだつみかいぞう博士とは思えないその姿に、2人は深くため息をついていた。


「海神博士……恐れ入りますが、少々飲み過ぎでは? いつグロスロウ帝国が仕掛けてくるかわからない状況なのですから……」

「か〜たいこと言うなぃ! ほれ晴翔、ヴォルフラム! お前らも飲め飲めっ!」

「は、はぁ……」

「全く……あんたは相変わらずだな、ドクトル・ワダツミ。昔はシュナイダー中将とは対等の仲間だったと聞くが、私には未だに信じられんぞ」

「なんじゃいなんじゃい疑り深いヤツじゃのう。ワシとあいつはマブじゃぞマブ!」

 

 そんな彼に酒を勧められ、遠慮がちに応じている唯川大佐に対して、ヴォルフラムは呆れた表情を浮かべている。

 だが、その口元は微かに緩んでいた。自分達が「若造」だった頃と変わらない彼の父性に、どこか安堵しているかのように。


 ◇


 ――場所は変わり、東京から遠く離れた山中の地下秘密基地。


 その最奥にある格納庫から離れ、通路を歩む戟は――窓越しに映るジャイガリンGを目にして、ようやく足を止める。神妙な表情で古代の巨人を見つめる彼に、他の「同期達」がようやく追い付いてきた。


「……戟」

「言われなくたって分かってる。……あいつはただ、1人でも多くの命を守るために戦っていたに過ぎない。1年前のあれは、事故だ」

「……」


 当人に聞かれない場でようやく吐露された「本心」に、真っ先に声を掛けた渡は口を噤む。ならばなぜ、とは言えなかった。これは、理屈で片付けられるようなことではない。


 ――先の怪獣戦争で両親を失った戦災孤児である戟は、開業医の養父と孤児院を経営する養母に引き取られた過去を持つ。そして育ての親に応え、同じ身の上である孤児院の子供達を守るために、防衛軍に志願していた。

 その矢先に起きたのが、あの1年前の事件。当時、現場から遠く離れた街にいた戟は、一緒にいた子供達を退避させることが精一杯だった。まだ学生だった彼は、現場まで駆け付けることは出来なかったのである。


 やがて逃げ遅れた子供達は、突如地底から現れた怪獣に襲われ――竜史郎の砲撃に巻き込まれた。

 両親を失い孤児となりながらも、これからの平和な世を歩んでいけるはずだった、幼い命。この事件の犠牲となった彼らは、翌日の遠足を楽しみにしていた。遠足の後に皆で観る、「正義勇者アイガリン」を心待ちにしていた。

 だが結局、生き延びた子供達は戟が連れ出した数十名のみであり――それ以外の孤児は全て、あの事件の犠牲者となってしまった。


 あの後、戟は何度も竜史郎を殴った。彼は何も言わず、ただ無抵抗にその拳を浴び続けた。……先に力尽きたのは、戟の方だった。

 何度竜史郎に怒りをぶつけても。彼は自分の無力さから、目を逸らすことが出来なかったのである。

 結果として竜史郎は軍を去り、その後入隊を果たした戟は、日向威流の元で受けた地獄の訓練を経て――防衛軍を代表するパイロットとなり、この駆動戦隊スティールフォースへと配属された。


 ――そうして、ひたすらに己を磨き。子供達のために戦ってくれていた者を殴ってしまった、過去の自分を乗り越えようとしていた時だったのである。

 その竜史郎がジャイガリンGのパイロットとして、再び戦場に帰ってきたのは。


 Gを制御できる唯一の存在である彼を、防衛軍に引き込むという話になった際、戟は師の威流以上に強く反発していた。直属の上官である、ゾーニャと共に。


 守りたかった命も正義も失い、傷付くだけに終わってしまった者が、ようやく「教師」という次の道を見つけたばかりだというのに。ただ力があるというだけで利用するなど、あってはならない。

 そう主張して憚らなかった戟とゾーニャをよそに、結局竜史郎は自らの意思で来てしまった。その判断がさらに、戟の態度を強硬なものにしてしまったのである。


 ――もう、恨んでなどいない。恨んでなどいないからこそ、こんなところに戻って来て欲しくはなかった。そんな彼の想いも虚しく、このような状況になってしまったのだから。


「……ケッ。何が足を引っ張らないように、だ。結局お前はあいつに当たるしかなかったんじゃねぇか」

「……なんだと」

「おい、やめろ歩!」

「全部分かった上で間違いを犯すなんざ、ガキのやることだ。奴らに勝とうってんなら、まずはお前がオトナになるのが先だろうによ」

「……ッ!」


 そんな葛藤を抱える戟の背後に、歩の辛辣な言葉が覆い被さってくる。その発言を諌めようとする渡の制止も聞かず、口撃を緩めない歩の言い草に、戟も怒りを露わにしていた。

 瞬く間に一触即発の空気が立ち込めてしまい、渡は助けを求めるように同期の中でも最年長である卓の方を見遣る。だが現代の侍は無言で首を振り、2人に任せればいいと言外に告げていた。


「お前はやらなきゃならないことがあんのに、それをやらなかった。今も、昔もだ。……足を引っ張ってんのは、誰だ?」

「てめッ……!」

「戟ッ!」


 その煽りに、我慢ならなかったのか。戟は歩の胸倉を掴むと、一気に拳を振りかぶる。渡が制止の声を上げる一方――歩は無抵抗のまま、自分を睨む戟を見下ろしていた。


「……!?」


 そして、次の瞬間。行き先を迷っていた拳は――戟の顔面・・・・に激突した。その行動に渡が瞠目する一方、歩は舌打ちをしながら胸倉の手を振り払う。

 彼には、こうなることが分かっていたようだった。


「分かってんだ……! 分かってんだよ、お前の言う通り、今も俺がガキだってことくらいッ……!」

「……バカが。全部不吹アイツのせいにして、俺を殴ってりゃあ……楽になれたものを」


 誰かを恨めば、自分を恨まずに済む。苦しまずに済む。そうでもしなければ生きていけない人間を、歩は何度も見て来た。

 故に今、戟に最も必要な救いは「矛先」なのだと、歩は見ていたが……戟はその救いを振り払い、乗り越える道を選んでいる。ならばもう、何も言うことはない。


 いつまでも「ガキ臭さ」が抜けない同期にため息をつきながらも――歩の頬はどこか、安堵に緩んでいた。


「お前にそんな借り、作れるかよ……!」

「ハッ。だったらさっさとオトナになりな。未だ酒も飲めねぇお子ちゃまが」

「うるさい関係ないだろ! だいたい俺はまだ19なんだから、無理に決まってるだろうが!」

「このご時世、マジでハタチまで飲まない奴なんてお前ぐらいなもんだぜ。なぁ渡?」

「え、ええっ!?」


 そんな2人に振り回される渡は、困った表情で隣の卓を見上げている。彼らの様子を静観していた年長者は、穏やかに口元を緩めていた。


「……心配は要らぬ。あの2人がああなのは、今に始まったことでは無かろう?」

「そりゃそうだけどさ……。ああもう、2人とも喧嘩はやめろって!」

「20歳未満で飲酒はダメだ!」

「うるせーガキが!」

「あぁあもぉおぉッ!」


 だが、澄ました表情の卓を他所に。血の気が多い同期達は、「いつも通り」に騒ぎ立てるのだった。


「心配性だな、あんたも」

「……うるさいわね」


 そんな彼らを遠巻きに眺めるゾーニャとダグラスは、隣で聞いていた竜史郎を一瞥する。そして、どこか安らいだような彼の表情に……人知れず笑みを零していた。


 ――すると、その時。


『緊急警報! 緊急警報! 東京湾付近に死地熱エネルギーを感知! この熱源は……ダイノロドです! ダイノロドが東京湾付近に接近中!』

「……ッ!?」


 突如鳴り響く警報に、全員の表情が険しいものに一変する。一瞬にして臨戦態勢に入るパイロット達は、各々の持ち場に向かい始めた。


「ちくしょう! 最終調整はまだなのか!?」

「あとちょっとで完成なのに……! 作業を急いでくれ!」

「……まさか、こんな時に出撃する事になるとはな。ったく、つくづく運の無い人生だよ!」


 だが、新型の5機はまだ最終調整が済んでおらず、直ちに出撃することができない。現状、動き出した敵のダイノロドに対抗できるのは、ジャイガリンGだけという状況だ。


「ダグラス! 今の放送、東京湾って言ってたよな……!?」

「あぁ! ――奴らの狙いは、防衛軍のパレードだ! 俺は向こうの基地に連絡する、お前はすぐに現場に向かってくれ!」

「分かった!」


 ダグラスの要請に応じ、竜史郎は赤いヘルメットを被りながら――ゾーニャに託された白マフラーを巻き、別の格納庫に用意されていたモールアントラー号に飛び乗る。

 すると、アントラー号を乗せた床が徐々に傾いて行き――地上に向かって走り抜ける、登り坂カタパルトが出来上がろうとしていた。


 そうして、出撃準備が整いつつある中――アントラー号の中で発進の瞬間を待つ竜史郎に、連絡を終えたダグラスが通信で語り掛けてくる。これから始まる、命懸けの戦い。その意義を、問うように。


『……不吹。ジャイガリンが正式な防衛軍の兵器として登録されていない以上、この戦闘の内容を公式に記録することは出来ない。……あんたはどうして、名誉がなくても戦えるんだ?』

「名誉がなかったら、オレ達は戦ってはいけないのか?」

『あん……?』

「勉強が苦手でも、いい点を取るためにテスト対策に励む学生。会議のために、夜通しで資料を作る会社員。生徒達のために、授業の予定を組む学校の先生。続きを待ってる読者の為に、次の話を考える小説家。……誰だって、『当たり前の明日』を続けていくために戦っている。そこには名誉なんてないけど、それでも皆は戦ってるんだ。ずっと続いてきた、『明日』を守るために」

『……』

「オレもその中の1人だから……戦うんだ。名誉なんて関係ない。オレはただ、『当たり前の明日』を守るために戦うだけだ」

『……分かった。それなら、必ず生きて帰って来いよ。明日、あんたがいることが……お嬢達の、俺達の「当たり前」なんだから』

「分かってるさ。……いつか唯川さんにもちゃんと、オレのことは話すつもりだから」


 その答えに頷き、ダグラスが通信を切ると同時に。ついに登り坂が完成し、発進の準備が完了した。


「モールアントラー・ゴーッ!」


 それとほぼ同時に、竜史郎は発進のコールを行い――愛機のドリル戦車を走らせる。弾かれたように登り坂を駆け上がる赤い車は、弾丸の如き速さで地上を目指し続けた。

 それから僅か数秒後。森に包まれた山奥から飛び出して来たアントラー号が、青空の下に舞い上がる。


「ジャイガリン・ゴーッ!」


 さらに、竜史郎がそう叫ぶと同時に。遥か地中深くの格納庫で、死地熱エネルギーを大量に蓄えていたGの巨体が、森に偽装された射出口から飛び出して来た。

 重力に引かれ落下していくアントラー号が、迫り来るGの脳髄部に吸い込まれて行く。


「アントラー・セェット!」


 そのコールによって、ドリルを引っ込めたアントラー号は正面から脳髄部に激突。次の瞬間、90度に回転した車体から再びドリルがせり上がり、ジャイガリンGの「鼻」が完成する。

 そして巨人の咆哮と共に、その両眼が翡翠色に輝き――ドッキングが完了するのだった。


「ワイバァアァンッ!」


 Gとの合体を果たした竜史郎は、着地と同時に「相棒」を呼ぶ。刹那、遥か後方の射出口から――木々をすり抜け、双頭の黒竜が飛来した。

 頭上に迫る翼竜は咆哮を上げ、戦いを渇望するかのように唸る。そんな「相棒」の願いを叶えるべく――森の中を駆け抜けるジャイガリンGは、勢いよく跳び上がった。


「ドッキングッ……バイトォオォッ!」


 そして、Gの背部に合体したダイノロドWは、再びけたたましい咆哮を上げる。「主人」である竜史郎を戦いの空に連れて行く彼は、猛り狂うように二つの首を振っていた。

 目指すは、東京湾に迫る侵略者。再び戦場に赴くジャイガリンGを、地下基地にいる面々はモニターから神妙に見守るのだった。


「まだ新型の調整には、少しばかり時間が掛かる……! 頼むぜ、不吹……!」


 その出撃を見届けたダグラスは、険しい貌で画面に映るジャイガリンGを見据えている。

 一方、同じ映像をジャイガリンブースターのコクピットから眺めている戟は――今か今かと急くように、操縦桿を握る手を震わせていた。


「不吹ッ……!」

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