世界終末5分前仮説
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
5分前から、始めよう
世界5分前仮説というのがある。
この世界が産声を上げたのが5分前で、ぼくらはそれ以前の記憶を〝与えられて〟産まれてきたという──つまりは哲学の問いかけだ。
この仮説は特性上、否定することも実証することも困難だ。
木の年輪の数を数えて「年輪は8本。だからこの木は8年も生きている!」と叫ぶことはできても、はじめから年輪が8本だった可能性を否定することはできない。
この世に確かなことなどないし、あったとしても否を唱えることはできる。
それが世界5分前仮説。
だから敢えて、ぼくは言おう。
世界は──
世界は、あと5分で終わるんだ──と。
世紀末の話じゃないし、埃をかぶったノストラダムスの大予言でもない。
弥勒菩薩は覚醒しないし、天使が降りてきて喇叭も吹かない。
それでもぼくは、確信をもってこう言える。
世界は終わるのだ。
あと、たった5分で。
話は変わるけれど、学校の屋上っていうのは普通、解放されていないよね。
なのにぼくらはなんとなく、そこに引き付けられて……そう、たとえば大掃除の時にカギをちょろまかして、複製を作って隠し持っていたりする。
その結果、ぼくはいま、屋上にいる。
汗ばんだカッターシャツを揺らす夏の風は、お世辞にも快適とは言えないけれど、ある意味ではちょうどいいね。
この息苦しさをごまかしてくれるのは、正直ありがたい。
えっと、なんの話をしていたっけ?
そうそう、どうしてぼくがここにいるか、という話だった。
え、違う?
違ったって構うもんか。なにせ世界は、あと5分で終わるんだから。
いや、もう5分もないだろうか。
ずいぶんと喋り通しで、のどがカラカラだ。
ぺったりと舌が張り付きそう。
あー、そうだね。ぼくにお喋りなイメージは、なかったかも。
こんなに必死で喋るのは、実のところ生まれて初めてなんだ。
間が持たないなぁ。
え? こんなに端っこに立っていたら、危ないって?
フェンス際から離れてほしいって?
それは……どうだろう、できない相談かもしれない。
ああ、時間が惜しい。
おなじぐらい、時が止まればいいのにと思う。
話を戻すよ、ぼくがここにいる理由だったね。
……賭けをしたんだ。
一世一代の大博打。
ぼくの親友と、命を懸けた賭け事さ。
あいつはすごくいいやつで、顔もよくて、スポーツもできて……なにより正々堂々としている。
だって、ぼくに先手を譲ってくれたんだぜ?
分かった。
わかってる。
これは大いなる時間稼ぎだ。せせこましい悪あがきさ。
彼との賭けは簡単なものだよ、負けた方が潔く諦める。
でもそれは、ぼくにとって世界が終わるのと同じことなんだ。
だから。
だから──
世界が終わるときぐらい、勇気を出して、〝君〟にこう言うんだ。
ぼくと──付き合ってください……! ってね。
君は、なんて答えるかな?
ああ、そんな、泣きそうな顔をしないで。
そっか。
やっぱり、ぼくの世界は5分で終わって──
「──よろこんで……っ!」
──どうやらいま、始まったみたいだ。
世界終末5分前仮説 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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