第9話 防衛軍の新型兵器


 東京から遠く離れた、某山中の地下深く。その地底の彼方に新設された防衛軍の秘密基地は、接収されたジャイガリンGとダイノロドWを格納する為だけでなく、その能力を解析する研究機関も兼ねている。


 あの事件の後に回収された2機は、初めて起動した貴重なサンプルとして軍部に渡り、この地底基地で日々調査されているのだ。しかし、古代グロスロウ帝国の技術力は未だ未知数であり、ブラックボックスが多過ぎる為に解析は難航している……というのが実情である。


「しかしたった3ヶ月で、よくこんな地下基地を造れたな……」

「死地熱エネルギーは地下深くであればあるほど、多く供給されるからな。コイツらを格納するなら打って付けだろう? 冷却スーツを着てなきゃ、整備兵は即死もんだけどな」


 洞窟と設備が一体化したようなこの空間。その内部を一望できる通路から、ジャイガリンG関連の「重要参考人」である不吹竜史郎はダグラス・マグナンティと共に、2機の古代兵器を見下ろしていた。彼らは戦車隊のトレードマークに当たる黒い野戦服の上に、赤い防弾ベストを羽織っている。


「にしても、ホントに『ジャイガリンGグレート』を正式名称にしちまうとはな。奴らと識別するためにも『ダイノロドGゴーレム』の名は使わない、にしても……もっと他にあっただろ」

「……『ジャイガリンG』は、あの日を生き延びた子供達が付けてくれた名前だ。オレは、大事にしたい」

「ほぉん……ま、乗るのはあんたなんだから別に構いやしねぇけどよ。……しっかし、ここの暑さはなかなか慣れねぇな。蒸し焼きにされそうだぜ」

「それでもこの通路は冷房が効いてるんだから、まだマシな方か……」


 冷房の効いた基地の通路とは違い、ハンガー内は死地熱エネルギーを供給する為、内部の気温がそのままになっている。そのため作業中の整備兵達は皆、エネルギーを遮断できる冷却スーツに身を包んで行動していた。並みの生物なら近づくだけで死に至るエネルギーなのだから、生身の人間など以ての外……なのである。


「……整備兵の人達には、苦労を掛けるな」

「あんたにも、だろ。……元士官候補生とは言え今は一介の民間人。そんなあんたを引き込むって話になった時は、結構揉めたんだぜ? あんたが中将の息子じゃなかったら、モルモットにしようとする輩も出たはずだ」

「……オレと父さんのことは上層部も知ってるはずだ。揉める余地があったとは思えないが」

「実際、上はノリノリだったらしいぜ。あのシュナイダー中将の息子で元士官候補生なら、喜んで引き受けるはずだってな。……ただ、あの日向威流が良い顔しなかったんだってよ」

「あの人が?」

「先の大戦を生き抜いた軍人ってのは大抵、『能力ある者は理由の如何を問わず、その力を尽くすべき』っつう能力主義者が大半と聞いたが……どうも、地球を救ったヒーロー様は違うらしい。あんたがすぐに首を縦に振らなきゃあ、今頃コイツらも博物館行きになってたかもな」

「……」


 あの事件の後。御堂達からの聴取を受けた竜史郎は事情を全て打ち明け、事後の沙汰を彼らに託した。そうして、GとWは防衛軍に引き渡される運びとなったのだが――竜史郎以外の人間には、ジャイガリンGを動かすことができなかったのである。


 グロスロウ帝国の科学力により延命していたと思われる、「ゾリドワ」なる人物の供述が正しければ、Gは操縦権を引き継いだ竜史郎にしか操ることが出来ない。

 機体に特殊なプロテクトが掛けられているのか。竜史郎の身体が「Gの操縦士」に適合するように変異させられたのか。両方の線で検査した結果、竜史郎の身体に異変の類は見受けられず、Gのプロテクトが特殊なものであると断定された。

 現代の防衛軍が有する科学力では、そのプロテクトを突破することができない。ならば唯一Gを制御できる竜史郎の身柄を、防衛軍の管轄下に置く以外にない。


 しかしそれは、明確な「戦時」というわけでもない情勢でありながら、一介の民間人を軍に徴用するということであり。かつて失われた民衆の信頼を取り戻す為に再編された、世界防衛軍の意義に関わることにもなりかねない。

 それでも、かのアーデルベルト・シュナイダー中将の子息であるなら、喜んで軍に協力してくれるだろう。元士官候補生でもあるのだから、応じるに違いない。

 ――そうして、半ば強制的に彼を引き込もうと画策していた上層部に反発する日向威流の影響力は、一軍人の域を大きく超えるものであった。


 結局、竜史郎自身が軍の要請に応える形で、彼は秘密裏にジャイガリンGの正規操縦士となったのだが……それはグロスロウ帝国の脅威が沈静化するまでの間のみ、というものである。


 かつてグロスロウ帝国を率いていたという、ゾギアン大帝。その者が地下深くに潜伏しているダイノロドで、再び地上を強襲する可能性がある上、彼らの本拠地は依然として不明。そんな状況のまま操縦士の座を降り、知らぬふりをするのは竜史郎としても本意ではなかったのである。

 ――軍の思惑に利用されることになる、と知りながらも。


 彼の素性と経緯を知ったドイツ支部の上層部としては、自国に引き込み父の跡を継ぐ英雄として迎えたかったようだが――最終的には、日本を離れたくないという当人の意思を汲むことに決まった。

 シュナイダー中将に恩義のある武官が多数を占めるドイツ支部は、彼に無理強いすることを望まなかったのである。


「……ゾリドワはあの時、父を止めてくれと……確かにそう言っていた。それに3ヶ月前に現れた2機のダイノロドは、いずれも後期型。……つまりオレがWを制御したように、あのTを操っていたのが……」

「かのグロスロウ帝国の長……ゾギアン大帝、ってか。しかし人間を何百年も生き長らえさせるなんて、グロスロウ帝国の技術力はとんでもねぇモンばっかりだな。軍の研究機関が血眼になるのも分かる気がするぜ」

「そうやって、ゆっくり研究してられるなら安心なんだがな。……オレ達が管理しているGとW。あの戦いで破壊したT。そして今、博物館で展示されている残りの個体。……文献によれば、これらに該当しないダイノロドが、まだ幾つもある」

「そいつらは博物館行きになった連中のような、物言わぬ人形なのか。はたまた、地下深くでゾギアン大帝に使役されている『新手』なのか。……それがハッキリしない以上、軍も貴重な対抗手段になるGとあんたを手放すわけには行かない。……ってことか」

「あぁ。……しかし自分で言うのもなんだが、こんな荒唐無稽な話を上もよく信じたな。発信源のオレが、シュナイダー中将の……父さんの息子だからか?」

「ヨタ話だと笑って痛い目を見るのは懲り懲り、ってことだろうよ。いかにも信じなさそうな上層部のジジイどもにだって、守りたい家族はいる。上は上で必死こいてんのさ」

「……」


 口元を吊り上げ苦笑を浮かべるダグラスを一瞥し、竜史郎は神妙な面持ちでGとWを見つめる。

 ――懲り懲り。つまりは過去にも、人類にとっては荒唐無稽な事態があったということだ。それは間違いなく、30年に渡り人類を苦しめた、先の怪獣戦争のことだろう。


 あの悲惨な戦いを想起させる悪寒を、長い戦乱の時代を生きてきた上層部も感じているというのであれば。「その時」はきっと、そう遠くない。


 ――つい先月も、「グレートファントム2号」という謎の識別不明機アンノウンの襲撃を受け、一戦交えたばかりなのだから。


(それに、あの時ゾリドワは……ゾギアン大帝が地球を征服しようとしているのは、「彼ら」に対抗する為だと言っていた。グロスロウ帝国以上の何かが、この星を狙っているということ……なのかも知れない)


 ふと、竜史郎の視線がGの両腕に注がれる。そこに秘められた武装の名に、彼は言いようのない「闇」を感じていた。


(「螺旋を描く『復讐者』の拳スピンリベンジャー・パンチ」、か……)


 そんな胸中が、顔に出ていたのだろう。手すりを掴む彼の横顔を見遣り、ダグラスはやれやれと言わんばかりにため息をつく。


「ゾギアン大帝が動き出したら対抗出来るのはジャイガリンだけなんだから、オレが皆を守らなきゃ!」

「……!?」

「……って顔してんじゃねーよ。何のために俺達がいると思ってやがる」

「……だけど……」

「そんな自惚れ野郎なお前に、見せてぇもんがある。……吠え面かくなよ?」

「……?」


 やがて得意げな笑みを浮かべながら、ダグラスは地下基地の「知られざるフロア」へと竜史郎を導く。来たことのない区画へと案内される竜史郎は、何事かと眉を潜めていた。


「この基地に、こんな区画があったなんて……」

「機密レベルSSランクのエリアだからな。今まであんたにも秘密にしてた計画だが……完成秒読みって段階だし、そろそろ頃合いだろうと思ってよ」

「計画……?」


 やがて辿り着いた突き当たりで、ダグラスは赤いカードキーを使い眼前の自動ドアを解錠する。その先へと進む彼の後ろに続き――竜史郎は。


「な……!」

「言ったろ? ――吠え面かくなってよ」


 ジャイガリンとは異なる文明に生まれた、新世代の巨人達を目の当たりにして、瞠目してしまう。行き着いた広大なハンガーには、何機もの「秘密兵器」が格納されていたのだ。


 ◇


 封鎖されていた格納庫の最奥。そこに隠されていた4機の人型兵器と、1機の大型航空兵器。

 それらはいずれも、無骨なジャイガリンとは違い整然とした装甲に覆われている。少なくとも、数百年前に発掘された遺物の類……ではない。


「これは……」

「……確かにダイノロド自体の解析は大して進んでいない。が、数少ないあんたの戦闘データを引っ張り出して、独自に人型兵器の研究と開発を進めることは出来た……ってわけだな。しかもGとは違って死地熱エネルギーは使ってないから、整備も楽ときた」

「たった3ヶ月で、この5機をか?」

「違うな、6機だ。……ホレ」


 ダグラスから手渡されたタブレットには――東京湾付近の大都市で開催されている、「世界防衛軍創設1周年記念パレード」の中継映像が映されていた。

 民衆の注目を浴びて街道を行く戦車隊の勇姿や、青空に雲の軌跡を描く航空隊のパフォーマンスが、画面全体に広がっている。


「え……」


 ――その道行く防衛軍の先頭を進む、全長8m程の鉄人。竜史郎はそのロボットの外見に、目を奪われていた。


『みんなぁ、こんにちはーっ! 世界防衛軍のアイドル、「まもりちゃん」だよーっ! 今日は、防衛軍創設1周年記念パレードに来てくれて、本当にありがとーっ! 今日は、いっぱいいーっぱい、楽しんでいってねっ!』


 「世界防衛軍女性士官の制服を着た、四頭身の美少女」。そう形容するしかない外観の機体が、華やかな笑顔を振りまいている。近くに寄る子供達と触れ合うその姿は、ロボットであることすらも忘れてしまいそうだ。

 ――世界防衛軍創設1周年を記念して新たに誕生した、軍を代表するマスコットキャラクター「まもりちゃん」。市井に対するイメージアップを目的に開発された本機は、有名なイラストレーターがデザインを担当し、小学生低学年にも親しみやすいSDシルエットが採用されている。


 そしてこの機体には――ジャイガリンGから得た人型兵器の技術が活用されているのだ。この格納庫に秘匿されている、4機の人型機と同様に。

 同系統の技術による産物とは思えない「まもりちゃん」の姿に、竜史郎はなんとも言えない表情を浮かべている。


「戦闘用の新型機だけでなく、広報用の機体にまで転用できるほど実用化が進んでいたのか……」

「少しでも真新しい技術を拾ったら、たちどころに最新兵器に繋げちまう。ちょっと危ういが、味方としては頼もしいのが防衛軍ウチの開発機関さ」

「……最新兵器、か」


 ジャイガリンGやダイノロドWと同じ、巨大兵器でありながら――最奥に立ち並ぶ5機の「新型」は、グロスロウ帝国とは全く違う「文明」の色を滲ませている。

 地底に潜む侵略者を討つために生み出された、新型兵器の群れは――その荘厳な佇まいで、竜史郎達を見下ろしていた。


「……随分気が早いお披露目ね。最終調整が終わるまで、彼には見せない予定じゃなかったの?」


 その時。凛とした女性の声が反響し、竜史郎達が振り返った先には――金色の髪をポニーテールに束ねる、スタイル抜群の美女が。両腕を組んでたわわな双丘を押し上げ、仁王立ちで待ち受けていた。


 彫刻の如く整った目鼻立ちに、吸い込まれてしまいそうな蒼い瞳。薄い桜色の唇に、白くしなやかな柔肌。くびれた腰回りに反して、豊満に強調されるIカップの巨峰。艶やかな曲線を描く肢体に、隙間なく密着したマゼンタ色のパイロットスーツ。

 そして――「士官学校主席」の証である、純白のマフラーと。この地下深くの秘密基地でも輝きを失わない、煌びやかなブロンドのポニーテール。


「悪いな、ガリアード中尉。こいつがあんまり1人で抱え込みたがるもんだからよ」

「……そう。やっぱり、アンタらしいわね……リュウ」

「君は……!」


 それほどの美貌を備えた女性士官は、鋭い眼差しでダグラスを一瞥した後――竜史郎に視線を移す。

 刹那、憂いを帯びた色を瞳の奥に滲ませた彼女は、柔らかな唇を震わせ……その名を呟くのだった。


 ゾーニャ・ガリアード。

 士官学校を首席で卒業した才媛にして、不吹竜史郎の元同期・・・である彼女は今――この「新型」のパイロットとして、彼との再会を果たしたのであった。


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