第4章『フランケンシュタイン』(2)
時は平成三〇年、一月。
とある木造かわらぶき平家の居間にて、特撮映像の鑑賞会が行われていました。
内容は〝魔法少女モノの特撮ドラマ〟
魔法少女の姿に扮した〝シエルちゃん(?)〟が、凶悪面をした吸血鬼である灰城さん(?)を相手に一切容赦せずぶん殴っていたり。
あかりちゃ――じゃなかった。あきらちゃんと思われる〝長い黒髪の美少女〟が、灰城さんに抱き上げられながら攫われたり――あれ? なんだか彼女、すごく嬉しそうなのですが。
物語途中で現れた〝本当に凶悪そうな黒幕(あうぐすくん)〟を打ち倒すべく、シエルちゃんと灰城さんが力を合わせて戦ったりなど……
とにかく〝配役の素性がわかる〟のに、わたしは目を離すことができませんでした。
……やがてフィナーレを迎えた映像は、最後にタイトルロゴを映しました。
《魔法少女くとぅぐあ☆しえる》
*
「どうだい? ぼく達が製作した〝リアル魔法少女の特撮作品〟は」
ソファに座って視聴していたわたし達は、映像が終わると同時に、製作者が誰だったのかを忘れて、盛大な拍手をしてしまいました。
テレビの真横に立っていた灰城さんは、誇らしげな表情を浮かべながら言います。
「昔、ぼくの夢は世界征服と言ったけれどね。ようやく気付いたんだ……僕は世界中の人々を感動というもので〝征服〟したかったんだって」
「さいですか」
なんか語り出しました。
「ぼく自身じゃない、ぼくのやったことで、世界中の皆が心を奪われて欲しい。よく言う暴力による世界征服は、大量の命を奪うことから憎悪や恐怖というカタチで、人々の心を一つにできる。だから、そのひとつではあるのだけれど……実際に、それが可能であるとしても、そんな世界征服を認めたくはない」
窓際の方に歩きながら、灰城さんは続けます。
「……自分が夢中になれることで、誰かを夢中にさせたいんだ。それが〝悲しみ〟を生むのではなくて、できれば〝感動〟とか〝喜び〟だったり、正(プラス)の感情であって欲しい」
「なら、どうして悪のラスボスみたいな真似事をしたいと?」
「それはシエルちゃんに振り向いてほしいという気持ちが半分、あと〝正義の味方〟が現れてくれるのは、それはそれで人々にとって喜ばしいことでもあるから」
「は、はぁ」
正義の味方って……マッチポンプ上等ですか、貴方は。
「……それに、あくまで真似事であって、本気で悪を為すつもりはないからね。ただ悪役を気取ることで、ヒーローをカッコよく映したいだけさ」
「シエルちゃんをカッコよく、ですか」
「ぼくが悪役になることで、それを実現できるのなら、それでいい」
「それ、おかしな損得勘定ですよ」
「別に、ぼく自身が他人から好意を持たれたい訳じゃないんだ。ただ、やり遂げたいだけで、作品が高評価ならそれでいいんだ。ついでにいえば……いや、本音を言ってしまうと恋愛的なアピールが成功しないかなってだけ」
「……シエルちゃんが本命ってのは、個人的には応援しかねますが。あかりちゃんのことも、きちんと気に掛けてくださいね」
あかりちゃんの気持ちを知っていると、どうしても肯定しかねます。
それに、シエルちゃんは輝君のことが――
「うん? まあ、とにかく。つまるところ、いまのぼくは〝悪役〟兼〝脚本家・監督〟みたいなものさ。ちなみに、あうぐす君は特撮監督ってところかな。いやー、どこからともなく炎や爆発を用意してくれるのは演出的にも予算的にもありがたい……ただ、ネットの掲示板とかで爆薬の特徴が見られない、マジで魔法か超常現象としか思えないから怖いとか、めっちゃ現実的な指摘を受けているけれども。ま、リアリティは言うまでもないから構わず採用しちゃってるけどね!」
唐変木で朴念仁の灰城さんは、わたしの意見を理解できないまま、自分の話を続けます。
……これだから、あかりちゃんに外堀を埋められてるんですよ、貴方は。
もう灰城折挫の妹さんにまで、嫁入りの挨拶を済まされているということすら、まったく気付いていないなんて。
以前、妹さんが灰城さんを追って日本に訪れたことがあり、当然のように騒動が起こりましたが……そのとき、あかりちゃんは妹さんに『貴女のお兄さんを、私に下さい』と直談判したらしいのです。
そのおかげで、妹さんは灰城さんを連れ戻すのを諦めたのですが。
灰城さんの方といえば、妹さんが『自分の世界征服計画に恐れをなして逃げた』とか、訳のわからないうえ痛々しい中二病的な勘違いをしてましたし。あかりちゃんによって、世界どころか自分の人生が〝征服〟されてしまっているのは、自業自得としか言いようがありません。
……というか・あかりちゃんが人外相手にすら物怖じしない時点で、わたしはおろか黒曜館の誰もが手に負える常人はなくなったという事態に――って、話題から逸れました。
灰城さんが懐から、真新しい封筒を取り出しながら言います。
「いろんな国の言語を習得しておいてよかったよ。動画サイトによっては、これみたいに海外の視聴者からもコメントが来るからさ」
「そういえば国内だけではなく、海外にも配信していたんですね」
「うん。最近、撮影スケジュールが押してて危うく延期しかけていたんだけど。海外から声援の手紙が届いたときは、ものすごく嬉しかったなぁ……だから本当に頑張れて、なんとか間に合わせることができたんだよ」
「は、はぁ」
それにしても、もはやシエルちゃんは〝全世界の魔法少女〟になっているんですね。
変身による情報改竄で、あきらちゃんとシエルちゃんの個人情報は保護されていたり、魔法の音響・映像演出(エフェクト)は似非CG技術によって〝ごまかした〟から、彼女を狙った犯罪に遭うなどの事態には陥っていませんが。
……ほんと、昔の患者さんに〝人工知能さん〟を始めとした情報工学の専門家(エキスパート)がいなければどうなっていたのやら。
「作品シリーズにたくさんのファンが出来て、すっごく嬉しくてさぁ……! インターネットの動画サイトじゃあ、とうとう十万再生を達成したんだよ! ちょっとばかし暇を持て余して制作した先行PVの方も好評だったし次回作……じゃなかった、次の世界征服計画も張り切っていくぞぉ!!」
「それはよかったですねー」
あきらかに世界征服という目的が、空の彼方まですっ飛んでます。
すでに目的が手段に成り代わっているといいますか、完全に〝娯楽の創作物〟と化しているのは、個人的に理解しがたいのですけど……まあ迷惑を掛けているようではないですし、本人が幸せそうなので勝手にしておけばいい、のでしょう。
というか他人事なので、面倒ですし。
ニートやっていた昔より遥かにマシですから。
って、なんでわたし知っているんでしょう、そんなこと。
「――こういった類の娯楽作品には疎いのだが。映像作品として、僕も非常に惹かれるものがあるな。たしか〝特撮〟というのだったね、こういったジャンルは」
わたしの隣から〝渋くて素敵な声〟がしました。
振り返ってみると、そこには大柄な中年男性が座っています。
いえ、実年齢は中年ではありませんが……躰の至るところに縫合痕を残しており、常人より険しげな顔立ちは、まさにわたしの憧れる〝理想のおじさま〟だったのでした。
まるで〝ブラックジャ○ク〟の壮年期を想起させるような男性は、蕩け顔のわたしに微笑みかけながら、話しかけてくれます。
「そうだ。君も〝映画に登場してみたい〟と思ったことはあるかな?」
「えっ、わたしですか? こんなド素人を、映画に出演させても大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、もちろんだろう。君のように可憐な女性こそ、こういった映像作品に出演するべきだと思う。それに素人臭さも、時には表現のひとつとして用いられるさ」
「ほんとですか? わたし、すっごく興味があります!」
「そういえば僕も、この見た目を買われて、ホラー映画に出演したことがあるな。監督から主役になって欲しいと言われても、素性のことを踏まえて端役で我慢してもらったのだが。まあ良い思い出だったよ。その監督とは、いまでも気の置けない友人さ……ときどき〝本物役〟として協力もしていたりもする」
「す、素敵ですぅ……っ」
「……デレデレじゃないか、閃祈さん」
灰城さんは呆れながら、わたしに言いましたが。
やっぱり人間って、ただ歳を食っただけじゃ駄目なんですよ。こう、人生経験の密度といいますか、潜ってきた修羅場を想起させる雰囲気こそが、ダンディズム溢れる魅力のひとつなのだと思います。
つまり貴方からは、微塵も感じられないものですよ、灰城さん。
「えっ、なんだろう。閃祈さんの、ぼくを見る目が冷ややかなのだけれど」
「気のせいですよ、もしくは貴方に自覚症状があるだけです」
「それ、結局は嘘と変わらないじゃないか……うぅ」
さっきまで胸を張っていたはずの灰城さんは、昔を思わせるような情けない声でぼやいていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます