第3話 鋼鉄の地底怪獣


 古代兵器博物館の近辺に、怪獣らしき高熱源体が接近している。その情報が防衛軍を通じて報じられた途端、館内は騒然となった。


 ――高速宇宙戦闘機「コスモビートル」を操り、30年にも及ぶ怪獣軍団との戦争に終止符を打った、伝説的パイロット。彼の活躍から1年を経た今、ようやく人々が怪獣の脅威から立ち直ろうとしているというのに。

 戦いはまだ、人類を解放してはくれなかったのだ。


 他の隊員達が避難誘導を行う中、ダグラスは綾奈の手を引く竜史郎の後を追い続ける。こうなった以上、速やかに綾奈を安全な場所まで護衛しなくてはならない。

 将校の娘に万一のことがあれば、護衛役は面目丸潰れだ。


「……!?」


 すると。今までとは別人のような、鋭い顔付きに変わっていた竜史郎の横顔が目に入り、ダグラスは思わず目を見張る。

 その時だった。


「あれは……!」

「どうした!?」

「地底です、地底から怪獣がッ!」

「地底だと……!?」


 高熱源体――怪獣がついに現れたのか、激しい地震が館内を襲い、人々の悲鳴が轟いた。その直後、防衛軍との交戦が始まったらしく……けたたましい衝撃音が、外から響いてくる。


 ――それは、さながら。

 1年前の事件・・・・・・の、再現であるかのようだった。


 ◇


 一瞬にして戦場に巻き込まれてしまった恐怖に煽られ、博物館に来ていた一般客やゼミの学生達は、我先にと外へと群がっていった。


「壁が崩れるぞ! ――あっ、子供が!」

「危ないっ!」


 その時。戦いの余波なのか、突如壁に亀裂が走り――その下にいた子供の上に、瓦礫が降り注ぐ。だが子供は、逃げる途中に落としたヒーロー人形に気を取られているらしく、頭上の瓦礫に気づいていない。

 それを目の当たりにしたダグラスが、瓦礫を破壊しようと咄嗟に光線銃レイガンを引き抜いた――次の瞬間。


「不吹君ッ!?」


 一瞬のうちに鋭い貌に豹変した、竜史郎が。いつも肌身離さず持っていたはず参考書を、邪魔とばかりに投げ捨てる。

 そして、目にも留まらぬ速さで弾かれたように飛び出し――ヒーロー人形を拾いながら少年を抱え、間一髪瓦礫を回避してしまった。


「……よっ、と。もう大丈夫だよ。これ、しっかり持っててね」

「お兄ちゃん……わ、わぁあん! 怖かったよぉ!」

幸太こうたぁああ!」

「ママぁあ!」

「あぁ、良かった……! ありがとうございます! ありがとうございました!」

「ここは危ない、さぁ、早く!」


 竜史郎は子供を優しく下ろすと、駆け寄って来た母親に避難を促し――やがて何事もなかったかのように、惚けていた綾奈の手を引いて、その場を離れていった。

 あまりにも鮮やかに少年を救って見せた、その俊敏な動きに、ただならぬものを感じたダグラスは――通信で、御堂隊長に真実を問う。


「御堂隊長、あいつは一体……!?」

『……あぁ、お前は今日が初めての監視任務だから知らないのか。あいつの名は不吹竜史郎。かつて天才と持て囃された、元防衛軍士官候補生だよ』

「不吹……!? 聞いたことあるぜ、確か1年前、1人で20匹以上の怪獣を仕留めたって……!」

『……まぁ、戦時中に色々あったらしくてな。首席卒業を目前にして戦車を降りて、今じゃ普通の大学生だ。……尤も、体はまだ覚えてるみたいだがな』

「あいつが……」

『だから大佐も、娘の恋路をある程度は黙認してんのさ。それでも心配でソワソワしてるらしいが――おっと、無駄口は終わりだ。例の地底怪獣、かなり派手に暴れ出してやがる。奴は俺達がなんとか抑えるから、お前は速やかにお嬢様を安全なところへ送り届けてやれ!』

「……了解!」

 

 ダグラスは竜史郎の正体に息を呑むと――綾奈の手を引いて外へ飛び出す彼に続き、博物館を後にする。

 一方、御堂は「不吹竜史郎」という男に纏わる情報を、ふと思い返していた。戦後の混乱に掻き消され、歴史の闇に消えた、知られざる「英雄」の記録を。


(……本名は不吹ふぶきSシュナイダー竜史郎りゅうしろう。年齢20歳。唯川大佐の恩師であり、先の戦争で殉職されたアーデルベルト・シュナイダー中将の忘れ形見。2年前に過去最高の成績で士官学校に入校するも、首席合格を目前にして退校。原因は、終戦直前に起きた「あの事件」で民間人が戦闘に巻き込まれ、死亡した際の心的外傷によるものと思われる……か)


 1年前。怪獣軍団が地上から掃討されたと発表され、間もない頃。終戦直前になって、地底に潜んでいた宇宙怪獣の残党が、市街地の中で一斉に出現する事件が発生していた。

 当時の地球守備軍は大半の戦力を宇宙に逃れた怪獣達に向けており、地上戦力が手薄になっている中での、突然の奇襲だったのだ。常駐していた正規の戦車隊は敢え無く全滅し、当時卒業を控えていた士官候補生達が一足早く駆り出されていた。


 ――だが付け焼き刃の新米達が、正規部隊を踏み潰した怪獣達に敵うはずもなく。200人以上もの民間人を含む多数の犠牲者を出す、大惨事に発展してしまった。

 この事態を受け、「地上の安全」という虚偽の情報を流した挙句に多数の死傷者を出したとして、地球守備軍は市井のみならず国連からも多大なバッシングを受けてしまい、組織の再編という「浄化」を迫られる。そして上層部の大幅な「入れ替え」を経て、新たに「世界防衛軍」として生まれ変わったのだ。


 そうして、かつての地球守備軍が「禊」を強いられる中で。ただ1人、新兵でありながら数多の怪獣達を撃ち倒し、「英雄」の如く活躍していた士官候補生がいた。

 だが、彼は戦火の渦中に晒された幼子達を救えず――深い傷を残すことになり。その幼子達が皆、親を持たない戦災孤児であったがゆえに、遺族に償うことすら叶わなかったのである。


 ――正義はおろか、幼い命さえも。何一つ守れず、ただ敵を倒すことしか出来なかった。その結果を「罪」と捉えた彼は表彰を断り、首席卒業を前にして軍から立ち去ってしまう。

 彼の去り際に再編された世界防衛軍は、この一件を教訓に宇宙戦闘機コスモビートルのパイロットだけでなく、戦車操縦士の育成にも注力するようになったのだが――彼を超える人材は、未だ見つかっていない。


 コスモビートルの伝説的パイロットとして、華々しい活躍を飾り続けた日向威流ひゅうがたけるの英雄譚とは裏腹に。不吹竜史郎の武勇伝は、癒えない傷と消せない罪に塗れた、苦い結末を迎えていたのである。


(……あの人形……)


 その一方で。先程の人形を思い返していた竜史郎もまた、暫し物思いに耽っていた。


 ――1年前のあの日、自分が死なせた子供が握っていたものと、同じヒーロー人形だったのである。ここ数年、人気を博している特撮ヒーロー番組「正義勇者せいぎゆうしゃアイガリン」のグッズだ。


 あの時、子供達は確かに助けを求めていた。子供達にとっては竜史郎こそが、アイガリンヒーローだったのかも知れない。


「……くッ!」


 そう思えば思うほど、竜史郎の貌は悲痛に歪み。その過去を振り切らんと、彼を走らせる。

 ――今はただ、綾奈達を守らねばならない。これ以上、誰一人として死なせないためにも。


 ◇


 その頃、すでに外では防衛軍によって手配された避難用バスが待っていた。

 ――しかし。


「きゃあぁああ!?」


 凄まじい爆発が辺りを襲い、綾奈の悲鳴をかき消した。竜史郎はとっさに彼女の上に覆い被さり、彼女を火の手から庇う。

 その拍子に彼女の懐から落ちたメモを、彼は咄嗟に拾い上げ――鋭い視線を爆発の原因である、遥か遠方の怪獣に向けていた。


 鈍色の装甲で全身を固める、鋼鉄の恐竜。アスファルトを踏み鳴らすその両脚とビルを打ち砕く尾は、絶えず竜史郎達の大地に激しい振動を齎している。


 ――自律起動式の後期型「ダイノロドTティランノ」。それが、古代兵器博物館を襲った地底怪獣の正体だったのである。

 すでに駆け付けた防衛軍の戦車隊が戦闘を始めているらしく、Tの周囲には光線銃や砲弾が飛び交っていた。


「なんだあの装甲は……! 過去の怪獣とは違うぞッ!? やはり以前までの怪獣軍団とは別種の……!?」

「仕留めろ! なんとしてもここでッ――!?」

「な、なんだ!? 地面が……うわぁあぁあッ!」


 ――そして、交戦が始まって間もなく。街道を埋め尽くすように展開された戦車隊が、地中から突き上げてきた奔流に吹き飛ばされてしまった。

 防衛軍が誇る重戦車を軽々と持ち上げ、螺旋を描いて宙に放り出していく土色の竜巻。やがて、その目から飛び出してきたのは――漆黒の装甲を纏い赤い眼光を備えた、双頭の翼竜であった。


 Tと同じ後期型――「ダイノロドWワイバーン」の出現に戦車隊は瞠目し、迎撃を試みる。が、宙を自在に駆け抜ける翼竜は無数の砲弾を容易くかわし、顎の間に内蔵された火炎砲による掃射を仕掛けてきた。


『じょ、上空を飛行中の飛竜から高熱を感知! 測定不能――がぁあぁあぁあッ!』

「……隊長ッ! 第3小隊、及び第4小隊の全滅を確認! 2体の怪獣は依然進行中ッ!」

「進行経路と避難状況はどうなっている!」

「すでに近隣の住民は避難させていますが……進行経路上に位置する古代兵器博物館からは、まだ避難完了の報告がありませんッ!」

「博物館だと……!?」


 次々と焼き払われた戦車が爆発し、市街地は炎上。先程まで平和そのものだった街は、一瞬にして火の海と化してしまうのだった。

 その惨劇を目の当たりにした御堂は唇を噛み、博物館の方角に視線を向ける。――そこで彼はようやく、土に塗れた怪獣達の正体に勘付くのだった。


「あの土色……まさか、奴らは……同胞ダイノロドを取り返しに来たというのか!?」


 ◇


「まずいな……早く俺も合流しねぇと!」


 ダグラスは竜史郎と綾奈を庇うように前に立ち――民間人の服を脱ぎ捨て、その下にある防衛軍の野戦服を露わにする。

 彼は腰のホルスターから光線銃を引き抜き、怪獣達と交戦している戦車隊の方へと向かって行った。――次の瞬間、怪獣の凶眼が彼の方へと向けられる。


「危ないッ!」

「がッ――!?」


 その視線から危険を察知した竜史郎は、咄嗟にダグラスを突き飛ばす。足元で起きた爆発により、彼の身が吹き飛ばされたのは――その直後だった。


「ふっ……不吹君ッ! いやぁあぁあ!」

「……お嬢様、乗ってください! あの怪獣達は、こちらを狙っています! もう、もういけません!」


 その光景を目の当たりにしてしまった綾奈は、絶叫を上げてへたり込んでしまった。だが、怪獣達の狙いはこちらに向かい始めている。急がねば、避難用バスに集まっている民間人達全員が危ない。

 千種は懸命にバスから呼びかけ、綾奈を乗せようとする。だが、彼女は地面にへたり込んだまま動けなくなってしまっていた。


(俺のせいだ……! 地球を守る防衛軍の隊員が、こんな体たらくッ……くそォッ!)


 この事態に責任を感じたダグラスは、唇を噛み締め――暫し逡巡した後、意を決したように顔を上げる。

 そして、へたり込んだままの綾奈に肩を貸して強引に立たせると、千種に託すようにバスへと乗せるのだった。


「お嬢、鷺坂。俺は不吹竜史郎の救出に向かう。あんたら2人は何としても、一刻も早くここから逃げるんだ、いいな! ――運転手、早くバスを出せ!」


 綾奈と千種に自らの決意を告げたダグラスは、再び光線銃を手に走り出す。目指すは、竜史郎が吹き飛ばされた方角だ。


「待っていろ、不吹! 借りは必ず――!?」


 すると、その時。

 巨大な恐竜――Tの眼前に、突き上げるような突起が発生した。激しい轟音と共に、土塊怪獣は後ろへと退き――鋭い凶眼で、その突起を睨む。


 やがて突起は地を裂いて、水飛沫のごとく土埃を舞い上げる。そして――その中から、体長30mにも及ぶ巨人が現れたのだった。


 メタリックブラウンの装甲に全身を固めた、人型の古代兵器。円錐状に尖った鋭い「鼻」を備えたその巨人は、拳を構えて怪獣達と対峙していた。

 同胞であるはずの、土塊の兵器達と。


「あれは……!?」


 その出現に、ダグラスが息を飲むと同時に。バスに乗せられた綾奈が、過去に調べた文献から知り得た「名」を、叫ぶのだった。

 博物館には現存しておらず、文献にしか記されていない、その存在を。


「……あれは、前期型の古代兵器……『ダイノロドGゴーレム』!」

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