第7話 500年の野望
――暗黒に包まれた地下深くに築かれた、古代の帝国。遥か昔に長い眠りに沈み、滅亡したものとして歴史に記されている、その太古の国に今。
「……地上の異民族共が、GとWを掌握しおったか。ゾリドワめ……父に逆らうとは、愚息の極みだな」
地の果てより目覚めし独裁者が、人骨で誂えた玉座に座している。色白の肌に金色の長髪、そして屈強な肉体。歳は地球人に見立てれば、40歳前後のようにも伺える美丈夫であった。
だが、それは外見の話でしかない。500年に渡り地下深くで眠り続け、熟成されてきた「欲望」の渦が、その眼に渦巻いている。
漆黒の鎧を纏う彼の大帝は、玉座から立ち上がると――強欲に滾る眼光で、眼前の崖下を見下ろしていた。
その中で蠢く、無数の巨大な影。妖しく輝く瞳。その全てを射抜く彼の眼差しが、「真の戦い」の始まりを告げている。
「まぁ、よい。たかが3機のダイノロドなど誤差の範囲だ。――この地球を我が物とし、『奴ら』を迎え撃つためにも……こんなところで手をこまねいているわけにはいかんのだ。このゾギアン大帝が、世を制するためにもな」
やがて、彼の背後に顕われた青銅の巨人が――鋭い両眼から光を放ち、怒号を上げる。戦いを待ちきれない、と言わんばかりに。
振り返り、そんな「眷属」を見上げる孤高の大帝は、歪に口元を吊り上げほくそ笑んでいた。
「……そろそろ、ご退場願おうか? ――フブキ・リュウシロー」
自身の敗北など、万に一つもあり得ない。そう、確信するように。
◇
夕陽が茜色の光を放つ、黄昏の空。綾奈は千種と2人、その空の下で息を切らして走り続けていた。向かう先は、この一大事件により負傷した患者達を集めた都内の総合病院。
慌ただしく看護師や医師が行き交う中、2人は焦燥を露わに廊下を走り、報された病室を目指す。たわわに実ったHカップとEカップの双丘が、激しい運動に応じて上下に揺れ動く。いわゆる「お嬢様学校」の出である防衛軍将校の令嬢と、その侍女の振る舞いとは思えない様相であった。
そんな礼式に構ってはいられなくなる程に――彼女達にとっては、かけがえのない者が待っているのだから。
「千種、こっち! 急いでッ!」
「お嬢様ッ……!」
憂いを帯びた表情で、想い人の元へ走る綾奈。その切なげな貌を、千種は神妙に見守っていた。
――今でこそ世界防衛軍や、その前身に当たる地球守備軍は日本支部も含めて、大衆から絶大な支持を集めているが。それは日向威流が台頭するようになった、ここ数年の話であり……彼が現れるまでの日本における地球守備軍は、「頼りにならない税金泥棒」と見なされていた。
当時守備軍においても主力とされていたドイツ支部やアメリカ支部と異なり、常に「予備戦力」として扱われてきた日本支部は市民からの支持も低く、連日のようにメディアに叩かれ今より遥かに肩身が狭い思いをしていた。
その日本支部将校の娘である綾奈も中学時代、そんな世情の誹りを受ける形で、苛められていたのである。
歳不相応に発育した胸をからかわれ、日々市民の為に尽くしているはずの父を貶され、戦災で家族を失ったクラスメートからは「お前達がしっかりしないせいだ」と物を投げられ。
それでも、全てが事実であるということを受け止めて、綾奈はされるがままとなっていた。そうせざるを、得ない環境だった。
――そんな彼女をただ1人庇い、日本支部が支持される時代に至るまで、彼女の味方であり続けたのが……当時、帰国子女として綾奈のクラスに転校してきた不吹竜史郎だったのだ。
14歳までドイツで暮らしていた彼は、幼くして母を病で失って以来、父の別荘で孤独な幼少期を送っていた。日向威流が現れるまではドイツから見ても日本支部の評価は低く、「本国の英雄であるシュナイダー中将の息子が、日本人とのハーフであると知られては士気に関わる」という理由から、竜史郎は幼い頃から父と引き離されていたのである。
だが、父と子の仲そのものは良好であり、アーデルベルトは母に似た我が子に惜しみなく愛情を注ぎ――竜史郎もまた、そんな父のように強くなり、弱き人々の助けになる道を志すようになっていた。母の故郷である日本への留学が決まったのも、別荘に「隔離」されていた我が子をアーデルベルトが儚んでのことである。
――しかし、それだけが理由ではない。当時ドイツでは、地上に蔓延る怪獣軍団との一大決戦が迫っていたのだ。アーデルベルトは愛息を逃がすため、留学を取り計らっていたのである。
そうして、竜史郎がドイツを発ってから間もなく決戦が幕を開け――当時の守備軍は激戦の果てに、怪獣軍団を撃破。
一方、竜史郎は自身の素性を伏せたまま日本の中学校に渡り――自分と同じ軍人の子でありながら、守るべき市民から苛められている綾奈と出会っていた。
当時ドイツ支部は市民から多大な信望を集めており、軍人の子息達は皆自分達の親を誇っていた。そんな国から来た彼にとって、綾奈が置かれていた状況は信じ難い光景であり――許し難いものであった。
彼は真っ向から綾奈を苛める勢力に反発し、中学を卒業した綾奈が遠方の……いわゆる「お嬢様学校」に進学するまで、彼女を守り続けていたのである。その後、綾奈と別れた竜史郎は士官学校に進学する為に
そして、卒業試験の為に再び日本に帰ってきた矢先。あの「1年前の事件」に遭遇し――やがて数奇な運命を経て、彼女との再会を果たしたのだ。
父を失い、守るべき命も失い、自分が歩むはずだった道も見失って。それでも未来ある子供達の助けになれる道を探して、「教師」という新たな夢を見つけた頃に。より美しく(グラマラスに)成長した綾奈が、彼を待っていたのである。
彼がドイツ人と日本人のハーフである、とまでしか知らない綾奈は、それでも自分を救ってくれた彼を一途に想い続けてきたのだ。今日、この瞬間に至るまで。
彼は、どんな時も自分の側にいてくれた。だから、今度は自分が……。
「……!」
そう強く想う彼女が、勢いよく扉を開き――感涙を頬に伝せながら、ベッドに駆け付けていく。彼女の後に続く千種の視界に、夕陽が差し込む窓を眺めていた竜史郎の姿が映り込んだのは、その直後だった。
「不吹くぅうぅんッ!」
綾奈は涙を浮かべながら、満面の笑みを咲かせて――竜史郎の胸に飛び込んでいった。そんな彼女を見つけて、普段通りのぽけーっとした笑顔を浮かべる彼の、逞しい胸へと。
「不吹君、生きてる……! 生きてるよね、生きててくれてるんだよね……! あ、あぁあっ……!」
「唯川さん、鷺坂さん……よかった、2人とも無事だったんだね」
「無事だったんだね……じゃ、ありません全く! お嬢様の気も知らないで、あなたという人は全く……! 今日という今日はお説教です、そこに直りさないっ!」
「え、えぇ……いつにも増して、鷺坂さんが容赦ない……」
口先では彼の態度に腹を立てている千種も、その目尻に涙を貯めている。そんな彼女達の姿に、「1年前のあの日」とは異なる未来を見出した竜史郎は、微かな笑みを零していた。
(父さん……きっと、これで良かったんだよな。オレはやっと……ちゃんと、みんなを……)
――そして、彼は。亡き父に想いを馳せ、黄昏の空を仰ぐ。その美しさは、全ての戦いが夢であるかのようであった。
その一方で、廊下から彼らのやり取りを見守るダグラスと御堂は、互いに顔を見合わせてため息をついている。これから色々と、忙しくなることが目に見えていたからだ。
防衛軍は束の間の平和から一転し、再び波乱の時代を迎えようとしているのだから。
「やれやれ……これから忙しくなりそうだな。ダイノロド
「それなんだがな、マグナンティ。避難所からの通信によると……どうやら避難バスにいた
「へぇ……?」
そんな中。せめてもの救いを求めるように――暇を愛する隊長は、市井に広がる新たな「ヒーロー」の名を口にするのだった。
「『正義勇者アイガリン』……っていう特撮ヒーローがいるだろ。そこから取って、
◇
「お嬢様……お弁当、やはりぐちゃぐちゃでしたね」
「あ、あうぅ……ご、ごめんね不吹君」
「いいって全然。味が変わったわけじゃないし……美味い美味い」
「……ね、お嬢様。私が言った通りでしょう。不吹殿はこういう方だと」
「あ、あはは……」
「……?」
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