第4章『フランケンシュタイン』(1)



 いまでも思い出すことがある。

 はじめて彼女が、オレ――〝輝〟のことを〝知らなかった〟瞬間を。


 示方閃祈という女性に恋したきっかけ。

 それは幼い頃、とある〝公園〟で転び、怪我をした時のことだった。

 黒一色のナース服を着込んだ〝お姉ちゃん〟は泣きじゃくるオレに声を掛け、黒曜館までおんぶしながら連れてゆき、丁重に手当てをしてくれた。

 どこにでもありふれた、ありきたりな出逢い。

 オレにとっては特別でも、それはよくある初恋のひとつだったと今では思う。

 ……優しいお姉さんに憧れた、ちいさな少年の記憶。

 一年間ほど、ときどき会っては遊んでもらっていた。

 それから一年が経過して、四月を迎えた頃。

 

 ――閃祈さんと再会したとき、彼女はオレのことを憶えていなかった。

 

 それ以前に、同一人物のはずなのに何かが決定的に違った。

 そのことを母さんに訊いたら、

「いつかは知ることです。あかりには、絶対に話さないこと」

 と、切ない口調で一度断ってから――示方閃祈は〝一年間の想い出しか持てない記憶障害を患っている〟のだと教えられた。

 ……それからオレの背丈は伸びて、そのお姉さんよりも少しだけ高くなった。

 お姉さんの方は、いつまで経っても〝大人〟にはならなかった。

 いや、本当は〝なれなかった〟というべきだった。 

 昨年、オレは彼女が一年間しか記憶できないのではなく、一年しか寿命が無いため、毎年ずつ別個体と出会っていたのだと、神楽坂先生から真実を伝えられた。

 ……おかしいと思っていたんだ。

 ちいさかったオレが、どれだけ成長しても、あの人は少女のままだったから。

 そして、いつまで経っても、あの人はオレのことを――


         ***

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