第3章『まじかる☆ふぇありー・あうぐす君』(3)
その後、わたし達は診察室からリビングへと移動したのですが。
そこに待ち受けていたのは――
「えっと……〝あれ〟は、なんですか?」
「〝あれ〟と呼ぶのは失礼だ、閃祈君。たしかに我々の目には〝火の小玉〟として見えるが、れっきとした自我を持つ知性体だ。その正体は〝生ける炎〟――」
『んん? ひょっとして、その子が〝闇メイド〟ちゃん?』
「闇メイドとは失敬なっ!? わたしこそが黒曜館の看板娘にして、地域内美少女ランキング第一位〝謎めいたミステリアスな不思議系美少女〟示方閃祈ちゃんですよ!!」
「……閃祈君、連体修飾語が被り過ぎている」
珍しく先生が、わたしにツッコミを入れました。
そんな先生を横目に、わたしは眼前で〝ぷかぷか〟と浮かんでいる〝患者?〟に話しかけます。
「で、貴方は?」
『クトゥ――いや、いまのは無しで。ボクの名前は〝あうぐす君〟だよ!』
「はぁ。幼い霊魂が〝喋る火の玉〟になるとは、ジャパニーズ妖怪ってやつですねぇ」
『その〝鬼火〟は場所が違いすぎるかなぁ。てっきりボクは〝ウィルオーウィスプ〟って、言われるんだとばかり思ってたけど』
「あれ? じゃあ人間とは縁が無いんですか、貴方」
『うん。ボクは〝生まれながらの人外〟で、そもそも〝地球〟とは縁もゆかりもないんだよ』
わたしは驚きながら、あうぐす君の姿を眺めます。
つまり彼は〝宇宙人〟もしくは〝地球外生命体〟って奴なのでしょう。
あまりにもレアすぎる出逢いに、わたしは心の何処かでワクワクしながら、もう一度あうぐす君に話しかけようとしたところで――
「閃祈君。少々、彼との距離が近すぎる」
「あ、ごめんなさい」
『別にいいよー。というか可愛い女の子と喋るのは、精神的に癒される。肉躰のないボクらにとって、目の保養は最高の癒しなんだ……目も無いけど』
「は、はい。お役に立てて、わたしも光栄です」
『そうそう。ボク、地球の少女ってのに興味があってさ……いま考えている〝趣味〟に必要不可欠な存在だからね』
「……彼女は勘弁してやってくれないでしょうか」
『うん。了解だよ、神楽坂先生。でも黒曜館には、有名な美少女がいるんだってね。実は、黒曜館に来た理由は寿命を得るだけじゃないんだ。そう、是非とも〝あかりちゃん〟とやらに〝魔法少――』
「あ、閃祈さん。リビングのテレビを使ってもいいかな? いつのまにか部屋に〝魔法少女のアニメDVD〟が転がってて……こういうの、ぼく好きなんだ」
わたし達が、あうぐす君の話を聞いている最中。
いきなり灰城さんがリビングに入ってきては、テーブルに魔法少女が印刷されたDVDのケースを置いて、わたしにテレビの使用について訊いたのでした。
この家にあるテレビは二台しかないため、互いに融通しあっています。
今回は、彼に『面談中ですから駄目です』と言って断ろうとした、そのとき。
『……野郎かよ。ぺっ、こっちくんじゃねーっての。汗臭いんだからさぁ』
「え、いきなり罵倒されたの、ぼく?」
『うっわ一人称まで被ってる。マジ最悪、死ね。これ以上近づいてきたら焼き殺すからな』
「な、なんだい、出会い頭に殺害予告とか……そういうのは新入りとして、どうかと思うな。どうみても人外患者でしょ、君。それなら、ぼくは君の先輩という立場に――」
えっへんと胸を張りながら、彼が先輩面しようとした、その瞬間。
「灰城さん、尊敬されたかったら、それだけ立派な所を見せてくださいね。じゃなければ、ただの老害ですから」
「灰城さん、すこし席を外してくれないだろうか。いまは大事な面談中なんだ」
「ふ、二人まで……うう、あんまりだぁ」
わたしたち二人同時に責め立てられてしまい、彼は涙目で不貞腐れながら、リビング奥の和室へと向かっていきました。
……しばらくすると。
〝あら。こんにちは、折挫さん。もしかして二人にいじめられてしまったのですか?〟
〝え? なんで、あかりちゃんが此処に……〟
〝いつも黒曜館に来ているのですから、いても不思議ではないでしょう。それより、ほら。これを見てください〟
〝これって、手鏡じゃないか。ぼくみたいな吸血鬼は映らないから、全然つまらな――〟
〝――捕まえた♪〟
〝って、鏡の中に吸い込まれてる!? う、うわぁあああぁぁああ――ッ!!〟
灰城さんが断末魔の叫びを残したあと、和室から物音は一切しなくなりました。
「あかりちゃん、来てたんだ。ずっと静かだったから、全然気付きませんでしたよ」
「――しまった」
なにやら失態を犯してしまったのか、先生は顔を蒼褪めています。
さらには、あうぐす君まで〝火の色を青白く〟しながら、驚いた口調で尋ねてきました。
『えっ。まさかとは思うのだけれど〝ヤバいくらい邪悪な気配が充満している〟奥の部屋に、あかりちゃんがいるの?』
「え、いますけど」
『……あかりちゃんって、どんな子?』
「んー、ちょっと部屋を覗けば、大体わかりますよ」
わたしに促された彼は、引き戸まで〝ふわー〟っと移動してゆきます。
そこで静止したあと、どういう原理か不明ですが、彼の一部に〝ゆらぁり〟と陽炎のようなモノが見えた瞬間、触れてもいない引き戸が少しだけ開かれました。
すると、そこにいたのは――
〝あ、あの。あかりちゃん、ここから出して……?〟
〝うふふ。灰城さんが鏡に映ってる。吸血鬼だけど鏡に映っちゃった。かーわいっ〟
手鏡を覗きながら微笑んでいる、あかりちゃんの正座した姿だけがありました。
たしか、あかりちゃんの手にしている手鏡は〝想填鏡(そうてんきょう)〟
先生いわく、黒曜館の元・患者さんから〝押し付けられた〟不思議アイテムらしいです。
その機能は〝大切なモノを出し入れする〟ことで、大切に想う力を原動力にして起動するため、普段は一般的な手鏡と変わりませんが……なるほど。
実に、あかりちゃんらしい〝愛の表現〟ですねぇ。
『やめとこ』
「はい?」
『いや、こっちの話だから気にしないで……はぁ。あんなの〝愛と正義の味方〟になんて、まったく相応しくないよ。ちくしょう、またイチから探し直さなきゃいけないのか』
ぼやきながら、あうぐす君は扉から離れてゆきました。
テーブルに近づくと、そこにあったDVDケースを〝彼なりのやり方で〟手に取ってから、こう言いました。
『ああ。大切な宝物を置き忘れてたよ。駄目だなぁ、ボク』
「そうですね。灰城さん、持ち物の管理が杜撰ですから」
『そうじゃなくて。これ、ボクのだよ』
「はい?」
わたしが呆けた声を出して返事をしたことで、あうぐす君は気分を害したのか。火の色を〝毒々しい紫色〟に変えて、しばらくわたしの方に向いたまま浮遊し続けていました……。
正直、こちらとしては〝顔色〟が分かりづらいので、どういう言葉で返すべきなのか本当に難しいです。
やがて彼は、わたしに向けて〝火の中(からだ)〟から〝似たようなアニメDVD〟を二本ほど取り出してから、置き忘れていた物と併せて浮遊させながら説明します。
『……まだ言っていなかったね。ボクの趣味は〝魔法少女〟なんだ』
「え、えぇ。変わった趣味なんですねぇ」
『そこ、ドン引きしない。とにかくボクは、ボク自身が〝マスコット〟として仕えるに相応しい〝魔法少女候補〟を探し求めて、日本全国を旅してきたんだ。それで秋葉原に――』
わたしが引き気味の返答したことに不満を抱いたのか、あうぐす君は魔法少女について、さらに熱を入れながら語り始めようとしました。
が、しかし。
『ちなみに魔法の力は、ボクの炎を原動力にするつもりだよ。で、まずはアニメ〝死立ッ! 魔導獄園べるせるく〟っていう、不良学校系魔法少女モノをオマージュしてみる予定でさ。最初の魔法少女は拳で殴る系にしようかと――』
「クトゥグア様。時間が迫っているので……」
『こら。ボクの名前は〝あうぐす君〟だからね。というか〝ボク個体〟は畏れるものじゃないし。ま、どっかの作品群に登場する奴らは、基本的に〝DQN(チンピラ)〟だけどね。あれもまあ脚色され過ぎてて、なんというか……ごめんね、地元の馬鹿が見栄っ張りでさ』
「申し訳ありません、あうぐす様」
『うーん、様付けは余計なんだけどねぇ。で、なんだっけ?』
「そろそろ、黒曜館の〝通常業務〟に戻らなくてはならないのです」
『ふぅん、そっか。じゃあ仕方ないね』
あうぐす君は神楽坂先生に言われて、話を切り上げます。
それからテーブルを〝ふよふよ〟と低空飛行したと思いきや、ソファへと静かに着地して。
『じゃ、しばらくボクは、ここでアニメ鑑賞するから。お仕事がんばってねー』
と呑気に言いながら、わたし達が、生活用別宅から黒曜館へと移動するのを見送ったのでした。
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