(幕間2)一九五二年(昭和二七年):黒曜機関/1(2)
「懐かしい、という以上に〝嫌すぎる悪夢〟を見てしまった」
いつのまにか寝ていた俺は、ずり落ちた掛け布団を跳ね除けた後、しばらく胸に手を当てながら過去の回想に浸っていた。
ふと、新しい部屋の壁に掛けたばかりの時計を見る。
二〇一六年、三月三一日。すでに時刻は、夜の一時を回っていた。
深夜だというのに目覚めたのは、転居の作業で疲労困憊になってしまったため、小休止を取った結果、そのまま無意識に寝台へと身を投げ出してしまったということ。
「……まあいい。起きてしまうか」
どうせ明日――じゃないな。
今日の朝は早いのだから。
*
「閃祈さんの迎えに上がりました」
「お疲れ様。それと一年振りだな――〝暁(あきら)〟」
「はい。ご無沙汰しています」
目の前にいるのは〝妙齢の美女〟だった。
腰まで届くほどの黒髪は、朝の日差しを浴びて、艶やかな光沢を映している。
黒いセーターとジーンズは、彼女の真っ白な肌色も相まってか、見る者に〝喪服〟のような印象を与えさせていた。
さらにいえば、それらは露出の少ない服装ではあったが……実年齢を感じさせないほど、すらりとした肢体の曲線美から、思わず布地の裏に秘められた柔肌を期待させてしまうような、凄絶なまでの色香を醸し出していたのだ。
……どことなく彼女から、示方閃祈の容貌を脳裏に浮かばせるが。
そのようなイメージとは裏腹に、胸元を押し上げる膨らみは〝豊満〟の一言に尽きた。
「もう毎年のことになりましたが。息子と娘が、お世話になりました。今年は頻繁に入り浸っていたようでしたので、なにか迷惑をお掛けしているのなら、本当に申し訳ありません」
「貴女が気にすることはない。そもそも俺は迷惑だなんて思ってもいないんだ。むしろ二人は黒曜館の雰囲気を良くしてくれていると思っている。こちらが感謝したいくらいだ」
「そう、ですか」
「ああ。二人を見ていると、君が子供だった頃を思い出して、微笑ましく思う」
「お恥ずかしい限りです。母子が二世代に渡って、黒曜館を私的利用するなんて」
暁は俯いて、羞恥心混じりの謝罪を口にする。
「別にいいさ。第一、君たちは〝黒曜館にとって必要不可欠の一族〟なのだから……幼少の頃から慣れ親しむことは悪いことではない」
「……恐縮です」
さらに暁は頭を下げようとするが、俺は「かしこまる必要も無い」といって制止する。
「黒曜館が始まって〝四六年〟も経ったんだな」
「わたし達も、母である〝晶〟の代から始まって、ようやく終わりが見えてきました」
「ああ。だが、俺には――」
「神楽坂さん?」
「いや、すまない。すこし他のことを考えていた。気にしないでくれ」
「……閃祈さんのことですね」
示方閃祈。
今年で四六年目ということは、すなわち彼女も〝四六人目〟ということになる。
〝彼女達〟の正体、それは不老不死の異形少女――〝示方潺の劣化模造生命〟である。
オリジナルとは違い、劣化模造・複製という事情から〝最大寿命は三六五日〟しかない。
……不老不死の人工生命創造。
それに頓挫した〝黒曜機関〟は、オリジナル(せせらぎ)の血液や細胞から〝与命四九年式黒曜石〟という、いわゆる〝生命力の充填器(バッテリー)〟を四九個製作した。
四九年の寿命を設定する黒曜石を、使用登録者である彼女たちが、対象者の寿命限界が訪れる度に〝彼女ごと使い捨て〟て再設定しなおす(ループさせる)という、疑似的な不老不死に到達する構想。
示方閃祈は、それを実現するために用意された〝ヒトのカタチを模した道具〟でしかない。
さらに――一応、生殖関連の実験は未遂に終わっていることを付け加えておくが。
神楽坂命砥(おれ)自身もまた、生殖機能によって量産化することを想定して〝男性型〟に変異させた〝潺の劣化模造生命〟であるため、彼女とは遺伝子的に〝兄妹〟という関係であった。
(異性化の研究が上手く行かなかったこともあってか、閃祈と違って、俺という〝できそこないの年齢固定式・男性型〟は一人しかいないが)
……俺は、自分の胸元に嵌め込まれた〝黒曜石〟に、そっと触れた。
同じ位置に黒曜石を宿している閃祈は、それぞれ毎年ひとりずつ、記憶を引き継ぐことなく黒曜館に訪れている。
その時点における余命は、たった二週間しかない。
だが〝俺と同じく〟胸元に備えられた〝黒曜石〟を取り除くことで、余命を一年――三六五日まで延長できる。つまりは〝三六六日目〟のある〝うるう年〟においてのみ、三月三一日を迎える前に、寿命が尽きてしまうのだ。
使用登録者として、黒曜石を用いられる期限は一年間。
しかし俺は、そんな彼女達に「彼女自身の正体」を明かすことができない。
寿命が一年間しかないのだと、彼女に伝えることができないのだ。
どうしようもできず、ただ何度も彼女と生活し続ける。
そして静かで、唐突な死を見続けてきた。
俺には〝示方潺〟との約束があったから。
『せっかく長ったらしい寿命を得てしまったのです。腹を痛めてもいなければ、そもそも処女なまま出来ちゃった〝わたしの娘たち〟を、どうか受け入れてやってください。つーか可愛い女の子なんだから、四の五の言わず養いやがれ。聖母マリアに見劣りしないほど、清廉潔白なわたしの言うことが聞けないっていうのですかぁ? このベイビー息子ってのは』
「――神楽坂先生?」
「あ、あぁ。すまない、また立ち呆けていた」
呼びかけによって意識を取り戻すと、暁が俺の顔を心配そうに窺っていることに気付いた。
「大丈夫ですか? 疲れているのでは」
「そんなことはない、ただ……暁、やはり俺のしていることは間違っているのだろうか」
「それは――いえ、そんなことはありません、よ」
「……いや、すまなかった。君に訊くべきではないことだった」
自分のやってることは〝閃祈たちにとって〟望ましいことなのだろうか?
それに――
(当時の自分は生きたいなんて思っていなかった。生きるのが面倒で、死を望んでいたんだ。不老不死に寿命を与え続けるなんて、荒唐無稽な生き方を押し付けて……潺さんは一体、俺に何を求めていたのだろう?)
俺は、ずっと終わることのない疑問に苛まれていた。
なぜなら示方潺は、もう何処にもいないのだから。
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