第2話 束の間の平和


 ――それから終戦を迎え、約1年もの月日が経つ頃。


 光一つ差すことのない、暗黒の地底。永遠の闇のように広く、深いその空洞の中で――太古の「兵器」達が、荒れ狂っていた。

 巨人が。飛竜が。恐竜が。己の躰をぶつけ合い、遥かな地の果てでぶつかり合う。それを止められる者など、この地中には存在しない。


『クソォッ……待てッ! 待つんだッ!』


 洞窟の天井を食い破り、2体の「兵器」は太陽の下を目指して上昇していく。その後に続く巨人は、懸命に叫びながら彼らを制止しようとしていた。

 だが、「兵器」達がそれを聞き入れることはなく――彼らはただ真っ直ぐに、地上だけを目指す。栄光の輝きを、追い求めるかの如く。


『やめろッ……! 止まるんだッ! お前達は……私は、目醒めるべきではなかったのにッ!』


 巨人は、彼らに追いつけず。徐々に、その距離を引き離されつつあった。

 落石をかわし、避けきれなければその鉄拳で打ち砕き、なお執拗に「兵器」達をつけ狙う彼は――焦燥を露わに、この地中を駆け抜ける。

 その鋭い「鼻先ドリル」で、暗黒の只中を突き抜けて。


 彼らが地上に辿り着くのは、時間の問題だろう。私達が暮らす、この太陽の下に。


 ◇


 西暦20XX年。

 外宇宙から襲来した巨大怪獣の軍勢により、かつて地球は滅亡の危機に瀕していた。

 国連はこの未曾有の窮地に対処すべく、世界各国の軍事組織を統合した「地球守備軍」を組織。怪獣軍団から祖国を守るべく集った勇士達が、地球防衛に立ち上がった。


 既存の兵器を容易く跳ね返す宇宙怪獣。その生態を研究し、さらなる強力な兵器を生み出していく守備軍。

 双方は、血を吐きながら戦の道を走り続ける。例えそれが、悲しみの中であるとしても。


 ――そして、本格的な開戦から30年。膠着状態が続いていた戦場に、新風が吹き抜ける。


 伝説的な活躍で怪獣軍団を撃滅し、救世主としてその名を轟かせるエースパイロット・日向威流ひゅうがたける。彼の登場によって邪悪な侵略者は地球から駆逐され、30年に渡る戦争はついに終焉を迎えたのであった。


 それから1年を経た現在では、世界各国が劇的な復興を遂げ、平和を謳歌している。30年に渡る戦争で培った技術と経験が、人類に立ち上がる力を授けていたのだ。

 終戦を経て「地球守備軍」から「世界防衛軍」へと再編された現在でも、彼らの軍事力と科学力はさらなる進化を続けている。先人達が築き上げたこの平和な時代を、守り通すために。


 そう――今この世界はまさに、誰もが待ち望んでいた平和を手にしているのだと。誰もがそう信じて、疑わない時代が訪れているのだ。


 それが束の間のものに過ぎないのだと、知る由もなく。


 ◇


「……壮観だなぁ、これ」


 ガラス壁を隔てた先に聳え立つ、古代の巨人達。雄々しく立ち並ぶ、その像の群れを前にして――不吹竜史郎ふぶきりゅうしろうは嘆息していた。


 約1年前に日本海某島で発掘され、その存在が「地下帝国」と共に明らかとなった、古代兵器「ダイノロド」。

 数多の失われた超技術オーパーツを持ちながら、500年前に滅亡したとされる「グロスロウ帝国」によって造られたとされるこの兵器を、世界防衛軍の名だたる科学者達がこぞって研究したのだが――現代科学の力でも把握しきれないほどに、この遺物達は解析不能な領域ブラックボックスに満たされていた。

 完全に構造を解析できない兵器に、人の手で制御できない物体に、歴史的遺物以上の価値はない。そう判断した防衛軍によって、最終的に発掘された全てのダイノロドが「遺跡」として展示されることになった。


 その古代兵器博物館には今、無数の巨人達が並べられているのである。大学におけるゼミ活動の一環として、竜史郎を始めとする学生達は、この都心部に新設された博物館の見学に訪れていた。


 大学に入学して間もない黒髪の青年は、穏やかな面持ちで立像を眺めている。入学当初から何かとぼんやりしている彼は、他の学生達からは掴み所のない奴として距離を置かれていた。

 ドイツ人の父と日本人の母を持ち、翡翠エメラルドの瞳と白い肌を備える彼は、185cmの長身や目鼻立ちの見目麗しさもあって、外見だけなら人気もあるのだが――それも女性限定の話であり、大多数からは敬遠されているのが実情なのである。


 普段からぼんやりとした顔で、教員採用試験の参考書を読み歩く変人。というのが、彼に対する印象の過半数を占めているのだ。

 今も、他の学生達が多様な巨人達を見て回っている最中だというのに……彼だけは上の空といった様子で、参考書を片手に立像を眺めている。


 ――だが、世の中何が起こるかわからないもので。そんな変人に想いを馳せる、奇特な女性もいた。

 遠くから彼に熱い視線を送る彼女の隣で、もう1人の少女がため息をついている。


「……綾奈あやなお嬢様。もう何度お尋ねしたか分かりませんが……一体、彼のどこが良いのでしょうか。あのような、何を考えているのか分からない殿方の」

「そ、そんなこと言わないでよ。……とにかく今日が勝負なんだから。頑張れ、私!」

「はぁ……お嬢様のご趣味はいつもながら、理解に苦しみます」


 艶やかな黒髪のツインテールを揺らす、メイド服に袖を通した小柄な美少女――鷺坂千種さぎさかちぐさ。透き通るような柔肌と、15歳という若さには不相応に実った、Eカップのたわわな果実を備える彼女は――髪先と胸元を揺らして、冷ややかなジト目で竜史郎の背を眺めている。


 その隣に立ち、さらに豊かな双丘を揺らす美女は、慌てて千種を窘めていた。ミスキャンパスにも輝いた大学のアイドル――唯川綾奈ゆいかわあやなだ。

 艶やかな黒髪をボブヘアーに切り揃えた彼女は、その白い柔肌と美貌に加え、推定Hカップの巨峰という圧倒的プロポーションの持ち主でもある。透き通るような肌となだらかな曲線を描くその肢体は、服の上からでも伝わり――濡れそぼった瞳と薄い桜色の唇は、雄を誘う色香を湛えている。


 加えて1年前、地球守備軍から新たに再編された新防衛組織「世界防衛軍」の将校を父に持つ、御令嬢でもあるのだ。今でも、こっそりと防衛軍の隊員がこの近くに紛れ、彼女を護衛しているのである。

 まさに天が一物も二物も与えたような美女なのだが……男の趣味は、いまひとつらしい。彼女の専属侍女として幼い頃から仕えてきた千種も、主人の嗜好については今ひとつ理解していないようである。


「この巨人……脳の部分だけ空洞になってるな。頭の上だけくり抜かれてるみたいだ……」

「ダイノロドにはね、人が乗り込んで動かさなきゃいけない前期型と、機体自体が自律行動する後期型の2種類があるんだよ。その当時のことを記した碑文によると、前期型の操縦士が後期型を打ち倒して屈服させて、自分のしもべにすることもあったんだって」

「凄いな……どんな技術で造られてたんだろう」

「防衛軍の科学者達も頑張って研究してたらしいんだけど、詳しいことは何もわからなかったんだって。掘り出された石版には、宇宙人との交信で得た技術で造り上げた……って書かれてたらしいんだけど」

「へぇ……唯川さん、詳しいんだね」

「えへへ、ちょっと予習してきちゃった」


 立像を眺める竜史郎の隣に歩み寄り、ダイノロドの解説を始める綾奈。その手にはダイノロドのことだけでなく、古代グロスロウ語の翻訳内容まで記した手製のメモが握られていた。

 ――得体の知れない古代兵器ということもあり、彼女自身はダイノロドのことを苦手に思っていたのだが。竜史郎と話すきっかけを掴むために、無理にダイノロドのことを猛勉強していたのである。

 当の竜史郎本人には、知るよしもないことであるが。


「全く……お嬢様の御趣味はいつもながら、理解に苦しみますが――支えとなるのが侍女の務め。今暫く、様子を見て差し上げましょうか」


 そんな主人の姿を、苦笑交じりに見守りながら。千種は、ミスキャンパスに話し掛けられても相変わらずのほほんとしている竜史郎に、ため息をつくのだった。

 ――綾奈に構われている竜史郎に、周囲の男子達が殺意の篭った視線を向けるのも、今となっては日時茶飯事なのである。


 その渦中にいる綾奈には今日、ある目的があった。それは、この後の昼食に彼に手作り弁当を渡して、告白する――というもの。

 中学時代に出会って以来、密かに竜史郎を恋い慕ってきた彼女は、このキャンパスライフを恋人同士として過ごし、長年の願いを叶えるため。今日を決行日に選んでいたのである。中学卒業後に彼と離れ離れになって以来、もう同じ環境で会えることはないと諦めかけていた彼女にとって、この大学で果たされた再会は千載一遇の奇跡なのだ。

 ――自分は2年生、彼は1年生。なぜ一浪しているのかは気掛かりであるが、それはより親睦を深めてからゆっくり尋ねればいい。


(こうして、不吹君と博物館を見て回って、最後に2人で一緒に食べて……よ、よし。頑張ろう)


 猛勉強で得たダイノロド知識を披露するごとに竜史郎に褒められ、その度にガッツポーズを決める綾奈は、期待に胸を高鳴らせながら、軽やかな足取りで館内を歩んでいる。


(よっぽどダイノロドが好きなんだなー、唯川さん。すっごく楽しそうだ)


 その様子や、びっしりと書き込まれたメモを一瞥し、ぽけーっと微笑を浮かべている竜史郎には全く伝わっていなかったが。


 ◇


 一方。一般人に扮して、将校の娘である綾奈を見守っている若い男性隊員は、定時連絡で上官に現状を報告していた。

 淡いブラウンの長髪を艶やかに靡かせる、蒼い切れ目の美男子である彼は――なんとも言えない表情で、綾奈と竜史郎を見つめていた。


「――こちらマグナンティ。お嬢の近辺に異常はなし。相変わらず例の奴にベッタリだ」

『了解、そのまま監視を続行しろ。もし2人きりで密室にでも行こうとした時は、実力行使もやむを得ん』

「あいよ。……しかし御堂みどう隊長。あいつ、すんっごいほんわかしてるぞ。お嬢のHカップを目前にしても、眉ひとつ動かしてねぇ。ほっといても大丈夫なんじゃね?」


 防衛軍の隊員であるダグラス・マグナンティは、地球を守る兵士の一員でありながら、毎回こんな仕事しか回ってこない現実にため息をつきながら――ぽけーっとした表情を浮かべる竜史郎の横顔を、ジト目で見つめている。

 自分達の本業は、外宇宙の侵略者から地球を守る戦車隊だというのに。


(しかし……あいつのツラ、どこかで……?)


 その顔に、えもいわれぬ既視感を覚えながら。


『うむ……俺も正直そう思う。だが、いくら穏やかな人柄とは言っても年頃の男女だ。唯川大佐も気が気でないようだし、念のため監視は続行しろ』

「了解。……こんな仕事ばっかりだな、俺達」

『そう言うな、平和なのはいいこと――? おい、どうした。……なに、新たな怪獣!?』

「……!?」


 だが、そういう言葉を並べる時は、よくないことが起きる予兆フラグになるもの。

 防衛軍の隊員達は、予期せぬ戦いの時を迎えるのだった。

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