地底戦兵ジャイガリンG

オリーブドラブ

第1話 英雄になれなかった者


 ――かつて、この星は30年以上にも渡る戦乱の時代を過ごしていた。その渦中に生まれた「英雄ヒーロー」達が現れるまで、誰もが終わらない戦いに心身をすり減らす日々を送っていた。

 世界の守り手として、襲い来る怪獣軍団と長きに渡り戦い続けてきた、地球守備軍。その中でも英雄と称された者達の活躍により、外宇宙の侵略者は撃滅され、地球には平和が訪れた。


 獅子奮迅の活躍で世界を救った彼らは、歴史の教科書にその名を刻むほどの救世主として名を馳せ、今も市井の人々から絶大な人気を博している。

 軍人も。市民も。誰もが平和の到来を歓喜と共に迎え入れ、幸福を享受していた。全ては彼らのおかげであると、心から賞賛して。


 ――だが。どんな平和な世界にも、探せばどこかには不幸があり、哀しみがある。


 僅かな可能性を引いてしまった、不運なる者は決して少ない数ではない。それでも、そのような人々は新たな時代を生きる為、前を向いて生きることを選び続けていた。

 それが、長い戦いで傷ついてきたこの世界で、生きていく術なのだから。


 しかし、浅はかにも。

 英雄達が世界を救い、賞賛を集める影で。守備軍に籍を置く兵士でありながら、前を向くことが出来なかった愚者がいた。


 その者は戦場を去った今でも、傷を癒せずにいる。翡翠の瞳に、癒えぬ痛みをひた隠し。力無い笑みで、「未練」に蓋をするように――。


 ◇


 30年にも及ぶ宇宙怪獣軍団との戦争が、終戦直前――末期を迎える頃。侵略者の多くは地球から撃退され、守備軍の主戦場は宇宙へと移されていた。


 その頃になれば、地上における世界各国の大半は「平穏」を取り戻しており、先進国の中にはすでに復興を終えて、国力の強化を図る国もあった。

 それは日本の首都・東京においても例外ではなく、この時期にはもう怪獣軍団の掃討戦も、民衆にとっては「対岸の火事」に成り果てていたのである。


 復興も順調であり、地球を追い出された怪獣軍団もあと1歩で滅びる。長きに渡る戦乱も終わり、地球はついに待望の「平和」を手にするのだ。

 ――誰もが、そう信じて疑わなくなっていた、まさにその時だったのである。「地球守備軍」の意義を脅かす、未曾有の大事件が起きたのは。


 ◇


 春の昼下がり。青空の下、この日も平和な大都会の中で、人々が日常を過ごしている。


 ――はず、だった。


『なんでだよ……! 怪獣はもう、この地上には1匹もいないんじゃ――ぎゃあぁああ!』

三嶋みしまァッ! ……くッ、河本こうもと! 後退しつつ牽制射撃で足を止めるんだ! 奴らの顎に捕まったら――!」

『だ、ダメだ不吹ふぶきッ! こいつら速くて、追いつか、れ、あ、あぁああ! 母さぁあぁんッ!』


 15mにも及ぶ体長を誇る、漆黒の巨獣。外宇宙より来たる無法者の群れは、平和を取り戻したはずの東京に、ある日唐突に現れたのである。

 速やかに出動した戦車隊は、終戦間際というムードの中で気が緩まっていたのだろう。不意を突くように覆い被さってきた、殺意の濁流に飲まれ――容易く戦線を破られてしまったのだ。


 そうして、正規部隊を踏み潰していった怪獣軍団の襲来に、無防備な市民が晒されている中。その装甲を盾に駆けつけてきたのは、急遽現場に駆り出された士官候補生達であった。

 たった1名の乗員でも砲撃と操縦が可能になっている、この時代の最新鋭戦車。その操縦士の卵である彼らは、その血気を武器に初の実戦に臨むのだが――勢いだけで勝てるほど、戦争は甘いものではなく。当初の勢いもあっさり覆され、次々と若い命が怪獣の牙に散って行った。


 それでも、候補生筆頭として戦場に立つ若きエリートは、一歩も引き下がることなく戦い続けている。巧みにハンドルとレバーを操り、亀裂や起伏が各所に散見されるアスファルトの上を、その無骨なキャタピラで颯爽と駆け抜けていた。


「……落ちろッ!」


 爆風を浴びる直前まで標的を引きつけ、限界まで威力を高めて至近距離で撃つ。そんな戦車戦にあるまじき戦い方で、青年は次々と怪獣達を仕留めていった。


 攻撃は最大の防御。今もなお突然の襲撃に翻弄され、逃げ惑っている市民を守る為には――この都市にいる、幼い子供達を守る為には。とにかく1秒でも速く、敵を撃滅するしかない。

 少なくともこの時の青年にとっては、それこそが「真実」であった。


『い、嫌だ噛むな……ふ、不吹! 助けッ――あぁあぁあッ!』

伊賀崎いがさきぃいッ! ――貴様ぁあぁッ!」


 ――その近くでは、怪獣を仕留めきれず接近を許してしまった青年の同期達が、次々と餌食にされていた。

 鉄を紙のように貫く鋭利な牙と堅牢な顎が、持ち上げられた戦車を中身・・ごと食い破っていく。その景色が、血飛沫と共に青年の視界を阻害していた。


『ふ、ふぶ、きッ――い、がぁあぁあッ!』

『降ろせ! 降ろしてぇえ! 不吹、不吹ぃい!』

『ひぎぃ、いだ、いだぁあい! やめッ、ふ、不吹ぃいぃいぁあぁッ!』

「く、蔵沢くらさわ粟野あわの宍戸ししどッ……!」


 仇討ちとばかりに、無残にひしゃげた戦車ごと、怪獣の頭を撃ち抜けば。違うどこかで、顔なじみが犠牲になり。その個体を処理すれば、また違う場所で誰かが餌食になっている。

 終わらない弔い。止まらない犠牲。どれほど青年が死を賭して怪獣達に挑もうと、戦死者の増加を抑えるには至らず――敵方の「打ち止め」が見えて来る頃には、生き残った同期は2割を切っていた。


 それでも彼らの献身によって、民間人に及ぶ被害を抑えられたのも事実である。せめて同期達の犠牲が、意味のあるものとして認められて欲しいと、祈るしかない。それが、青年に出来る限界であった。


「……!?」


 ――だが。「打ち止め」が見えたことによる油断と、実戦経験の浅さが招く疲弊が、予期せぬ事態に繋がっていく。


 戦車を咥えた生き残りの怪獣が、子供達を乗せた避難バスを狙い始めていたのである。たまたま近くに居合わせた上、子供達を集めていたせいで避難が遅れていたのだろう。

 車など容易く追い抜く足の速さで、1体の怪獣がアスファルトを踏み鳴らし、避難バスに肉薄していく。絶叫こそ聞こえては来ないが――バスの車窓には、泣き叫ぶ児童達の貌がはっきりと視えていた。


 ――それだけは。子供達の犠牲だけは、刺し違えても許してはならない。


「させるかッ――!」


 青年は一瞬にして血気が昂り……必殺の信念を以て、主砲の照準を合わせる。その狙いは、怪獣の顔面――咥えられた戦車に集中していた。


 すでに当該戦車の操縦士は事切れている。ならば遺体への無礼を承知で、砲弾の誘爆を狙い怪獣の頭を吹き飛ばすしかない。

 腹や手足では即死しないし、一撃で仕留めきれなければ、再装填する前に接近されてこちらがやられてしまう。もはや、手段を選んではいられない。


「消し飛べぇええッ!」


 青年は僅か一瞬のうちに、その決断に至り――主砲を発射する。思惑通り、避難バスに迫っていた怪獣の首が、咥えていた戦車もろとも吹き飛ばされてしまった。


「やった……! よかっ――!?」


 これで、市民を脅かす悪は撃滅された。払った犠牲は大きいが、それでも市民を……かけがえのない子供達を、守ることはできた。


 そう確信していた。


「――え」


 弾け飛んだ戦車の破片が。


 勢いよく爆散し。


 避難バスに、背後から突き刺さるまでは。


 その車体が横転し、大破炎上するまでは。


「あ、ぁ――あぁあ」


 言葉は、出なかった。


 それはもう、言語ではなかった。


 戦車から飛び降り、夢であって欲しいと狂おしく祈る彼の前で、現実という炎が、全てを灰に還していく。足元に転がって来たのは、ヒーロー人形を握る子供……の、手首。


 青年はただ、何もできず。そうして子供達が、跡形もなく消えていく様を、見届けることしか出来なかった。


 ――仮に戦車の誘爆を狙わなかったとしても、助走がついていた怪獣の躯は間違いなくバスを押し潰していた。青年が足掻く前からすでに、子供達の命運は決まっていた。

 だが、そんなことは最早どうでもいい。


 青年の過ちが、何より失ってはならないものを奪っていたことだけが、この日から始まった「真実」なのだから。


『……!? み、見ろ! 援軍だ!』

『あ、あの赤いコスモビートルはまさか……!』

日向威流ひゅうがたけるだ……! あの日向威流が救援に来てくれたぞッ!』

『すげぇ……! あの怪獣どもを次々と……!』


 やがて、黒煙が立ち込める空の彼方から。真紅の制式戦闘機を巧みに操る、「英雄ヒーロー」が。

 空を裂き、風のように現れ――嵐のように戦い、颯爽と去っていく。無数の僚機を、僕のように引き連れて。


『リュウッ! 無事なの!? 応答して、リュウ! ねぇッ! リュウゥッ!』


 そして戦闘が終わり、怪獣達の咆哮も消え去り――救援隊のサイレンと、生き延びた仲間の声が響く中。


 この一帯には、青年の慟哭が轟いていた――。

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