第3章『まじかる☆ふぇありー・あうぐす君』(5)



 魔法少女騒動は、リビングまで駆けつけた輝くんによって、無事に収束することになりました。

 彼がシエルちゃんより戻ってくるのが遅れたのは、どうやら神楽坂先生から黒曜館に呼び出されたからだそうです。

「先生、なにか輝くんに話したんですか」

「あまり他人のことを詮索しない方がいい。彼にもプライバシーというものがある」

「あっ、すみませんでした」

 わたしは、とっさに謝罪を口にしましたが。

 先生は、どことなく後ろめたい雰囲気を醸しながら目を伏せていました。

「私に謝っても仕方のないことだが、まあいい。もう子供たちは帰ったのか?」

「……はい」

「では、話を始めるとしよう――その前に。閃祈君、黒曜石が何処にあるか知らないか?」

「え、与命四九年式黒曜石のことですか? そんなの見たことありませんけど……あれ?」

「その様子だと、実物を見ても触れてもいないのに〝知っている〟ようだな?」

 先生の指摘どおり、わたしは〝知らないはずの黒曜石〟を知っていました。

 ですが問われたことに、どう答えていいのか全然わからなくて。

 だから先生の質問に対して、そのまま質問で返してしまったのでした。

「もしかして先生が管理していたはずの〝黒曜石〟が、どこかにいってしまったんですか?」

「ああ。ついさっきまで、ここに置いてあったはずなのだが……」

 わたしから返答が来なかったことに落胆したのでしょうか。

 どことなく気怠そうな所作で、先生が机に手をやった、その時でした。


〝――みょるーんっ♪〟

 

「な、なんですか、いまの〝気が抜けるような奇怪音〟は!?」

「隣の部屋から、だな」

 すぐさま診察室から出て、わたし達は隣の方へと向かいます。

 先生が扉を力任せに開き、わたしが部屋を覗いて確認すると、〝しゅぅううぅ~〟と、部屋中央から煙を吹きだしている、謎の何かがありました。

「うわぁ! もしかして火事ですか!?」

「いや、よく見るんだ」

 先生に促され、わたしが薄まってきた煙の向こうを見つめていると――


「――これぞ、ボクの真なる姿! 〝魔法少女くとぅぐあ☆しえる〟のマスコットキャラクター〝あうぐす君〟だよ!!」


 そこにいたのは、手の平サイズの〝喋るハムスター〟でした。

 とってもフサフサしている毛色は〝ふぁんしー〟かつ〝ありえない色彩〟である水色。

 お腹の側面には『☆』のマークが象られています。

〝あうぐす君〟と自称した〝ハムスター〟は、ちいさな二本足で立ち上がって、わたし達を見上げながら手を振りました。

「か、かわいい……あうぐす君だとわかっていても、撫でまわしたいですっ!」

「台無しだ。もう全部、なにもかも滅茶苦茶になってしまった」

 神楽坂先生は、顰めた顔を手で覆いながら言います。

 わたしの方といえば、あうぐす君の愛らしい姿に、目が釘点けとなっていました。

 ……って、あうぐす君の中では『シエルちゃんが魔法少女になる』のは確定ですか。

「あっ、先生に闇ナースちゃん。もう黒曜石なら〝食べちゃった〟よ。それにしても凄かったなぁ。黒曜石の材料が、まさか〝不老不死の――」

「すまない、それは企業秘密だ」

「ふぅん、そっか。とにかく、これでボクの目的は果たされたよ」

「なんですか、それ?」

 わたしが尋ねると、あうぐす君は〝ふにふに〟とした腰回りに手をやって、〝えっへん〟と得意げなポーズを取りながら、その小さな口で喋りはじめました。

 ――くそぅ、いちいち可愛いなぁ!!

「さっきの企業秘密ということから、あまり深くは話せないけど……地球上の生命情報を、ボクは大量に入手することができたんだよ。それでボクは、地球生命に擬態する機能を得る代わりに、四九年分の〝マスコット変身期限〟を設けられたのさ」

「は、はぁ……話は良くわかりませんが、可愛いは正義、すなわち結果オーライです」

「四九年間は、あくまで地球生命としての〝寿命〟に過ぎない。残念ながら、四九年が過ぎれば、元の〝生ける炎〟に戻ってしまう。ボクらのような存在には、地球上のルールが通用しないからねぇ。だから結局は死ねないかな」

「つまり貴方は〝与命効果を失敗した〟うえで、最初からマスコットに擬態しようとしていたんですね。いえ、仮初の肉躰を得るというのが正確だと思いますけど」

「そーゆーこと♪」

 あうぐす君はウインクをして、わたしの答えを肯定してくれました。

 あざとい真似だと理解していても、その破壊力は凄まじいです。

 ……今度、神楽坂先生にペットを飼ってみるという話でもしてみましょうかね。

 そんな呑気なことを、わたしが考えていた一方で、失敗を目の当たりにした先生は、唖然としながら嘆息を漏らしていました。

「なんということだ。ここまで来て、はじめて不老不死の治療に失敗してしまうとは」

「まあ、いいんじゃないですか? 彼も不老不死を治療するつもりは、なかったみたいですし」

「いや、ボクも不老不死を終わらせたいってのは、割と本音だよ。でもボクには『魔法少女のマスコット』と『不老不死の治療』っていう二つの内、どちらを叶えたいかといえば前者だった、それだけのことさ」

「もう我々は貴方に、黒曜石を使用できる機会は無いのですが」

「仕方ないよ、それは。数量に限りがあるモノだし。ま、二つも黒曜石を使ってまで、不老不死を治療しようとするほど欲張りじゃないさ。だから安心していいよ」

「……それは黒曜館の沽券に関わるのですが」

 納得できない先生は、どんよりとした口調で食い下がっていました……って、あれ? 

 わたしはしゃがみ込んで、あうぐす君の視線に合わせながら、重要な質問を投げかけます。

「ちなみに不老不死を治療したい動機は? あうぐす君」

「んー、難しい話だけど、いい?」

「はい。一応、訊いておかなくてはならないかなって」

「そうかい。なら――ありとあらゆる物体、物質を理解してきたボクにとって、生命の死だけは理解できなかった代物だから。ひとつの終焉に、死は相応しいのか試してみたかった」

「……えっと」

「要は〝物質的な肉躰〟で、一度死んでみたかったんだ。正直なところ、はじめから黒曜石で〝自分が消滅できる(しねる)〟なんて、思っちゃいなかった。実際、この黒曜石は〝感情〟を溜めこんで、それを波長の合う者に放出する性質を持っている。つまり精神的なモノに対して、これは生死の影響力を有していないんだよ。あくまで肉体に寿命を設定するだけだからさ」

「は、はぁ。つまり幽霊さんみたいな〝実在性に乏しい存在〟である場合、与命効果が見込めないんですか」

 それは確かに、先生も落ち込みますねぇ。

 つまり、わたし達は〝専門家以上に精通していた患者〟に一杯喰わされたのです。

 結果、〝不老不死の人外に寿命を与える〟生業をしている神楽坂先生にとって、あうぐす君は黒曜館史上、唯一にして最大の失敗となってしまったのですから。

「ボクは、この結果に満足しているんだよ。だから落ち込まなくたっていいじゃない、先生」

「……閃祈君。黒曜石は君の所有物だ。この結果を、どう受け止めている?」

「え、いいんじゃないですか」

「そうか。なら仕方がない、のか」

 こうして殺人的に可愛い〝喋る毛玉〟が生まれたのですから。

 わたしは、それを全力肯定するまででしょう。

「いや、そうじゃないだろう」

 ただ一人、この結末に頭を抱えていた先生は。

 これから亜人共同体に提出する報告資料で、酷く四苦八苦することになったのです。

 

 ……ご愁傷様でした、先生。 


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