第4話 アントラー・セット


 メタリックブラウンの堅牢な体躯。翡翠色の眼光に、螺旋状の軌跡を描くドリルのような長い「鼻」。

 その巨人の如きシルエットは、紛れもなくダイノロドのそれであったが――博物館の中に、この姿に該当する立像はなかった。

 つまり……博物館には展示されていない、未発掘のダイノロドということだ。


「あの巨人……まさか、怪獣達の仲間なんじゃないのか……!?」

「どうなっちまうんだよ……! 防衛軍は何してんだよ!」


 避難用バスにいる乗客達は、巨人の出現に悲鳴を上げる。どこか怪獣達に近しい意匠を持つ彼の者の出現は、人々に更なる脅威として迎えられていた。


 ――そんな中、未だ竜史郎の安否は不明であり。それを何より気にかけている綾奈は、周囲の乗客以上に不安げな表情を浮かべていた。そんな彼女を気遣うように、千種が隣に寄り添っている。


「……大丈夫ですよ。不吹殿はきっと、すぐに見つかります」

「千種……」

「先程の彼のことは、私も拝見しましたが……ほんの数分前までとは別人のように、凛々しい貌をされていましたね。……普段からあのようにされていればよろしいのですが」

「あはは……うん、そうだね……」

「……だから、きっと大丈夫です。私達は、避難先で帰りを待ちましょう。せっかく今日の為に、不得意な手作り弁当まで用意されたのですから」

「ふ、不得意とか言わないでよ……これでも結構頑張ったんだから。……でも、さっきのどさくさで中身ぐしゃぐしゃだと思うし……」

「他の殿方ならともかく、不吹殿に関しては何も問題はないでしょう。あのだらしなくぽけーっとした顔で、美味い美味いと召し上がること請け合いです」

「あはは……そうかも。そんな気がして来たよ」


 懸命な励ましが効いたのか、綾奈にも少しずつ笑顔が戻り始めている。そんな彼女の様子に安堵しつつ、千種は剣呑な面持ちで、鋼の巨人の背に視線を向けるのだった。


(……我が主人がこれほどに気を揉まれているのです。生きて帰ってこなければ、許しませんからね……不吹殿)


 ◇


『おぉおおぉッ!』


 地底より出でし土塊の巨人は、鋼鉄の恐竜と相対してすぐに殴り掛かった。真正面から突っ込んでいった彼は、力任せに拳を振るい、ダイノロドTの顔面を打つ。

 ――だが、Tの口内に仕込まれていた小型ミサイルの連射をまともに浴び、すぐに転倒してしまった。それでもめげず、再び真っ向から突撃していくのだが……鋼鉄の恐竜の牙城を崩す前に、体当たりで吹き飛ばされてしまう。


「くっ、う……こ、ここは……!?」


 その戦場となっている、市街地の廃墟。そこで目覚めた竜史郎は、自分のすぐ近くで怪獣達が戦っていることに、ようやく気が付いた。あの爆発で、こんな危険地帯にまで吹っ飛ばされていたらしい。

 すぐにここから離れなくては――そう思う瞬間、彼の傍らにダイノロドGの巨体が倒れ込んでくる。


「おわっ……!」


 眼前に巨人の頭が現れ、その衝撃に竜史郎は再び吹っ飛ばされてしまう。なんとか身を起こした彼の眼前では、仰向けに倒れたGがTによる尻尾の連打を浴びせられていた。

 竜史郎の間近で苦悶の声を漏らす巨人は、切迫した声を漏らしているこの状況でも、活路を見出せずにいる。もはや、それを探す余力すら残されていないのだ。


 このままでは、やられてしまう。そう焦る竜史郎と、巨人の視線が交わった――その時だった。


『無念……だ』

「……!? 巨人の声……なのか!?」


 竜史郎の聴覚に、知らない声が入り込んでくる。それが意味するものを彼が理解した瞬間、巨人は深く頷き、眼前の若者に問いかけてきた。


『君は、誰だ……』

「……オレは不吹竜史郎。あなたこそ、一体……!」

『……フブキ・リュウシロー、か。私の名はゾリドワ。かつてこの地の果てに栄えた、グロスロウ帝国において……皇子と呼ばれていた者だ』

「グロスロウ帝国……!? まさかあなたもあの地底怪獣達も、ダイノロドだったのか!?」

『……我々を知っているのか。……その通りだ。我々は滅亡を回避し得る「力」の代償として、生きながら地の果てに眠り続けていた。……「彼ら」の施しによって』

「彼ら……?」

『だが、地上で起きていた宇宙怪獣と君達の戦いによって、我々は覚醒してしまった。私の父は……ゾギアン大帝は「彼ら」を倒すために、この地上を征服しようとしている! 私達地球人同士で、争っている場合ではないというのにッ……!』

「それって、どういう――!?」


 すると、仰向けに倒れた巨人の頭部から――脳髄部に収まっていた、1台の車両が外れ落ちてきた。先端部に、巨人の「鼻先」に相当するドリルを備えたその車両は、真紅の一色に染められている。


「これは……!?」

『このダイノロド――「G」の頭脳となる、「モールアントラー号」だ。私はもう保たん……今からこれとGの操縦権を、君に譲渡する』

「な……!」

『巻き込んですまない、申し開きのしようもない。だが……もはや頼れるのは、今ここにいる君しかいないんだ! リュウシロー!』


 すると、アントラー号と称されるドリル戦車のキャノピーが開かれ……その中にいた1人の青年が、転がり落ちてきた。先程まで竜史郎が聞いていた、「声」の主である。

 人間のものとは思えぬほど……まるで人形のように白い肌を持つ、色素の薄い金髪の美男子。その表情は死相そのものであり、今にも事切れてしまいそうなほどに憔悴しきっていた。


 竜史郎は彼の傍に駆け寄り、抱き起すが……その余りの「軽さ」に、思わず目を剥いてしまう。これが自分達と同じ、人間の体重なのか、と。

 ――その理由は、すぐに明らかになった。瓦礫の影や土埃で見えなかったのだが……彼の下半身は、すでに主人の身から失われていたのだ。


「――っ!」

「数百年も、無理に保存したところで……ただ辛うじて生きているだけに過ぎん。戦士としては、この体は余りにも……脆すぎたようだな」

「ゾリドワ……!」

「……君の魂からは、戦士の匂いがする。決して忘れられぬ、戦場の香りを知る者の匂いだ。君ならば、私以上にGを操ることが出来るかも、知れん」

「もう……いい、もう喋るな!」

「頼む……我が帝国を、父上を止めてくれ……! たの、む……!」


 そして知り得る全てを竜史郎に伝えて、力を使い果たした地底の皇子は。地上の男に震える手を伸ばし――息絶えた。その白い手は力無く地に落ち、生命の終わりを竜史郎に知らせる。


 ゾリドワの体が、砂のように跡形もなく崩れ落ちて行ったのは、その直後だった。

 グロスロウ帝国が持つ、延命技術の限界か――自身の腕の中で、粒子となり消えて行く皇子を、竜史郎はただ見ていることしか出来ず。無念の色に満ちる彼の死に顔だけが、その脳裏に焼き付いていた。


 Gを打ち据えるTの長い尾が、追い討ちをかけるようにしなり。防衛軍の怒号が轟く中。竜史郎は暫し、ゾリドワが遺したアントラー号の前で膝をついていた。


「今だ! 一斉射撃ィィィ!」


 一方。尾を振るう瞬間、目元に戦車砲を浴びたTは思わず怯み、勢い余って尾を地面に突き刺してしまっていた。その好機に乗じて、戦車隊と共に戦場に立つ隊員達が、一斉に光線銃を放ち始める。

 ――そこから少し離れた先では、逃げ惑う人々が互いを押しのけ合い、阿鼻叫喚の煉獄を生み出していた。母親とはぐれたのか、ぬいぐるみを引きずりながら泣き喚く幼子の姿も伺える。


(決して、忘れられない……か)


 それは。かつて「全て」を失った日を想起させるには、十分過ぎる景色であった。


(……なんでかな、父さん。もう理由も義務も、家族も……オレにはもう、何一つ残されていないはずなのに)


 そして、この混沌と激戦のさなか。竜史郎はゆっくりと立ち上がり――古代グロスロウ帝国の遺物である、眼前の巨大兵器を見遣る。


(まだオレは……こんなにも、未練がましく……!)


 その眼の色は――かつて無辜の命を守る為、戦場に立つ道を選んだ元戦車操縦士のものであった。


 ◇


 先端に螺旋状の軌跡を描く、1本の巨大なドリルを備えた真紅の戦車「モールアントラー号」。

 その車体に備えられた、物々しいキャタピラを一瞥した後――竜史郎は開かれたキャノピーに向かって軽やかに跳び、操縦席に乗り込んだ。


 その中で彼は、操縦席の全面を埋め尽くすように書き込まれた、古代文字の群れを目の当たりにする。


「これは……グロスロウ帝国の文字、か? ――そうだ」


 ここに帝国の文字が刻まれているということは、この「G」に関連する情報が記録されているのではないか。そう思い立った竜史郎は、懐に手を伸ばし――1冊のメモを取り出した。

 爆発で吹き飛ばされ、綾奈達と逸れる直前に拾った、彼女の手記。そこに記されているグロスロウ語の翻訳内容を見れば、あるいは――。


「……やっぱりだ。凄いな、唯川さん」


 そう睨んだ通り。竜史郎は操縦席に刻まれた文字を、綾奈のメモを頼りに解読していき――「G」の操縦方法を探り出していた。

 すぐ近くでは倒れている巨人の前で、怪獣達と戦車隊の死闘が続いている状況だが……この事態を切り抜ける為にも、今は解読に集中しなくてはならない。


「――音声入力により各部位が変形、『G』の脳髄部に接続。以後、操縦桿レバーとフットペダル、及び各種スイッチによる操縦が可能となる。なお、各武装の展開・使用に際しては特定のパスコードを音声で入力すること。経年劣化に伴う音声認識機能の低下が懸念される場合、パスコードを叫ぶ・・必要性があり――」


 竜史郎は背部から轟く轟音や土埃を意に介さず、目の前の古代文字にのみ注目し続ける。それを終えた彼が操縦席に座り、両脇にある2本のレバーに手を掛けたのは、解読を始めてから僅か10分後のことであった。


「よし――行くかッ!」


 綾奈のメモを懐に仕舞い、その翡翠の瞳をキャノピー越しに「戦場」へと向ける。――戦車隊を蹴散らすTの凶眼と、視線が交わったのはその直後だった。

 巨竜の赤い眼が仰向けに倒れたGと、その側にいるアントラー号に向けられている。新たな狙いを竜史郎に定めた彼の者は、その巨大な足で踏み潰そうと――大木の如き片脚を振り上げた。


「――ロケットアントラーッ!」


 だが、竜史郎には寸分の躊躇いも、恐れもない。彼は操縦席に刻まれていた通りに、パスコードを叫び武装を発動させる。

 罪の意識ばかりに苛まれ、忘れかけていた「未練」と――「怒り」の赴くままに。


 刹那。アントラー号の先端部に装備されたドリルが、上方に角度を変えて射出されると――ロケット噴射と共に螺旋を描いて唸りを上げ、Tの顔面に直撃した。


(……射角調整はこんなものか。この至近距離であの図体なら……外す方が難しいがなッ!)


 堅牢な装甲を破るには至らなかったが、思わぬ不意打ちだったらしい。飛び出たドリルがロケット噴射による推力で、アントラー号の先端部に帰って来る頃には――Tは地を揺るがす轟音と共に、転倒してしまっていた。

 片脚立ちの姿勢だった瞬間に、頭部に一撃を浴びたことで重心を崩されたのだろう。


「アントラー・セット!」


 その隙を縫うように竜史郎はアントラー号を走らせ、仰向けに倒れたGの脳天に突進していく。Tの転倒に伴う地響きを物ともせず、アントラー号のキャタピラは主人を巨人の脳髄へと誘って行った。


 やがて、竜史郎の叫びに呼応するかのように。脳髄部の窪みに到達したアントラー号の先端ドリルが、亀の首のように車体内部へと収納されていく。さらに車体側面部のキャタピラが、車体前方へ突き出されるかのように変形し始めた。

 脳髄部の奥に備わっていた差込口に、そのキャタピラ部が突き刺さると――そこを軸にして、今度はアントラー号の車体が、90度上方に回転する。ちょうど、仰向けに倒れていたGの視点になるような格好だ。


 そして。車体内部に収まっていたアントラー号の先端ドリルが、再び鋭く飛び出してくる。脳髄部に合体ドッキングし、頭部に収められたアントラー号から飛び出すそれは、さながら鋭利な「鼻」のようであった。


「立てるか……!? 頼む、Gッ!」


 かつては優れた戦車操縦士だった……とは言え、当然ながら竜史郎には人型ロボットに搭乗した経験などない。彼は剣呑な面持ちを崩すことなく、人生初の二足歩行兵器を立ち上がらせていく。


 地を踏みしめ、空を仰ぎ、その碧い眼は同規格・・・の巨竜を見据えて。メタリックブラウンの巨人は、亀裂が走るアスファルトに立ち、両腕を振り上げ咆哮する。

 それはゾリドワの魂が遺した、慟哭のようであった。志半ばで斃れた、無念を叫ぶかのような。


「行くぞ……応えてくれ、Gッ!」


 そして、操縦桿を握る竜史郎は、巨竜と同じ目線になると――真っ向から巨人の拳を構えさせ、未知の戦いに漕ぎ出して行く。


 古代の超技術ロスト・テクノロジーが産み出した兵器達の、生存を賭けた戦いが幕を開けようとしていた――。

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