第10話 駆動戦隊スティールフォース
ゾーニャ・ガリアードにとって不吹竜史郎は憧れであり、初恋の相手でもあった。誰に対しても分け隔てなく接し、士官学校でも最優秀の成績を保持し続けていた彼は、常に彼女の心の中にいた。
さらに、高名なドイツ軍人である父や祖父からいつも、シュナイダー将軍の武勇を聞かされて育った彼女にとって、竜史郎の素性はまさに青天の霹靂であり――彼への想いを決定的なものにしていた。
生涯独身と言われてきたシュナイダー将軍に、息子がいた事実にも驚愕は隠せなかったが……それ以上に、喜びの方が強かったのだろう。
優秀な軍人を輩出してきたガリアード家の子女でありながら、その家名に見合う成績に至らず、「落ちこぼれ」とまで言われていた彼女に対して親身に接し続けていたのも彼だ。
それに応えるためにもと、血の滲むような努力を重ねた彼女はついに、士官学校の
あの事件で子供達を死なせてしまった竜史郎は士官学校を去り、彼に成り代る形で、ゾーニャは首席の座についてしまった。
多くの怪獣を倒し、多くの命を救ったはずの彼が軍を去り、あの事件で何も出来なかった自分が首席。そんな顛末を受け入れられるはずもなく、かといって自分まで席を去るわけにも行かず。
残された彼女にはもう、彼を追う暇すらなく。ただ彼の分まで、走り続けるしかなかったのである。ガリアード家の名に恥じない活躍を重ねる彼女には、幾度となく縁談も持ちかけられたが……彼女の心から、竜史郎の影が離れることはなかった。
それでも任官してからの1年間で、徐々に自分の中で折り合いを付けて、竜史郎との日々を思い出にしていけるはずだった。今になって彼が、ジャイガリンGの操縦士として帰って来さえしなければ。
なぜ帰ってきたのか。なぜ今なのか。なぜもう一度、会わねばならないのか。
――そんなことは理屈では分かっている。それが理解できないような子供ではない。
そして全てを飲み込めるほど、大人でもなかった。
自分にとっての最愛の人であればこそ。ゾーニャにとってこれは、望ましい再会ではなかったのである。
◇
「ゾーニャ……」
「どのツラ下げて帰ってきたのよ……って言っても、アンタは引き退ったりはしないわよね。ずっと前から、アンタはそうだった」
「……済まない」
「……謝らないでよ、ばか」
自分に代わり、新進気鋭の士官として戦い続けて来たのであろう、かつての同期。そんな彼女を前に、竜史郎は居た堪れない様子で目を伏せていた。
そんな彼の貌に、胸を締め付けられながらも――ゾーニャは素直になれず、厳しい言葉を浴びせてしまう。その苦悩を慮ればこそ、戦場に戻ってきた彼を快く迎え入れることは出来なかった。
「……まさか君が、この新型のパイロットに?」
「えぇ。この5機はアタシが指揮を執る『新型機』の実験小隊――『
「スティールフォース、か……。それで、君の乗機は?」
「先頭の機体よ。……この中じゃ1番、
ゾーニャが指差す、5機ある内の一つ。それはジャイガリンGと同じく、「鼻」に大きな特徴を備えた鋼鉄の巨人であった。
レモンイエローのボディに、リボンを模る蒼い翼。各所に散見される、赤い模様。そして、鼻型のパイルバンカー。どこかジャイガリンGに近しい意匠を持ち合わせているが、そのフォルムはより洗練された曲線を描いており、女性的な印象を与えている。
――近年、軍部で研究が進められている「感情エネルギー」。その新技術を戦闘兵器に転用するテストも兼ねたこの機体は、防衛軍が独自に開発した初めての人型ロボットである。
ゾーニャ・ガリアードがパイロットを務める「地窮貫輝パイルノキオT」。その艶やかな機体を見上げ、竜史郎は新たな巨人の誕生を実感し、息を飲んでいた。
「これが、防衛軍の秘密兵器……」
「全機が完成して、データ収集が完了した暁にはアンタもジャイガリンGもお役御免ね。……こんな戦いさっさと終わらせて、教師にでもなんでもなりなさい。死んだりしたら、それこそアタシは承知しないわ」
そんな彼を一瞥し、ゾーニャは首に巻いていた白マフラーを脱ぐと――「主席」の証であるそれを、竜史郎に投げつける。
「この戦いを切り抜けるために、アンタのものになるはずだった『誇り』を返す」。言外に、そう告げていた。
「……分かった。ありがとう、ゾーニャ」
「う……うっさい!」
そんな不器用な優しさを滲ませる彼女に、マフラーを手にした竜史郎は微笑を送る。一方、彼と視線を交わすことが出来ないでいるゾーニャは、赤らんだ貌を懸命に背けていた。
「――初めまして。貴方が、あの不吹竜史郎さんですね」
「君は……」
「スティールフォース所属、
「ゾーニャから?」
「……1年前の事件は、確かに大きな犠牲を払った。それでも、あの日のアンタの働きで、親兄弟や友人が救われたっていう奴もいる。スティールフォースに志願した隊員の多くは、そういう連中よ」
「……1年前の……。そうか……君も、新型のパイロットなんだな」
「はい! あの時は、街にいた妹を救って下さって、ありがとうございました! お祖父ちゃ……こほん、祖父が造ってくれた、この『ダイアンカーG』が俺の乗機なんです!」
すると。彼女の部下らしき、18歳前後の青年が声を掛けてきた。青を基調とするパイロットスーツを纏う、黒髪の青年は「敬意」を宿す眼差しで竜史郎を見つめている。
パイルノキオTの後方に立つ、白と水色のカラーを持つ軍艦をモチーフとした巨人「ダイアンカーG」のパイロット・海神渡だ。
彼が搭乗するダイアンカーGは、彼の祖父に当たる軍事研究者・海神博士が開発に携わった機体であり、ジャイガリンとは別系統の技術も活用されている。
かつてグロスロウ帝国で研究が進められていたが、当時の
――それ自体が動力源となる超金属「Gメタル」。既に発見されている古代の文献で言及されていた、グロスロウ帝国の科学力に「宇宙人」が関与しているという説を有力なものにするその「現物」も、この機体に力を与えている。
地球上のものとは考えられない、この金属を転用した本機は「古代の文明から発見した外宇宙の技術」のテストも兼ねており、Gメタルの有用性を実証する目的も秘めているのだ。ダイノロドを生み出したグロスロウ帝国でさえ持て余す、この未知の原石を地球防衛に活かすために。
「へぇ、あんたがあの……? 噂の割には随分、覇気のない面構えしてんだな」
「……君もスティールフォースの?」
「あぁ。
そこへ今度は深緑のパイロットスーツを纏う、焦茶色の髪の青年が進み出て来た。彼は前髪を搔きあげつつ、不敵な表情でじろりと竜史郎を見遣る。年齢は20歳前後といった印象だ。
彼――敷島歩は渡と同じ新型機のパイロットなのだが、素行不良や命令違反の常習犯でもあり、優秀な操縦技術を持ちながら「窓際族」にまで追いやられていた問題児でもあった。
「ちょっ……歩、失礼だろ不吹さんに! この人は俺達の先輩でジャイガリンGのパイロットで隊長の――!」
「知ってるよんなこたぁ。けど今は一介の民間人だろーが。これくらいでいちいちピリピリすんなよ、渡」
「ああもう……そんなだから5回も左遷されてるんだぞ! 言っておくけど、
「たりめーだ、俺みたいなのがそう何人もいてたまるか」
そんな彼の態度に、同期であるという渡が眉を吊り上げるが、歩は意に介さない様子で自身の乗機を仰いでいた。
パイルノキオT、ダイアンカーGに続く第3の新型。それが彼がパイロットを担当している、旧式人型重二足歩行兵器実戦有効度実証型「グランガード」なのだ。
海神博士がダイアンカーGに先駆けて完成させたプロトタイプのロボットであり、炊飯器にゴリラの手脚を取り付けたような姿が特徴である。背部には酸素ボンベを模したブースターが装着されており、飛行能力も有している。
さらにバリア能力や機関砲、レーザー砲などといった内蔵兵器も充実しているのだ。一方でこの機体には頭部の類がなく、胴体部分にある四角いセンサーで視界を確保している。
元々は二足歩行を実用化するための試作機でしかなかったのだが、より高度なデータを収集するスティールフォースを編成するに当たり、急遽戦闘用として改修された機体でもある。それでも、他の機体と同様に最新鋭技術を盛り込んだワンオフモデルには違いなく、「ヤラレメカ」という不名誉なあだ名に反した性能を秘めているのだ。
「格好良さなんてものは実力に付いてくるもの」と主張して憚らない、歩らしい機体とも言える。
「……全く、あいも変わらず騒がしいで御座るな。2人とも」
「あっ……
「うるせぇなー……おい卓、お前も自己紹介は早めに済ませとけよ。
「すでに方々で面倒ごとを起こしておいて、よくぞ言ったもので御座るな。……まぁ、正論ではあるか」
すると、騒ぎ立てる若者達を諌めるように――「侍」が進み出てきた。否、「侍のような風貌」のパイロットが。
腰まで伸びる黒髪をひと束に纏め、片眼に切り傷を残した、赤い甲冑姿の青年は古風な口調で2人を諌めると、竜史郎の前に堂々と歩み出る。その意表を突いた出で立ちに、竜史郎は暫し硬直していた。
「挨拶が遅くなってしまい、失礼致した。拙者、スティールフォースに所属する
「え、ええと……君の機体って、もしかして……」
「左様。グランガードの後方に控える、あの『サムライバー
「や、やっぱり……?」
士官学校時代もドイツで過ごしていたため、日本で暮らした期間が短い竜史郎でも、卓の佇まいや言動の特異さは理解していた。ここまで「侍」なら当然、乗機もそれに近い機体であろう……ということも。
事実、卓が示した先には――ブルーメタリックの強化装甲に覆われた、巨大な青の武人が佇んでいる。この戦国武将さながらの鎧姿と、頭部の兜に備わった赤い鬣はまさしく、「サムライバー零」という名に相応しい出で立ちであった。
防衛軍の制式戦闘機「コスモビートル」の製造にも携わった「葵重工」が開発を請け負い、その会長である若き天才科学者・
人々の恐怖を勇気に変えるためとして、戦国武将のデザインを採用した異色の機体であり、高速駆動を実現する防衛軍の新技術「バイオデバイス」の試験機でもある。搭乗者と機体のシンクロ率に応じて戦闘力を高めるこのシステムは、更なる人型兵器発展の礎として軍部からも期待されているのだ。
そのバイオデバイスが秘める力を最も強く引き出せる「霊力」を持つ卓は、サムライバー零にとってなくてはならない存在なのである。
――そんな新型のロボット達を一通り見上げた後。竜史郎は最後方で整備を受けている、1機の航空兵器に視線を向けた。
この中でただ一つ、人型ではない航空機。戦闘機というには余りにも大きな、その紅の翼が……格納庫に収まるように折り畳まれている。
Wの翼にも迫るサイズを持つ、その機体の中心部には――赤いボディに塗装されたコスモビートルが収まっていた。
「……そしてあれが、Wの飛行データを元に開発された『ジャイガリンブースター』。戦闘機としても運用出来る、G支援用のメカよ」
「コスモビートルと合体しているのか……!?」
「そう。パイロットは大型ウィングを切り離した後、コスモビートルでの脱出が可能となっている。ダイノロドWを有人式で再現した機体……ってところかしら?」
現状、GはWとドッキングしなければ飛行能力を得られない。万一、必要な時にWの力を借りられなくなった場合、空を飛べないGはかなり不利な状況になる。
そんなGをサポートするための
人工知能の精度においてはグロスロウ帝国に遠く及ばない防衛軍が、「後期型」の働きを再現するために手を尽くした結果とも言えるだろう。
「なるほど……じゃあ、コスモビートルからあの機体を操縦するパイロットが居るんだな。その人は来ていないのか?」
「……そのパイロットなら……」
すると。竜史郎の問いかけに対し、ゾーニャは視線を逸らして言い澱む。その様子に不審なものを感じた竜史郎が、神妙な面持ちに変わる瞬間――
「……俺が、どうしたって?」
――張り詰めた空気を全身に纏う、1人の青年が現れる。
艶やかな黒髪を持つ彼は、黒と赤を基調とするパイロットスーツに袖を通し、剣呑な眼差しで竜史郎を射抜いている。
その鋭い貌を目の当たりにした竜史郎は――
「……まさか、君が……!」
「……フン」
竜史郎の問いに答えぬまま、青年は鼻を鳴らして彼を睨み据える。周囲のほとんどはこの状況を予測していたらしく、驚いた様子もなく見守っていた。
歩や卓、ダグラスらが静観する一方で、渡は青年と竜史郎を交互に見遣り、不安げな表情になっている。青年自身もそんな
――青年の名は
30年に渡る怪獣戦争を終わらせた英傑・日向威流の弟子にして、コスモビートル隊出身のエースパイロットである。現在では駆動戦隊スティールフォースに所属し、ジャイガリンブースターの専任パイロットを務めている。
そして。
1年前の事件で竜史郎が死に追いやった、あの子供達の「親代わり」でもあった。
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