第4章『フランケンシュタイン』(3)



 神楽坂先生の時間が空いた頃合いで、わたし達は診察室に集合しました。

 そしてミーティングが始まると、先生は彼に手術動機を尋ねたのです。

「貴方が、この黒曜館を利用しようと思ったきっかけは?」

「不老不死治療の動機について、か。人間としての人生を全うしたい、じゃあ駄目かな?」

「十分だ。貴方はフランケンシュタインで、人外というより、元・人間寄りだということは判明している。話を聞いて、人格者であることを認識したつもりだ――〝ジェームズ〟さん」

「そうか、それはよかった」

「わたし、ジェームズさんのこと、もっと知りたいです。きっと、いろんな人生経験をしていらっしゃるんですよね?」

「……閃祈君、弁えたまえ」

「いや、いいさ。具体的な説明も無しに、納得しろという方が悪いのだから」

 ジェームズさんは微笑みながら、わたしの要求に応じてくれました。

 それから穏やかな口調で、自身の事情を語り始めたのです。

「僕がフランケンシュタインになったのは、一〇〇年も昔のことだ。当時の恋人だった女性が科学者だった。そして戦争の切り札として〝死なない兵士〟を実現するよう、彼女は政府から命じられていたのだよ」

「――っ」

「どうしたんですか、先生?」

「いや、なんでもない」

 あきらかに強張った表情を浮かべながら、先生は短く返事をしました。

 頬を伝った冷や汗を見て、わたしは彼を不審に思わざるを得ません。

 ……そんなにも狼狽するような内容でしたか? 

 死なない兵士などというSFじみた話なんて、先生の経験してきた不老不死人外に比べれば、まだわかりやすい方だと思うのですが。

「話を再開してもよろしいかな? 僕の恋人は研究を無理強いされていたうえ、不老不死を実現させるであろう改造人体部位の換装手術を受ける〝候補者(ぎせいしゃ)〟を選ばなくてはならなかった。そこで僕は、自ら立候補した」

「え、どうしてですか……?」

「他人に改造を施す罪。それを僕は、彼女に背負わせたくはなかった――無論、これは自己満足(エゴ)に過ぎない。彼女に、もっとも愛する者を〝強化された人造人間の死体〟で改造させるという目に遭わせてしまったのだから。ただ僕は、彼女が誰かから恨まれるのを見たくはなかった。僕なら彼女に何をされても恨みはしないから」

「……貴方は、きっと間違っていませんよ」

「偽善だよ、僕の行いは」

 言い切ったジェームズさんは、次第に重苦しい口調になりながら続けます

「それから戦争は終わった。僕も、恋人も生き残った。僕たちは二人で、寿命の尽きるまで一緒に生活を営んだ……でも、僕に寿命なんてものはなくなっていた」

「恋人さんは、もう――」

「ああ。すでに最期を看取ったよ。だから僕は、いつか彼女の元に行かなくてはならないんだ……だが僕はキリスト教徒だ。自殺という手段は絶対に取れない。それでも人生を全うしたうえで死ぬため、君たちに寿命の取得を依頼したんだ」

 明確な意思を持って、ジェームズさんは話し終えました。

 ……でも、失礼な話なのですが。

 わたしは彼の素性や事情よりも、先生が動揺していることになんともいえない不安を感じていたのです。


          *


 ジェームズさんの診察終了後。

 わたしが先生から頼まれていた書類を取りに、書斎まで移動していた道中のことでした。

「……閃祈さん」

「あっ、輝くんではありませんか、お久しぶりですねぇ。って、一年振りじゃないですか。どうして、わたしの前から姿を消していたのですか? ずっと心配していましたよ」

 わたしが〝見かけない少年〟に挨拶をしながらも、どうして今まで黒曜館に訪れることがなかったのか、彼に訊こうと思っていた――その矢先。

「はい、お久しぶりです。でも、オレ達は〝まだ一度も出会っていない〟んですよ?」

「え?」

 わたしは一瞬、輝くんが変なことを言っているのだと思いかけましたが。

 よくよく考えてみれば、彼と出会った記憶が、去年の四月から一度もないのです。

「今日、オレは貴女に大切な話をします」

「でも、これから仕事があるから――」

 

「――そんなのどうでもいいんですよッ!」

 

 輝くんの怒号が廊下に響き渡り、わたしは思わず言葉を失います。

 しばらくして、彼は小さな声で「しくじった」と呟きながら、顔を顰めてしまいました。

「輝、くん?」

「すみません、つい怒鳴ってしまいました。でもそれくらい、貴女には時間が残されていないんです。だから――オレと来てください」

「……わかり、ました」

 正直、勢いに呑まれて許諾していました。

 とはいえ、あまり手術までの時間も残されていないのですが……

(いえ。ここで逃げるのは、彼の勇気を貶すことになりますね)

 わたしは、彼の想いを尊重することにしたのです。

 

          *

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